声
懐かしい声がした。
僕を呼ぶ声だ。
…君は誰だ?
のろのろと瞼を持ち上げる。
声がした。
それは確かに僕を呼ぶ声。
だけど、開けた僕の視界には君はいなくて。
…夢?
それでも、まだ声がする。
その声に、僕は何故か悲しくさせられる。
…君は誰だ?
辺りを見渡しても、やはり誰の姿も捉えられなくて。
だから、余計に悲しくさせられた。
ふと、僕はどこにいるのだろうか?と思った。
ここを僕は知らない。
この場所に来た記憶は一切にしてない。
ここはどこだ?
そのとき、また声がした。
真っ白な世界の中、唯一聞こえる音。
唯一僕を知ってくれている音が、僕の名前を呼ぶ。
大切に、優しく包み込んでくれる様な声で音にされる僕の名前。
僕をほっと安堵させてくれる。
だけど、僕はこの声の主を、その存在を認識できていない。
…君は誰だ?
無意識に口が動いた。
その唇が、苦しそうに開かれる。
「…僕を忘れないで、鈴」
僕の声が紡いだのは痛切な想いと、大切な人の名前で。
ついで、涙が頬を滑り落ちた。
君は、鈴だったんだね。
ああ、僕はどうしてここにいるのだろうか。
どうしてこんなところに迷い込んで、来てしまったのだろう。
真っ白な世界に僕ひとりの存在は、生きていても死んでいても、全く変わらない…無意味だ。
誰一人として存在しない世界は空っぽで、悲しすぎて、寂しすぎる。
声は続く。
僕の名前を、諦めが悪い子供のように紡ぎ続ける。
ああ、そんなに必死にならないで。
僕はもう君の傍には帰れないだろうから。
だから、どうか僕がいたということだけは覚えていて。
それだけでいい。
君が憶えていてくれたということだけで、いい。
僕はもう全てを諦め、この世界に身を染める。
「ごめんね、鈴」
僕は、再び目を閉じた。