柚木沙織
翌朝は、目を覚ましたら、朝食を食べる。
五つの聖樹を巡り、マルト商会に行く。
久しぶりに約束通りの曜日だ。
買い取りをしてもらう。
果実、植物、魔物。
魔石とお金を受け取り、次は冒険者ギルドに向かう。
ドルトスさんには会えなかったけど、全てが済んだら、話をしよう。
夕方には、タキガワで食事をするつもりなので、宿屋に夕食は要らないと言ってある。
北の山周辺で、狩りや採取をする。
すぐに全てが済むことは無いだろう。
マルト商会に売るための仕入れだ。
昼食は、聖樹の側で食べる。
師匠のパンと、アンデッドの森の果実。
最近思い出した、リュックの中身。
コンビニのおにぎりと、キャンディー、クッキーにチョコレート菓子。
時間が停止しているはずだけど、出すのは怖いな。
ペットボトルも衛生上不安だから、仕舞い込んだままだ。
リュックの中身、活躍の場はなかったな。
折り畳み傘、スマホの充電器、手回し式充電ラジオなんかも、持ってた。
世界が違うなんて前提じゃなかったから、弟のサバイバルナイフが活躍したくらいだ。
みんなが帰ることができても、問題は沢山ありそうだ。
まあ、まず、柚木沙織に勝たないといけない。
夕方前まで狩りや採取をして、泉の水を汲んで備える。
夕方になり、リンダースに戻る。
そして、今日は暖簾が下がるタキガワに行く。
「今晩は」
「いらっしゃいませ」
「雪乃さん、いらっしゃい」
滝川さんは、落ち着いたように見える。
カウンター席に座り、本日の定食をお願いする。
お茶を飲みながら待つ。
今日は閉店まで居座る客になる。
生姜焼き定食だ。
肉は、何肉か分からないけど、玉ねぎと肉がタレに絡んで美味しい。
小鉢は菜の花の辛子和え。
味噌汁の具は、大根と油揚げ。
ご飯が美味しい。
ゆっくり食べて、食べ終わったら、わらび餅が出された。
お茶も淹れ変えてくれる。
わらび餅を味わっていたら、早めに閉店すると看板を出してあるのに、お客さんが入ってきた。
「今日は、もうすぐ閉店で」
「ああ、分かってますよ」
入ってきたのは、沢井さん。
その後ろにも、橋本さん、高木さん、鈴木さん、木下さんまでも。
「皆さん?」
「食事は、できなくても構わない」
「いえ、皆さん、定食を出します」
「皆さん、どうして?」
「まあ、食事が済んでから」
「川本くん、暖簾を仕舞ってください」
転移者会ではないのに、みんなが食事をする。
「大根の味噌汁好きなんですよ」
「菜の花か、春だな」
「生姜焼き美味しいですね」
「おっ、わらび餅か」
まるで何事もないような食事風景。
みんな食べ終えて、滝川さんは片付けをする。
「それで、皆さんは?」
「雪乃さんだけで行かせませんよ」
「でも、危険だと思いますけど」
「私たちは魔法学院の研究者です。身を守る程度のことならできます」
「ああ、皆さん魔力はありますもんね」
「大体、勝手に召喚してくれた相手に、ひと言くらい文句を言いたいでしょう」
「雪乃さんに迷惑はかけないように気をつけますが。立ち合うべきだと思います」
「そうです。見なかったことにはできません」
「雪乃さんだけに頼るのは違うと思います」
みんな、知ることに決めたのか。
「最悪の場合、私は同郷の人間を殺します。それでも立ち合いますか?」
みんな、魔物も殺していない人たちだ。
耐えられるだろうか?
「雪乃さんは、戦ってきましたよね」
「魔物も盗賊も倒しました。私はもうすでに人殺しです。この世界では許されることですが、あちらの世界では許されません。知らない方が良いこともあります」
「一緒に背負うべきだと思いました。人を殺すのには抵抗があります。でも、全てを見てみんなで背負うべきだと。そう思います」
みんなの顔を見る。
決意した顔だ。でも、耐え難いものを見ることになる。
「おそらく、想像を越えた、おぞましいものを見ることになります。あまりお勧めできません。皆さんは被害者です。これ以上の精神的被害は無い方が良いと思います」
「雪乃さんの心遣いは分かりますが、何の関わりもない雪乃さんだけが背負うのはやはり違うと思います」
「そうですか。分かりました。おぞましい私を見て、嫌われるのが怖いですけどね」
「みんなの意思を雪乃さんに託すのですから怖いことはないでしょう」
結局押し切られた。
「では、滝川さん」
「はい、行きましょう。川本くんはどうするかな?」
「俺も行きますよ」
店を閉めて、滝川さんの案内で、魔法陣がある滝川さんの家に向かう。
みんな、この家で厄介になった人たちだ。
魔法陣は知らなかっただけで。
2階建ての家に入り、1階の書斎に向かう。
この部屋には特に変わったものはない。
滝川さんが、机を動かす。
机を動かした壁に、地下への階段があった。
地下室に下りる。
意外に広い部屋の奥に、魔法陣はあった。
「皆さん、本当に行きますか」
「雪乃さん、今更でしょう」
魔法陣は、みんなが一度に乗れるほどの大きさがある。
滝川さんが足を踏み出す。
みんな続く。
魔法陣は光り、みんなの姿が消える。
魔術ギルドの奥、一つの魔法陣が光る。
みんなが姿を現す。
魔法陣がある部屋は、薄暗いが、広い。
他にも魔法陣が三つある。
魔法陣からみんなが離れたところで、雪乃は魔法陣を破壊する。
消滅。
柚木沙織の退路があったら困るからだ。
四つの魔法陣を破壊した。
滝川さんは、さすがに緊張している。
滝川さんを先頭にして、部屋を出る。
出た場所は、明るくて豪華な応接室のような広い部屋だ。
そこから続く扉は、今出たものの他に四つ。
一つは廊下に続いている。
二つの扉の先には、魔法陣があると、滝川さんが囁く。
潰す。
扉を開けて、消滅。
二つの部屋に、それぞれ二つずつ魔法陣があった。
最後の扉、その先は、生活する場所だった。
ダイニングやキッチン。
お風呂などに通じる部屋。
滝川さんの緊張が高まる。
雪乃は離れないように、ついて行く。
おそらく寝室だろう扉に滝川さんが手をかけようとした。
その時、扉が勢いをつけて開けられた。
「サオリ様」
「滝川っ、魔法陣に何をした」
半裸の、恐ろしいほど完璧な美女がいた。
雪乃は素早く前に出る。
「お前は誰だっ」
「塔ノ沢雪乃」
「滝川っ、裏切ったなっ、破滅を知れ」
「サオリ様、破滅がくるのはあなたではありませんか。目を覚ましてください」
「うるさいっ」
放たれる闇魔法。
雪乃は聖属性を放つ。
「もうやめませんか、柚木沙織さん」
「何だとっお前ごときに何が分かるかっ」
寝室から、5人の男たちが出て来た。
聖属性を放つ手は止めず、もうひとつ魔法を放つ。
解呪。
男たちが動揺する。
「お前たち、何をしている、この女を殺せ」
男たちは、封印を解かれた記憶が吹き出し、混乱している。
「おのれっ、力も美貌も持ち、恵まれたお前ごときに、私の苦しみは分かるかっ」
思念を送り込んでやる。世界を渡る前までの雪乃の思い、どす黒い思い全てを。
部屋中に黒い思念が満ちる。
「!?」
みんなにも見られてしまうが、5人の男たちにも同時に見せるから、仕方ない。
「お前っ、お前なら分かるはずだろう。理不尽で溢れた世界、復讐して何が悪い。塔ノ沢雪乃、お前なら」
思念を消す。
今度は柚木沙織の思念が溢れる。
平凡な家庭、平凡な少女、平凡な幸せ。
そこそこな学校、友人、恋人。
少しずつ降り積もる不満。
もう少し裕福な家庭なら。
もう少し美しい容姿なら。
もう少し頭が良ければ。
もう少し、もう少しが届かない。
大学のゼミ、美しい友人、全てを持つ存在。
成績優秀、誰もが羨む恋人、裕福な家庭。
いつも笑顔を向けてくる。
その笑顔すら、馬鹿にしたものに見える。
見下されているに違いない。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
雪乃はため息をつく。
自分もそうだったけど、勝手に不幸になって勝手に不満に溢れただけ。
更に聖属性を発動。
顕現。
滝川さんの見た目が初老になる。
5人の男たち、1年前2年前4年前に来た人はあまり変わらない。9年前と11年前の人は、歳相応になる。
柚木沙織は、闇属性で抵抗しているようだったが、更に聖属性を強める。
「やめろっ、やめろっ」
柚木沙織の姿が崩れ始める。
暫く抵抗したのか、姿がなかなか定まらない。
「嫌だぁぁぁやめろぉぉ」
やがて、そこには、平凡な40代の女性が現れた。
容姿は、特に醜いわけではない。
ただ、表情は酷く歪んだものだ。
「貴様ら、全員殺す。死ね」
闇属性の魔法が溢れ出す。
雪乃は滝川さんたちに、聖属性の結界を作る。
呪いの魔法が溢れ、部屋を満たす。
雪乃は聖属性で対抗する。
5人の男たちは、這うようにして、寝室に逃げる。
呪いが死神の鎌のような形になり、雪乃に殺到する。
剣を出し、聖属性を纏わせて、打ち消す。
柚木沙織は直接攻撃の魔法は使わないのか。
研究や実験では、攻撃魔法は必要ないからか。
「柚木沙織さん、もうやめましょう。まだやり直せます」
殺到する呪いを打ち消しながら、呼びかける。
「うるさいっ、みんな死ねっ滅びろ」
柚木沙織が魔力を溜め始める。
馬鹿な、自分ごと暴発させるつもりか?
助けることは叶わないのか。
滝川さんたちの結界に、魔法障壁を重ねる。
剣を収め、柚木沙織に身体ごと飛びつく。
逃げようと暴れる相手、逃さない。
魔力吸収。
柚木沙織の作る魔力の塊が大きくなろうとしている。
させない。
吸収。
魔力が溜まる。
吸収。
柚木沙織は雪乃より小柄だ。
暴れる相手を抱きすくめるようにして、吸収。
魔力。
吸収。
どちらが早いか、せめて被害を最小限に。
結界と障壁の中から、みんなを出さないように、また障壁を強める
暴れる柚木沙織と雪乃。
部屋中を転げ回る。
もう柚木沙織の魔力制御の限界が近いだろう。
雪乃は全身で押さえ込み、吸収を続ける。
ついに限界がきた。
柚木沙織から、魔力が解き放たれる。
天井や壁に亀裂が入り、石の欠片が降り注ぐ。
雪乃も一瞬、意識を手放した。
障壁と結界が解ける。
みんなが雪乃に駆け寄る。
柚木沙織はいない。
魔力と共に砕け散った。
「雪乃さん!」
「大丈夫か?」
雪乃はうつ伏せのまま、声を出す。
「皆さんは?大丈夫ですか?」
「雪乃さん、あんなガチガチのガードされてたんですから」
「雪乃さんは、怪我は?」
「あ、まあ、何とか。ちょっと待ってください」
治癒、洗浄。
よっこいしょと起きて、座る。
部屋中に飛び散った、グロいものも、洗浄。
「あの男の人たちは、どうなったかな?」
寝室に行く。
「駄目ですね」
呪いの魔法を受け過ぎたようで、みんな息をしていなかった。
「結局誰も助けられませんでした」
「雪乃さんが悪いわけじゃない」
「柚木沙織はみんな殺すつもりだった」
ようやく騒ぎに気がついた人たちが、やってくる足音がした。
「何事ですか?」
「あなたたちは?」
「これは、魔法の暴発?」
「ここの研究者は?」
大神様、面倒くさいです。
何とかしてください。
そのうちに、上役っぽい人と、ロードさんが来た。
「ユキノさん?」
「ロードさん、サオリさんが魔力を暴発させました」
「皆さんは?」
「色々あり過ぎて、説明が大変です」
「そうですか、サオリさんには魔術ギルドからも色々と謎が多くて困っていました」
「説明は明日改めてでいいですか」
「分かりました」
とりあえず解放されて、魔術ギルドの表から帰る。
「滝川さん」
「ああ、何かな?」
「滝川さんのお店を、皆さんへの連絡場所にしたいですが、いいですか?」
すっかり初老になった滝川さん。
「勿論、使ってください」
「じゃあ、お願いしますね」
「雪乃さん」
「はい」
「ありがとう。柚木沙織はもう苦しみもない。あんな風な関係でも、私は彼女を愛していた。被害者が少なくて良かった」
「滝川さん、本当はきっと心は通じていたんではないでしょうか。滝川さんは洗脳されなかったし、最後の暴発も、力は上を向いていたように思います」
「そうですか、そうなら尚更です。私が早く止めるべきだった」
「滝川さん、それは、もうやめましょう」
みんなで歩いて、それぞれの休む場所に帰る。
雪乃も宿屋に帰る。
朝まであまり時間がないが、お風呂には入りたい。
お風呂に入り、朝まで少し眠る。
朝食を食べて、五つの聖樹を巡り、宿屋に戻って、眠ってしまった。
昼過ぎ頃に、ノックの音で目が覚めた。
扉を開けると、宿屋のご主人がいた。
「ああ、お疲れみたいだが、魔術ギルドから使いが来てる」
「はい、すぐ行きます」
急いで顔を洗う。
一階に行くと、ロードさんがいた。
「ロードさんがいらっしゃるとは」
「いえ、顔を知った者が良いでしょうから」
「そうですね。お待たせしてすみません」
「行きましょうか」
宿屋から出たところで、ロードさんに瞬間移動を打ち明け、魔術ギルドまで移動する。
今日は一階の部屋ではなく、他の建物の五階に連れていかれる。
ロードさんがノックして、応答があり、扉を開けて、ロードさんも入る。
お偉いさん方らしい人たちがいる。
大きなテーブルの、椅子の一つを勧められて座る。
魔術ギルドのギルド長に挨拶され、話を促される。
滝川さんから聞いた、柚木沙織が来てからの話を、まずする。
長い話だ。
そして昨夜のこと。
柚木沙織。20年ほど前に、魔術ギルドの奥に現れた。
その辺りのことは、みんな覚えていなかった。
いや、今は思い出せる。
まず、自分の姿にコンプレックスがある彼女が、無意識で使用した魔法が、記憶の封印だったのだろう。
みんなが覚えていたことは、すでに美しく、研究をしているところからだ。
柚木沙織は、最初の頃、新しい薬の研究をして、成功していたそうだ。
教会からも、治療院のために薬を求められ、怖いほどの美しさに恐れられ始める。
恐れ、崇められる。
それが本当に望んだことではないことに、彼女は目を反らしたのだろう。
生贄を使うような闇魔法など、誰も知らないくらいの、禁術だそうだ。
召喚も、本来ならその力を、活かす魔法があるはずだった。
雪乃も詳しくないが、闇魔法も、有効なものが沢山あるそうだ。
気付いた時には、教会や貴族の一部の人たちを味方につけて、誰も踏み込めない場所ができていた。
そんな話らしい。
幻術に近い、不老を得たと思った人たちは、今は大変な騒ぎになっている。
話が一段落したところで、お茶が出され、魔術ギルド長からお礼を言われた。
「私たちが解決するべき問題でした」
「いえ、同郷の者でしたから」
「こんな時ですが、魔術ギルドに来られて研究をしませんか」
「いえ、残念ながら、もう私たちは帰る方法を見つけました」
「帰るんですね。何か私たちにできることはありませんか」
「100年ほど前に、ガルデスという王宮に仕えた魔法使いがいるはずです。調べていただけませんか?」
「分かりました。またロードくんに魔石を買い取らせていただきながら、報告します」
ロードさん、大活躍だね。
帰る前に、受付に近い、一階の部屋で、とりあえず大きな魔石を買い取ってもらう。
そして、やっと宿屋に戻る。
大神が約束したから、100年前のことも明らかになるだろう。
夕食を食べて、部屋に戻り、お風呂に入ったら、すぐに眠った。




