帰還
朝がきた。
朝食を食べて、聖樹を巡る。
結局、いつでもこの世界に来られることが分かって、人外の能力もそのままだ。
どうしてくれるんだ。
普通の女の子じゃないよ。
まあ、とりあえずは、帰るために必要なことを考える。
考えついたことがあり、リンデル王国の聖樹の側で、作業をする。
半日作業したら、師匠の家を見に行く。
その後は、優子さんのお店に行き、皮袋の見た目をましにする相談。
皮袋は今後も使うから、元の世界で驚かれない程度のものにしたい。
魔法の皮袋は、性質上、何かに入れることができない。
優子さんが、リボンやフリンジを付けてくれて、肩から下げるタイプなんかにしてみた。
ファッションで通せる程度になった。
みんなの服なんかは、どうか聞いてみたら、この世界で太ったりしてないから、ほんの少し、手直しするくらいだそうだ。
優子さんも、帰るために、お店をそのまま売る手配はしている。
みんなも、それぞれ帰る準備を進めている。
雪乃も、準備をしながら、挨拶回りをしているが、いつでも来られることも告げて、驚かれていた。
マルト商会は、仕入れができるから、喜んでいる。
魔術ギルドも、魔石がまだ沢山あるからと言ったら喜んだ。
オルスト神殿長とファリアさんも、時々遊びに来ると言うと嬉しそうだった。
そして、また日曜日、タキガワに行く。
「今晩は」
「雪乃さん、いらっしゃい」
みんなが集まる席で、事実を発表する。
「皆さん、もういつでも帰れます。それで、私と、私が運べる人なら行き来が可能だそうです」
「はあ?」
「ええっ?」
「何だそれ?」
「本当ですか?」
「信じられない」
妥当な反応だな。
「しかも、魔力や魔法など、得た能力はそのままだそうです」
あまりなことで、みんな無言だ。
「私なんか、空飛んだら自衛隊に撃墜されます」
やっとみんな笑った。
「雪乃さんが一番気をつけないと」
「私たちは、それほどでもないですね」
「それで、皆さん、準備ができた方から宿屋に移って、揃ったら帰ります」
「分かりました」
「滝川さん、そんなわけで、時々食材を持って来ますね」
「助かります。鈴木さんの農園も、後継者がいますけど、本物には敵いませんから」
「それから、帰る場所は、私が来た場所になりますけど、関東以外の方はいますか?」
みんな関東圏だった。
あとは、お金の問題だ。
カードは期限切れだろうし、スマホも携帯も使えないだろう。
銀行口座も凍結されている可能性が高い。
家も、実家に帰るしかない。
仕事も復帰できる年月ではない。
免許証も期限切れ。
鉄道系のカードはチャージがあれば使えるくらい。
とりあえずお金が無いと困るだろう。
「むこうでお金になる物を作っています。むこうに帰ってからだと、犯罪までいかなくてもまずいので、こちらで作ります」
「雪乃さんには助けられてばかりです」
「いえ、私も帰ったら実家にはいられませんから、お金が必要です」
柚木沙織たちに見せた、雪乃の黒い記憶を、みんな思い出したようだ。
「皆さん帰っても大変ですけど、帰る気持ちは変わりませんよね?」
帰還組は頷く。
「じゃあ、お金は、私の能力を使うだけですから、皆さんは心の準備をお願いします」
そして、最後になるだろう、転移者会は、料理や飲み物を頂いて、夜が更ける。
みんな、それぞれ、色んな思いがある。
帰れる嬉しさだけでは済まない。
翌週は、連絡しやすいように、雪乃がいる宿屋に、みんなに移ってもらうことにした。
雪乃は毎朝、聖樹を巡り、師匠の家を見に行ったら、作業をして、あとは宿屋にいる。
鈴木さんは、後継者がいるので、すぐ宿屋に来た。続いて、魔法学院から沢井さんたち。
優子さんは、お店を売るので最後になった。
金曜日、朝食後、宿屋を引き払い、タキガワに挨拶に行く。
仕込み中の滝川さんと川本さんに、お別れを言う。
雪乃は暫しの別れだけど。
それから、リンダースの門を出る。
みんな緊張した面持ちだ。
日本風な姿になったみんなは、なんだか逆にお互い見慣れない。
雪乃はローブ姿じゃなく、来た時のジーンズとパーカーだ。
人目の無い辺りまで歩いて、立ち止まる。
「皆さん、いいですか?」
みんな頷く。
「では、できるだけ集まってください」
ちょっと、みんな距離を詰める。
「不安なら、手を繋ぎますか」
5人の大人が手を繋ぐ。
ちょっと照れくさい。
「じゃあ、行きましょう」
雪乃は空いた方の手で、転移石に触れる。
眩い光はなく、空間が歪む。
一瞬の後、リンダース近くの草原から、5人の人影が、消えた。
山の中に、不意に現れた5人。
「すみませんね、変な場所で」
まだ本当に日本なのか分かり難い。
「まだ手は離さないでください」
今度は瞬間移動。
雪乃が知っている、都会の路地へ。
「これは、ここは?」
「少し歩いて、落ち着く場所を探しましょうか」
都会の喧騒の中に出る。
時間的には、午後だろう。
街中にある、デジタル表示の時刻。
午後4時だった。
駅売りの新聞を買う。
年月日を確かめる。
「お金を作るまで、動けませんから、どこかビジネスホテルにでも行きましょう」
みんな黙って、雪乃に任せてくれる。
ビジネスホテルに部屋を、無事確保したら、
夕食時までみんなには待ってもらう。
雪乃は記憶を頼りに、貴金属を買い取るショップを探す。
三軒くらい回る。
ホテルに帰って、雪乃の部屋に集まってもらう。
「そこそこのお金ができました。皆さんで分けましょう」
なんか、悪事を働いたみたいだ。
1月以上充分暮らせるお金を、みんなに渡す。
「それで、雪乃さん、何を売ったんですか?」
「あちらで手に入れた、白金貨と、炭素を圧縮した物です」
「プラチナとダイヤですか」
「まあ、そうです。悪事っぽいですけど」
みんなが、笑う。
夕食を食べた後に、今後の提案をする。
「ひと月後、情報交換に、集まりませんか?無理はしないで、集まれる人だけでも」
「場所と時間を決めますか」
「そうですね、この近くの駅前の待ち合わせ場所で、有名過ぎますけど」
「時間は夕方6時くらいですかね」
「ひと月で落ち着くかどうかですけど」
「そうですね」
「まあ、とりあえず休みますか」
多分、みんなあまり眠れないだろうけど、それぞれ部屋に帰る。
雪乃も、一度は家に顔を出さないといけないだろう。
帰還1日目は、都心のビジネスホテルで、眠れぬ夜を過ごした。
翌朝、朝食をみんなで食べる。
みんなやはり眠れなかったのだろう。
疲れた顔をしている。
でも、これからが大変だ。
ホテルをチェックアウトして、駅へ向かう。
朝の雑踏の中、5人で頷き合う。
「では、ひと月後に」
異世界からの帰還を果たした者たちが、人混みの中に消えて行く。
雪乃は、今、頭を抱えたくなるような気分だ。
何をしているのか?
運転免許の試験中だ。
あれから、家に帰り、まあ、あまり歓迎されなかったし、行方不明についても、両親に罵られたくらいで、姉と弟は心配していた風だった。
すぐに、合宿免許を申し込み、身分証明書を手に入れるところだ。
まあ、知力も上がったはずだから、多分大丈夫だろう。
魔法を使うようなズルはしていないからね。
お金は、実はまだ、炭素を圧縮した物を持っている。
時々売って、稼いでいる。ズルだ。
試験が終わり、発表まで時間を潰す。
何だか、魔物と戦う方が楽だなとか思う。
魔法の皮袋、可愛いバージョンは、いつも持っている。
中身は色々まずい物だらけだし、でも、空港のセキュリティチェックには引っかからなかった。
中身まで隠せるのか、皮袋。
剣と槍入ってますけど。
銅貨から白金貨まで、金属探知器はまずい物ばかり。
何故か大丈夫だった。
魔法って怖いね。
そうするうちに、結果発表。
合格してた。
合格者は、また教室で長い話を聞く。
その後、免許証は即日交付された。
その足で、スマホを買いに行く。
銀行口座とキャッシュカードは無事だったから、料金の引き落としもできる。
気に入ったスマホを契約して、次は家探し。
一人暮らしをして、働くつもりだ。
大学を受け直してもいい。
予備校に通う必要があるけど。
都心に近い町で、1DKの部屋を探す。
お金はある。
ちょっと後ろめたいお金だけど、犯罪じゃないよね。
部屋の契約まで済まして、家に帰る。
両親はほとんど口をきかないけど、雪乃が少し変わったせいか、手を出したりはしなくなった。
姉は大学の卒論で忙しい。
弟は、高校生で、まあ楽しく過ごしているみたいで良かった。
夕食の席で、一人暮らしをして働くことを告げる。
誰も何も言わない。
そんなものだろう。
家具は買うつもりだから、服や靴など身につけるもの、本、あと細々した物は、皮袋に入れる。
引っ越し屋は要らない。
翌朝、両親には、今日から新しい部屋に住むとだけ言う。
姉と弟は、連絡先を聞いてきたから、スマホの番号とアドレスを教える。
瞬間移動は使わないで、都心に向かい、家具屋と電気屋を回り、配送の手続きをする。
部屋が整う頃には、ひと月経つ。
あちらの世界には、毎週食材を届けて、狩りや採取をして、マルト商会に買い取りをしてもらっている。
なかなか忙しい。
仕事は、どうしようか悩み中だ。
人外の能力を隠して、何をすればいいのか。
約束のひと月後が、あっという間にきて、こんなに短い間にみんな落ち着かないから、来ないかも知れないと思う。
待ち合わせ場所に向かう。
人が多い。
「雪乃さん」
手を振る人がいる。
嬉しい。
みんないた。
大変な時だろうけど、みんながいた。
「皆さん、お久しぶりです」
「みんな元気そうで」
「さて、私の知ったお店に行きましょう」
沢井さんが歩き出す。
みんなついて行く。
個室のある、落ち着いたお店に案内される。
飲み物や料理を注文して、お店の人の出入りが一段落したところで、乾杯する。
「皆さんお疲れ様です」
最年長の沢井さんが仕切ってくれる。
料理を食べながら、みんなひと月で、どんな風になっているか、話す。
沢井さんは10年も行方不明だった。
まず実家に帰り、歳を取った両親に再会した。
捜索願いも出されていたので、まあ、色々大変で、辛かったのは、妻の実家に連絡してからだ。
幼かった子供たちは、思春期だ。
妻も、突然夫が失踪したわけだから、肩身の狭い思いをしてきた。
失踪していた間のことは、覚えていないということで通した。
病院に連れていかれたりした。
勿論、病気ではない。
記憶喪失ということになった。
妻子と一緒に暮らすには、まだ時間がかかるだろう。
仕事も、元には戻れない。
起業した友人が、誘ってくれてはいる。
そう話した。
鈴木さんは、8年だ。
実家に帰り、やはり捜索願いを出されていたから、大変だった。
仕事は、実家の農業だから、困らないが、やはり行方不明の間のことは話せない。
病院に連れていかれて面倒なことになる。
記憶喪失ということに落ち着く。
結婚を考えていた相手は、もう嫁いでしまっていた。
両親は、無事を確認できたから、嫁探しを急いでいる。
そんな感じだ。
橋本さんは7年経つ。
実家に帰って、やはり捜索願いの事後処理や病院に連れていかれたのは同じ。
大学院には戻れない。
友人の伝手で、塾の講師をする予定だ。
研究一筋だったから、恋人や婚約者はいなかった。
両親はやはり結婚しろと言っている。
そう話す。
木下さんは、5年だ。
実家に帰って、同じように捜索願いやら病院やら。
働きながら、もう一度、専門学校に行くつもりだ。
高木さんは3年。
実家に帰り、みんなと同じように事後処理に追われた。
大学院に戻るのはやはり無理で、橋本さんみたいに塾の講師をする予定。
ただ、恋人は待っていたそうで、みんなで祝福というか、ひやかした。
雪乃も、現在までのことを話した。
捜索願いは出されていなかったから、そちらの苦労はなかった。
仕事をどうしようか悩んでいるだけだ。
「沢井さん、会社を創るには何が必要とか分かりますか?」
「うん?それは、調べれば分かるが」
「雪乃さん、何か考えてるの?」
「人外過ぎて、仕事を思いつかないんです」
「まあ、確かに能力が勿体無いね」
「毎週、あっちで暴れてますけど」
「ああ、食材も届けてるのか」
「自由じゃないと困るね」
あれこれ話して、時間が過ぎる。
世界を渡った人たち。
まだこちらの人生は、大変だろう。
でも、どちらの世界にいても、仲間だ。
一人きりではない。
滝川さんと川本さんのことも思いながら、日本での転移者会は、遅くまで続いた。




