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瑠璃の女神一凛  作者: 桃巴


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35/39

女王とリサ

 一夜明けた大陸は、前日までの戦が嘘のような静けさだ。


 ーーホロホローー


 リラは今日もグラジオラスからルピナスに翔んでいる。用人は回廊でリラを受ける。腕に乗せたまま、王間に進んだ。


「女王様……」


 玉座で目を閉じるアリッサム。用人は、声を小さく呼んだ。そのまま眠らせてあげたい気持ちからだろう。


「おはよう」


 アリッサムは瞳をゆっくりと開けた。用人は眉を下げた。


「すみません」


 起こしてしまって……という気持ちから。


「いいえ、いいのよ」


 アリッサムはフッと笑って答えた。


「はい、おはようございます。それと、創始様からです」


 用人の腕のリラは、


 ーーホロホローー


 一鳴きした。アリッサムに朝の挨拶をしたようだ。


「リラ、おはよう」


 用人はリラの足元から文を取り出した。そして、その止め蝋に首を傾げる。


「あの、『秘』と押されております」


 その文に押された『密』印にアリッサムも首を傾げる。開いたその文には、


『一夜を共にしたような気だるさと、新しい覚醒の朝ですね』


 アリッサムは文を持ったまま固まった。何となく感じていた……創始からの好意。だが、アリッサムはまだ十八であり、その文の返しをすぐには思い付かずと言うか、手におえず。


「女王様?」


 用人は窺う。


「え、ええ。困りましたわ。これなのだけど」


 そう言って、アリッサムは用人に文を出すものの、用人はいえいえと後退した。


「密印のものを私ごときが見るわけには」


 アリッサムはちょっと口を尖らせる。


「もおっ、創始にリラを託したのは間違いだったかしら」


 アリッサムと用人は笑う。用人は笑いながら言った。


「見ませんが教えてください」


「まあ! うふふ、そうね。ええ言うわね……」


 アリッサムはくるりと用人に背を向けた。あの内容を真正面で伝えるのは、十八のアリッサムには恥ずかしい。


「……」

「……」


 さすがの用人も、その内容にあんぐりと口を開ける。


「……ね、困りましたわ」


「そうですね。うーん、あの女王様は、そのですね」


 用人は言い淀む。アリッサムは

『ん?』と用人を促した。



「創始様を、お慕いしておりますか?」


 アリッサムは先程の用人のようにあんぐりした。


「ま、まあ。お慕いと言うか……グラジオラスを建国した尊敬できる方ですわ。統治……きっと私よりも経験を積んでおられます」


「女王様、そうではなく、男としてですよ。創始様はアリッサム様にとって、この世の一番の男ですか?」


 アリッサムの答えはいいえだ。この世の一番の男はガロなのだから。


「いいえ」


 はっきりと。


「ならば、そうですね。ここはガツンといきましょう!」


 用人はニヤーリと笑った。


『リラは暫く預かりますわ』


 用人は声色を使って発する。アリッサムはクスクスと笑う。


「そうね、シキで送りましょう。リラはちょっとお休みしてて」


 アリッサムはリラを撫でる。用人は頷き、リラを玉座の横の止まり木に預けた。


「では、シキを送ります」


 用人が下がる。


 王間にまたアリッサムは一人で佇んだ。まだ、終わっていない。まだ、城は動いていない。アリッサムがすべきことは山積みである。


「……まずは、ギラね」


 アリッサムは呟いた。


 ーーコンコンーー


「入りなさい」


「失礼します」


 ガロである。アリッサムは、すぐに視線を手と足に向けた。血は止まっているものの、手当てを受けていないその様にアリッサムは眉を寄せる。


「ガロ、すぐに手当てを」


「いえ、かすり傷です。お気になさらずに」


 ガロの平坦な声に、アリッサムの体が熱くなる。自分だけがこんなにも……平静でいられないことに。ガロは自分と壁を作っていることに。ガロは……


『もう、私を……』


 あの温もりを感じた日から、一年も過ぎた。ガロは、もう……いえ、今この時だけの温もりだったもの。ガロも私も、あの時の今ではいられないから。そんな想いにアリッサムは捕らわれた。アリッサムの瞳が変わる。ガロと同じく、平坦であろうと。私は女王であると。その変化にガロが気づかないわけがない。


「アリッサム様?」


「瑠璃を近衛に昇格します。ガロ、近衛隊長に任命します」


 ガロは突然のアリッサムの変わりように驚く。


「外回廊へ行きます」


 アリッサムは歩む。ガロは、その背を追う。アリッサムから感じるもの、それはガロが最もアリッサムに感じてほしくないもの。


『独りにしない』


 そう誓っている。ガロはアリッサムから孤独を感じた。昨晩、ベールを巻いてくれたアリッサムと違う何かを。


「アリッサム様」


 ガロは強めに呼び止める。アリッサムはピタリと歩を止めた。


「何かしら?」


 振り向いたアリッサムは、ガロを見つめる。その瞳に色がない。感情がない。力を感じなかった。


「お疲れなのではないですか? 少しお休みになられては?」


 このガロの発言もアリッサムの心を追い詰める。欲しいのは、そんな言葉ではない。ずっとこの日を待ち望んだのに……なぜ私は女王なのだろうと。アリッサムは泣いた。もちろん、心の中で。


『ガロにとって私は女王でしかない。これからずっと、ずっと……』


「女王様!」


 と、そこに先程の用人が来る。腕にシキを連れて。アリッサムは笑んだ。逃げるようにアリッサムはガロから離れる。ガロに衝撃が走る。アリッサムの笑みである。自分に向けられない笑みが。


「文をお願い致します」


 用人はアリッサムに紙と筆を渡した。アリッサムはクスクス笑いながら、用人と決めた文章を書き上げた。


「では」


 用人はガロにも頭を下げる。アリッサムは用人を見送る。その背を見つめるガロの瞳には、激しい熱情が宿っていた。自分だけが知っていた瑠璃は、今や誰もが知り、目に出来る。


「……寒くはないですか?」


 ガロは発した。本当はそうではない。それを誰にも見せたくない。そんな想いだ。


「……」


 アリッサムは黙ったまま振り返る。


「行きましょう」


 なんとか立っているのだ、アリッサムは。支えてほしくても、それを望めない。アリッサムはアリッサムを捨てたのだ。


 女王であるために。

 ルピナスであるために。


「大丈夫です」


 独りで大丈夫。私は女王なのだから。そう、アリッサムは何度も自身を閉じ込めた。


 ガロは身を切られる。アリッサムがガロを頼らない。独りにしないと誓ったはずであるのに。目の前のアリッサムは……


「アリッサム様」


 ガロは思わず手を伸ばした。アリッサムはその手が触れる前に、ぽつりと溢す。


「アリッサムはいません」


 ガロの手が止まる。


「私は女王です。アリッサムは……もうこの世にいないのです」


 アリッサムは続ける。


「誰も、私がアリッサムであることを望まないもの!!」


 アリッサムは吐き出した。そして、素早く歩む。ガロは呆然とその背を見ていた。アリッサムが離れていく。


『誰もアリッサムであることを望まない?』


 ガロはガツンと頭を殴られたような感覚だ。


「リサ!!」


『情けないわ』


 アリッサムは思う、情けないと。押し込めたものが簡単に溢れたことだ。ガロが自分を呼び止める声に、さらに恥ずかしさを感じた。あんなことを言われたら、ガロならそうするしかないだろう。『リサ』……自分がそう呼ばせたのだ。情けないと。アリッサムは、中途半端な自分を責めた。


「リサ!!」


 再度ガロが発した。その手がアリッサムを掴む。アリッサムはまたも思ってしまう。望まないと思っていても、触れてほしい。触れてほしいと思っていても、それはこんな風に掴まれることじゃない。


『情けないわ、情けない……』


 アリッサムは、自分の中にしか本心を話せなくなっていた。


「離しなさい」


 振り返ったアリッサムは、ガロに強く発した。


「嫌です」


 ガロも強く発する。


「……わかりました。ではこのまま行きましょう、外回廊へ。皆の前へ」


 ガロの手がビクンと揺れた。アリッサムの腕がスッと抜ける。


『ほらね、無理でしょ』


 アリッサムは笑んだ。哀しげなその笑顔にガロは息が止まった。


『そんな顔をさせたいんじゃないんだ、リサ』


 ガロの手が再度アリッサムに向かうも、それをすり抜けアリッサムは外回廊に出た。


「女王様!」


 瑠璃隊がアリッサムを囲んだ。アリッサムは笑顔を向ける。ガロはそれを眺める。


「瑠璃を近衛に昇格します。ガロが近衛隊長よ」


 アリッサムは命じた。そして、振り返ってガロを促した。その顔は、女王である。ガロはグッと手を握りしめた。


「はっ、お受けいたします」


 臣下である。ガロはさらに拳を強くする。


「よって、守りを解任します」


 ガロはバッと顔を上げた。


「守りは……」

「守り人は必要ありません。私はこのルピナス城から一歩も城外に出ることはありません。一歩たりともです」


「ですが、城内であっても守りは必要です。近衛隊長は辞退いたします。このまま守りの任を、どうか」


 ガロはアリッサムを見つめて言った。


「近衛も守りの役目も一緒です。だから、もう私の守りは私が女王である以上必要ないのです」


 アリッサムは穏やかな顔で皆に向けて発する。ガロは納得しない。アリッサムが自分から離れようとしていると感じて。


「アリッサム様……」

「女王様、ネリア王が城門を出ました」


 ガロの声と、用人の声が重なる。ガロは思い知るのだ、皆がアリッサムを女王と呼んでいることを。それが、アリッサムを追い込んでいる。ガロは唇を噛んだ。


「そう……。ネリアは新しく始まるわ」


 アリッサムはネリア塔城壁門を見る。カズサの隊がネリアの廃王とネリアの廃王子を連れて、城門を出ていく。カズサらは、ネリアに行った後スオウらと共にグラジオラスに帰還する。そして、ブリアの宰相は……


「女王様、我々も帰還いたします」


「まあ、もう少しリアンナお母様とお過ごしになられては?」


「いいえ、昨晩の月夜で充分です。女王様、ありがとうございました」


 宰相は深く頭を下げた。アリッサムはその想いを受け止める。


「後日、創始にシオンの後見をお願い致しますわ。ですから、ブリア王にもそのように」


「はい、お伝え致します。全てを……」


 アリッサムと宰相は頷き合った。


「女王様、シオン様リアンナ様の準備が整いました」


 また、用人が報告に来た。


「宰相、シオンとリアンナお母様がお見送りしますわ」


 アリッサムは微笑んで宰相を見送った。外回廊は段々と人が減っていく。今、ガロは十人程の瑠璃隊……否近衛隊と共にアリッサムに控えている。用人も数人同じく。


「ネロはまだかしら」


 アリッサムは呟いた。


「グラジオラスの遊軍と入れかえに、戻ってきましょう」


 遠くネリアを望むガロの横顔を、アリッサムは優しく見つめる。


「ネロが帰還したら、しばらくゆっくり兄弟の時間を過ごしなさい」


 アリッサムはそう命じて歩み出した。近衛が連なる。アリッサムは王間に進んだ。近衛の配備をガロは命じていく。まずは近衛から。それから、


「女王様、ラジール帰還しました」


 王間にラジールが入ってくる。


「下流のネリア残兵は片付けましたか?」


「はい、一人も残さずダリア王に引き渡しましたぞ」


 アリッサムはクスクスと笑った。この老将は、歳をとらないらしい。


「帰還してすぐですが、ラジール……ルピナスの全軍の編成を任せます。この戦で充分わかったはずよ、ルピナスを真に守った者たちが」


 ラジールは精悍な顔付きで頷いた。


「ルピナス城に最後まで残ったは、城門兵と聞きました。まずは、彼らを引き上げます」


 アリッサムはまず軍の掌握を進める。これなしには進まない。ラジールとガロと軍の編成を論じた。


 そして、もうひとつ進めねばならないこと……ギラのことである。


「ガロ、ギラの所に行きます。近衛はいらないわ」


 アリッサムはやっとギラの所に向かった。ガロも後を着いていく。しかし、アリッサムは、


「ガロ、もういいわ。ここからは狸らが来ますから」


 妃塔、外通路。風が吹いた。アリッサムの髪が揺れる。その背には一凛。ガロは瑠璃を見ながら発した。


「……リサ、俺は君を独りにしないと誓った」


 アリッサムは首を横に振る。


「リサはいません。アリッサムもいません。ガロ、その目に見えるでしょう、瑠璃が」


 ガロの手が伸びる。指先が瑠璃に向かう。


「女王様」


 狸である。井戸から頭を出した狸が、ひょっこと現れた。ガロはまたもその手を引く。ガロの越えられぬ一線。アリッサムもまた認識している一線は、何度も二人を隔てるのだ。


「ギラが起きましたぞ。……女王様? 泣いておられるのですか?」


 狸はアリッサムの潤んだ瞳にそう発した。


 ガロは引いた手に力を込めて再度伸ばした。狸の存在など気にしてはいられない。


「リサ、少し休もう。すまないが、ギラを妃塔に連れてきてくれ」


 ガロはアリッサムを包み込むように抱き上げた。狸にそう言い放ち妃塔へ素早く入っていった。


「おぉ、やるのぉ」


 狸はニタニタと笑ってまた井戸に入っていった。




 アリッサムは声を殺して泣いた。


「リサ、無理をし過ぎだ。まだ時間はあるんだ、そんなに……女王を背負わないで」


 ガロの声は優しく囁く。それでもアリッサムは首を横に振る。声を押し殺す。ガロから退こうと力を入れる。しかし、ガロはがっちりアリッサムを包み込んで動じない。


「リサ、もう独りの時間は終わったんだ。俺が居るよ、ずっとずっとリサの傍を離れない」


 ガロはアリッサムを覗き込む。しかし、アリッサムは瞳を合わせようとしない。


「リサ、無理だから。リサがどんなに俺から逃げても、俺は変わらない。


俺が求めるのは、女王じゃない。


俺はリサしか求めていない。もし、リサがリサはもういないと言うなら、俺は生きてる意味がない」


 ガロはギュッとアリッサムを抱きしめた。


「俺の腕にある温もりはリサじゃないのか?」


 アリッサムの強ばった体と心が解かされていく。


「……ガロ」


 アリッサムはそれしか発せられなかった。言葉は詰まる。発したくても、アリッサムはまだ十八の生娘であり、こんな時に何と言えばいいのかわからない。


「いいんだ、リサは何も言わなくても。頼ってくれ、リサでいてくれ、俺が望むのはただそれだけ」


 アリッサムはゆっくりと顔を上げる。覗き込んでいるガロと視線が重なる。二人は赤面した。互いに慣れていないのだ。視線を合わせたものの、すぐに反らしたアリッサムは、ガロの左手にそれは向かった。


「て、手当てをさせて」


 アリッサムはガロの左手を取る。


「あっ、ベールを汚してしまって」


 ガロは懐からベールを取り出した。


「い、いいのよ。あっ……」


 視線が少し重なる。アリッサムは俯く。ガロはむず痒くなり、視線をさ迷わせた。アリッサムは必死にガロの手当てをする。それに集中して。手持ちのハンカチがガロの左手に綺麗に巻かれた。それから、左足だ。


「ガロ、ちょっと待ってて」


 アリッサムは包帯を取りに行こうと立ち上がる。


「駄目」


 ガロはアリッサムの腰を引き寄せた。


「離れないと言った。リサ、一緒に行けばいいから」


 アリッサムの頬は桃色に変わった。


「ぅん」


 十八のアリッサムらしい返事を聞いて、ガロは晴れやかに笑んだ。

次話更新明日予定です。

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