身代わりの忌み子たち
妃塔に集まった忌み者の数十五名。皆、一年前まで王の用人であった者たちだ。内二名は女性。三名が幼子。残り十名が男性である。忌み者の割合は圧倒的に男性が多い。
「ネロ、他の皆はどうしましたか?」
アリッサムは、イキシア王が一番傍においていた用人頭ネロに問うた。ネロは唇をグッと噛み締める。悔しそうに言った。
「皆、連れていかれました。ブリアの……ブリアの身代わりとなるために」
アリッサムの眉が寄る。険しい表情でネロの次の言葉を待つ。
「シオン王様に年格好が似た子、側室様に似た者、その他に臣下と……それと、似ない他の者たちは甲冑を渡され、兵士にさせられました」
ブリアの側室は身代わりまで仕立てたのだ。
「私たちはちょうど秘密の通路で作業をしていたので、捕まることはなかったのです。ですが、町には戻れずこうして妃塔に……
ルピナスを出ても、私たち忌み者は行くあてなどありません!」
アリッサムは踞るネロの肩に手をおいた。
「ネロ、立ちなさい。そして、皆も立ち上がって。あなたたちは忌み者ではないわ。王の用人よ、胸をはりなさい」
それでも未だ項垂れる用人たちに、アリッサムは最上級の言葉をかけた。彼らを突き動かす言葉を。
「王の……女王の命令よ! 立ちなさい! 用人の仕事を放棄するの?!」
ネロたちはバッと顔を上げる。アリッサムがそこに在る。瑠璃の女神がそこに在る。……正統な王がそこにいる。
「立ちなさい! 父上の命を伝えなさい!」
用人たちは立ち上がった。女性二人はアリッサムの両脇に動き、ドレスを整える。幼子たちは扉を閉めに行く。十名は起立整列し、アリッサムに従う。本来の姿がそこにあった。
ネロが目配せをする。目配せを受けた者たちが前に出た。アリッサムは二人の任を理解している。記録と記憶。イキシア王が二人に課した任だ。王の日常の記録係と記憶係。
「イキシア王様から、秘密の通路の完成を託されていました。あの悲劇の日から我々はずっと通路を作ってきました。二年前には完成していましたが、王様は追加の命を出されました。
事変が起こった際は、アリッサム様にこの通路の存在を明かすこと。
そして、アリッサム様を……」
言い淀んだ者の言葉をアリッサムは受け取った。イキシア王の想いを受け取った。
「私を城から出すな」
アリッサムはさらに続ける。
「通路は用人たちのもの。『……守らざるは守ること』そう言ったのではなくて?」
記憶係、記録係も驚いた。
「ええ、私は城から出ません。出入りはあなた方用人の役目ですわ。あなたたちは、私の目となり耳となり、手となり足となり……私の『身の代わり』をしていただきます」
驚きは驚愕以上に変わる。宿った不信が瞳の色を濃くした。ネロは身代わりと言ったアリッサムに抱く、不信を。それはブリアの行いと同じ言葉であったからだ。
「身、代わり……ですか?」
ネロは思わず声に出した。その音色に不信が含まれていることに、アリッサムが気づかないわけがない。なぜなら、アリッサムはあえてそう言ったのだ。
「私は盾が欲しいわけじゃない。代わりとなって剣を受けてほしいなど思わないわ。私は命の代わりなど望んでいないもの。
言ったであろう? 私の目となり耳となれ。手となり足となれ。私の代わりに。
……『私になれ』と言っているのだ。
私の身代わりじゃない。私の身になってくれ。私は城から出ない。私の……」
「私は足となりましょう!」
ネロは宣言した。アリッサムの想いがネロに通じた。
「私は手に!」
「私は……」
次々と用人が宣言する。アリッサムは一人一人と視線を交わし、大きく頷いた。最後に女用人二人と幼子三人が残る。ネロはアリッサムに指示を仰いだ。アリッサムは幼子三人の頭を撫でる。
「通路の見張りを頼みます。ネロたちと合図を決めておきなさい。秘密の通路です。私たち以外誰にも知られないように」
幼子たちは元気な声でハイと答えた。
「私は何を?」
女用人二人にアリッサムは微笑んだ。
「私の背をお願いしたいのです。そのためにこの妃塔に来ました」
用人たちは不思議そうにアリッサムの言葉を聞いていた。その様子にアリッサムはイタズラな笑みを浮かべる。
「私の瑠璃は背にあるのよ。その瑠璃が映えるドレスを選んでほしいの。私自身で、私の背は見えないもの」
ストンと納得した用人たちは、穏やかに笑んだ。アリッサムの瑠璃の噂はイキシア王急逝時に広がっている。女がどんなに噂を鎮めようとしても、それは鎮まることはなかった。故に、女はアリッサムを軟禁したのだ。
***
この時、すでにヒュウガたちは王塔の入り口に近づいていた。時は近づいてきている。
『凛』が降臨する時が。
瑠璃の女神が……
次話更新明日予定です。