陽が上る
「さあ、外道のお出ましですわ。ですが、ネリア王にはまだ信じられぬようですね」
「……王子に全ての罪を着せるのだろ?」
そう発するも、最初のような勢いはない。
「そうですね。実証しなければばりません。外道が外道を通るのを。さすれば、信じてくれますね」
広間の皆は如何様にするのかと、アリッサムを窺う。
「簡単なことですわ。皆さん、一旦この広間から隣室に。それから、この広間に外道をいれますわ。『しばし、ここで待たれよ』とね」
アリッサムはガロに視線を送る。ガロは黙して頷いた。
「外道は、抜け出すでしょうね」
アリッサムはコツコツと歩いて、飾り柱に触れる。
「元に戻して」
アリッサムの命にここを通ってきた用人は頷いた。ガタ、バタンと柱は元に戻る。
「さあ、皆さん行きましょう」
ネリア王はチラチラと飾り柱を見る。心は揺れているのだろう。
ギラは放心していた。サフランの仇はイキシア王でも、ルピナスでもなかった。
カズサらもまた、放心というよりも、アリッサムに感じる何か。本物の何か。……ヒュウガが偽者と言うわけではない。ただ、そこに絶対を感じた。
ブリアの宰相に至っては、恐怖を感じていた。女王の威厳。みせつけられた格。
瑠璃隊はその背に忠を送る。ルピナスの絶対に心を強くした。
狸らもまた。あの日、王の傍に居ながらも、妃塔に居ながらも、何も出来なかったことを責めていた。アリッサムに忠を送る。そこにルピナスの絶対が居ると。
しかし、
ただ一人だけ、
一人だけは違った。
ガロは今にも崩れそうな、壊れてしまいそうなアリッサムを……
抱き締めたいと思っていた。
アリッサムが真っ直ぐ扉に向かう。ガロの横を過ぎる。
『ガロ』
『リサ』
言葉をかけずとも、二人は交わす。
まだ終わっていない。アリッサムは皆を引き連れて隣室に入った。そして、ガロ率いる瑠璃隊は、ネリアの王子を広間に案内した。あえて、広間の中には誰も入れず。扉の外に兵は立つ。隣室ではネリア王がそわそわと、いや、不安げに瞳を揺らす。
『行きましょう』
小声でアリッサムは促した。
ネリア塔の朽ち果てた入口に。それは、外道……外に通じる道である。
『王子が出てくる入口に向かうのですよ、ネリア王』
正に実証である。ネリア王は項垂れた。どんなに口では反論しても、王子があの飾り柱を開ける姿を想像してしまうから。
ネリア塔外周。
アリッサムらが向かったその場所は、ネリア塔の横にある焼却炉である。城壁とネリア塔は連なってはいない。ネリア塔は単体の塔である。砦の役割はない。側室の居塔のみの役割である。ブリア塔も同じく。しかし妃塔のみ、王塔と繋がっている。塔の側面にある焼却炉。アリッサムらはそこで王子が出てくるのを待っている。
「ここを見つけるのには時間がかかりました。サフランお母様は錯乱しておりました。その発する言葉を紡いで、父上とここを探しだしたのです」
外周に配置された兵はチラチラとアリッサムらを見ている。
「ネリア王、もうすぐ王子に会えますわ」
「……」
ネリア王は黙したまま、焼却炉を見つめていた。
「アリッサム様、夜風は冷えます」
少し遅れて到着したガロの手にはベールがある。アリッサムの一凛を暖めるかのように、ガロはベールを渡す。
「ええ、そうね」
ガロと瞳を交わしたアリッサムは、ベールを受けとる。スルリとベールがガロの右手を走る。
「えっ?!」
ガロは声を出した。右手を走るベールは、左手へ。アリッサムはそのベールをガロの赤く染まった左手にクルクルと巻いていく。
「瑠璃の隊長が、手を痛めるとは……情けないわ」
「……はっ、申し訳ありません」
その二人のやり取りをギラは目を細めて見ていた。ギラにはわかるだろう。秘めた想いが。
ーーガッタッ……ガッタンーー
焼却炉の横の用具箱が音を上げた。人一人が屈んで入る程度の大きさの用具箱は、ネリア塔の側面にくっついて備わっている。それが音を出した。皆が息をのむ。
ーーギィ……ーー
「あっ……れ? 父上?」
ネリアの王子の第一声である。ネリア王の顔色は、正に青から赤へ。
「お前は! お前が! この、このぉぉ、外道めがぁぁ」
ネリア王は城に響く声を上げた。ネリアの王子は事情を理解していない。捕らわれているネリア王と、密偵のギラ。そして、何故か憤怒している父。さらに、上手く逃げられたと思った所には、ルピナス兵ら。瑠璃隊が王子を囲んだ。そこにアリッサムは寄っていく。ネリア王と王子の間に。
「ネリアはダリア公が引き継ぎます。ネリア城にはすでに入城されましたわ。ネリア王、よろしいかしら?」
ネリア王は、息遣い荒く肩を上下に揺らす。屈せずにいるネリア王に、アリッサムは、
「それとも、廃国にしていいかしら?」
と、一撃した。ハッ、ハッとした息遣いが、ウッ、ウッと変わっていく。
「真実を見極める力のない貴方に、国は背負えないわ」
その一言は、ネリア王を踞せた。
「父上! 何をしているのです! こんな小娘の言うことなど!」
「黙れぇぇ!!」
王子の声にいち早く反応したのはギラだ。繋がれた体のままに、ギラは王子に突進していく。アリッサムの脇をすり抜けた体は、王子に向かっている。
アリッサムは咄嗟にギラの腰に抱きついた。ギラの勢いに引き摺られ、アリッサムの両の膝は地面を擦る。
「女王様!」
皆が悲鳴を上げた。
「リサ!!」
ガロも叫んだ。
「守り人ギラ!!」
同じくアリッサムも叫ぶ。ギラの体は一瞬止まる。その隙にガロがアリッサムを引き上げた。よろめくアリッサムをガロはしっかり支える。ギラは振り返る。アリッサムはギラを真正面で見据える。
「……すみません」
ギラは謝罪した。イキシア王やルピナスが仇ではなかったのだ。
「ですが! どうか、どうか……サフランの仇を討たせてください。お願い致します……女王様」
ギラは泣いていた。アリッサムは唇を噛み、涙を止めている。女王であらねばならぬから。
「なりません!」
「どうか、どうか! 私がルピナスにした卑劣な行為の責任は、命をもって償います! 八つ裂きでも晒し首にでもなんでもしてください!
ですが、どうか、どうかサフランの仇だけは私に討たせてください」
「ガロ、連れて行って」
ギラの必死の願いは、アリッサムによって退けられた。ギラは引き摺られていく。アリッサムの背に、懇願の声が想いを残すように届いていた。そこに、先程まで消えていた用人らが現れる。
「女王様、整いました」
「そう、ガロに伝えて」
用人らは、ギラとガロを追った。ギラの説得をしたあの用人である。
残されたは、ネリア王と王子。ブリアの宰相とカズサ。狸らと、幾人の用人。そして、王子を囲む瑠璃隊である。王子はビクビクしていた。ギラの発言が、王子の思考回路を繋げていた。
『サフランの仇』
それが意味すること。アリッサムは、支えてくれたガロの温もりで何とか立っている。狸らはアリッサムの横に立った。
「女王様、お怪我が酷いようです。一旦、」
「いえ、今宵で終わりにするのよ」
狸の発言を遮って、アリッサムは宣言した。
「ネリア王……いえ、もう貴方は王ではありません。あなた方の処遇はネリアの新王がお決めになりますわ」
廃王はゆっくりと頭を上げた。
「ダリアか? ……ダリアは知っておったのか?」
力を失ったその瞳は、アリッサムの言葉を待つ。
「口を閉ざさざるをえなかったでしょう。……ネリアの側室がルピナスの正室を殺した。これだけでもネリアは廃国の危機になります。
しかし、真相はそれ以上でした。
ネリアの王子が側室に卑劣な行為をしていた。ルピナスに侵入までして」
王子の体がビクンッと跳ねる。
「ダリア公が外の全てを処理くださいました。……王子の手下の付き人も。ここから城壁外へ抜ける道も全てを、闇に葬ってくださいました。
ですから、父上は母上暗殺の責をネリアに問わないと、ダリア公と密約しました。
廃することの方が簡単でしたわ。その方がこんなことが……起こらなかったのですから」
風が流れた。
アリッサムの声を運ぶように。
陽が上る。
廃王と廃王子はネリアに。
ギラは……
次話更新明日予定です。




