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瑠璃の女神一凛  作者: 桃巴


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アリッサムとヒュウガ

 王冠は夕陽によって煌めいている。


 だが、本来あるべき場所ではなく床に転がったままだ。その脇で立つアリッサムは真っ直ぐに玉座を見つめている。


「……ええ、そうよ。私がルピナスの正統な王よ」


 小さく呟くその声は、その小ささに似つかわしくなく王間に響く。だだっ広い王間にはアリッサム独りだけであった。アリッサムを守る配下の兵士もいない。なぜなら、配下の兵士も女と共に去っていったからだ。


 アリッサムを守るべき守護隊は、幼き王の即位から間もなくして解散の王命が出され、辺境の地に追いやられた。代わりに着任した兵は、守護でなく監視に重きをおいていた。さらに侍女は皆一新され、顔見知りもいない状況となる。


 そうまでして、女がアリッサムを囲いこんだのには理由がある。男子継承とされてきたルピナスの王位。その王位継承にはもう一つ条件があった。


『緋色を持つ者』


 体のどこでもいい、緋色を持つ男子がルピナスの王位を継ぐ者とされてきた。長子でなく『緋色を持つ者』が今まで王位を継いできたのだ。だが、アリッサムの幼き弟には緋色はなかった。そして、イキシア王の急逝により、ルピナスには緋色を持つ男子がいなくなった。もちろん、アリッサムにも緋色はない。だが……瑠璃色を持っていたのだ。


『ルピナスを背負うは緋色の男子、ルピナスを守るは瑠璃色の……女神』


 そう伝えられてきた。女は幼き我が子の額に緋色をのせ、瑠璃色を持つアリッサムには息のかかる者をつかわせた。故に、アリッサムは守る者もいず、王間に残されることとなった。


 コツン


 最初の一歩は進んだかどうかわからぬほどであったが、響いた音がアリッサムを奮い立たせた。


 コツン 二歩


 コツン 三歩


 と、玉座に向かって進む。


「父上」


 玉座に手を伸ばす。アリッサムは一歩一歩と進むにつれ、心にたぎる想いを必ず遂げるのだと決心したのだった。


 そして、静寂であった王間にその音が届く。アリッサムの耳に……グラジオラスの兵が王都を進撃し、城壁にたどり着く音が。




***




「グラジオラス創始ヒュウガである! ルピナスの者よよく聞け! 刃向かうものは叩き切る。だが、道を譲る者には手出しはせん!


……降伏も必要なし! ただ傍観者となれ!


お前たちが仕える王はすでにルピナスに存在しない! 前イキシア王と杯を交わした者として宣言する! その両眼で現実をしかと見よ!


お前たちに王は居るか?!」


 城壁を守るルピナス兵はすでにいないと思われたが、わずかばかりが城壁門の内側に集結していた。その瞳は迷いを含んでいる。ついさっき、裏門から出ていく集団を目撃していたからだ。


「……逃げたよな」


 ポツリと呟いた言葉は、周りを騒然の中にありながらも、耳に浸透していく。


 否、心を闇に落としていく。ちょうどその時だ。グラジオラスのヒュウガが伸びやかに『……お前たちに王は居るか?!』と城門の外で叫んだのが。


「王は……」


 またも呟くその声は、言葉を繋げられずにただ沈む。


「イキシア王はいない。……シオン王もいない」


 裏門から出ていく一行を目撃した者は、喉の奥の詰め物を吐き出すようにそう言った。そうして、ここでもまたルピナスから離れる者が出る。城壁門の閂は、ガタガタと引き抜かれ開門された。


 項垂れたルピナス兵の頭をチラリと見ながらヒュウガは城の中に入った。ヒュウガの視線が上がる。そびえ立つ城は、グラジオラスからも薄く見えていた輪郭と同じであった。しかし、見知ったそれがこうも巨大であったかと感慨にふける。と、同時にため息が出た。歓喜していいはずの勝利は目前だ。だが、ヒュウガの心は晴れない。自分を認めてくれたイキシア王の国を手中におさめることになったからだ。


『このルピナス兵と私はそうは変わらんかもしれん』


 せめてもと思い、ルピナス兵に声をかけた。


「胸をはれ! ブリアの後ろ楯でなく、グラジオラスに手を伸ばしたのだ。亡きイキシア王が認めたグラジオラスに」


 ヒュウガは馬から降り、ルピナス兵に並ぶ。


「降伏したのではない。裏切ってもいない。ルピナスは夢から覚める。この一年が悪夢だったのだ。最後まで城内に残ったお前たちを、イキシア王ならば褒めたであろう。胸をはれ!」


 と。ルピナスの兵の頬に一筋伝う。そして、告げられた。


「……シオン王は、ウグッ……す、でに……お逃げになられました。ブリアの者共に連れられて!」


 ヒュウガは目を見開いた。もちろん、脇を固める側近たちもである。


「城を棄てたのか?!」


 驚きの声を上げたのは、ヒュウガの側近スオウだ。


「いや、国を棄てたのだろう」


 ヒュウガは怒りからか、低い声である。あまりに冷たく低い声に周辺が凍るようであった。


 ルピナス兵の涙腺は決壊した。ただ声だけはウグッウグッと抑えている。その姿に悲壮感が漂う。


「カズサ、ブリアに向かえ。隠密に動けよ。少々の安穏の時を与えておけ。ルピナスを蝕んだ奴等だ、相応の罰は受けてもらわねばならん」


 ヒュウガのもう一人の側近カズサは、ニヤリと笑んで一個隊を引き連れて駆けていった。


「では、裳抜けのからか」


 そう言って、スオウは城を見上げた。


「いえ、いや……たぶん」


 ルピナス兵のひとりが言い淀む。


「誰かいるのか?」


 ヒュウガは問うた。


「アリッサム様が……アリッサム様を一行の中に見ることはありませんでした。まだ城内にいるか、もしくは……」


 グッと涙を抑えたルピナス兵は悲痛に顔を歪めた。


「この一年アリッサム様をお見かけしないのです」


 と続けた。


「アリッサム?」


 ……


 ……


 ルピナス兵の話にヒュウガとスオウは驚き、そして眉を寄せた。


「では、イキシア王の一人娘アリッサム姫は、生死もわからず城内ということか?」


 スオウは思わずそう口にした。そして、チラリとヒュウガを見る。そのヒュウガは城を見上げていた。その瞳にはすでに何かが宿っていた。


「ヒュウガ様、行きましょう」


 スオウの言葉にヒュウガは頷く。


「あの……」


 ルピナス兵が遠慮がちに声を出した。


「我々もいいですか?」


 と。その発言と同時に背後のグラジオラス兵が瞬時に警戒を現した。ルピナス兵を引き連れて行動する危険性を察して。スオウがスッと手を上げて、グラジオラス兵を制する。ヒュウガの意をまずは聞けと促しているのだろう。スオウはヒュウガに視線を向ける。当のヒュウガは城を見上げていた視線を、大げさに左右上下に動かした。ルピナスの城は、どの国よりも大きい。大陸の中心であるルピナスだからである。


「城内に詳しいか?」


 ヒュウガの態度とその一言だけで、グラジオラス兵はひとつの答えに達する。


「闇雲に進むより、このグラジオラスの手を取ってくれたルピナス兵と共に行こうではないか。


このルピナス兵たちは、小国に下ることもせず、ブリアにへつらうこともせず、ヒュウガ様の手を取った者たちであるのだ」


 こうしてヒュウガたちは城内に足を踏み入れた。




 アリッサムとヒュウガ、出会うのはあと少し先である。

次話更新明日予定です。

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