ルピナスとグラジオラス
その大陸は大河を挟んで二分されていた。
大河の北西は豊かな大地が広がる。属国で脇を固めた『ルピナス国』が大陸の中心である。隣国であるブリア国とネリア国は、ルピナスの属国として栄えていた。三国は大河に並ぶように連なり、その周辺を小国が点在していた。
そして、大河を挟んだ南東には荒野が広がり、住まう者たちは北西の国々から追われた者たちであった。追われた者たちの性なのか、その荒れた素行で、南東の地は長らく無法地帯であった。しかし、旗揚げする者がいないわけではなかった。小さく点々と村が発ち、次第に町に発展していく。法まではいかないものの、暗黙の規律が自然と根付き、町はさらに発展を重ねた。そんな町や村がいくつも発つと、決まって現れるのが無法を盾に町や村を襲う者たちである。元々荒れた者たちの地である。力で強奪する者が現れるのは、自然の摂理と言えよう。そんなことが長い年月続けば、皆が望むようになる。荒野の地を統べる者を。そうである、王を望むようになるのだ。この地を安住にしてくれる存在を。
遂に荒野に王国が発つ。その名は『グラジオラス国』
ルピナス王が崩御する一年前のことである。
ルピナスの賢王は、グラジオラスの若き王を認めた。対等であることを宣言した。それは北西を統べる者の度量である。しかし、それを快く思わない国もある。ルピナス国を支えていたことを誇りとしていた、属国ブリア国とネリア国。グラジオラス国が対等ならば、我らはその下位となるのかと。この不協和音がルピナス王の頭を悩ませた。
グラジオラスの若き王は、ルピナス王の苦慮を汲む。ブリアとネリアの体面を保つため、交易税を両国に納めることを自ら申し出た。新興国のグラジオラスが、交易に参入するための登録料だと思ってほしいと。若き王は爽快に言ったのだ。ルピナス王も豪快に笑い、互いに信頼を築いていく。ブリアもネリアも体面が保たれ、さらに新しい交易により活気づいたことで、一応の決着をみた。平穏はこのまま続くと思われた。
しかし、一年前ルピナス王が崩御したことで、一気に大陸に不穏な空気が駆け抜ける。ルピナスの王位は男子継承。ルピナス王の血を継ぐ男子は齢七つの幼き王子だけであった。ブリア国から嫁いだ側室の子である。つまり、ブリアがルピナスの実権を握ることが予想された。
予想を裏切らず、ブリアの後ろ楯を持つ側室が政治を行った。平穏が崩れていくにそう時間はかからない。ルピナスの幼き王の名の元、グラジオラスのみならずネリアに対しても交易税を課し、さらにグラジオラスに対しては、これまでの三倍を超す交易税を課した。悪政は続く。ルピナスの支柱でもある古株の忠臣たちを罷免し、ブリア側の者を取り立てた。国内外において、ルピナスは崩れていったのだ。
幼き王を盾に、ブリアの独断が続く。ブリア側の誤算は、刃向かう者などいないと思っていたことだ。幼き王統治、いや、側室により睡蓮統治が一年を過ぎた頃、グラジオラスは戦の旗を上げた。北西の国々はルピナスを中心に集結するかに思えたが、ブリアの横暴統治により、小国だけでなくネリアもグラジオラス側についた。たった一年でルピナスは孤立したのだ。否、ルピナスではなくなった。ブリア国に蝕まれた。
だが、グラジオラス側についた小国とネリアであったが、戦には参戦しなかった。前賢王に対して、これまでルピナスのおかげで栄えてきたことに対して、加護を受けてきたことに対して、恩を仇で返すことは出来なかった。そのことで、ブリアは胡座をかいた。見た目には二国対一国の戦である。我に勝因があると踏んだルピナス・ブリア連合は、大河を挟んで巨大な陣を建てた。あろうことか先陣を全てルピナス兵に任せ、後方でブリア兵は酒宴を開いていた。場馴れした古株の指揮官もいず、忠誠を誓うはずの王は……いない。ルピナス兵の離脱は日に日に増えていく。皆、ルピナスに背をし小国に下った。
焦りはじめたブリアは、厳しく兵を取り締まるが時すでに遅し。崩れる陣を予想していたかのように、グラジオラスが迅速に動く。大河を越えて陣に向かって。長らく戦知らずのルピナス側は、いや、ブリア側は混乱し命からがら自国へと退却する。
そう、ブリア兵はブリア国に。
ルピナス兵は小国に。
そして、守る者がもいなくなったルピナス。グラジオラスの兵がルピナスの王都になだれ込む。
そして、女は叫んだのだった。
「そんなもの要らないわ! 滅びる国の王位など!」
と。
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