入口
アリッサムは玉座の肘掛けを撫でる。イキシア王存命時を思い出しながら。
『城は我の体だ。我が不調の時は、城も不調だ。のお、リサ……最近我の体に異物が混入しておるのだ。見つけてくれんか?』
イキシア王はアリッサムの頭を撫でる。アリッサムは、目をキラキラさせ頷いた。父からの問題は、いつもアリッサムの好奇心を満たしてくれていた。
「父上、今ならわかりますわ。異物がサフラン様を壊したのですね」
アリッサムは哀しげに瞳を揺らした。そして、
「女王様、到着の伝がネリア塔城壁門から届きました」
記録の用人が伝える。アリッサムは揺らした瞳に力を込めた。
「ネリア塔でお迎えするわ。あそこから全てが始まったのですから」
ネリア塔……サフランの居塔であった。しかしあの日からネリア塔は閉鎖されている。用人は頷く。
「準備をしてまいります」
下がった用人、王間はアリッサムだけとなる。アリッサムは玉座に座る。城の息吹を全身で感じた。
「父上、異物ですわね。……ええ、わかります。だから、ネリア塔に渡らなかった」
王間に流れるアリッサムの声。凛とした空気がアリッサムを纏う。
ネリア王が知らぬ真相、
ギラが求める真実、
アリッサムだけが、その答えを知っている。
『ガロ……信じているわ。異物を見つけてきて』
まだ、ルルは飛来しない。きっとガロと共に帰ってくる。それでも、アリッサムは空を見てしまうのだ。綺麗な月よりも、羽を広げたルルの影を、探してしまうのだ。
***
繋がれたネリア王は入城した。しかし、王間には連れて行かれない。城壁門の前で立っている。
「さっさと連れていけ! 新王とやらに会わせろ!」
威勢よく発している。そこで、城壁門が開いた。繋がれた者、ネリア王はそれを確認する。威勢のよかった声が止まる。その者を睨んでいた。
「……知り合いですかな?」
狸がニヤッと笑いながらネリア王に声をかけた。ネリア王はフンッと鼻を鳴らすのみ。
「ただいま戻りました」
カズサは狸に報告した。狸はチラリと繋がれた者を見る。
「確かに守り人ギラである。よくやった」
「いえ、よくやったのは用人らです。我々だけでは捕らえられませんでした」
そこでブリアの宰相も加わる。
「同じく、我々もですぞ。用人のおかげでネリア王をいち早く見つけられました。全く、用人とやらは……さすがイキシア王のお残しになられた遺産ですな!」
用人らはオロオロと身を縮めるばかり。辺りの兵士たちは驚いた顔で、その会話を聞いていた。忌みとして蔑んでいた者が、この戦の功労者であることは確かな事実である。恥じることなく、国の大物たちが賛辞を送っている。
ルピナスは大きく変わろうとしていた。いや、ルピナスだけでなく、ブリアもグラジオラスもである。この大陸に忌みは存在しなくなるであろう。アリッサムが望む未来だ。その一歩がここ城壁門の前で始まった。
しばらく経つと、記録の用人と記憶の用人が訪れた。
「準備が整いました。どうぞ、ネリア塔へ」
声は通る。皆が一瞬静まった。それを切り裂くは怒声。
「ネリア塔だとぉぉ! 王塔ではないのか?!」
ネリア王である。廃されても一国の王を、王塔でなくネリア塔で迎える。それに憤怒したのだ。
「女王様は、サフラン様の居塔でお迎えしろと命じられました。そこに真実があるのだと」
用人は怯むことなくネリア王に告げる。差異の瞳は、ネリア王を捕らえて離さない。
「真実を知りたくはないのですか?」
堂々たるその対峙の姿に、周りの皆は一瞬アリッサムを見る。
「ネリア塔にご案内いたします」
有無を言わさぬ声。用人は反転し歩み出す。宰相と狸らはネリア王を連れて、後に続く。カズサらも守り人ギラを連れて。用人らは、皆で頷きあった。着いていく者と、残る者。着いていくは、あの日を知る者である。
もう、アリッサムの命がなくとも、用人らは自身の役目をわきまえている。一行はネリア塔へ……
***
ーーホロホローー
アリッサムはネリア塔に向かう。その頭上にリラが飛翔している。伝鳥を扱う用人がさっと腕を出した。
ーーホロホローー
「創始は、伝鳥をお気に召したのね」
アリッサムは呆れたように微笑む。管から文が取り出され、アリッサムに渡された。
『大河を越えられるは、リラのみ』
グラジオラス防衛完遂の報告であった。
「グラジオラスの頭脳は、やっぱり創始だわ。こんな短い言葉遊びが出来るのですものね」
文を用人に渡したアリッサムは、読んでみてと促す。用人は文を黙読し、口角を上げた。
「イキシア王様を思い出します」
用人はそう答えた。アリッサムはうんうんと頷く。
「ええ、そうね。言葉を如何様に使えばいいのか……父上はいつも、最も有効な使い方をしておられたわ」
用人共に在りし日のイキシア王を思い出している。
「ですが、最もイキシア王様を引き継いでおられるは、アリッサム様です」
アリッサムは嬉しかった。誰もが女王と呼ぶ中で、伝鳥を扱う用人はアリッサムと呼んだ。それがアリッサムには嬉しかったのだ。
「フフッ、ありがとう。……さあ、行きましょうか。貴方もあの日居たわね」
用人はスッと顔色を変える。アリッサムもまた。そして、ネリア塔を望んだ。
「……異物の通路を行きますわ」
アリッサムは歩き出す。夜風がアリッサムの頬を撫でた。数人の用人はアリッサムの言葉を受け、先回りする。進むその先。ネリア塔入口は、朽ち果てていた。
……
……
***
「グッ、うっぅ」
男が顔を歪ませる。脇にあたったそれは、ガロの鞘である。男は脇への一撃を受けながらも、剣を突き出す。剣はガロの左の太股をかすめた。
「ガロ様!!」
ソラが叫ぶ。
大河をルピナスに北上し、その中州。ネリア本軍の一部はダリア公にはつかず、敗走をしていた。それを追うは瑠璃隊。しかし人数はガロを含め十名。瑠璃隊の半分はダリア公と共にネリア城に向かわせた。残った兵のみでネリアの敗走兵を追っている。共にいたラジール隊は、大河下降へと下るネリア兵を追っている。
ガロは左の太股をかすめた剣を、素手のままで握った。
「な、にっ」
男は焦る。剣を抜こうにもガロの力はそれを許さない。ガロは戦の最中でありながら、剣を鞘から引き抜いていない。脇を打ち付けた鞘に収まっている剣を落とす。その右手は肘を突き出し、男の鳩尾に一撃を喰らわした。
「グフゥッ」
男は踞る。ガロは男の首根っこを真っ赤な左手で掴んだ。次いで、男に縄をかける。しかし、それを阻止しようと、ガロの背後にネリア兵。
「ガロ様!!」
ソラも応戦中だ。ただ叫ぶしかなかった。
ーーホロホロォォーー
「っおわっ」
ーーバサバサッーー
急降下したルルが、ネリア兵の視界を遮った。ネリア兵がよろめく。ガロは掴んだ左手をそのままに、男が離した剣を掴んでネリア兵を振り払う。そこに応戦を終えたソラが来る。
「よく見よ! お前らの指揮官は捕まったぞ! これ以上逆らえば、この剣がこいつの喉を突き刺す!」
ソラの叫びで、中州は静かになる。しかし、
「私に構うな! 反撃せよ!」
男は命じた。しかし、皆は動けない。ガロの左手の血が、男の首筋を伝い……男の負傷であるかのように印象付けていた。
ーーガチャンーー
ネリア兵が剣を離す。
「クソッ」
男は無念を声にした。
「さあ、行きましょうか。ネリアの王子よ」
ガロは首根っこを持ち上げた。敗走をするは王だけにあらず。ネリアの王子もその一人。これを野放しにすれば、不安の種を残すようなもの。ガロはほっと一息し、ルピナス城を望んだ。
「帰還します、女神」
……
……
***
ギラの横を用人が歩く。ギラを説得した用人だ。
「この塔に入るのは、あの日以来です」
ギラは入城後、何も発していない。用人の発言にもまた、顔を向けるものの黙している。ただ、唯一瞳は用人を促していた。用人は頷いた。
「あの日、豪雨の日です。覚えていますか? 八年前の豪雨の日を」
ギラは記憶を手繰りよせる。フゥと一息出し、用人を見た。ネリアでも豪雨であった日のことを思い出したようだ。
「正妃様はその豪雨の日に亡くなられました」
ギラはサフランの話だと思っていたが、突如の正妃の話に眉を寄せた。用人は続ける。
「……あなたを捕らえる時、私は言いました。『サフラン様は、あの日豪雨に打たれながらも進まざるをえませんでした』と」
ギラは最初、全く話を読めなかった。しかし……
正妃は豪雨の日に亡くなった?
サフランは豪雨の中を進んだ?
用人は豪雨の日にネリア塔に入った?
出された課題が頭の中で回り、弾けた。ギラは自分でも信じられない発想をした。しかし、あり得ないと頭を振る。だが、たどり着いた納得出来る答えはそれしかない。ギラはソッと用人に視線を向けた。否定してくれ、そんな思いで。しかし、用人は哀しげな瞳をギラに向ける。
「あの日とは豪雨の日。悲劇が起こった日です。正妃様は病死ではありません」
そう、病死ではない……その後に続く言葉をギラは聞きたくはない。キッと用人を睨む。用人は静かに発した。
「私が伝えるはここまでです。後は……」
用人はネリア塔入口を見る。ギラもその重厚な扉を見た。閉鎖されていたとはいえ、城内の居塔である。小国に面する穏やかな妃塔とは違い、ネリア塔は華美な造りである。ブリア塔と競いあう塔であるから。一行は豪華な扉を開けた。
……
……
アリッサムは朽ち果てた入口から。
ネリア王とギラを捕らえた一行はは豪華な入口から。
次話更新明日予定です。




