早く言ってくれ
「さぁ、時の悩みは何?」
僕は時吉を真っ直ぐに見据えて、悩みを促すように笑った。
それを受けた時吉は、口を開きかけてしかし、ぐっと押し黙った。
僕は不思議に思い、首をかしげた。
「何故、黙る?言いにくいことでも、言ってくれないと…」
「…どうして和達にそれを、言わなければならない?」
睨むように、時吉は挑戦的な目を向けてくる。
僕はその目を真っ向から受け止めて、しばらくした頃ふと、目を伏せた。
その口に笑みを乗せて、僅かに瞳を開いて伏せ目を作る。
藤姫は黙ってじっと僕と時吉を、第三者として見守る態勢に入っていた。
だから、ちらりと、僕が藤姫を横目で見やれば、藤姫は困った風に笑うだけ。
僕を求めてやってきた訪問者だから、手は出せないとでも言いたげに笑っている。
「言わなければならない理由?…僕の世界に迷い込んできたのは時だよ。時に悩みがなければ、この世界には来れないんだ」
「仮に、そうだとしても…どうして…――」
時吉が言おうとした言葉を、僕の声を出すことでさえぎる。
時吉は、少し混乱している様だった。
それも仕方ないと、思う。
僕は全く混乱などせず、ありのままを受け入れて、諦めるということですぐに、この世界に順応してしまったけれど。
「何故、僕に言わなければならないか…はは、ごめんね。突然こんなところに来てしまったら、普通驚いて当たり前だよね。じゃあ、時が素直に話してくれるように教えてあげる。この世界はね、徒人には優しくないんだよ」
「それはどういうことだ?」
「この世界は悩みを持つ者にとっては、存在を無くさせる。徒の人の君には、耐えられない世界なんだ…だって、君には悩みがあるでしょう?」
「あるには、ある。じゃあ、お前たちはどうなんだよ」
「僕たちは特別だから」
僕は苦笑いをこぼした。
時吉は苦笑いする僕をじっと見たあと、藤姫にも目をやった。
時吉の小さく息を吸う音が聞こえた。
それが僕に時吉の緊張を伝える。
「藤姫には、席をはずしてもらったほうがいいか?」
時吉の視線を追って、僕も藤姫を見る。
「出来れば…はずしてもらいたい」
「わかった。それで、時が悩みを話せるなら…藤姫」
僕は藤姫に下がってもらえる様に、目配せをする。
藤姫が心得たと立ち上がれば、しゅっと音がして、もうそこには誰の姿もなく――…。
それを目撃した時吉は『なんだ!?』と、反射的に一歩後ずさった。
僕はそんな時吉を『驚かないで』と、とりあえず落ち着かせることにした。
「こ、これが驚かないでいられるかっ!!だって、おい…藤姫が消えたんだぞ!?…って、どーしてお前はそう落ち着いてんだよ」
「ぇ、だって…さ。もう何ものにも縛られない存在になちゃってるし、藤姫は自由だからなぁ。意識さえすれば、何だって出来るんじゃないのかな?…まぁ、僕もそれに近いけど、実際には違うから、出来ないんだけどな」
「でも、和も特別なんだろ…この世界にいられるんだったら。お前も何か出来るんだろ?」
そう訊きながら、時吉は緑の芝生の上に腰を下ろす。
僕はずっと座ったままだったが、時吉と話す態勢に入るために姿勢を正し直した。
「まぁ、な…一応は出来るけれど」
「ふーん…やっぱ出来るんだ。で、何が出来るんだ?」
あからさまに興味心といったモノを剥き出しにする時吉に、僕は思案顔をする。
なんと言っていいやら…。
世界を創造?
「僕はこの世界の創造者、かな…?」
僕は曖昧な表情を露にして答えた。
それを聞いた時吉は目を真ん丸くして、いきなり僕の肩をがしっとつかんだ。
僕は驚き、呆然とさせられる。
「おい、すっげェなっ!!お前、世界の創造者か?!」
…どうやら、激しく興奮しているらしい。
「その様子からして、創造者が何するか知ってそうだな…」
「ああ!!知ってるも何も、知ってて当たり前だろ!」
「いや…普通は知ってないかと、思いましてね…――」
「ほら、あれだろ。え〜、世界を作ったりしてる…奴だろ」
「あ〜…まぁ、あながち間違ってはないけれど。僕がこの世界を作ったんじゃなくて、現世の強い後悔などの念によって作り出された産物なんだ。だから、正確に言うと、僕はこの世界を自由に操れるだけさ」
「うぇ〜、やっぱりすげーや!世界を創造できるって。じゃあ、今の緑だらけの世界は和が作ったんだぁ…本来の世界ってどんな?」
あれェ…?確か、時吉の悩みを聞くはずだったんだよな。
なのに、何で僕がこう…矢継ぎ早に、質問攻めにされて、いちいち律儀に答えるという展開をみせてるんだろう…――。
僕は胸中をうっすらと身の回りに漂わせる。
「本来の姿は、果てしなく真っ白。僕は刺して気にしてはなかったんだけれど、そんなところにずっといると息が詰まるわと藤姫が言うから、模様替えをしてるだけ」
「うぉ〜〜!やっぱ、超すげーよ!そっか、藤姫が言うから模様替えな…――?あれ、和と藤姫って一体いつから一緒にいるんだ?」
「いつからなんて、時の流れが感じられない世界だから、僕には分からないよ」
「…そうなんだ?藤姫と和ってどんな関係?」
「特別な間柄。…藤姫が現れてから、僕はちょっとした三角関係にあるよ」
僕を、呼んでいる鈴のことを思いながら言った。
鈴も大切だけれど、僕は藤姫も大切に想うのだ。
この世界で、僕を知ってくれてた人が、僕の寂しさを埋めてくれた。
傍に居てくれると約束をくれた人だから、僕の特別だ。
僕が仄かに笑むと、時吉はやっと興奮状態を解いたようだった。
「それ以上は詮索しないでおくな、俺」
「…うん。それより、ビックリした。時って意外に飲み込み早いんだな…というか、ファンタジー好きだったりするか?」
冗談のつもりで訊いたのだが、笑顔で、
「ああ、そうなんだよ。俺って顔に似合わずにそーゆーのって超好き!」
想定外の返事を返されたのだった。
「な、もっと面白い話聞かせてくれよ」
ずいずいと、きらきら輝かせた目で詰め寄ってくる時吉だ。
興奮状態が解けたと思ったのは一時的だったのか。
それとも、僕の気のせいだったのか…それが分かっても、今の興奮状態が変わることはないので、まァ…どちらでもいいのだが謎だ。
僕はジリジリと、座ったまま時吉から身を引く。
そして、詰め寄って来る時吉に、
「あの〜何のために藤姫に下がってもらったのか、覚えてる?確か君に悩みを言ってもらうためだったと思うんだけれど…」
「あ…そういえば、そうだったかも」
「忘れるなよ…早く言ってくれないと、時の存在が消滅するんだぞ!」
「わ、分かってるよ!!でも…」
「だめだ。時を消滅させたくはないから絶対に喋ってもらうよ。それに、わざわざ席をはずしてくれた藤姫に悪い」
言い渋る時吉に、僕は眉を顰めはじめる。
全く持って、藤姫に悪いとは思わないのか。
「そうだな…そろそろ本題にはいるとするよ」
「ああ。そうしてくれ」
長かった。
ここまで行き着くまで、すごく長かったよ、道のりが。
ああ、やっと悩みを言ってくれるのか。
僕はもう一度、姿勢を正し、時吉は心の準備を整えるため、一度小さく深呼吸をした。
そして、意を決した雰囲気を身に纏わり付かせながら、こわばった面持ちで口を開いた。
「俺の、悩みは…――」