道
道を歩いている。
もうどれくらい歩いたかも分からない。
雪乃は、リンダースの宿屋を出て、聖樹を巡り、試練の二つ目の広場から、北へ向かっていた。
森の中に道が開き、歩いた。
お腹が空けば、立ち止まり、燻製肉を噛り、果実を食べ、お茶を飲む。
風景が、不意に変わる。
村が見えたり、街の中になったり、そしてまた、森の中の道になる。
聖樹が見えた時があり、思わずそちらに進むと、最初の広場に戻る。
親しげに声をかけてきた人に応えたら、また広場に戻される。
己を信じ、道を進む。
そんな試練なのだろう。
何度か戻されて、分かった。
北へ、歩く。
真昼の砂漠では、地中から魔物が襲って来た。
月の見える荒野では、空から魔物が来た。
倒すと幻のように消える。
幻なんだろう。
村があり、街に入り、また森の中になる。
森の中の道だけが幻ではないようで、時々立ち止まり、時にはうずくまり、仮眠する。
昔の風景なのか、戦場の中さえあった。
戦う人たちの中を歩くと、すり抜けるように進める。
街の中で、懐かしげに手を差し伸べる人たちも、歩き続けると、すり抜ける。
戦場で、助けを求める人たちを、すり抜けるのは辛かった。
まだ、魔物の方が、楽なくらいだ。
そんな気持ちを試すように、楽しそうな風景は少なくなった。
暖かい光の溢れる草原で遊ぶ人たち、そこに現れる盗賊。
戦場から逃れ、火が迫るなか助けを求める人たち。
食べ物を求めるスラムの人たち。
涙が溢れる。
こんな試練に勝つのに、何の意味があるのか。
森の中の道で食べ物を食べ、休む。
また、歩き出す。
全てを救うことなどできない。
そういうことなのだろうか。
また風景が変わる。
沼地だ。
霧がかかる。
魔物が来る。
泥の中で戦う。
巨大な蛙の魔物のようだ。
魔力弾を撃つ。
粘液が飛び散る。
服が焦げたような臭いを出す。
毒があるようだ。
解毒、洗浄。
泥で動きが鈍るが、魔力弾を撃ち、剣で斬りかかる。
随分時間が経った頃、ようやく倒した。
沼地が消える。
だが、泥だらけのままだ。
洗浄。
道の先に、広場が見える。
休憩して、泉の水を飲む。
何があるにしても、簡単なものではないのは分かる。
探知をしてみる。
広場の中は、探知しても無駄なのは分かっている。
広場の周りを探知する。
囲むように魔物の反応がある。
充分休憩して、魔力も回復する。
行こう。
歩き出す。
広場に足を踏み入れる。
囲むように迫る魔物たち。
あらゆる魔物や人のアンデッドたちだ。
浄化、浄化、浄化。
休む間もなく、浄化を続ける。
泉の水を片手に持ち、魔力を回復しながら、ひたすらに、浄化。
魔力が切れたら終わりだろう。
左手で、瓶を持ち、飲む。
空になれば、瓶を変える。
泉の水は、不思議に、お腹がいっぱいになってしまうことはない。
浄化を続けて、何時間も経ったような気がする。
やっと広場の中だけに、アンデッドがいる状態になった。
数体まとめて浄化できるようになったのは、皮肉な感じだ。
最後の魔物を浄化したら、崩れるように座り込む。
広場の中央に、小さな聖樹が生えてくる。
水晶のようなものは三つ。
力を振り絞り、聖樹に近づいて触れる。
三つ目だ。
暫く休んで、リンダースに移動する。
昼過ぎ頃のようだ。
三月も半ば、雪が積もっている。
ふと、それぞれの国はどんな風だろうと思う。
最初の村にも、遊びに行くと言ったきりで、その後、連絡もしていない。
街でお菓子を買う。
最初の村を、訪ねたくなった。
冬だから、負担をかけないように、食料は持参だ。
村の近くに移動する。
雪が積もり、寒いなか、門番の人が立っている。
「こんにちは、あの、私は」
「ああ、覚えてるよ元気そうで良かった」
「ちょっと挨拶に来ました」
「村長の家に行くといい。今日はみんないるはずだから」
「はい、ありがとうございます」
村に入り、奥の村長さんの家に行く。
扉をノックする。
「開いてるぞ」
「お邪魔します」
雪を払い、扉を開けて中に入る。
「こんにちは、お久しぶりです」
「おお、ユキノさん」
「皆さんお元気ですか」
「ああ、早く奥に来なさい」
「冬になんか来てしまいました」
お土産のお菓子を出す。
「色々ありましたけど、皆さんは大丈夫でしたか?」
「ああ、病はここまでは来なかった」
「ユキノさんのおかげで、秋の収穫も豊作で助かったよ」
「早く座って温かいものを飲んで話そう」
「はい、ありがとうございます」
温かいお茶を貰い、ひと息つく。
「あの後は、どうだね?何か分かったかな」
「まだ師匠のことは分かりませんが、今はある試練みたいなものに挑んでいます」
「ほう、試練とはな」
「そうしたら、皆さんに会いたくなりました」
「若い娘に会いたくなってもらうとは、私たちもなかなかだな。冗談だが」
「ふふ、それで、皆さんに聞きたいことがあってお邪魔しました」
「冬は忙しくない。聞こうか」
「はい、ありがとうございます。突然ですが、強さって何でしょうか」
「ふむ、強さか」
「はい、魔物を倒す強さはかなり手に入れましたけど、本当の強さは分かりません。皆さんは、自然と戦い、共に生きている方たちです。皆さんの強さが知りたくなりました」
「なるほどな」
みんな、村長を見る。
「受け入れることかな」
「受け入れる、ですか」
「そうだ。そこにあるもの、自分の中にあるもの。受け入れ、飲み込み生きて行く」
「はい」
「ユキノさんは、自分が好きかな」
「私は、分かりません」
「ユキノさんは、他人のために強くなろうとしているように見える。それも良いことだと思う。しかし、自分を好きでない者を、他人が好きになるだろうか」
「私は、私を、分かりません」
「少なくとも、この村の者は、ユキノさんに好意を持っている」
「そうですか。嬉しいです」
「それを信じてみてもらえたなら、強さに繋がるのではないかな」
「私は、そうですね。信じたいです」
自分を信じる。自分を好きになる。
やはり、この村に来て良かった。
「一日くらいは泊まってくれるかな」
「はい、また燻製肉がありますよ」
「はは、そう村人を甘やかすな」
「少しくらいはいいでしょう?」
村長の家で、夕食を食べ、夜まで雑談しながらお茶を飲んだ。
温かい気持ちを貰い、ゆっくり眠って、朝も食事をして、また遊びに来ますと挨拶をして、聖樹を巡り、リンダースに戻った。
その日は、雪が積もる北の三国を見たり、他の街や国を、飛び回り、人々の営みを感じて夕方、リンダースの宿屋に戻った。
夕食をゆっくり味わい、部屋でお風呂に入り寛ぐ。
そこにあるもの、自分のなかにあるもの。
飲み込み、受け入れる。
自分を信じて、自分を好きになる。
少なくとも、信じてくれる人たちや、好意を持ってくれる人たちを信じる。
心に響く言葉だ。
冒険者ギルドのドルトスさん。
Aランク冒険者だから気にかけてくれるだけかも知れない。
でも、好意は信じたい。
マルト商会のダグラスさん。
商売の相手だ。損得勘定はあるはずだ。
でも、商売こそ信頼が大切だ。
いくら儲かるからといって、盗賊から買い取りをするような人じゃない。
信頼関係があると思う。
ファリアさんやオルスト神殿長。
信仰する神々の祝福を受けた者だから、信頼や好意があるのだろう。
それは信じることができるはずだ。
転移者のみんな。
それぞれ、考え方や、帰還への思いは違う気がする。
役に立ちたいと思う。
充分なのではないか。
師匠もアンデッドだけど、確かに師匠だ。
少し、心が落ち着いた。
温かいベッドで眠る。
翌朝は、朝食後、冒険者ギルドに顔を出す。
依頼板を見たりして、暫く冒険者たちのなかにいる。
次はマルト商会に行く。
試練に挑んでから、毎週月曜日の約束は守れていない。
ダグラスさんに、そのお詫びを言う。
「何か理由があるのでしょう?構いません。いつでも来てください」
「ありがとうございます」
「今日も多く買い取りましょう」
魔物や果実、植物。
ダグラスさんの役に立つなら、そこからまた街の人たちの役にも立つだろう。
魔石とお金を受け取り、店を出る。
それから、優子さんのお店に行く。
「また何か、ぼろぼろになってない?」
「ええ、まあ、無事ですから」
「全くもう、沢井さんたちも心配してたわよ」
「ああ、すみません」
「無事ならいいけどね」
「皆さんによろしくお伝えください」
また、小物を買ってお店を出る。
雑貨屋では、普通の飲み物用と、泉の水用に、瓶を買い足す。
瓶ばっかり買ってるお客だな。
あまり大きくない店の奥を、ふと見る。
石で作られた模型がある。
馬車や馬。船、お城、教会、神殿もある。
神殿の模型は、掌に載るくらい。
ちゃんと、祭壇や、八柱の神々の彫刻も、小さく彫られている。
思わず買ってしまった。
模型なのに、ちょっと嬉しい。
子供みたいだな。
残りの時間は、聖樹を巡り、リンデル王国の聖樹の側で、狩りや採取をする。
まあ、初心に還るような感じと、売り物の仕入れだ。
夕方、宿屋で夕食を食べる。
部屋に戻って、お風呂に入る。
こんな一日が、嬉しい。
まだ甘いかも知れないけど、それが今の私だ。
温かいベッドで眠る。
小さな幸せだ。
翌日は、朝食後、聖樹を巡り、レオルトの神殿に行く。
今度は、入れてもらえた。
供え物と寄付を渡す。
各地の神殿を修復するにも、お金はかかるだろう。
神殿で、祈る。
みんなの無事や幸せを願うのは、贅沢だろうか?
祈りの後、改めて名乗り、ファリアさんに会えないか、聞いてみた。
暫く待たされたが、会えるそうだ。
案内されたのは、ファリアさんの自室だった。
まだ少し、やつれた雰囲気のファリアさんだけど、お互いの無事を喜ぶ。
南の果実があったから、渡す。
「ファリアさんの顔が見られて嬉しいです」
「まあ、そういうことは、殿方に言うものじゃないかしら」
「そんな人はいませんから」
「今は、戦いの途中だとか聞いているわ」
「そうです。自分との戦いかも知れません」
「そう。ユキノさん、祝福はとても強く感じますよ」
「そうでしょうか、ファリアさんが言うのなら、そうなんでしょうね」
「ユキノさん、笑ってみて」
「えっ?笑う?」
「そう。笑って」
にっこりしてみた、つもり。
ファリアさんも、にっこりする。
「あのね、人は、自分の鏡みたいなものだと思うの」
「鏡、ですか?」
「恋なんかは上手くいかない時もあるけど、優しい気持ちには、優しさが、侮るようなら侮られる。そんな気がするの」
「そう、かも知れませんね」
「神殿を襲った人たちからは、何も感じなかったの。だから怖かった」
「そうだったんですか」
「怒りや憎しみも、受け止められます。でも何も無いところには何もできません」
「そんな思いを、されていたんですか」
「そうね、でも、あの人たちは何か、何かに操られていたような気がします」
「操られる、そうですか。いったい何が起きているんでしょう」
「この先は、私たちの仕事です。ユキノさんはユキノさんの仕事がありますよ」
「そうですね」
「鏡に映る自分を恥じないように、祈っていますからね」
「ファリアさんは凄いですね」
「ユキノさんも、良い顔をしてますよ」
二人で笑い合う。
ファリアさんが笑うと嬉しい。
なるほどと思う。
ファリアさんの部屋を出て、神殿を出るところで、オルスト神殿長に会った。
「久しぶりだな」
「はい、ファリアさんに会えました」
「そうか、少し話すか」
また、立ち聞きできない小部屋に行く。
「それで、どうだ?」
「試練はまだ三つまでです。本当に自分を試されているようなものです」
「そうか、まだ少し迷いがありそうだな」
「はい、自分を信じることを探しているような感じです」
「ファリアは孤児だ」
「えっ、そうなんですか」
「ああ、神殿の孤児院にいた」
「ファリアさんは、愛に満ちているように思えます」
「愛することを知っているからな」
「愛すること、ですか。私は両親に愛されていないように感じて育ちました」
「そうか、しかし不幸では無さそうだが」
「そうなんですか」
「親子や夫婦、相性の合わない者はいる」
「相性?」
「人はさまざまだ。子供を愛せぬ親もいる。親の愛を受け取るのが難しい子供もいる。神々も不思議なことをするものだ」
「さまざま、そうですね」
「自分次第で変わるもの、変わらないもの人の世は複雑だな」
「そう、ですね」
「まあ、柄にもない話をしたな」
「神殿長。ありがとうございます」
「なに、お前なら大丈夫だろう。さて、神殿修復の寄付金でも数えるか」
また温かい気持ちを貰い、神殿を出る。
愛することを知る。
心の中の何かに、とても響いた。
残りの時間は、また狩りや採取をして、リンダースに戻る。
宿屋に戻って、夕食を食べる。
部屋でお風呂。
優しい気持ちに包まれて、眠った。
▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶
薄暗い部屋の中、呟く声。
「憎い、憎い、何もかもだ」
「サオリ様」
「私は力を手に入れた」
「サオリ様以上の方はおりません」
「何故だ、何故全てが手に入らない」
「サオリ様のためなら私たちが」
「お前たちなどいくらでも呼べる」
「サオリ様、サオリ様」




