王位
カシャーン
ガランガラン……
王冠が転がる。
主を無くした王冠は、輝きこそ同じであるが、威厳もなく転がっていく。ドレスの前でその転が止まった。と、同時に王間に響いた声は発狂にも似た金切り声。
「そんなもの要らないわ! 滅びる国の王位など!」
玉座に座る幼き王を抱え、女が叫ぶ。
「それはあんたのもんよ! この子も私もルピナス国と関係ないわ! 私達はブリア国の者だもの!」
あんたと言われた少女は、目を見開き狼狽える。その口から溢れた声は……
「お母様?」
そう言った。
「違うわよ!! 私は継母。あんたの母じゃない」
冷たい声が少女に浴びせられた。少女の視線は転がった王冠に向く。だが、拾うことはしない。再度上がった視線の先には、幼き王を必死で抱え睨み付ける女の顔があった。たがが外れた女の口からは、自分本意の言葉が続く。
「あんたがルピナス最後の王よ。いえ、女王ね」
歪んだ笑みを浮かべ、女が動く。幼き王を臣下に預け、コツコツと靴を鳴らし少女に近付いていく。女の靴先が転がった王冠にたどり着き、コツンと当たった。王冠一ツ分の距離で女は少女の脇で立つ。一寸の間もなく、女は少女の耳元で言った。
「あんたが王として首を取られなさい。それでこの戦は終わるわ。それとも大好きな弟の首をあんたは差し出すの?」
と。少女はヒュッと息を飲んだ。その少女をさらに追い込むように、女は一歩踏み込む。王冠は押され少女のドレスを歪ませた。耳元の顔がゆっくりと少女の瞳を捕らえる。女は堂々と言った。
「あんたは正室の子。あの子は側室の私の子。本当の王位継承者はあんたでしょうよ!」
王間に響く女の声。女は小さく『そうでしょ?』と言い、少女に首を傾げた。固まる少女を横見に、女はコツコツと歩き出す。ゾロゾロと続く臣下達。少女を哀れむように見る者、厭な笑みをしながら通って行く者、目も向けずコソコソと通り過ぎる者。歩が止まる者は一人もいなかった。皆、女の臣下となったのだ。ルピナス国の臣下ではなく、女の臣下。ルピナスを棄て、ブリア国に下るのであろう。
「おねえちゃん」
小さく小さく少女の耳に届いた声。少女はハッと振り返る。臣下に抱かれた幼き王が震えていた。八歳のか弱き王である。ルピナス国の王位は男子継承。一年前ルピナスの賢王は崩御した。それを継いだのは、ルピナス国の属国であるブリア国から嫁いだ側室腹の王子であった。不安げな幼き王を見た少女は、優しく微笑んで口を動かす。
『逃げて生き延びて。さようなら』
と。声に出さずに。伝わっていないだろう。聞こえたとしても、幼き王が理解するはずもない。ただ少女の微笑みは、幼き王を安心させるには十分であった。コクンと頷く幼き王を、……弟を、少女は微笑んだまま見送った。
ルピナス最初で最後の女王、アリッサムはこうして王位に就いたのである。
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