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ダニー・G  作者: 井上陽介
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新しい世界

病院を出た俺は、世界がそんなに変わっていないことに驚いた。

いや、結論を出すのは早い。

変わってなさそうなだけかもしれない。

よく見れば多少の変化はわかる。


例えば車だ。二百年たってやっと車は黙ることを覚えたらしい。

俺の時代もかなり静かになっていたが、それとは違う。


静かになることと黙ることは違うのだ。

これでは車が走っていることに気付かず、歩行者は危ないだろうと思うのだが、きっと俺の知らない何かで制御されていて、事故は起きないのだろう。


多くの建物の外壁がディスプレイになっていて、色々な情報を下界に向かって垂れ流している。

もちろん二百年たっているので、テクノロジーの進化はもの凄いものなのだろう。だが、いまいち俺にはピンとこなかった。


まあ当たり前かもしれない。SF映画を見ているのと同じだ。ああ、この時代にはこんなものがあるんだな、と思うだけだ。


人間の形をした銀色のロボットが、その丸い頭をクルクルまわしながらゴミを拾っているのが見える。なんとなく小突きたくなるのはどうしてなのだろう。


リサに連れられて乗り込んだ車はオーシャンブルーのセダンだった。セダンって言い方があっているのかは知らないが、俺の知っている限りこれはセダンだ。

リサが運転席に座る。


「搭乗者、確認。エンジン、始動」


うん、やっぱり喋った。


「リサ、今日はどこまで?」


セダンは女のようだ。甘ったるい声で語りかけている。


「とりあえずうちに帰るわ。自分で運転するわね」


「了解です。オートパイロットを切ります」


車は音も無く発進していく。


「なあ、リサ。この車って人生相談とかもできるのか?」


俺はふと思って尋ねてみる。


「えっ? それは無理かもしれないけど……。日常会話くらいならできるわよ」


「残念だな。俺のこれからを相談するには一番の相手かと思ったんだが」


「それ、本気で言ってるの?」


「いや、適当に言ってる」


「車に相談しなくても大丈夫よ。私たちがついてるから。とりあえずは家でゆっくりすればいいわ」


「今までかなりの時間、ゆっくりしてたもんでね」


時間的には間違いない。感覚的には撃たれたのはついこないだだ。


ニューヨークの町並みはあまり変わっていなかった。

二百年なんてそんなもんだ。色んなものがグレードアップされただけで、本質的には変わっちゃいない。少なくとも今の俺にはそう見えた。


「ヤンキースタジアムはそのままか? いや多少は改装されただろうなあ」


驚いたことにリサもスコットも黙ったままだ。


「ヤンキースタジアムだよ。ブロンクスにあるやつ」


「ああ、昔にあったやつか。今ではスペースボールパークって名前になってるよ」


スコットが答えてくれる。

その次の言葉が俺に衝撃を与えた。


「ヤンキースは僕らが産まれる前になくなってる。メッツってのもあったんだよね。街の歴史で習ったよ。今は合併してギャラクシーズってチーム名だよ」


何だと。何を言ってやがる。

正直なところ、俺は蘇生してから一番、ショックを受けた。


自分の時代から大分、変わったらしい世界の仕組みや、自分が二百年間眠り続けていたということなどどうでもよくなるほどに。


俺はため息をつきながら、窓の外を眺める。

空中を車が浮いていた。


うん、浮いている。というより飛んでるね、あれは。

ヤンキースの消滅に心奪われていた俺は、パトカーらしい塗装をしたものが空中に浮かんでいてもその程度の感想しか持たなかった。


「ほら、見て、ダニー。パトカーだけは飛行機能が付いているのよ。公道であれを乗っていいのは警官だけなの。驚いたでしょう?」


驚きません。

はっきり言ってどうでもいいです。

俺のあまりの落胆ぶりにスコットが心配そうな目を向けた。


「ダニーさん。そんなに落ち込まないでくださいよ。たかが野球チームじゃないですか」


俺の頭は光よりも速くスコットに向き直った。

そして無言でにらみつける。


「ははは、ダニーったら。本当、おかしな人。あなた二百年眠ってたのよ。野球チーム以外にも色々、驚いたことってあるはずでしょ。あなたに会ってから、今が一番、動揺してるわよ」


当たり前である。ニューヨークヤンキースは不滅の存在だったはずだ。


そりゃあいつも勝ってたわけじゃない。

でも俺はヤンキースが大好きだった。


「リサさ、俺もうやる気なくした。もう一度寝てもいいかな」


さらば二十三世紀。俺は再び、氷付けに戻ります。


「残念。すでに冷凍保存は違法なのよ。あなたは規制以前に冷凍されたから大丈夫だったけどね」


「じゃあ俺みたいなのは希少価値が高い?」


「かなりね。世界でも数百人しかいないわ。冷凍保存の発明がされてから二十年ほどで、その使用は禁止されたの。もともと倫理的に問題があったしね。費用も莫大だし。今は解凍作業だけ」


まあたしかに問題だろう。冷凍される人間の身になって欲しい。

起きたら知り合いは誰もいないし、ヤンキースも無いのだ。

俺は病院で考えていたことを質問してみることにした。


「ちなみになぜ今なんだ? どうして俺はこの時代に解凍された?」


俺の負傷はひどいものだったが、医療技術の問題だけなら百年以上前でも蘇生可能だったらしい。看護師のシャノンに聞いたことだ。

俺はなぜ放置されていたのか知りたかった。


「その理由はね。わたしなの。わたしがあなたに会いたかったから。伝説の〝ダニー・G〟に直接会ってみたかったの。だからお父様に頼んで解凍してもらったのよ」


「それまでは誰も同じことを考えなかったのか?」


「うーん、ちょっと言いづらいことなんだけどね。歴代の当主にとって悩みの種だったらしいわよ。あなたは戸籍上は、最も年長者だし相続権もあるでしょう。あなたに当主の座を取って代わられるのを恐れていたのかも。それで、次の代、次の代と先送りされていったの。でもお父様は違った。あなたの権利を尊重するつもりみたい。元々、欲の無い人だし。だからあなたもお父様とよく相談して」


なるほど。誰にも必要とされていなかったわけだ。親父が妙なことを考えたせいで、子孫たちが悩みに悩んだわけだ。ちょっと気持ちがよくなった。


「それで、英雄と対面した感想は?」


俺は妙に仰々しい態度でリサに尋ねる。


「一言で言うとね。とても面白いわ。もっと堅苦しい人だと思ってたから。それにね……」


「何かね? 我が子孫よ」


「あなたには何か今の時代にはない、と言うか欠けているものが備わっている気がする」


とんだ買いかぶりだと思ったが、黙っておいた。

何せ、俺は英雄なのだ。


「色々と教えてね。昔のこととか」


リサが笑いながら言った。

とても美しかった。

彼女にこう言われて頼みを聞かないやつはいないだろう。


「うむ。何でも聞くがいい。わしが教えて進ぜよう」


俺は調子に乗って、長老気取りだ。

リサが笑い、それに釣られてスコットも笑った。

車の中が笑い声に溢れる。

目的地であるガーランド邸はコニーアイランドにあるようだった。


ブルックリン南端にあるリゾート地だ。俺の時代はノスタルジックなビーチや遊園地があった。

今もきっと変わらないだろう。

車は静かに、しかし高速で目的地へ向かっていく。

頭上を飛ぶパトカーはただ浮いているだけの様に見えた。


この時代の警官はさぞかし気楽に違いないと俺は思った。


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