試練の先
朝、目を覚まし、顔を洗って鏡を見る。
微笑んでみる。
ちょっと恥ずかしい。
微笑む自分の顔を、ちゃんと見る。
伸びた髪を、後ろでまとめて、自分に言い聞かせる。
頑張る自分は嫌いじゃない。
大丈夫だ。
私は私を見捨てたりしない。
朝食を食べる。
宿屋の人に、また暫く帰らないかも知れないから、部屋は空けておかなくてもいいと告げる。
でも、必ず戻るから、心配はしないでと。
宿屋を出たら、聖樹を巡る。
そして、試練の三つ目の広場に向かう。
小さな聖樹にそっと触れてから、北を向く。
森の中に、道ができる。
歩き出す。
果ての無いような道だが、歩き続ける。
時々、燻製肉を噛り、果実を食べ、お茶を飲む。
疲れたら、うずくまり、仮眠する。
何日歩いたか分からない。
それでも進む。
風景は変わらない。
ただひたすらに、森の中を歩く。
その先に、試練があるから、食べて、休む。
進んでいるのかすら分からない。
でも、歩く。
信じて歩いて行く。
時空も歪んでいるのだろう。
進んでも進んでも、森の中だ。
こんなことでは躓いたりしない。
そう信じて歩き続ける。
日にちも時間も分からないほど歩いて、道の先に広場が見えた。
燻製肉と果実を食べる。
仮眠をする。
それから、立ち上がり、広場に向かう。
広場に足を踏み入れる。
これは、酷い。
最初の村の人たち、ドルトスさん、ダグラスさん、ファリアさん、オルスト神殿長、メイナードさんたち、その他にも、顔を見たことがある、この世界の人々。
口々に叫ぶ。
お前がこの世界に来たから、災いが起きた。
お前のせいで、苦しみが増える。
お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで、お前さえいなければ、お前さえいなければ。
大神だか何だか知らないが、これは酷い。
みんなを馬鹿にするな。
みんな、誰かや何かのせいにしたりしない。
そんな人たちじゃない。
剣を向ける。
空間が歪む。
周りにいたのは、蛇の魔物たち。
魔力弾を撃ち、剣で薙ぎ払う。
また、果てしなく現れる魔物たち。
回復しながら、戦う。
何時間も戦い続け、蛇の魔物が大きなものに変わっていく。
倒すだけだ。
無心で戦い、倒し続ける。
最後らしい蛇は、巨大で頭が五つあった。
魔力弾の強力なものを、口に撃ち込む。
走り、跳び、頭を斬り落とす。
最後の頭を斬り落とすと、魔物は消えた。
広場の中央に、小さな聖樹が生えてくる。
光る水晶は四つ。
聖樹にそっと触れる。
試練を乗り越えたら、文句を言わないと。
みんなを馬鹿にしたことに文句を。
リンダースに移動した。
時間は、夕方には早い。
冒険者ギルドに顔を出した。
ドルトスさんがいて、手招きされたので、一階の応接室に行く。
「また久しぶりだな」
「はい、お久しぶりですね」
「魔術ギルドが何も言ってこない」
「そうですね、魔石は他から手に入るのかも知れませんね」
「いや、そうかも知れないが、何かおかしいんだ」
「魔術ギルドが、ですか」
「まあ、ここだけの話だが、例の軍の物資を返すために、あちこちと話をしていた」
「ありがとうございます」
「少しずつだが、上の方に向かって話を続けていたが、神殿の事件の辺りから、魔術ギルドが変なんだ」
「私が聞いてもいい話ですか」
「もしかしたら、力を借りるかも知れない気がしている。魔術ギルドと教会は関係が深い。薬の開発なんかでな」
「はい、それで、何が変なんですか」
「魔術ギルドや教会で行方不明者がいるようなんだ。最初は噂だったが人数が増えたようで噂レベルじゃないらしい」
「行方不明者?」
「魔術ギルドは秘密な部分が多い。冒険者ギルドに依頼がきたわけじゃないが、噂が広がるとどうなるか分からん」
「魔術ギルド内で抑えきれない噂ですか」
「ああ、魔術ギルドは魔力の多い者ばかりだ。調べるなら魔力が強い者しかできない」
「そうですか、時々顔を出します」
「頼むな」
冒険者ギルドを出て、宿屋に行く。
夕食を食べて、部屋に戻る。
部屋は余裕があるらしく、いつもの部屋だ。
ベッドに熱風をかけて、お風呂に入る。
部屋着に着替えて寝転ぶ。
行方不明者か。
まさか、異世界に飛ばすとかじゃないよね。
魔術ギルドは魔法の実験もしている。
転移者がいて、帰還の実験とかは?
いや、魔術ギルドは、魔法学院を監督する立場だ。
帰還の研究なら、沢井さんたちがしていることぐらい分かっているはずだ。
私には、考えつかない。
試練を進めて、何かを掴むまでは何も分からない。
もうすぐ四月になる。
雪乃がこの世界に来てから一年。
雨季になる前には、試練を乗り越えないと、おそらく雨季は何もできないだろう。
焦りは禁物だけど、ゆっくりもしていられない。
試練が幾つあるのか分からない。
準備して進もう。
翌朝、朝食を食べて、マルト商会に行く。
買い取りをしてもらい、聖樹を巡る。
冒険者ギルドも覗いてみた。
試練の四つ目の広場に移動する。
小さな聖樹に触れてから、北へ向かう。
森の中の道に入り、歩き始める。
今度は時々、空間が歪む。
荒野に出たり、山道になったり、毒の沼地もあった。
その度に、魔物が襲いかかって来る。
倒すとまた、森の中になる。
森の中の道で、食べ物を食べ、仮眠する。
孤独な道だが、もう慣れた。
迷う暇は無い。
歩いて、戦い、休んで、歩く。
また長い時間が過ぎたような頃、空間が歪んで、放り出された。
この世界にも、宇宙という概念があったのか。
暗い、宇宙空間に漂っていた。
頭の中に、声が響く。
聞いたことの無い、感情のない声。
『お前の存在は世界の理に反する』
『お前のいる場所は無い』
『宇宙を見よ』
『何処に存在する場所があるか』
『人は生まれた瞬間から死に向かう』
『無駄な足掻きは止めよ』
『この宇宙に身を任せ』
『流れるがよい』
『お前の存在など意味は無い』
無常を説く声。
少し前ならば、その無常に共感したかも知れない。
否だ。
世界の理に反するなら、文句は世界を渡らせた存在に言ってもらいたい。
いる場所ならある。
みんなの所だ。
死に向かう、そんなことは当たり前だ。
無駄な足掻きこそが人生だろう。
存在の意味は、それこそ砂の粒にさえある。
ガラスが割れるように、宇宙空間が砕け散る。
また森の中にいた。
道の先に、広場が見える。
少し歩いて、食べ物を食べて、仮眠する。
目が覚めたら、広場に向かう。
どんな魔物だろうと、倒す。
試練を乗り越え、みんなの力になる。
広場の魔物は蟻だった。
小さいものを焼き払うと、また大きなものに変わっていく。
巨大な蟻は、グロテスクで硬い。
魔力弾の威力を上げる。
魔力の消費も激しい。
回復しながら、戦い続けて、最後の魔物を倒した。
広場の中央に、小さな聖樹が生えてくる。
水晶が五つ。
そっと触れる。
試練は、挑む人によって多少は違うのかも知れない。
この世界の人に宇宙はないだろう。
リンダースに移動して、時間を確かめる。
試練中は、時計が役に立たない。
日にちも分からないし、困る。
試練に挑むには、暇人になれってことか。
大神も困った神様だな。
昼過ぎだったので、優子さんのお店に行く。
「こんにちは」
「また、ぼろぼろじゃない」
「ええ、まあ。皆さんはお元気ですか」
「相変わらずよ。雪乃さんの心配もね」
「何か、すみません」
「無事だから良かったけど」
「変わったこととかはないですか」
「うーん、何となくだけど」
「何かありますか」
「滝川さんが、時々上の空な気がするの」
「あの冷静な滝川さんが?」
「何となくよ」
「そうですか。帰りたいのかな?」
「滝川さんは帰還はあまり興味無さそう」
「そんな感じですよね」
「まあ、気のせいかもだけど」
「修行が終わったらまた顔を出します」
「修行ねえ、気をつけてね」
「はい、次は春物の服ですね」
お店を出て、歩く。
冬も終わりで、雪はもう無い。
試練のための、飲み物を買う。
アンデッドの森の果実を取りに行く。
そんなところで、宿屋に行く。
夕食を食べる。まともな食事は嬉しい。
部屋に戻る。
ベッドに熱風、お風呂。
明日一日準備したら、また試練に向かうつもりだ。
試練を乗り越えることが、次に繋がる。
そんな気がする。
朝はゆっくり朝食を食べる。
聖樹を巡り、マルト商会へ行く。
また、多めに買い取りをしてもらう。
魔石は溜まるばかりだ。
お金も、この世界では、かなり貯まっている。
でも、師匠との約束は果たしていないし、師匠のことを知り、お墓も作りたい。
沢井さんたちの帰還のことも勿論だし、魔術ギルドの問題も、できるなら協力したい。
欲張りかな、とも思うけど、自分が役に立つことは、自分のためでもある。
誰かの力になれるという喜びは、自分を強くしてくれる。
いつの間にか、そんなふうに思えるようになってきた。
ひとつひとつは、簡単なことではないだろうけど、一人ではない。
みんながいる。
大切に思える人たち。
以前の自分は、一人きりだと思っていた。
きっと、そんなことはなかったはずだ。
冒険者ギルドに顔を出す。
特に何もなかった。
気持ちを新たにして、試練に向かう。
▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶
魔術ギルドの奥。
研究や実験をしている建物。
その中でも、共同研究ではなく、個人が研究をしながら、住む場所がある。
魔術ギルドの敷地内でも、謎の多い場所。
しかし、新たな研究は、ここで進められることがほとんどだ。
20年近く前から、人があまり近づかない建物がある。
時々、画期的な薬や、怪我や病の治療法を発見してきた研究室。
時おり、貴族や教会の者が訪れるくらい。
研究者の素性や、出身などはあまり問われない魔術ギルド。
その中でも一番謎に包まれた場所。
少し恐れを持って見られている。
魔法陣がある。
幾つかある魔法陣の一つ。
そこには、人が、人だった物がある。
研究は、上手くいかなかったのか。
打ち捨てられる物。
無表情な助手のような人間たちが、淡々と始末をする。
暗く澱んだ空気に、嫌な臭いもする。
「まだ足りない」
「生贄を得るのも難しくなっております」
「手を広げろ。必要な物だ」
無表情な助手たちは、黙っている。
彼らは、主には逆らえない。
また生贄を探すしかない。
そこには、人の尊厳など欠片も無い。
暗く澱んだ空気だけが、漂う。
教会。教皇の部屋。
「教皇様、行方不明者が増えていますが、見逃すのですか」
「仕方ないだろう」
「しかし、噂になっています」
「噂を抑えるようにしろ」
「しかし」
「私たちが老いることもなくなった。そのために必要なことだ」
「確かに不老を手に入れましたが」
「貴族たちも一部の者は恩恵を受けている」
「秘匿されていますから、生贄も難しくて」
「魔力のある生贄が必要なのだ」




