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貴方だけには会いたくない

作者: 秋月カンナ

 父が亡くなった。肝臓癌で、検査をしたときにはもう手の施しようがなかったらしい。入院して、約一ヶ月後のことだった。

 父の葬式が一段落した頃、母が倒れた。もともとあまり体が丈夫なほうではなかったが、心労のせいもあるのか、寝たきりの状態が続いた。

 

 ある日、母のもとへ見舞いに行くと、母は呟くようにこう言った。

「天国って、あるのかな」

 それを聞いた私は、つい怒鳴るように、

「何を縁起でもないことを」

 と、声を荒げてしまった。

 ふふっと、母は笑うと、こちらを見るでもなく言った。

「ただあるのかなって思っただけだよ。あるのなら、小学校の頃の先生とか、親友のヨシちゃんとか、初恋の高橋君とかさ、会えるかもしれないじゃない? 会いたいなって思っただけよ」

「……あぁ、あったらいいね」

 母の、こんな弱々しい姿を見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 ふと、母の話の中に父がいないことに気が付いた。

「お父さんとは? 会いたくないの?」

「ふふっ、会いたくないわ。会ったら必ず、また小言を言われるの分かってるからね。『どうしてこんなに早く来たんだ!』ってね。お父さんのほうが先じゃないかってね。本当に口の減らない人だったんだから」

「うん、確かに言いそうだね」

 そうして、二人で父の思い出話をした。母が話すそのほとんどが父への愚痴だったが、思い出しながら話す母の表情が、どこか幸せそうに思えて、私は嬉しく、うんうんと聞いていた。


 父が亡くなって半年、母は息を引き取った。

 葬儀の最中、私は二人の生前の様子を思い出していた。とにかく喧嘩ばかりしていた。私は子どもながらに、どうしてこんなに仲が悪いのに二人は別れないのだろうと思っていたが、今ならわかる気がする。二人とも素直じゃないのだ。

 その証拠に、父はどんなに仕事が忙しくとも、母の誕生日や結婚記念日などは残業せず、早く家に帰ってくる。

 母も、どんなに喧嘩をしても、次の日お昼のお弁当を欠かさず父に持たせていた。父が入院した日、一番動揺していたのも母だ。

 頑固なのだ。二人とも。だから思っていることと違うことを言ってしまうのだ。

 天国という場所はあるのだろうか。もしそうだとしたら、二人は会えただろうか。会えたのなら、また喧嘩をしているだろうな。その様子を想像すると、微笑ましく、不思議と笑ってしまった。そして少し、泣いた。

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