女神の口
「女王アリッサム様より命を伝える!」
どこからともなく発せられた声に、ヒュウガたちは辺りを警戒した。視線をさ迷わせ出どころを確かめる。
コツコツと二つの足音。
それは近づき背後に立つ。その者らが再度声を上げた。
「女王アリッサム様より命が下されました。王間にて、グラジオラス創始様をお迎えするとのこと。王間までご案内致します」
記憶と記録の用心である。ルピナス兵は素早く用心の背後に移動した。下級ルピナス兵は知っていた。アリッサムのように見ていたから。用心がいかに城内を知り尽くしていたかということを。イキシア王から信頼されていたということを。
「忌み者……」
グラジオラス兵からだ。
忌み者、忌み子……その存在はグラジオラスでも同様である。ヒュウガ、スオウの背後でグラジオラス兵がざわついた。不快な表情をする者。顔を背ける者。顔をしかめて睨み付ける者。
その状況で、ヒュウガ、スオウ、グラジオラス兵と、記憶と記録の用心、ルピナス兵が対峙する。
ヒュウガは気配を感じず現れた二人を、全身で警戒した。場の雰囲気が最も張りつめていた時の二人の登場である。グラジオラス兵は、今にも剣を振り回さんとする気がありありと滲み出ている。だが、ヒュウガは警戒しながらも二人の発言を探る。
「……女王アリッサムと言ったか?」
至極当然の問い。そう問うと同時にヒュウガはスオウに目配せした。スオウはヒュウガの無言の命を受け、グラジオラス兵を一睨みする。
「落ち着け。平静の上の戦こそ、勝利の道だ。お前たちはまた、荒くれ者に成り下がりたいのか?」
ドスの効いた声が、グラジオラス兵の脳天に響く。スオウの発言に、兵たちは小さく息を吐き出し力を抜いた。
「平静でいろ。ヒュウガ様……」
スオウは兵の気を鎮め、ヒュウガに合図を送った。兵を鎮めた上で、現れた忌み者らと再び対峙した。先程の失態はおかすまいと心に決めて。刺激してはいけない。ここはグラジオラスにあらず。ルピナス城内である。
「はい、女王アリッサム様でございます」
ヒュウガの問いを受け、用人は答えた。
「ルピナスの王は、シオン王ではないのか? ……城を棄て、国を棄て逃げたと聞いているが?」
ヒュウガはそう言って、チラリとルピナス兵を見た。ルピナス兵は慌てたように、用人の耳元でコソコソとし出す。
「我々は、そこのルピナス兵が『開門』したので城内に入った」
ヒュウガはわざと、開門はルピナス兵が行ったことだと告げたのだ。そして、忌み者とルピナス兵の表情を注視する。ルピナス兵は目をギョッと見開き、さらに慌てる。忌み者たちは……用人たちは、表情一つ変えずにただヒュウガたちを見ているだけだった。
と、その時。ヒュウガは背にゾクリと悪寒が走った。忌み者たちが笑んだ。
「私はアリッサム様の『口』にございます。故にお伝えすることのみが役割。さあ、どうぞ王間へご案内致します」
記憶の用人がそう話す。ヒュウガの揺さぶりに全く惑わされない。その余裕さが、ヒュウガたちを困惑させている。
「待て!」
脇をすり抜け歩む用心人らとルピナス兵。ヒュウガの声に一瞬止まり、チラリと視線を送る。そして、ヒュウガに悪寒を味あわせたその笑んだ顔で言った。
「我らを止めるはアリッサム様のみ。……いえ、もしくはその剣でどうぞ」
つい先程のルピナス兵と同様に、用人は言った。
「足でも斬って下さい。さすれば止まります」
と。そして、こうも言ったのだ。
「ですが、どうぞ口だけは避けていただきたい。私の口はアリッサム様の口。この口だけは譲れません」
歩を進める用人らとルピナス兵。その背に剣を振りかざすことは容易だ。だが、死を恐れぬ背に剣を下ろすことに意味はあろうか? 戦う意思もなく、背をさらしている者に刃を落とせようか?
グラジオラス兵はそれでも、その背をギロリと睨んでいる。敵であり、そして忌み者を排除しようと。
「ヒュウガ様、スオウ様、どうぞご命じ下さい。少々脅せばいいのです。利用価値がないのなら……」
進言する右陣隊の隊長は、すでに剣を掴んでいる。しかし、左陣隊からはひそひそと何か聞こえてくる。消えた三人の居場所がわかるのではないか? それまで生かしておけばいい……そんなところであろうとヒュウガは汲んでいた。そうこうしている内に、用人たちは下り階段を先に進み、姿が小さくなっていく。
「ヒュウガ様、隊を分けましょう。罠かもしれません。まずは、私が左陣隊を連れて先程の者たちを追います。安全が確認できましたら、伝達兵を出しますので追って下さい」
スオウがそう提案し、ヒュウガは頷く。周りを見渡し、皆もそれに応え頷いた。
「左陣隊はスオウと行け。右陣隊、近衛隊は私とともに待機だ」
……
……
「待たれよ!」
スオウの隊は先を行く用人らを呼び止める。
「我らが安全を確認した後、ヒュウガ様をお連れする。良いか?」
用人らはただ笑むのみ。
「王間までご案内致します」
代わりにルピナス兵が答えた。
下り階段を下り終える。最下層であるそこは、ひんやりとしら空気が流れていた。用人たちは歩を止める。左壁を探り出した。
「止めよ!」
スオウは剣を引き抜き用人の手首にあてた。
ーーザッーー
ルピナス兵と左陣隊が体を構えた。
「わかりました。暗いので灯りをと思いましたが、必要ないようですね」
用人は動揺もせず発する。
「灯り? 罠の発動ではないのか!?」
スオウは用人自らが犠牲となり、罠を発動させようとしていると思ったのだ。スオウの剣は、用人の手首に留まっている。
「私たちが……」
ルピナス兵が声を上げる。
「私たちが罠のことを言ってしまったのです」
用人はそれでも平静である。
「なるほど。先程からの殺気はそのせいでしたか。ですが、私たちはアリッサム女王様より、王間にお連れするように命じられたのみ。皆様を安全にお連れしたい思いで、灯りをと思いましたが、この階段を上りきるまでは仕方ありませんね」
そう言って何事もなかったように上り階段に向かっていく。ルピナス兵は構えを解き、用人の後を追う。離れないようにピタリとついて。足音が遠ざかる。スオウはハッとし、その視線を用人が進んだ方へ。暗がりの中、ボンヤリと確認できる背に、チッと舌打ちし後を追った。
ーータッタッタッーー
そのスオウを追い抜き、左陣隊の隊長が突っ走る。手には引き抜かれた剣。素早くスオウは反応した。
「なにをしている!!」
響く声。
「止めろ!!」
怒声に反応して、前を行く用人たちは歩を止めた。隊長の剣が暗闇の中で、キラリと光る。頭上に振りかざされた剣は、スオウの制止にも怯まず降り下ろされた……
ーーザシューー
次話更新明日予定です。