母の想い①
外回廊に立つ二つの影。アリッサムとヒュウガである。
大河を左に見、真正面がネリアの場所に立っている。ネリア塔ではすでにルピナス兵とグラジオラス兵が固い握手を交わしながら、城壁に向かっていく。
スオウを先頭に、左陣右陣隊、配備兵、ルピナス兵と、城壁外にて配備された兵。
「……何とお呼びすれば良いですか?」
ヒュウガはアリッサムに問う。ルピナスの女王となったアリッサム。アリッサムは創始と呼び捨てだ。同位国であるグラジオラスの王ヒュウガ、アリッサムをどう呼べばいいか、迷っていた。同位国と言えども、この状況では頭を垂れるに抵抗はない。いや、それを求められても抵抗は出来ない。グラジオラスはアリッサムに救われるのだから。
ヒュウガは、スオウが激高して言ったことを思い出す。ヒュウガ様であられるぞ、とアリッサムに迫った。
「フフッ、父上のことは何と呼んでいたの?」
ヒュウガはフッと息を吐いた。穏やかな笑みが現れる。
「父上殿と。私には父母は居りません。生まれた時から、荒れたグラジオラスの地で一人でした。孤児なのです」
生粋のグラジオラスの民。そこから生きながらえ、あの地を統べる者にまでなったのだ。
「父上は全て知っていたのね。だから貴方の力を認めるため、息子として杯を交わしたのでしょ? ならば、創始は私の兄ですわね」
アリッサムはイタズラに笑った。
「お待ちください。妹君と女王を呼ぶことなど出来ません」
アリッサムはクスクス笑うのみ。
ーーホロホローー
リラが外回廊の空を翔んでいる。一鳴きし、回廊のふちに止まった。
「リラと言うのよ」
アリッサムは腕を水平に上げる。イタズラっぽく笑ってリラに合図を送った。リラはすーっとヒュウガに向かっていく。
「え? うわっ」
ヒュウガの肩にリラが止まる。アリッサムはクスクスと笑った。ヒュウガが固まっている。
「ホロ鳥です。ルピナスの伝鳥。王族のみがホロ鳥を扱えます。創始、リラを託すわ」
「お待ちください。私は伝鳥を使えません。それに資格はありませんよ?」
ヒュウガはルピナスの王族ではない。そして、今まで伝鳥を扱ったことがないのだ。
「大河を挟んでは、なかなか文が届きませんわ。……ルピナスとグラジオラス、共に歩まねばなりません」
アリッサムは、ネリアに向けていた視線をグラジオラスに向けた。
「私に、グラジオラスにその資格はありますか?」
共に歩む資格。不問とはいえ、ルピナスに侵攻したヒュウガに。気をまぎらわせるように、ヒュウガはリラの喉をちょんちょんと撫でる。
「創始は父上に息子と認められたのよ。血は繋がっていなくても、王族だわ」
アリッサムは微笑んだ。そして、またイタズラっぽく笑って言った。
「足首を探って。菅があるわ」
ヒュウガはリラの足首を探る。菅を確認し、アリッサムに頷いた。
「本当に不思議です。ホロ鳥はね、一人の主にした仕えないのです。リラは父上の急逝から姿を現さなかった。でも、創始が王間に到着する寸前に現れましたわ」
ヒュウガは首を傾げる。アリッサムの言葉の意図がわからない。
「創始、管を確認してくださる?」
ヒュウガは言われるまま管を開けた。何も入ってはいないだろう。……しかし、くるくると丸まった紙を確認できた。
ヒュウガは取りだし、アリッサムに渡そうと手を伸ばす。
「駄目よ」
アリッサムはクスクス笑う。
「創始が確認してください」
アリッサムはくるりと回転し、回廊を進んだ。ブリア塔側に向かってだ。ヒュウガはリラを放つ。丸まった紙を開いて読む。
『この文を開いた者がホロを所有できる。イキシア』
ヒュウガは小さく『あっ』と声に出す。そして、アリッサムを追う。
「女王」
何と呼んでいいか? そんな問いを発したことも忘れ、ヒュウガはアリッサムを呼び止める。振り返ったアリッサムの目が笑っていた。
「私はイキシア王の筆跡を知っていますよ」
と、ヒュウガは答えながら笑った。文は、アリッサムが仕込んだことだ。
ちょうどブリア塔が見える場所になる。ヒュウガはここでやっとカズサのことを思い出す。
「女王、一個隊をブリアに向かわせています。シオン王を追わせてです」
アリッサムの顔から笑みは消え、力強くブリア側を見つめる。
「シオンは、大義はルピナスに戻りました。一個隊は誰を追っているのでしょう?」
ヒュウガもブリアを見つめる。
「側室……」
ヒュウガの口から出た可能性。そして、
「恨んで、憎んでおられますか?」
ヒュウガは問うた。アリッサムは答えない。バタバタと足音が聞こえ、二人は振り返った。用人が息を切らせて駆け寄ってくる。
「女王様! 戻ってきました! 別の身代わり用人です」
そう言いながら。アリッサムはヒュウガに向き合った。
「ここに呼びます。いいですか?」
アリッサムは全てをヒュウガに伝えたいのだ。ルピナスで起こっていること全てを。その必要がある。
「狸らも連れてきて。ブリアの道で何が起こっていたのか? 創始、先程の問いの答えは、きっとわかりますわ」
ずぶ濡れ狸は、着替えを終え回廊に進んだ。途中で宝物庫の三人を引き連れる。そして、シオン一行の用人ではなく、別の一行の用人たちは焦った表情で回廊に向かっていた。シオン一行の用人でなく、ブリアの隊と共に動く用人ではない。つまり……
「側室様から至急の伝言です!」
アリッサムを視界に捉えるなり、用人らは叫んだ。
「伝えよ!」
アリッサムは毅然と発する。女王の風格はすでに身に付いていた。
「『寄生虫はブリアに押し付けた。最後の王命を渡したぞ。緋色は私が追う。すまぬ、用人を全て助けてやれなんだ。ルピナスを頼んだ』と!」
汗だくの用人たちは、伝言を伝え終わると次々に発していく。
「私たちをルピナスに戻してくれました」
「この子を守ってくれました」
「用人頭ネロを信じているとも言っておりました!」
「シオンを追ったのね、お母様は」
澄んだ声が通る。
「では、未だ行方知らずは、三又の真ん中の道の者たちと、『守り人』ですなあ」
颯爽と狸らが現れる。ヒュウガの存在を確認すると、
「おお、そう言えば! グラジオラスの隊も」
狸はニヤリとヒュウガを見やった。
「あ、忘れておった」
狸はグラジオラスの偵察兵をポンッと放す。三人ともヒュウガの背後に回った。
「女王様、回廊の階段を簡単に復旧しましたぞ。宝物庫のこの者らがうるそうてな」
復旧時の音に偵察兵は騒いだのだ。助けてくれと。しかし、出されてからすぐの回廊である。状況は掴めていない。
「近衛に引き渡す。面倒をかけた」
ヒュウガは狸らに頭を下げる。三人はギョッとし、オドオドとする。ヒュウガが頭を下げたのだ。驚くのも無理はない。近衛が三人を引き取っていった。
「女王、伺っても?」
ヒュウガは訊かずにはいられない。
「寄生虫とは、お母様の親族のことですわ」
ヒュウガの問いを聞かず、アリッサムは答える。問いが何であるかわかるから。
「緋色はシオンのことよ」
ヒュウガは目を細めた。シオンに緋色がないことは、大陸の周知の事実だ。側室が隠語とした使ったのか? それとも見栄か?
「わかりません」
率直に、ヒュウガは声に出す。側室とはどういう人物か? 圧政を行った影の者。アリッサムを軟禁した卑劣な者。国を棄てた度量のない者。一方で、用人を助けた? 親族が寄生虫? 最後の王命? 緋色のシオンを追うとは? 何よりも"ルピナスを頼んだ"とアリッサムに伝えたのだ。
ヒュウガは混乱した。アリッサムは答えがわかると言った。しかし、ヒュウガにはわからない。
「用人から聞きましたぞ。あの三又の道で何があったか」
狸は話し出した。
「グラジオラスからの追っ手を欺くため、三又で一行は三つに分かれた。……側室様は考えたのでしょう。一時でもいい、シオン様から守り人を離す方法を」
アリッサムはブリア側を見続ける。
「創始、守り人がネリアの間者であると言ったでしょ。その間者に最大の秘密を探られてしまったの。
お母様は屈する訳にいかなかった。言いなりになどなるわけにいかない。だからあえて悪者になったのよ。
ネリアの間者、守り人と手を組んだ。いいえ、守り人を命ずる立場を保つため、ルピナス圧政の頂点にあえて立ったのです」
アリッサムは心配そうにブリアを見つめる。ヒュウガはまだ納得しない。
「あえて悪者になって、何を守ったと言うのです? あの圧政が正義だとも言うのですか?! ルピナスは……崩壊寸前でした。我がグラジオラスにルピナスの地を踏ませてまでの重要な秘密など、存在するのですか?!」
ヒュウガの呼吸が荒くなる。まんまとネリアに担がされ、それさえも予見していたと言うのか? それをあえて受け入れたと言うのか? と。自分の不甲斐なさが受け入れられない。いや、受け入れているからこその、苛立ちだ。
「創始、『守らざるは守ること』父上の最後の言葉です。緋色を瑠璃を守るなそれが遺言でした」
アリッサムはヒュウガを落ち着かせるために、イキシア王の最後の言葉を発した。
「……守らざるは守ること?」
ヒュウガの意識は、苛立ちから遺言に移る。しかし、それを邪魔するように、
「失礼します! ヒュウガ様、あの、カズサ様が戻られました」
近衛が報告する。
「さあ、ここに来ていただきましょう。さすれば、三又の道の真実が見えるやもしれません」
狸が発した。アリッサムは頷く。ヒュウガも応じた。
次話更新明日予定です。




