冷然と思うは
君がそんなふうな顔で僕を見る。
その時が来るなんて。
そんな眼で自分が見られる日が来るなんて。
これっぽちも思わなかったよ。
たいした自惚れだね。
自分が安全な生き物だと思っていただなんて。
目隠しは解けかけている。
剥がれ落ちかけている。
片鱗が零れ落ちた。
そして、君が言う。
悲しそうに僕を見て。
「貴方、この世界と一体化してきているのね…」と。
藤姫が僕を見上げる。
じっと見つめている。
その視線がどこか居たたまれない。
だけど、逸らすことができなくて。
真っ向から受ける。
真剣な表情に潜む怯え。
不安が藤姫の表情を覆い隠す。
それを見ていて自分がどんな表情をすればいいか、判らない。
どんな表情をすればいいか判らないなんて、そんなことを思うのはきっと本当の感情を隠したいからだ。
鼓動が逸る。
なんだか喉が渇いてきて、無意識に唇を舌で湿らせていた。
何を言えばいいのか。
どう答えればいいのか。
思考が鈍ってきているのか、判らない。
僕をじっと見るその人の視線が痛いなんて、そんなことを感じる時が来るなんて思わなかったよ。
ずっと優しくて温かくて気持ちのいいものだと思っていたから尚更。
「――藤姫は、僕のことが怖い?」
ぼーとする思考の中で唇がゆっくりと静かに動き、音として外へ吐き出された言葉。
言った後でハッとする。
なんてことを訊いているのだと――。
こんなこと言うつもりじゃなかったのに。
無意識に口をついて出た言葉。
気にしていたこと。
ポロリと零れてしまった。
ああ…。
けれど、あの人はどう答えるのだろうか。
怖いと答えるのだろうか――正直に。
それとも怖くないと答えるのだろうか――強がって?
それとも素直に?
呆然と、少し悲しくも思いながら、どこか冷然としている自分がそこに居て。
そのことについても、あの人は気付いているのだろうか――なぞと、無表情の下で思った。