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ダニー・G  作者: 井上陽介
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表半分

俺の経過は順調のようだった。少なくとも体調的な面では。

頭の方は……どうだろう。

今のところはおかしな兆候は見られない。

冷凍睡眠から復活した人間は数パーセントの割合で、精神に変調をきたすとフレッチャー医師から聞いていた。


無理も無いと思う。

ほとんど哲学的な問題だ。いくら長生きしても、周りには以前の知り合いは誰一人いないのだ。

簡単な話、それって幸せか? と考えてみればいい。

大抵のやつは嫌がるだろう。

俺は妻や子供のことはなるべく考えないようにした。

それが出来たのも一人の女性のおかげだ。

現在の俺の家族であるリサは、記念すべき起床の日に俺の病室を訪れて以来、何度も何度も見舞いにきてくれた。


リサは俺から色々なことを聞きたがった。俺も彼女から色々、聞きたかった。

俺たちのとりとめのない会話は、お互いにとってたくさんの驚きを伴っていた。

わかったことがある。


当たり前のことなのだが、今の社会は俺の生きていた頃とかなり変わっていると言うことだ。

よく言えばとてもクリーンな社会に変わったらしい。

俺の時代、21世紀は結構、ひどいものだった。

相次ぐテロ、宗教が関わる戦争、サイバー犯罪。


男女平等が確立されたと思ったら、こんどは男たちが不公平だと情けない主張をしだしたのもこの頃だ。

治安は二十世紀後半からかなりよくなっていたのだが、それも一時的なもので二〇四〇年代くらいには昔に逆戻りしていた。


俺の地元、ニューヨークも一昔前のバイオレンス映画の舞台になりそうな区域も増えていた。

そのくせ、個人情報保護の名の下、多くの監視カメラが撤廃され、さらに治安は悪くなった。

俺が産まれた頃はどこもかしこもカメラだらけで、常に監視されていたようなものだったが、それが犯罪の抑止力になっていたことは間違いない。


しかし誰かが言い出したのだ。

〝生活のすべてを監視されている。これでは個人のプライバシーなどあったものではない〟と。

この頃、個人情報保護という言葉は、まるで神からのお告げのようなものだった。

もちろん神様はそんなことは言っていない。

俺はそんなものをほとんど気にしなかった。


俺の生年月日を知りたければどうぞ。その代わりに知ったからには、きちんとプレゼントをよこしましょう。そんな程度だ。

鼻をほじっているところをどこかの監視カメラに収められようが知ったことでは無かった。

その映像を誰が見たがると言うのだ。

どうしても見たいやつがいるのならば、好きなだけ見ればいい。


そのうちにあらゆる国で色々な法律や条令が施行され、個人情報はほぼ完璧に守られるようになった。

その結果、数ブロック先に住んでいるおっさんの名前も簡単にはわからなくなった。

人々はなるべく個人を特定されることを話さなくなり、人間の結びつきは徐々に薄れていく。

人間関係が薄っぺらなものに変わったのと、凶悪犯罪が増え始めたのはほぼ同じ頃だった。

それが何故なのかは俺にはよくわからないが、多分、〝よく知らない人間〟が増えたからじゃないのだろうか。


その後、どうなったのかは俺にはわからない。

何と言ってもほぼ死んでいたからだ。

リサの話では今はほとんど犯罪というものが無いそうだ。

世界中が平和でほぼ安全だという眉唾ものの話を聞いたとき、俺はつい鼻で笑ってしまったがリサは冗談を言っている様子ではなかった。


22世紀初頭に重水素と三重水素を使う核融合炉が発明され、人類はほとんど無限のエネルギーを手に入れた。その結果、世界各地の地下資源の確保を目的とする戦争が起きなくなった。

それだけでほとんどの争いが無くなったのだという。

俺が出征した戦いも名目は人道支援だったが、本当の目的は地下に埋まっていた化石燃料だったことは誰でも知っていた。


もう一つ、重要な科学の進歩があったらしい。

はっきり言って俺には科学やら医学の話はさっぱりだが、リサがわかりやすいよう説明してくれたことだとこういうことだそうだ。

遺伝子治療の分野がかなり進んだらしい。俺の時代にもそれはかなり進んでいて、単一の遺伝病なら治療できるくらいにはなっていた。


ある科学者が、人間の行動を司る遺伝子を発見したのだ。その遺伝子はBH73と名付けられた。犯罪者などの遺伝子を調べた結果、そのBH73が損傷していることが多かったのが発見のきっかけだ。

その壊れた遺伝子を修復するウイルスを体内に注入する技術が確立され、新生児の段階でBH73の損傷が発見されると即座にそれを正常に戻すことが可能になった。さらに健康診断などでも同じような処置がなされるようになる。あくまでも任意とのことだが、誰もがその治療を受けたがった。


まあ、これは理解できる。将来、犯罪者になりやすいですよ、と言われているようなものだからだ。

その結果、数十年後には犯罪の発生率の激減が見られた。

その他の要因もあったにせよ、これは人類史上、極めて有用な発見だった。

人類はついに人間をデザインできるようになったのだとリサは言う。

だがこれには根強い反発も存在し、未だに議論は絶えないとのことだ。

ちなみに遺伝子の技術は、壊れたものを修復するだけでなく強化改良することも出来るようになっているが、諸々の理由により現在は違法になっている。


そして驚いたことに、この23世紀には世界統一政府なるものが存在するらしい。

国連が進化したってレベルの話じゃ無い。

猿が人間に進化したってレベルじゃないだろう。

世界各国の政府はその統一政府の下、自治体のような形に収まっているという話だ。

何をどうすれば、そんなことが可能なのか。


リサが言うところ、偉大な政治家が大勢いたらしい。

幾人かの名前は聞いたが忘れちまった。

俺の時代と同じく社会の進歩は3歩進んで2歩下がる状態が続いていた。

人格的に優れている政治家が現れ、次は駄目なやつ。いいやつが築いたものを悪いやつが食いつぶす。食いつぶしかけたところにいいやつが現れる。結果、少しだけ世界はいい方向に進む。

そのサイクルが何回か崩れたらしい。


人種や民族間の争いや、宗教の違いによる争い、富裕層と貧困層の格差などは次々と解決されていった。方法は様々だが、崇高な理念を持った政治家が世界各国に一斉に現れたらしい。

俺にはそれは奇跡としか思えなかった。

もしくはデタラメだ。


俺の頃の政治家と言えば……。

悪口しか出てこないので発言は控えておく。


ちなみに通貨は世界共通で単位は〝エン〟という。

慣れしたんだドルはすでに存在しない。

ジャパン、さすがだぜ。


この辺の話はすべてリサから聞いたのだが、俺はにわかには信じられなかった。

まあリサの話は、人類の歴史の表半分なのだろう。

この病室を出て、外を歩いてみれば、裏も見えてくるに違いない。

いつだってそうだ。


地理の教科書を読んだって、すべてがわかるってもんじゃない。

そこを歩いて、はじめてわかることだってある。

そしてそれはもうすぐに可能になる。

検査の結果、帰宅が認められたのだ。

あと1時間もすれば、リサとスコットが迎えにくるだろう。

俺はこの23世紀に飛び出していく。

実際にどんな社会が俺を待っているのだろう。

何が待っているにせよ、悲しいことにヤンキースだけは確実にいない。


俺の名はダニー・G。

骨董品だがとくに価値があるわけじゃないただの男だ。

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