別れと旅立ち
朝目覚めたら、聖樹の恵みを貰い、朝食をしっかり食べる。
泉の水を汲んだら、アンデッドの森に移動。
午前中は、師匠と空中模擬戦。
昼食に戻り、泉の水を汲む。
午後からは、狩りや採取をする。
そんな毎日を過ごし、雪乃は魔法の腕前を上げていった。
師匠に少しでも近づきたい。
元々、物事には真面目に取り組むタイプだ。
「師匠、旅に出るとして、夜を安全に過ごす方法はありますか」
『方法はあるが、ユキノ、忘れてないか』
「何をですか」
『ユキノは瞬間移動ができるだろう』
「はい、できます」
『その日進んだ場所を覚えて、聖樹に戻りながら進めば良い』
「ああ、そうでした」
『ユキノは意外と、うっかり者かな?少し心配だ』
「心配されるうちは、旅に出ませんよ」
『はは、心配するのをやめるかな』
師匠は、夏が終わる前には旅に出るようにと言っている。
あまり時間が無い。
けど、瞬間移動があるから、師匠ともいつでも会えるんだ。
師匠が安心できるように、強くなりたい。
空中模擬戦も、師匠の魔法を躱すだけではなく、打ち消したり、撃ち返したりできるようになってきた。まだ少しだけど。
狩りも楽になってきたし、採取もしっかりする。街に行ってもお金が無い。
獲物や採取した物を売るしかない。
『この辺りの物は、高く売れるはずだ』
「そうなんですか」
『人が来ない場所だ。珍しい物のはずだろう』
「そうですね。人、来ませんね」
『まさか、人が滅びたとは思えない。時代が変わって、常識も変わったかも知れないが』
「そう言えば、私が転移者なのも、隠した方がいいかも知れませんね」
『そうだな。転移者の扱いも分からないな』
「そうすると、私が何処から来たとか、何をしていたとか、考えないとですけど」
『ふむ、山奥で、魔法使いの師匠と暮らしていたとかくらいか』
「場所を聞かれても、分からないのはどうしますか」
『あれだな、修行のために、強制瞬間移動で放り出されたら、聖樹の側だったとか』
「なんか、結構ベタな話ですね」
『ベタ?』
「いや、ありがちな話かと」
『そうか?あまり無いと思うが』
まあ、いいや、それでいこう。
聖樹の恵みも、師匠も、初めて作った家も、また来られるならいい。
冬の間は来られないのか?
「師匠、暫く家に来られない時に、何ていうか、状態を維持するような魔法はありますか?」
『状態保存だな。ユキノなら使えるはずだ』
「なるほど、やってみます」
『ユキノなら、大抵の魔法は念じたらできるはずだ。詠唱呪文無しで色々できるようだからな』
「詠唱呪文とか、あるんですか」
『普通は使う』
「師匠も呪文使いませんよね」
『私は元から無詠唱派だからな』
「詠唱呪文なんか無理そうです。良かった」
『多分、少数派だぞ』
少数派?ちょっと不安だ。
いじめられっ子にならないか?
訓練を続け、夏の果実も採取をする。
魔力が増えた分、皮袋の容量も増えたので、まだ困ることは無い。
師匠から貰った、石運びの皮袋もある。
街にたどり着いたら、何もかも一人でやらなければいけない。
冒険者登録をして、獲物を買い取ってくれる場所を探す。
人の暮らす街の、常識を知らないといけないし、リンデル王国が続いていれば、伝手を求めて、軍の物資を返す仕事もある。
師匠と過ごす時間は充実していて、楽しいけど、その師匠に応えなければいけない。
夏の盛りを過ぎた頃、師匠との模擬戦も上達していた。
師匠の攻撃を躱しながら、攻撃を撃ち込むようになった。
お互い障壁や結界は使わない。使ったら、魔力の無駄使いになる。
『ユキノ、そろそろ旅に出なさい』
「はい、師匠」
『明日の朝、物資を渡す』
「そんな急にですか」
『いつか区切りをつけないといけない』
「分かりました」
夕食を食べながら、一人で旅立つ決心をしようとする。
最初は一人だった。
あちらの世界でも、心から信頼する人はいなかった。
大丈夫だ。師匠の教えてくれた魔法がある。
師匠はいつでも側にいるようなものだ。
聖樹に凭れて、目を閉じる。
死ぬ気はないから、生きるんだった。
頑張って生きて、師匠に褒めて貰おう。
翌朝、朝食を食べて、泉の水を汲んだら、森の広場に移動する。
師匠はもう来ていた。
『ユキノ、よく眠れたかい』
「はい、頑張って旅に出るために」
『それはいい。物資を渡そう』
皮袋、見た目は30センチ角くらいの物を、四つ渡された。師匠との魔力の違いで、物資がはみ出さないか心配したけど、大丈夫だった。
間違わないように、今までの袋には、ハンカチを結び付け、目印にしている。
『それから、これだ』
「腕輪?これってなんとなく、持ち主にしか扱えない気がするんですけど」
『ユキノに会ってから、色々試して細工をしておいた。私の弟子には扱える』
「弟子って、言ってるだけですよね」
『今から、契約をする』
「契約?ですか?」
師匠は、腕輪から、小さな紙を取り出す。
綺麗な文字で、ガルデスはユキノを弟子と認めると書いてある。
署名もしてある。準備がいい。
『まず、署名を』
師匠の名前の横に、署名する。
師匠が、いきなりナイフで自分の骨を削る。
紙の上に落ちた粉は、吸い込まれるように消える。
『ユキノ、指先かどこか、血を』
言われるまま、ナイフを取り出し、指を少し傷つけ、血を紙に垂らす。
紙は青白く光り、光が消えた後は、血の跡も無い。
師匠は、紙を腕輪に仕舞う。
治癒で、傷を治して、この不思議な現象を尋ねる。
「師匠、今のは?」
『精霊の契約と呼ばれるものだ。本来なら神殿で行う。聖樹の近くだからできると思っていたが、正解だった』
「じゃあ、正式に弟子ですね。嬉しいです」
『ユキノは、私の最初で最後の弟子だ』
「師匠、弟子もとらなかったんですか」
『まあ、王宮に仕えるまでは自由に生きてきたからな』
改めて、腕輪を渡される。
『通貨が変わっていなければ、多少のお金も入っている。魔道具も、売るも使うもユキノに任せる』
「はい」
『私のローブは、物理攻撃にも魔法攻撃にも耐性がある。暑さや寒さにも対応するマジックアイテムだ。ペンダントは毒耐性が付与されている。持って行きなさい』
「師匠?そんなに全部剥ぎ取れと?」
『そして、一番重要な事を、師匠として命じる』
「師匠?」
『私を浄化するんだ』
「師匠?そんな事は、私には」
『もう、教える事は全て教えた』
「そんな!私はまだ、師匠には」
『死ぬ事もできず彷徨うのは辛いものだ』
「私が、会いに来ますから、どうか」
『ユキノに出会ったのは、幸運だった。私の全てを受け継ぎ、浄化して貰おうと思っていた。師匠として慕うなら、私を解き放ってほしい』
「師匠、そんな、駄目です」
『泣くんじゃない。私はこれからも、ユキノの師匠だ。いつも共に歩む。この森から解放してほしいんだ』
「…………」
『それに、もし他の誰かに浄化されたら?その方が辛いだろう』
「……それは、嫌です」
『連れて行ってくれ。ユキノの進む場所へ』
「……分かりました」
『そうか。ユキノの浄化なら優しいだろう』
「いいえ、今までの分、キツい浄化をしてあげますから」
『それでこそユキノだ。頼む』
涙や鼻水で、酷い顔になっているだろう。
師匠は、最初から浄化されるつもりだった。
辛いが、でも、契約で正式に結ばれた師匠の頼みだ。
聖属性を発動する。
他の誰かではなく、私の手で、師匠を。
師匠は微笑んでいるように見えた。
目を反らさず、浄化をした。
最後の一瞬、柔らかそうな栗色の髪に緑の瞳の優しい顔が見えた気がした。
ローブとペンダントを持ち、崩れて砂になった、その砂を、リュックから出した、ビニール袋に入れる。
いつか、心から安住できる場所に、お墓を作ろう。
師匠の張った結界が切れて、魔物が来たけど、一撃で倒した。邪魔するな。
聖樹の側に戻り、夕方までぼんやりしていた。
食欲がないけど、ガルデス師匠の弟子として、明日から旅に出るから、頑張って食べた。
その夜は、聖樹に凭れて、ローブをかけて眠った。
目覚めて、聖樹の恵みを受け、家に入る。
毛布やタオル。光る石を回収して、風魔法で掃除したら、状態保存と念じる。
ペンダントを掛けて、ローブを着る。
泉の水を汲んだら、南に向けて、旅立つ。
地面を蹴り、飛翔する。
昼頃には、地上に降りて、結界を張り、昼食を食べる。
結界を解いたら、また飛ぶ。
空の魔物は魔法剣で一撃。
落ちるところを浮遊させて、回収する。
ローブのフードを被ると、かなりなスピードで飛翔しても、息が苦しくならない。
夕方には、地上に降りて、その場所をよく見て覚える。
瞬間移動で聖樹の側に戻り、焚き火をおこし、夕食を食べる。
聖樹に凭れて眠るのは、心地よい。
次の日は、昨日の場所に移動したら、飛翔。
そんな風に南に進み、五日目に、森の先に草原が見えた。
森じゃない風景は、聖樹以外、この世界初めてだ。
草原に降りてみた。所々に木が生えている。
木がなかったら、移動する目印が無くて困るところだった。
もう一度飛翔して、南へ飛ぶ。
夕方近くに、何か見えた。スピードを上げて近づく。
小さな、村?
手前で降りる。
獣避けの柵に囲まれた、村だ。
村の入り口を覚えて、聖樹の側に戻る。
ちょっとドキドキしている。
人の暮らす場所を見つけた。
不安や緊張が頭をよぎる。
とにかく、夕食を食べる。
やっぱり、村で、情報を手に入れないと、先が困難になるだろう。
聖樹に凭れて、見慣れた風景を眺める。
ローブを抱きしめるようにして、その夜は眠った。
翌朝は、聖樹の恵みを受け、朝食を食べたら、洗浄で、自分を少しでもきれいにして、出かける。
昨日の村の入り口の側に移動して、様子を見る。多分、田舎だろうけど、貴族の領地とかかも知れない。
村から、草原とは反対側に、道がある。
ぐずぐずしている訳は、村の入り口に、門番のような人がいるからだ。
きれいにして来たのは、旅人としては、怪しいかも、どうしよう。
思い切って、話し掛けようと、一歩踏み出したところで、村から男の人たちが出て来た。
目が合っちゃった。
しようがない。
「おはようございます」
「ああ、おはよう、旅の人だね。冒険者かい?」
「冒険者、みたいなものですが」
「丁度良かった。狩りを手伝ってくれないかな?猪が畑を荒らすんだ」
「はい、私で良かったらお手伝いします」
お手伝いしたら、話もしやすい。
農民らしい男たちは、簡素な剣や弓矢を持っている。
男たちについて行く。村の裏側の小さな森に向かうようだ。
素朴な人たちみたいで、いきなり詮索されたりしないのは楽だ。
森に入り、奥へ向かう。
「巣穴を見つけて狩らないと、秋の収穫が足りなくなるな」
「あの、私、魔法が使えますから、魔法で探しましょうか?」
「魔法が使えるのか。凄いな」
「こんな田舎は、冒険者も来ないしな」
「じゃあ、お願いするか」
なんか、のんびりした感じだな。
探知で森全体を探る。
すぐ見つけたけど、全部狩り尽くしたら、生態系とか?いいのかな。
「あの、全部狩ってもいいんですか」
「ああ、どうせまたどっかから来るから」
「では、行きますよ」
探知で見つけた場所に走る。
走るのも早くなってないか?
猪、普通だ。やっぱり、前の猪は魔物だな。
地面を蹴り、剣を出して、目の間をひと突きだ。
今までの森の魔物に比べたら、殺されるのを待っているように見えるくらいだ。
村の男たちが、追いつく頃には、八頭の猪が倒れていた。
追いついた男たち五人は、猪より、空中に浮かぶ私を見て腰を抜かしてしまう。
14頭倒したあたりで、猪は巣穴から出てこなくなった。
なんとか立ち上がった男たちに、このくらいでいいか聞くと、頭を縦に振ったので、獲物を皮袋に吸い込む。
村に戻りながら、普通の兎を10羽ほど仕留めて、皮袋に。
あまりに早い、男たちの帰りに、門番は不思議そうにしていたけど、これですんなり村に入れた。
村の広場みたいな場所に、獲物を出す。
人が集まって来た。
狩りに出ていた男たちは、どこかに行ってしまった。
「これは凄いねえ」
「村中で食べ切れるかしら」
「とにかく今夜はご馳走だね」
「それにしても、多いなぁ」
「畑も安心ねえ」
誰かに何かを聞かないといけないけど、どうしたものだろう。
かなり困っていたら、男たちが、歳を取った男性の手を引いて来た。
私の目の前に来た男性、村長さんだろうか。
「初めまして、私はこの村の村長のワーレンと言います。狩りをして下さり感謝します」
「初めまして、ユキノと申します」
「旅の冒険者だそうですが、是非今日はこの村に泊まって下さい」
「あ、はい。何かお手伝いできることがあれば、言ってください」
「いや、ユキノさん。あなたはお客人です」
周りの視線も、好意的だ。
村長さんの家に案内される。
村の家は、土台は石だけど、木を組んで作られている。
雨季は大丈夫だったのかな。
村長のワーレンさんには、息子夫婦と10歳くらいの孫がいた。
質素ながら、それなりに広い家の、広間に案内され、大きな机の椅子のひとつをすすめられる。
お茶と、素朴な焼き菓子が出されて、話の糸口を探す。
「あの、色々と聞きたい事が」
「ユキノさんは、転移者かな」
「えっ?何故そう思われるのですか」
「昔知っていた転移者に似ているのだよ。髪の色瞳の色、とても丁寧な物腰」
いきなりの直球だ。お年寄りは侮れない。師匠のベタな設定は早くも崩れた。でも、手間が省けた。聞きたい事を聞こう。
「そうですか。転移者は、この世界では、受け入れられていますか?」
「特に嫌われていない。普通に生きていると思うが、数が少ない」
「そうですか。良かった」
「ユキノは、転移してから間もないのか?」
「今日、初めて人に会いました」
「それにしては、狩りの様子を手短に聞いたが、かなりの訓練と魔法の才能があるようだな」
一瞬、警戒心が吹き出る。
転移者が、本当に受け入れられているのか、もしかすると、通報され、捕らえられたり、奴隷にされるか、殺されるか、この善良そうな、でも鋭い村長を、信じて良いのか。
師匠のことも、話しても信じては貰えないかも知れない。
あり得ない話ばかりなのだ。
師匠、私は弱いですね。
ふと、師匠が微笑んだように感じた。
そうだね。信じられなくてもいい。騙されたら逃げるくらいはできる。
私には師匠がいる。
「リンデル王国をご存知ですか?」
「ここは、リンデル王国の北の端になる」
「リンデル王国の王都は、どのくらいで行けるでしょうか」
「何かわけがあるようだな。信用してくれるなら、話して貰いたい。力になれるかも知れない」
「そうですね」
真っ直ぐに村長の目を見る。
村長の目には、くもりは無いように思う。
「では、聞いてください」
「年寄りは時間がある。聞こう」
話の途中、昼食を出して貰い、夕方近くまで話した。
村長は、リンデル王国の歴史の本や、地図を探してくれたりして、本気で聞いてくれているようだった。
「今日は、獲物をみんなで食べる、ちょっとした祭りのようになる。暫く滞在して、調べ物をしてはどうかな」
「有難いです。お礼にできることがあれば、言ってください」
「あの獲物だけでも充分だ。なかなか狩りはできないからな」
「師匠の持ち物に、燻製肉を作る道具があります。私の獲物を捌いて燻製にしましょう」
「ますます助かるな」
日暮れ近く、村の広場に焚き火がおこされ、肉祭りみたいになった。
狩りに行った男たちも、自分たちは何もできなかったことを隠さず、初めての人たちとの出会いは、とても温かいものだった。
次の投稿は5月20日の予定です。