文師と極童〜座敷わらしと嵐の昼間に〜
世の中には不思議な事があるものだ。
日中に謎の未確認飛行物体を発見したり、怪しい影が写真に映り込んだり、日常の中に非日常が紛れ込んでいる事がごく稀にある。
とはいえ、かく言う吉田将陰こと俺は今までそんなことを体験したことはおろか、聞いたことも無い。
せいぜい、大自然の神秘だの世紀の天体ショーだの芸術だのに触れる程度だ。
さて、そんな退屈かつ平穏な日常を過ごす俺だが、時には人々の喧騒や現代社会から離れたい時がある。
つまり、さっきも述べた大自然に触れたり、芸術に触れたりする機会であるが、その他にも俺にはある趣味がある。
それは各地の神社仏閣、史跡などといった歴史文化に触れることだ。
先人達の息吹がまだ残る地へ赴き、温故知新をその身に宿す……それは、なんだか徳を得たようで気分が良い。
そんな訳で俺は今回もとある場所へ神社仏閣巡りをしようと思ったのであったが……まさか、それがアイツとの出会いになるとは思いもよらなかったのである。
✻✻✻✻✻
岩手県の県庁所在地である盛岡市から南へ小一時間程車で行った場所に遠野市という市がある。
かの有名な民俗学者、柳田國男先生の著した遠野物語の舞台となった地だ。
名産はビールの原料であるホップ、名物は河童……因みに名物は河童だが、別にきゅうりの消費量が多いという訳じゃない。
更に補足するとカッパの捕獲証明書なる物が買えるが、この紙切れが意外と高い。
まぁ、何が言いたいかというと……先程述べた遠野物語の影響を十二分に受け、妖怪のお陰で繁栄している都市が遠野市である。
とはいえ、それ以外にも素晴らしい物や場所はたくさんある。岩手県人ならではの良さ、というものだが……これは自分の姪や甥に甘い叔父や叔母のような感覚なので多くは語らないようにする。
さて、そんな遠野に俺が来たのはかれこれ六月の中頃……別に理由もなく観光及びドライブという名目で訪れた時だった。
パンフレットを片手に有名どころの観光地、神社、寺などを訪れた俺は人間と自然が調和する有り様を見て、何とも言えない懐かしさと昔の日本の原風景を心に焼き付けた。
そして、その雄大さに半ば敬いと畏れを抱きながら遠野を離れようとした時、地元の人からある寂れた神社の噂を聞いた。
その神社は遠野の山奥……とある集落にあり、そこには昔、座敷わらしが住んでいた、というものであった。
座敷わらしとは家に住みついた際、その家に繁栄をもたらすが家の主が怠け、離れた時は一変して没落を招くといわれる妖怪である。
栄枯盛衰……まるでプチ平家を体現したかのような妖怪が居る。
それを聞いた俺は一にも二にも……行こうとはせず、遠野を離れることに決めた。
いや、普通なら連れて行こうとか考えそうだが、俺は生涯努力し続けようという自己研鑽意欲に溢れた人間では無いし、一生座敷わらしが離れることにビクビクしながら生活を送るのは御免だ。
第一、繁栄とかどうでも良い。商人じゃないし……。
かくして、俺は極力そういうのに関わりたく無い為に早々と遠野の地を離れた……筈だった。
「……ここ、どこだ?」
が、事態は人生同様そう上手くはいかないみたいであった。
車を走らせ、早一時間……俺は遠野を離れるどころか遠野の山奥、電波も届かない見知らぬ見晴らしの良い草原に居た。
空は曇天……辺りは見渡す限りの山、山、山……足元には野生のウサギのものらしき糞がある。
道路を走り、「盛岡」と掛かれた看板を目印に帰っていた筈なのだが、気付いたらそこは盛岡ではなく森の丘……しかも、電波が圏外ときている……笑えない悪い冗談だ。
「……カーナビ、付けときゃ良かったな」
いや、カーナビを付けたら付けたで今度はナビに……
「わたしはここで死にました」
と、言われるかも知れない。
まぁ、俺の車……中古車じゃなく新古車だし、事故車でも無いからそんな心配は無いんだが……。
とはいえ、地図も無くナビも無く、近くに民家はおろか人の気配すら無い状態ではどうしようも無い。
俺は取り敢えず、辺りを見渡す……すると、山しか無い景色の中に建物らしき物を発見した。
「まさか、マヨイガか?」
とは言ったものの、そこは遠野物語に登場する屋敷のような物ではなく、寂れた古い神社のようだった。
「……もしかして、アレが例の神社か?」
しかし、その周囲には集落は無く、神社の周りは森しか無い。
しかも、曇天の山奥に鎮座してあるその場所はさながら魔王の城と表現した方がしっくりくる。
だが、俺のレベルは1、装備は出歩く際に愛用している短い釣り竿、メモ帳とシャープペンシル付き四色ボールペン、アイテムはタマゴパンとサイダーのみ……普通のゲームならまず間違いなく勝てない。というか、普通はそんな物を持たない。
けれども、行く場所はそこしか無い。
「……行ってみるか」
俺は大きく溜息を吐きながら車に乗り込み、その場所へ走らせた。
✻✻✻✻✻
数分後、その場所には意外とあっさり着いた。
曇天の中にある寂れた神社……そこは着いてみると大小様々な杉が聳え立ち、その根本には苔100%で出来た天然の絨毯がある。
更に境内には“厠”と描かれた小屋と手水舎らしき水が流れこんでいる場所があった。
俺は一応の礼節として手水舎で手を洗うと、その奥にある社へ目を向ける。
あまり大きくは無いが、小さくも無く、都市部や云われのある神社と違って派手さも無い。
簡単に言うと、燈籠や社務所といったものが無いのだ。
とはいえ、折角来たのに何もしない訳にはいかないだろう。
俺は取り敢えず、拝殿にある賽銭箱に近付き十円玉と五円玉を投げ入れる。
「十分、ご縁がありますように…………まぁ本当は無事に帰れますように、だけど……」
取り敢えず御参りだけは済ませ、さてどうやって帰ろう……と思案しながら社へ背を向けた時だった。
突然、背後の方からギギギギィ……と何かが軋みながら開く音が聞こえてきた。
見ると、賽銭箱の奥……拝殿の木で出来た扉が開いている。
先程、御参りをした時は閉まっていたが……一体、どういうことだろうか?
「おいおい、マジか……行けってか? 冗談じゃねぇぞ。どこぞの勇者や名探偵じゃあるまいし、そんな勇気あるかっての……」
何も無いのに何かあるようなイベントはゲームや小説だけにして欲しい。
俺は一目散に神社を後にしようとしたが、走り出そうとした瞬間……突然、滝のような豪雨と強烈な向かい風が襲ってきた。
「ちょっ!? 通り雨ならぬ通り嵐とか……天災使うなんて卑怯だぞ!」
あまりにも耐えられなかったので、思わず開いていた拝殿の扉から社の中へと入ってしまった。
しかも、事もあろうに扉は俺が入った途端……向かい風のせいで閉まってしまう。
これじゃ、怪奇現象なのか自然現象なのか分からない。
「しかも、隙間風で寒いし! 招くならもう少し丁寧に扱えよ! ……ここの神様乱暴だな」
神社で神様に悪態を吐くなど罰当たりにも程があるが、これが神仏の祟りなら仕方が無いだろう。
だが、そんな暴言を吐いたせいか、隙間風は寒さと強さを増して襲い掛かり、俺は再び耐えられずに社の奥へと行かざる負えなかった。
社の中は外観よりも裏腹に奥行きがあり、長い通路の先は暗くてあまりよく見えない。
しかし、そんな状況も長くは続かず……数分後、俺は開けた場所に出る事が出来た。
恐らく、本殿だろうか……その場所は小体育館程の広さで奥には神棚と赤い錆まみれの日本刀が一振り飾ってある。
「うわっ、なんだこれ? ……本物か?」
興味を感じ、その日本刀に近付こうとした瞬間……俺は異様な気配を感じ、その場で立ち止まった。
誰かが居る……人の気配がする……言い知れぬ恐怖に身体の震えるのを感じながら、俺は辺りを見渡す。
辺りには何もない。
続いては正面……日本刀の傍には誰もいない。
神棚の近くにも……誰もいない。
だが、その神棚には先程気が付かなかった丸い鏡がある。
その鏡は上から俺を照らすように置いてある。
そして、俺はその鏡にある不自然な点を見つけた。
鏡の中には俺が映っているのだが、その俺の斜め後ろに薄汚れた着物を着た髪の長い幼い女の子が立っているのである。
「うわぁ!」
俺は情けない声を上げながら振り返ると慌ててそこを離れる。
俺がさっき居た場所には先程見た少女が相変わらず立っていた。
顔は長い髪に隠れているせいか、伺うことは出来ない。
「だ、誰だ!」
俺は持っていた釣り竿に触れながら少女に尋ねる。
竿入れに入った釣り竿は俺が昔ホームセンターで買ってきた安い物だが、この際、無いよりマシだろう。
「……おら? おらはここに住んでいる座敷わらしだ。……名前は無かったけど、ここに居た昔の人間達からはアザミって呼ばれていただ。……身体についた痣を鏡で見ていただけなのに、そんな名前を付けられた……」
アザミと名乗った座敷わらしは顔を俺の方へと向ける。
よく見ると、その顔には紫色に変色した殴られたような痣が幾つもあり、薄汚れた着物は血によって汚れたものだと気付いた。
「痣を作ったのは人間なのに……おらは子供達と遊んでいただけなのに……子供がいなくなると大人達はすぐにおらを神隠しの元凶と疑って、殴り始めた…………だから、おらは……人間達を……」
アザミは俺を無視して掛けてある日本刀へ近付き、手を伸ばす。
その手にも痣が幾つもあった。
「……見限り、殺した」
アザミは日本刀を手に取ると、それを軽く振って俺を見る。
……これはもしかして、俗にいう死亡フラグ。いや、戦闘フラグか!?
「おめぇさんも、おらをイジメに来ただか!?」
アザミは鬼のような形相で俺に迫る。
鬼婆ならぬ鬼幼女……どちらにせよ恐ろしい。
世の中の恐ろしいもの、地震、雷、火事、オヤジ……これらに加えても良いかも知れない。
「誤解だぁー!」
咄嗟に持っていた釣り竿を竿入れから出さずにアザミの錆びた刀による一撃を防ぐ。
かなり重い。
だが、釣り竿は意外にもその攻撃に耐えた。
「なんだべそれは!? 刀か!?」
「……いいや、ただの……安い釣り竿だ!」
アザミを弾き飛ばし、距離を少しばかり取る。
けれど、残念ながら……俺には剣の心得はおろか剣道すらやったこと無い。
「ただの釣り竿が刀を防げる訳ねぇべ!」
「いや、これ……今の時代の釣り竿だから……」
そりゃ、昔は竹だったろうけど今は丈夫で軽いカーボン製又はグラス製だ。
とはいえ、刀を防げるとは思わなかったが……。
因みに振れば伸びる振り出し竿だ。
「嘘だ!」
アザミはそれでもめげずに攻めてくる。
俺はそんな彼女に対し、適当に持っている釣り竿を振った。
すると、釣り竿は伸びてアザミの額を打つ。
「痛っ!」
アザミはその拍子に持っていた刀を落とし、額を押えた。
そして、俺はその僅かな隙を突いてアザミの脳天に一撃を与える。
「かーつ!」
更に痛い一撃を受けたアザミはその場で膝から崩れ落ち、倒れた。
正当防衛とはいえ、やはり幼い女の子を叩くのは忍びない。
「……だから、言ったろ。釣り竿だって……」
格好がつかない決め台詞を吐いた俺は錆まみれの刀を拾い、まじまじと眺めた。
刀の刀身には錆とは別に赤い何かが付いている。
……もはや、皆まで言う必要はない。
俺は刀を床に深く突き刺した後、倒れているアザミを見る。
成り行きで来てしまい、とばっちりを受けたとは言え、このまま無関係だからと見捨てる訳にはいかない。
「……俺に何か出来ることはねぇかな……」
独りで呟き、持ち物を見る俺はそこにボールペンとメモ帳を見つける。
「……やるだけ、やってみるか」
俺は床に座り、メモ帳にボールペンを走らせた。
✻✻✻✻✻
「う、うぅ……」
あの理不尽で呆気無い戦いからどれ程経ったのだろうか?
俺の隣でアザミはようやく目を覚ました。
案外、妖怪や幽霊の類はやられてもすぐには消えないらしい。
「……はっ! なんで、お前さんがまだここに居るだか!?」
「なんで? 決まっている、俺がここに来た理由は雨宿りする為だからだ。あと、道を尋ねる為か? ……幼い女の子をイジメて楽しむ趣味は無い。Mなお前と違って俺はNだからな」
「エム……ってのが何なのか分からないけど、おらはそんなんじゃねぇだ! ……待ってろ、今に殺してやる!」
アザミは近くに刺さっている刀を床から抜こうとするが、刀は微動だにしない。
「な、なんで抜けねぇだ……」
「その刀は選ばれし者しか抜けない……かつてその刀を抜いたのはとある王ただ一人……」
「んな訳ねぇべ! さっきまでおらが持っていたんだから!」
「じゃあ、もうお前にはその刀を抜く資格が無くなったということだな……」
「また、そんなデタラメを……」
「デタラメじゃねぇさ」
俺は先程まで書いていたメモ帳をアザミに投げ渡した。
「……なんだべ、これは?」
「俺はこう見えてもフリーで無名な作家……つまり、文師でな。色んな所に行ってはメモしたり、軽い小説を書いたりしてんだよ。……そこにはお前が刀を抜けなくなった理由が書いてある。駄目な文だが、取り敢えず読んでみな」
ボールペンで指し示す俺にアザミは諦めたのかメモ帳に目を通し始めた。
――――――【✻】――――――
昔ある神社に一人の座敷わらしが住んでいた。
座敷わらしは人間が好きでよく子供達に混じっては一緒に遊んでいた。
朝から夕方……毎日、日が暮れるまで子供達と遊び、夜になったら寝ている大人を起こして遊ぶ。
そんな座敷わらしの行動を人々は嫌がるどころか、寧ろありがたく思い、座敷わらしを神様と同様に祀っていた。
だが、そんな楽しくも平和な日々はある日突然と消え去ってしまった。
座敷わらしと一緒に遊んでいた子供の一人が神隠しに遭ってしまったのだ。
人々は山々を探し回り、座敷わらしの居る神社にも願掛けを行い、必死に探した。
勿論、座敷わらしも探し回った。
遊ぶのを止め、悪戯するのも止め、素足を泥で汚し、あちこちに傷と痣を作り、あらゆる場所を探した。
だが、現実は非情であった。
数日後、いなくなった子供が死体となって発見されたのだ。
崖から落ちたのか、熊に襲われたのか、飢えで息絶えたのか、原因は分からなかったが子供は死んでいた。
座敷わらしは悲しみに暮れた。
だが、現実の悲劇は連鎖し、思わぬ姿となっても尚続く。
座敷わらしと遊んでいた子供が死んだことにより、人々は座敷わらしを悪神と同様に見なし、子供達を遠ざけると共にその地から追い出そうとした。
挙げ句の果てには神隠しの元凶そのものを座敷わらしのせいにし、寄ってたかって座敷わらしを責めた。
会う度に追われ、暴行を受け、後ろ指を指された座敷わらしは次第に心を閉ざし、身勝手な人間を嫌いになった。
己の保身ばかりに目がいく人間達の行動は次第に酷くなっていき、遂には座敷わらしの居る神社を焼き討ちにしようという話しまで出た。
そして、それを聞いた座敷わらしは遂に堪忍袋の緒を切らした。
殺られる前に殺る……決意した座敷わらしは神社の御神刀を手に取ると、焼き討ちに来た人間達を次々と殺した。
最初は命を奪うことに嫌悪していた座敷わらしだったが、己を守る為に人間を斬る内……徐々にその理性は御神刀の刃と共に磨り減っていった。
誰も信じない、誰にも信じられたくない……その思いを抱いた座敷わらしはとうとうその思いに囚われ、狂気へと染まっていった。
殺す度に暴行を受けて出来た痣はその紫色を増し、御神鏡に映る自身の姿を見た座敷わらしは更にその刻印によって、心を闇色に染めていった。
その姿を見たある人間は座敷わらしを「アザミ」と呼び、神社には誰も寄り付かなくなった。
そして、数百年の時が流れ……アザミは再び忌わしき人間と出会った。
それは道に迷い、風雨に晒され逃げてきた哀れな子山羊のような男だった。
アザミはそんな男に幾人もの血を啜った呪われし牙を携え、狼のように襲い掛かった。
だが、男を仕留めることは出来なかった。
子山羊は近代的な道具を使い、偶然を味方に付け、狼を返り討ちにし、その呪われた牙を抜いた。
更に、呪われた牙は未来永劫使えぬようにと神聖なる社の床に刺され、封印された。
牙を抜かれた狼はただの獣となる……その例に漏れずアザミもまた元の座敷わらしへと戻っていった。
その為、獣から解き放たれたアザミは穢れた御神刀を抜くことが出来なかった。
だからこそ、今のアザミには何をすれば良いのか分からない。
そこで、男は取り敢えず友達になることを提案した。
一人じゃ辛くても二人なら乗り越えられる……そういう考えだった。
かくして、アザミは今までの自分を捨て、男と友達になった。
すると、その内に嵐だった空はまるでアザミの門出を祝うように清々しい青空へと変わっていた。
狼と子山羊……アザミと男はまるでどこかのお話しのように嵐の日に友達となったのであった。
――――――【✻】――――――
「……な、なんで……」
全てを読み上げたであろうアザミの驚いたような顔を見て、俺は首を傾げた。
てっきり「ふざけるな」とか「なんだこれは?」と怒るようなものだと思っていたからだ。
「なんで、昔のおらを知ってるだか?」
「知らねぇよ。昔のお前なんて……俺は自分の想像に任せて文にしたんだ」
これは俺の趣味である“浄天眼全世百譚”……俺は他者から聞いたり、感じた事を特定の人物の物語にする癖がある。
過去、現在、そしてその先の未来を想像に任せて書く。
浄天眼とは別名、千里眼のことで俺の趣味に付き合ってくれた友人が物語と自身の過去がそっくりそのままであることに驚き、そう呼んだものだった。
とはいえ、本当に見ている訳ではないので多少なりとも事実と違うが……。
「こ、こんな……こんな…………!」
「……それがお前が刀を抜けない理由だ。お前は血に飢えた獣から座敷わらしへと戻ったんだよ」
「嘘だ! 嘘だよ!」
「あぁ、嘘だよ」
「そう、嘘…………あ、あれ?」
アザミは突然の俺の言葉に戸惑い、言葉を詰まらせる。
いや、何か正直……アニメみたいなやりとりに飽きてきた。
「普通の人間の俺が封印なんて出来るかよ……」
俺の言葉にアザミは無言となり、口をあんぐりと開ける。
「……お前は刀を抜けないんじゃない。抜く気が無いんだろ? 本当は心のどこかでまだ人間を信じ、自分を見て欲しいんじゃないのか?」
「そ、そんな事思ってない!!」
俺の言葉を受け、アザミは無理矢理刀を抜こうとする。
傍から見れば、大きなサツマイモを抜こうとする幼稚園児にしか見えず、逆に滑稽だ。
「うわっ!」
その内、パキンッという音と同時にアザミは後ろへひっくり返る。
見ると、床に刺さっていた刀は見事にポッキリと折れている。
かなり錆び付いていた上、かなりの年数が経っていたのだから仕方ない。
「あ~あ、自分から牙を折るとはな…………やっぱり、お前……もう人殺しは出来ねぇよ。生きる内の半分は運否天賦……ここが潮時だ」
アザミは俺の言葉に応えず、床に手を付いて涙を流している。
俺はそんなアザミに対し、持っていたタマゴパンを無言で差し出した。
✻✻✻✻✻
「……んで、お前はこれからどうするよ?」
あれから数十分、サイダーを片手に俺はアザミに尋ねた。
武器を失い、襲う気力も無くしたであろう極道のような座敷わらしはタマゴパンを両手に呆然と座っている。
「おい、早く食べないとカピカピになるぞ?」
「……こんなのより、小豆飯が良い……」
「小豆飯? 赤飯のことか? 祝い事でも無いのに持ってる訳ねぇだろ……食わないなら返せ」
そう言った瞬間、アザミは素早くタマゴパンを噛った。
全くもって、抜け目がない。
「……美味しい……」
「……美味いだろ? 全く、こんな美味い物を知らないなんて損な生き方してきたな」
サイダーを飲み、一息吐く。
そんな俺をアザミは初めてまじまじと眺めた。
「……外の世界にはまだ美味しい物があるだか?」
「あぁ、あるぜ。美味い物だけじゃなく、面白い物、楽しいこと、綺麗な景色……外の世界には俺やお前の知らないことがたくさんある。引き篭もってないで少しは外に興味を持て」
「……うん。でも、今のおらには誰も知り合いが居ない。皆……死んだ……」
アザミはまたボロボロと泣き始める。
だから、俺はそんな彼女に言ってやった。
「知り合いなら居るじゃねぇか」
「……えっ?」
「ここにさ……。…………俺で良かったら今日から友達になってやるぜ」
「でも、おらはおめぇさんを……」
「気にするな。雨降って地固まる、だ」
いつまでも戸惑っていそうな座敷わらしに俺は小指を差し出した。
「俺達はいつまでも友達だ。約束しよう」
「本当に……信じて良いだな? おら、おめぇさんを信じるだよ?」
アザミは俺の出した小指に自分の小指を組む。
すると、俺とアザミの小指に赤いリング状の痣が付いた。
「うおっ!? なんじゃ、こりゃ?」
「分からないだども……代わりにおらの身体に付いていた痣が消えただ」
言われて見ると、アザミの身体と顔に付いていた紫色の痣が消え、そこには可愛らしい顔立ちをしたアザミが居た。
「あの痣はお前の念によって出来ていたのかもな、人間を恨んでいたお前自身の念で…………まぁ、何はともあれ、これで一時完結だ。アザミ、これからは俺が今の時代について色々と教えてやるからな」
「……おら、アザミっていう名前は捨てるだ。元々、望んでいた名前じゃないし……新しいおらの名前、おめぇさんに付けてもらうだ!」
「おめぇさんじゃない。吉田将陰だ。……とはいえ、名前か……」
「出来れば上の名前も欲しいだよ」
「名字もか……うーん、どうするかな…………じゃあ、さっきの短編小説から取って……姓は嵐が晴れた後の陽の光が差す様子から光陽、名は女の子らしく珠子……いや、味気ないな。珠美、美珠、美宝……! 珠宝! そうだ、珠の宝と書いて珠宝にしよう! アザミ、お前は今日から光陽珠宝だ」
「珠宝……光陽珠宝……うん、良いだ! おら、それにするだ!」
アザミ……いや、珠宝は嬉しそうに俺に向かって笑顔を見せる。
どうやら、この娘を救うことは出来たようだ。
だが、ここまで来ても尚、俺には救われないことがあった。
「……さて、これで珠宝の心の曇りは晴れたが、俺の曇りは晴れない……なぜなら、結局、帰る道が分からないからだ」
折角、雨音も風音も止んだのにこれでは立ち往生のままだ。
が、しかし……その窮地を早速友は救ってくれた。
「……里へ降りる道なら、おら分かるだよ?」
「マジか!? うおぉ、座敷わらし様ぁー!」
こうして、俺は珠宝の案内でやっと帰路に着くことが出来た。
まさか、あれ程避けていた座敷わらしを思わぬ拍子で持ち帰ることになるとは考えても見なかった。
取り敢えず、俺は家に着くや否や珠宝を風呂に入れ、寝かせると……翌日は現代の案内も兼ねて服を買いに町へと出掛けた。
調達したのは桜色の小袖と赤いちゃんちゃんこ、あとは現代の女の子らしい服を数着……それからは様々な場所を案内し、一日を過ごした。
その後の日々は特に何も無く過ごしていたのだが、珠宝は着々と変化を遂げていた。
「ねぇねぇ、ショウイン先生。奥さん作らないの?」
「……取り敢えず、予定は無いな」
「ウチが誰かと縁結んであげようか?」
「それって、女限定の特権だろ?」
「えー、多分男でも出来るよ」
「適当な多分ほど、失敗のリスクは高いんだよ」
と、まぁこんな感じである。
日々を過ごす内に訛りは身を潜め、一人称は「ウチ」になり、俺のことは音読みの「ショウイン先生」と呼び始めた。
恐らく、これが子供の成長なのだろう。
本人は至って楽しそうだから良いものの、見守る側の俺から見れば、心配だ。
とはいえ、画竜点睛を欠いたあの物語のその後を書くのは珠宝自身……俺はその作品が出来上がるのを楽しみにしていよう。
俺は小指に付いた赤い痣を見ながら、新たなる物語を生み出す為……机にある紙に向かって筆を走らせた。




