ビキニじゃない
スコットが手続きを済ませている間、俺とリサは待合室のソファに座っていた。
周りにはたくさんの23世紀人たちも座っている。
入院している間にも気付いていたが、人類は服装という面ではさほど進化しなかったようだ。
何人かの着ているものに違和感は感じるが、それは昔にもあった感覚だ。
いつの時代にも変わったやつ、個性的なやつはいる。
俺が思い描いていた未来とは違っていた。俺の希望は女性はすべてビキニタイプの服を着ているというものだったが、そんな感じではないらしい。
「おじさま、さすがに緊張してます?」
「いや、特に。何となく落胆はしてるけど」
もちろん理由は言わない。
「200年ですものね。昔とはかなり違うかな。でも、基本的なところは変わっていないはずですよ」
リサは25歳。この2つ年下なのか、222歳年下なのか正確にはわからない親類はいつも優しい笑顔を向けて話しかけてくる。
彼女はとても美しいし、優しい。血縁なのがとても残念だ。
俺に対し敬語で話し、〝おじさま〟と呼んでくる。
「リサさ、いい加減にその〝おじさま〟ってのやめないか? 年だって実質、2つしか変わらないんだし。ダニーでいいよ。敬語も無し。スコットにも言っておいて。あいつ俺と同い年だろ」
「うーん、おじさまが、あっ、いけないわね。そう言うのなら。正直、何て呼べばいいかわからなかったんです。でもなあ、一応、ご先祖さまだしなあ」
首を傾げて悩ましそうにするリサはとても素敵だ。
「いいんだよ。ダニーって呼ばれた方が俺も気分がいい。本当はまだ27歳だぜ、俺。というわけでこの話はこれで終わり」
俺が笑いかけると、リサも同じように笑って頷く。
「おじさん、手続きは終わりました。お待たせしてすみませんでした」
スコットがいつの間にか目の前に立っていた。
「おじさんって言うな」
リサに対してとは違い、簡潔な言葉で俺は言った。
「彼がね、おじさんとかおじさまとかやめてくれって。27歳として扱って欲しいのよ。そうよね? ダニー」
最後の〝ダニー〟は少し遠慮がちだったが、リサは言われたことをすぐに守れるようだ。
「敬語も無し。呼ぶのはダニー。簡単だろ?」
俺の言ったことをリサはすぐに実行できたが、さて、スコットはどうなのだろう。
生真面目なところがありそうなので、少し難しそうだ。
「それじゃあ、行きましょうか。ダ、ダニーさん」
「ダニー」
「行きましょう、ダニー」
「行こうぜ、だ」
「い、行こう、ダニー」
まあ、合格ということにしておこう。
俺は立ち上がり、2人に付いていく。
病院は結構、混んでいた。待合室はたくさんのお客で賑わっていた。
病院が賑わっているというのはいいのか悪いのか俺にはわからない。
俺たち3人が内科の診療室の前を通った時だ。
たくさんの人々が静かに整然と座って待っていた。
にこやかに微笑んで談笑している人たちもいる。
その中で1人の女性が赤ん坊を抱きながらあやしているのが見えた。
赤ん坊は大きな声で泣いていた。
よしよし、と母親らしき女性が頬をすり寄せている。
俺は昔から子供が好きだった。何となく近くに寄ってみる。
赤子は23世紀でも赤子だった。
当たり前だ。
俺が近寄って舌を鳴らすと、不思議そうな目でこちらを一瞥する。
赤子の一瞥は格段に美しい。
号泣していたくせにチラッと流し目をして、目新しいものに気をとられる。
「いやあ、可愛いね。今、どれくらい? 女の子かな?」
「ええ、女の子です。まだ六ヶ月なんです」
女性が赤子の代わりに答えてくれる。
未来社会でも赤子は泣くこと以外は出来ないらしい。
するとまた彼女は激しく泣き出した。
泣き方が異常に激しい。俺は少し気になった。
「どこか悪いのかい?」
「家でハンディMRIを使って調べたんですが、特に以上は無いみたいなんです。でも、あまり泣くので……」
その時、診療室の扉の側にあるディスプレイに〝87〟の数字が映し出された。同時に「87番の方、どうぞ、お入りください」とのアナウンス。
女性が片手に持っているチケットのようなものの番号は121だった。
「もしかして、随分と待ってるの?」
「1時間くらいでしょうか。まだまだ待ちそうですが」
母親は落ち着いた様子で行った。
どこか違和感を感じる。
ざっと見たところ、小さな子は彼女1人のようだ。
俺だったら、誰かに金でも握らせるか、怒鳴りつけるかして順番を早めてもらう。
というよりは、誰かが順番を譲ればいいのだ。
「ダニー、どうしたの?」
リサが赤子を見ながら訪ねてくる。
「どうしてこいつら知らんぷりしてるんだ? 赤ちゃんがこんなに泣いているのに」
「知らんぷりって何が?」
「先にこの子を看てもらえばいいだろう。何て言っても赤ちゃんだぜ。最優先だろ」
何故だかリサは不思議そうにこっちを見た。
「えっと、何を言っているのかよく……」
気付くと赤子の母親もスコットも俺の方を不思議そうな目で見ていた。
一体、どうなってるんだ?
元来、俺は言葉よりも行動で示すタイプだ。
周りを見渡すと、90番のチケットを持っている男が目に入った。30代で健康そうだ。
「おーい、そこの人」
男は少し驚いた様子だったが、にこやかな表情を返す。
「私ですか? 何でしょう」
「さっきから聞こえてるでしょ。この子がずっと泣いてるんだ。その番号札と取り替えてくれない? 別に急ぎでもないでしょ?」
「ええ、私は特に急いではいませんが。ただ番号札の交換は禁じられていまして……」
話のわからないやつめ。
しかし無理強いするのはよくないと思い、その近くの女性に声を掛けた。一部始終は聞こえていたはずだ。しかしその女性も同じ答えを返してきた。
何人かに同じことをしたが、すべて答えは同じ。
普通だったらここで俺は怒鳴り散らしていただろう。
しかし何故かそういう気は起きなかった。
何というか、俺が頼んだ人たちは本当に申し訳なさそうだったのだ。
当然、赤ちゃんが泣いているのは聞こえているのだろう。
気にはなっているのだ。
しかし番号札の交換だけはどうしても出来ないといった感じを受ける。
「リサ、もしかしてさ。番号札の交換って重罪なわけ?」
まさかと思いながら俺は聞いてみた。
「ううん、そんなことないよ。そんな法律はない。でも禁止事項だから仕方ないわ」
ようやく何かが掴めてきた。
「そうだよ、ダニー。禁止事項を破るのはよくないよ」
スコットが少しだけ焦った表情で言う。
「いいんです。ちゃんと順番を待ちますから。ねぇー、もう少しだから待っててねー」
赤ちゃんをあやしながら、母親まで物わかりのいいことを言う。
俺はこんなことで諦めやしない。
「ちょっと待っててくれ」
俺は病院の受付に走って行った。病院内での走行は禁止事項なのだろうか。
知ったことでは無い。
「看護師のシャノンを呼んでくれないか」
ちなみにシャノンとは俺の担当看護師だ。ブロンドの金髪巨乳。俺は入院生活中、シャノンとかなり仲がよくなっていた。俺のポケットにはシャノンの電話番号が書かれたメモがある。
ちょうど忙しい時間ではなかったようで、シャノンはすぐにやってきた。
「シャノン、頼みがあるんだ」
そう言ってシャノンを連れて内科の診療室前に戻る。
途中で事情を話す。
「それは仕方の無いことだわ」
「いいから俺にあのディスプレイを操作させてくれよ」
俺はジッとシャノンを見つめて頼み込んだ。
「仕方ないわね。こっちよ」
シャノンが折れた。いつの時代でも、話がわかる女は素晴らしい。
診療室の近くにある小さな部屋に入ると、病院の職員らしき人々が何人か忙しそうに働いていた。
部外者が入ってきたので、一瞬、全員の手が止まり視線を俺に向けたが、シャノンが微笑むとすぐにまた仕事に戻った。
「これよ。そこのモニターと連動してる。任意の番号を表示させたいのよね?」
俺はシャノンの説明を聞き、自分の指でその番号を入力した。
「ありがとう。シャノン。やっぱあんたは最高だよ」
「それじゃあ、またね。仕事に戻らなきゃ。連絡してよね」
シャノンはウインクしながら歩き去って行った。
俺は静かに待合室に戻る。
ディスプレイには121の番号が映し出されていた。
例の母親が困惑気味に赤ちゃんを抱きながら診療室に入っていくのが見える。
急に番号が飛ばされたことに対する周囲からの苦情の声を心配したが、そんなものはまったく無かった。
「やったのはあなたよね。どうやったの?」
リサは不思議そうにこっちを見ている。
俺は笑って、何も答えなかった。答えなかった代わりにこう言っただけだ。
「さあ、行こうぜ」
スコットとリサは顔を見合わせたが、すぐに歩き始めた。
俺はそれに付いていく。
何となくだが、気付いたことがあった。
この連中、つまりこの時代の連中ってことだが、こいつらは禁止されていることをするのにやたらと抵抗があるのだ。
入院中にリサから聞いた話の通りだ。
クリーンでお利口さんの世界。
彼らは赤ちゃんのことが気にならなかったわけでは無い。ただ違反を犯してまで、助けようとはしなかっただけだ。
簡単に言えば融通がきかない。
では何故、シャノンはあんなに簡単に俺に協力してくれたのか。
多分だが、部外者にあの操作をさせてはいけないという禁止事項がなかったのだろう。
想定外ってやつだ。
そして実際に操作したのは俺だ。
番号を飛ばして表示させるのが禁止だとしても、それをやったのを俺なのだ。
俺は禁止事項なんて気にはしない。
21世紀にはグレーな出来事なんて腐るほどあった。
誰も困らなければ、構いやしないだろう。
それにしても。
ここまで清廉潔白な考えに捕らわれているってのはどうなのだろう。
クリーンな23世紀。
考えただけでもうんざりしてくる。