敗走①
短期戦。いや、奇襲戦。
ネリアは全く予想していなかった。まさか、ネリア以外の各国がルピナスに連なると。綿密に計画し、ブリアの側室に圧政を課し、グラジオラスに泣きつきルピナスに対抗させ、小国には不戦を誓わせたのに。今、目の前に起こっている状況に呆然とし、体が反応しない。ただただ、ドクドクと胸が打っている。
一軍の脇を二軍が駆けていくも、反応することなく、目前の一軍で手一杯である。二軍はネリア領域に侵攻していく。抵抗する者はいない。本軍は大河である。遊軍は足止めをくっている。ネリアを守護する軍は少数だ。ネリア城内の近衛をあわせても、二軍であるグラジオラスに対抗は出来ないだろう。
実に呆気なく……陥落した。
しかし、のろしは上がらない。代わりに、白き旗がネリア城の頂きに上げられた。
「クソッ! ネリア王は何処に行った?! 捜せぇぇ!」
スオウは叫ぶ。これでは、ルピナスでの二の舞だ。領域を侵攻するは簡単であった。しかし、城内で迷走している間に、ネリア王や大臣らは消えていた。
「クソッ!!」
苛立ち。そして、
「っとに、マジで……力不足を痛感する」
スオウの拳は、自身の足を叩いた。
「スオウ様!」
左陣隊の隊長である。
「何だ?」
「ダリア公、到着されました」
スオウはガクンと肩を落とした。
「……お迎えしろ」
……
……
***
ここに、敗走するはネリア王。
近衛や大臣らも途中まで一緒であったが、背後をチラリと見ると……その数は半数ほどになっていた。目指すは、荒れた地……であった過去はもうない。追われた者は、昔であったならばグラジオラスに行けば命が助かった。しかし、今や荒野はグラジオラス国となったのだ。
敗走は、何処に向かっていいかわからずに、闇雲にネリアからルピナスから離れるだけ。となれば、自然に向かうのは小国との国境である。ネリア王の目に幽閉塔が映る。
「幽閉塔に向かうぞ!!」
離宮であった塔を、幽閉塔にしたのはサフランの訃報があった年。ダリア公が、口を閉ざした年である。
ネリア王の憎悪は、ダリア公にも向けられた。何故なら、サフランの付き人らはダリア公によって行方を眩ませたのだ。サフランの死の真実を知るはその者ら。しかし、ダリア公は口を割らない。ネリア王はイキシア王に加担するのかと激怒し、ダリア公を離宮に幽閉した。
その幽閉塔にネリア王は向かったのだ。いや、そこしか行き場がない。幽閉塔が目前に迫ってきた。しかし目前に迫ってきたのは幽閉塔だけではない。
「お待ちしておったぞ!」
宰相が声を張り上げた。ネリア王はギリリと歯噛みした。憎むべきブリアの側室の父、宰相がそこに居たから。ネリア王は剣を引き抜いた。
「宰相ごときが! 我に逆らうなぁぁ!!」
激情が剣を振らせる。宰相は冷静にネリア王の剣を振り払った。
「醜態を晒すはもはや王にあらず。捕らえよ!!」
ネリア王は精鋭隊と用人に囲まれた。
「忌み者が我を捕らえるというのか?! ふざけるな!」
ネリア王は剣を大振りする。髪を振り乱し、目は血走っている。憎悪が全身から滲み出ているようだ。そして、おもむろにその剣先を自身の腹に向けた。
「ネリア王よ、事実を知りたくはないか?」
ギロリとネリア王の瞳が宰相を射抜いた。
「瑠璃の女神アリッサム女王様は、全てをご存じだ。サフラン様の死の真相も。どこでだって自害は出来ましょうぞ。……来ていただきます」
……
……
***
守り人ギラは身を隠している。ルピナスの一軍小国派兵隊に紛れ込んでいた。
『許せん! 許せんぞ、瑠璃の醜女よ!』
心の中は憎悪が煮えたぎっていた。ギラは、ブリアに向かう三又の道から離脱した後、幽閉塔に向かっていた。まだ、ルピナス城でアリッサムとヒュウガが対峙していた時でもある。その後、ネリア王とギラの策略はアリッサムによって破られていくのだが……
この時、ギラは確信していた。忌まわしきルピナスの陥落を。それを見届けるはネリア領域で。もちろん、シオンを掴んでいたならば、ネリア城に戻っていただろうが。ギラはダリア公とルピナス陥落を見届けたかった。サフランの養父であるダリア公は、ギラにとっても同じく養父のような存在であった。ルピナス陥落を見せ、固く閉ざしたダリア公の口を開けさせたかった。サフランの死の真相を。
ギラは幽閉塔に向かった。そして、塔の異変に気づく。草むらには縛られた兵。塔内は鍵が解かれ、誰もいない。食事を持ってきた者も、その異変に怖じ気づいたのか、食事をほったらかして去ったようだ。
ギラは急ぎネリアの城下町に走った。そこで、塔の見張り兵に運よくと言っていいのか……出会う。ダリア公の脱走。夕暮れに近づく陽がギラをさらに熱く燃えさせた。ギロリとルピナス城を睨み付けた。考えられるのは、ルピナスの誰かしかいない。ギラの直感がそう言っている。
ギラは再度ルピナスに向かった。そのギラの瞳に信じられない光景が広がった。ルピナスから出兵した連合軍である。すでに夕暮れは終わりの時となりつつあった。ルピナス領域の大河から煙が上がる。ギラはドクドクと胸打った。その煙はきっとネリア城からは、陥落ののろしに見えるだろうと。
まずい!!
ギラは城に向かおうとした。しかし、改まって大河に行こうと考えるも……
ーードーンッーー
祝砲が撃たれる。ギラは何が起こっているのかわからず。ルピナスの連合軍は駆け出した。ギラも後を追う。ルピナスとネリアの国境付近で、ネリアの遊軍とかち合った。連合軍は二手に分かれる。ギラは瞬きさえ忘れ状況を見るしかなかった。
「瑠璃の女神アリッサム女王様バンザーイ!!」
と、ルピナスの一手が遊軍を打ち破った勝ちどきを聞くまで。二手に分かれた一方が、グラジオラスの軍であることをギラはわかっている。ここで、ネリアに戻るか……もしくはルピナスに潜入し、瑠璃の醜女を狙うか……
ギラは歯噛みしながら考えた。出した答えはルピナスに潜入すること。ギラはネリアを捨てた。ネリアを守るより、瑠璃の醜女に剣を突きつけたかった。
『おのれぇ! 許さんぞ、瑠璃の醜女よ』
ギラは一軍小国派兵隊に紛れ込んだのだ。ルピナス兵の中には身を置けない。知る顔が居るかもしれないから。
……
……
***
カズサ率いる遊軍は、守り人ギラの人相を知る用人と共に動いている。ギラを捕らえるためだ。
「相当な手練れだ。皆、気を引き締めて行け!」
用人とグラジオラスの兵で数名の分隊を編成し、四方に分かれた。ネリア城の頂きに白旗が上がった。一軍は歓声に包まれる。ギラ以外は。
カズサの分隊の一つが、それを遠くから見ていた。歓喜の中、ひっそりと隠れるように存在する者は、目立っていた。ギラは紛れ込んでいるとはいえ、歓喜の声を上げたくなかった。本来なら、ルピナス兵を欺くためには歓声を上げるべきである。しかし、ギラはただただ空を見上げて立っていた。感極まっている如く……せめてそう捉えられるだろうと。いや、ギラにとって唯一許容できる振るまいだ。
用人らは距離を縮める。守り人ギラであるかを確かめるため。ギラの周辺に分隊の五人が散らばった。二人の用人が間合いを詰める。空を見上げていたギラが顔を戻した。用人は分隊の皆にわかるように右手で合図を出し、頷いた。
動く。
と言っても、ギラを捕らえんとする動きではない。一人がカズサに伝えに動く。用人は存在を知られぬように、ギラの背後に。残りの者がギラに気づかれぬように囲んでいる。
今ここで捕らえるには危険だ。ギラは相当な剣の持ち主である。それはあの三又の道のむくろからもわかること。カズサの遊軍全てで囲まねばならない。下手に動くと、この一軍の兵がさらなる被害者となろう。今は、遊軍が集まるまで監視するのみ。
ギラは白旗の衝撃からか、辺りの気配に気づいていない。いつものギラならば気づいていただろう。
カズサに報告が届く。すぐに遊軍は集合し、一軍周辺の少し離れた場所に着いた。しかし、カズサの遊軍はグラジオラスの兵である。この遊軍がギラを囲めば、容易に気づかれよう。ギラと同じく、数人のグラジオラス兵が一軍に紛れ込んでいたとしても違和感がないが、数十人となれば途中で気づかれてしまう。
カズサは思案した。ギラと一軍を切り離す方法を。しかしいい案は出てこない。今さらルピナス兵や小国派兵隊の服を借りるにも、事情を話さねばならない。そんなことを間近で行うことは不可能だ。
「機会を待とう」
遊軍は少し離れて、一軍の中に潜むギラの動きを監視した。
一軍の帰還はまだ始まらない。帰還兵と配備兵の振り分けが始まる。ギラは小国帰還分隊に紛れ込んだ。帰還の際、ルピナスに寄るのだ、首長が女王に謁見するために。
カズサの遊軍も後に着く。
国境守護と帰還に分かれた一軍。遊軍にとってはさらにギラを切り離したい。機会はルピナス領域に入ってからになろう。しかしそれでは民への危険が伴う。
カズサは首長の一人に駆け寄った。
『グラジオラス遊軍カズサと申します。少々よろしいでしょうか?』
耳打ちで伝えると、胸元から地図を取り出した。それによって兵からの視界を遮った。
『間者が紛れ込んでおります。派兵隊は城壁外に待機、数名を引き連れ城に入ってください。……間者はその数名に入りましょう。そのまま城に。民に被害が及ばぬ唯一の方法です』
次話更新午後予定です。




