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はじめてのおしごと


 リーネがミレニアムで暮らすようになって数日が過ぎた。

 その間特に仕事らしいこともなく、引越しをした日に星間通商条約を憶えるようにと言われたくらいであった。ヤマトからは星間通商条約の全文が記された分厚い冊子を渡された。リーネは紙で出来た本は子供の頃にもらった絵本以外に見た事がなく、それを使っての勉強などどうやったらいいか困惑したが、幸いな事にリーネの持つ情報端末は船内のプロトコルと互換性があったので、アントニオから情報端末にデータをダウンロードしてもらいそちらを使って読み進めている。条文が書籍の形で手渡されたのも星間通商条約が規定された時代の名残だそうだ。

 条文を読み込む以外には船内の掃除と汚れ物の洗濯がリーネの仕事だった。どうもヤマトは掃除洗濯が嫌いな様子で、クロシェットは動かないし─動けないと言った方が良い─、アントニオには手足がない。アントニオに言わせると船内の清潔はリーネにかかっているそうだ。

 今のところ船内には非常用の保存食がおかれている以外に食べ物はおかれていないらしく、少々不便だが食事は毎食空港のフードコートを利用している。食費は雇用者であるヤマトが支払いリーネには負担がかかっていない。

 そんな毎日になれはじめた頃、ヤマトの商談に同行する事になった。

「あの。わたし何をすればいいんですか?」

 まだ星間通商条約の勉強をはじめたばかりのリーネは商談で自分が何をしたらいいのかわからなかった。

「何もする事はない。おとなしく黙って座って見てればいい。」

「はい。」

「不満そうだな。」

「いえ、そんなわけじゃ」

「顔に書いてある。」

 どうやら表情に出ていたようだ。

「しばらくはどんな事をするのか見て憶えるのも仕事のうちだ。」

「わかりました。」

 リーネの返事にヤマトは軽く頷いた。

「ところで、今日はどんな商談をするんですか?」

「ああ。農業局からの依頼で新規作物の導入に関してだな。」

「クロシェットさんみたいに他の星で生まれた作物とかですか?」

「そう言うわけじゃない。今回は地球産の原種だ。」

「それならローリスにもあるじゃないですか。」

「移民の過程で遺伝子プールから失われてしまった作物も多いんだよ。」

「そうだったんですか。」

「その代わりに新しい作物が作られていたりするから商売が成り立つんだけどな。」

「へー。」

「さてと、リーネには見学だけじゃなくて荷物持ちにも活躍してもらうか。」

「はい。」

 そう言うとヤマトは船内の倉庫区画へと足を進めた。

 倉庫区画の中は扉のついた棚が並んでいた。

「ここに入るのって初めてです。」

「まあ普段は用がないからな。アントニオ。」

「なにかな。」

「稲の原種は何種類ある?」

「遺伝子プールに地球産の原種は千三百四十二種類あるよ。種籾は二種類だけだね。」

「種籾もあったか。」

「うん。種子冷蔵保存スペースの上から三段目の右奥だね。」

「ああ、あったあった。」

「大分前に仕入れたものだから発芽率が低下していると思うよ。」

「じゃあ売っちまうか。」

「まかせるよ。」

「あの。イネって何ですか?」

 ヤマトとアントニオが話している作物名前はリーネが聞いた事も無い名前だった。

「ローリスには無いからリーネが知らないのもしょうがないか。」

「すいません。」

 無知な自分が恥ずかしい。

「謝ることじゃない。麦はわかるな。」

「はい。」

 麦ならばわかる。毎日のパンは小麦から作られている。

「それに似た穀物だ。」

「それもパンとかにするんですか?」

「パンにする事もあるが炊くのが普通だな。」

「炊く?」

「それも知らないか。まあ水を少なくして煮るようなもんだ。」

「うーん、想像できないです。」

「まあそのうち食べる機会もあるだろう。そのときを楽しみにしとくんだな。」

「はい。」

 炊いたイネとはどんな味なのだろう。リーネはちょっと想像すると楽しくなってきた。

「これ持ってくれ。」

 そう言ってヤマトは保存スペースから取り出した種籾の入ったケースを二つリーネに手渡した。

「きゃっ。冷たい。」

 リーネの掌の上でケースの金属に蓄えられた冷気が水蒸気を冷やしその表面がたちまち曇っていく。

「あとは豆類を何個か持っていくか。原種の豆の種はヒヨコマメとレンズマメしかないか。どっちも栽培されてたな。」

「藤があるよ。」

「あれは食べないだろ。」

「農場の栽培品種に記載されていないみたいだし、藤は可食だよ。」

「この星じゃあそこまで食べ物に困ってなさそうだぜ。」

「あの、藤ならローリスにありますけど。食べるんですか?」

 リーネも藤は見た事がある。しかしそれを見たのは畑ではなく庭である。着陸記念公園には特に立派な藤棚があり季節が来ると美しい花を咲かせて市民の目を楽しませてくれている。藤の花は綺麗だがあの蔓や葉はとても食べられるように思えなかった。

「星によっては種子を食べるぞ。あれはマメ科の植物だ。」

 意外な返事だ。藤の種子が食べられるなんて初めて聞いたことだった。

「でもあるなら売れないね。」

「だな。持っていくのは種籾だけでいいか。アントニオ、稲は陸稲と水稲両方とも倒伏に強い品種だけ選んで出力してくれ。」

「了解。」

「豆も倒伏に強い品種で栽培品種に無いものを出力。豆に対応する根瘤菌も出力だ。」

「了解。」

「リーネ。」

「はい。」

「これも持ってくれ。」

 そう言うとヤマトは手提げ鞄をリーネに手渡した。硝子のような光沢のある表面はひんやりとしており、見た目以上に重い。

「ここの用事は以上だ。」

 ヤマトはリーネにそう言うと倉庫区画を後にして操舵室へと戻っていった。リーネもその後をついていく。

「出力完了したよ。」

 操舵室に戻るとアントニオの声がかかり、ヤマトがディスプレイの横の扉を開きそこから立方体の結晶を取り出した。

「そんなところに扉があったんですね。」

「これはデータキューブの焼成機だよ。」

「データキューブ?」

 アントニオの説明によると、データキューブとは鉱物結晶─主に使われるのは二酸化珪素─にレーザーで三次元的に情報を焼き付ける技術でその原型は地球時代にまで溯り、多くの情報量を保存できる上にキューブが破壊されない限り半永久的に情報の保存が出来る。またキューブが破壊されてもその破片から部分的ではあるものの情報を再構築ができるなど高い信頼性を誇っている。しかも起源が古いためほぼすべての星系で読み取りが出来る。衝撃に脆いため落とすと割れてしまうという欠点があるもののそれを上回るほど利点が多いのでSNSではデータの受け渡しを行う際にはデータキューブを使うことが多いのだそうだ。

「解説は終わったか?」

 アントニオの解説が終わると、その間横で何か作業をしていたヤマトが口を開いた。

「はい。」

「じゃあ荷物をしまおう。」

 そう言ってリーネから鞄を受け取ると把手の左右にあるパネルに両手の親指を添えると小さな音がして鞄の蓋が少しだけ浮く。

「こうして両手で触れると開けられるようになる。触れる指はどれでもいい。」

「はい。」

「やってみな。」

 そう言って一度開けた鞄の蓋を閉じるとリーネに手渡した。

 ヤマトのやったように把手の左右にあるパネルに親指を添えた。同じように小さな音と共に鞄の蓋が少しだけ浮き上がった。

 蓋を大きく開けると中は弾力性のある素材が詰まっていて手で押すとその形に沈んでいく。リーネはそこにまだ冷たい種籾のケースとほんのり温かいデータキューブを置き、蓋を閉じた。

「これで落としても壊れない。」

 満足そうにヤマトは頷いた。

「頑丈そうな鞄ですね。」

「外板はカーボンとタングステン合金の複合素材、二千度の熱にも耐えるよ。それに内部の緩衝材と合わせると外部からの衝撃はほとんど殺せるんだ。この星なら上空数千メートルから落としても中身は無事だよ。」

 アントニオがすかさず解説をしてくれる。

「すごいです。」

「アントニオの長話につきあってないで行くぞ。」

「はい。アントニオさん行ってきます。」

「うん。いってらっしゃい。」

 リーネは鞄を持つとヤマトに遅れないよう続いて船を後にした。


 リーネとヤマトが向かった先はスティラ市の西部に広がる農業区だった。農業区は南北の二つの大きな区画にわかれそれぞれ北西農業区、南西農業区と呼ばれその面積はどちらもスティラ市の市街よりも広く広大な土地である。そこでは主食である小麦を始めとした穀物、多くの野菜や果実が栽培されている他、牛などの家畜や鶏などの家禽も飼育されており一千万人を数えるスティラ市民の食のほとんどを支えている。

 そんな農業区の南北の境目のやや東よりに位置し、広大な農地に不釣合いに高くそびえる建物が農業局だ。遠くから見た事があっても中に入るのはリーネも初めてだった。

正面の入り口を抜けるとホールになっていて窓口に局員が一人いる他は自動案内機が数台あるだけだった。ヤマトが局員に用件を伝えると一台の案内機が二人を先導して動き出す。

 案内機についてエレベーターを昇り三十二階で降りる。長い廊下の先に案内されたのは見晴らしの良い一室だった。

 室内にはすでに局員がいて二人が部屋に入ると立ち上がり自己紹介をはじめた。

「はじめまして。私がここの局長を勤めているファマスです。」

 ファマスは一礼すると左右にいる局員の紹介をする。

「こちらがアストス。」

「アストスです。」

 ファマスの右側に立ちアストスと紹介された男が一礼する。

「こちらのキーノはもうご存知かと思います。」

「キーノです。」

 ファマスの左側に立ちキーノと呼ばれた男はどうやらすでにヤマトと面識があるようだ。

「ヤマトです。こちらがリーネ。」

「リーネです。」

 局員達の自己紹介が終わるとヤマトとリーネは簡単な自己紹介をして一礼する。

 こうしてリーネは初めて商談に参加した。



★★★


 人類が多くの星系で暮らすようになったがその命の糧は相変わらず植物に頼っていた。動物から取れる栄養も元を辿れば植物に行きつく。

 機械的に糖やアミノ酸を合成することはできる。しかし特定の光学異性体のみを合成もしくは分離する事は少々手間がかかった。その上それらを組み合わせた多糖類や蛋白質を作り上げる効率において、幾億星霜の長きに渡って光合成を行い生産者としての地位を築いてきた植物に人類はまだ及んでいない。

 ローリスにおける主食は小麦だ。

 始祖星地球からローリスまでたどり着くまでの間、人々はいくつもの星系を辿って来た。

 その移民の過程において多くの遺伝子プールが失われてしまい、特に穀物は幾つかの豆類と小麦しか残っていなかったのだ。

 主食になりうるのは小麦の他に豆類を始めとして芋類や藻類などもあったのだが、文化的な背景から小麦から作ったパンが主になっていた。

 カスネの前には見渡す限りの小麦畑が広がっていた。カスネの膝下あたりまで伸びた萌黄色の小麦の葉先が風になびき優しく揺れている。麦を植えて時期から考えると少し成長が悪い。

 カスネは麦を踏み潰さないように畑に入ると屈んで土壌のサンプルを採り手にした分析器に入れる。分析器が読みとった数値が自動的に情報端末に入力され画面に表示される。

 思った以上に土中の窒素の数値が低い。麦の収穫前に一度肥料の散布を行うべきか悩むところだ。

 肥料の散布は短期的には収量の増加を促す。しかし土壌の生体バランスを破壊するため長期的に見ると良い判断とは言えなくなる。特にまだ弱い生態系しかないローリスの場合一度の肥料散布でも被害が大きいのだ。

 迷った末に肥料散布は行わず次のシーズンはこの区画を休ませる事にする。

 結果として今季はこの区画で小麦の収量が少し減るだろうがそれも仕方の無いことだ。幸い別区画に植えられた小麦は順調に生育しているため小麦の相場が上がらずに済むだろう。

 畦道に停めた一人乗りの自動三輪へと戻り次に向かう区画を入力した。自動三輪が走り出すとつなぎの作業衣のファスナーを下げ胸元を緩める。

 カスネにとって作業衣の胸元は少し狭苦しい、人前で緩めるのには抵抗があるが見渡す限りの畑の中でならば何も遠慮する事は無い。

 服の中の蒸れた空気が風で洗われていくとともに胸元に爽快感が広がる。

 その後いくつかの区画を回り局へと向かう道を辿る。

 道すがら今後の作付け計画に思いをめぐらせた。デスクに戻ったら作付けのスケジュール作りをしなければならない。

 ローリスの小麦は倒伏に強い上に収量が多いという特徴がある。条件が良ければその収量は播種量の二千倍を軽く超え。つまり一粒の小麦を育てると収穫したときには二千粒以上になるということだ。一株から十本の穂が伸びそれぞれに約百粒、それが二列並ぶ。たわわに実る麦穂が首を垂れる様は壮観である。

 しかしその反面連作に非常に弱いという欠点もある。

 始祖星地球に比べて重力が一割以上も大きいローリスにおいて作物が倒れにくい事が絶対条件だ。倒伏してしまっては収穫どころでは無いから当然だ。しかしその上で収量を期待するとどうしても土壌への負荷が大きくなってしまうのだ。

 したがって毎回小麦を育てる区画を決めるのはカスネにとって頭が痛くなる事だった。かといって毎日のパンが無い生活はカスネには耐えられそうに無い。

 ローリスのテラフォーミングが終わるまでの時代、人々はローリスの衛星であるラオで暮らしていたという。重力が小さいため大気圏が無いラオでは人々は地下に作られた都市が人々の居住空間だった。狭い地下都市には小麦など育てるスペースはほとんど無かっただろう。

 その頃の食生活は想像すら出来ない。

 そんな時代の人たちに比べたら小麦をどこに植えるかなどというカスネの悩みは贅沢な悩みになるのだろう。

 農業局内部に流れる噂によるとSNSから新しい穀物を購入する計画もあるという。連作障害に強い穀物を導入しても文化面での移行はそう簡単にはいかない。食べ物の好みというものは非常に保守的なもので主食と言われるものならなおさらだ。人々が新しい食べ物になれるのには早くて数公転、おそらく数十公転かかるだろう。

 SNSという単語が頭に浮かぶとカスネの胸がチクリと痛んだ。SNSの試験を受けてみたものの面接で見事落とされたからだ。

 今思えば面接の受け答えをあまりにもマニュアルどおりに当たり障りの無い事をいっただけだった。カスネと同時に面接を受けた他の四名の受験生と差別化することすら出来なかっただろう。ましてや他にも数十名の受験生がいたのだ、カスネなど目立たない存在だったに違いない。

 不合格の通知を受け取った日は師匠にコールして散々に愚痴ったものだ。今では悔しい気持ちが半分、諦めが半分と入ったところだった。

 試験には最終的に一名が受かったと聞いた。流石にプライベートなことなので合格者の情報までは公表されていないがどんな人なのだろう。

 そこまで考えたところで目的地が近づいてきた。胸元のファスナーを上げる。少し息苦しくなったのはファスナーのせいだけではないかもしれない。




★★★


 商談を終えたリーネとヤマトは農業局の入り口まで来ていた。情報端末で車を呼ぶ。やって来るまで少し時間がありそうだ。

「無事に全部売れましたね。」

 商談の間おとなしく座っていただけのリーネは何か話したくてしょうがなかった。おしゃべりな叔母の気持ちが今ならわかるかもしれない。

「売れそうなものしか持ってきていないからな。」

「それにしても最初に全部で一万Auなんて言うから買ってくれないかと思いましたよ。」

 一万Auはローリスの通貨にして二百億フェルスである。ローリスでは慎ましやかな生活なら百万フェルスもあれば一公転暮らすことが出来る。リーネの常識から考えるととんでもない値段だ。

「でも喜んでただろ?」

「そうですね。」

 局長を始めとして商談に臨んでいた局員達は皆喜んでいたのが印象的だった。

「なんであんなに喜んでくれたんでしょう。」

「ここでは連作障害が深刻らしい。」

「連作障害?」

「一箇所で同じ作物を続けて作ると発生する障害だ。」

「もしかして土の中の栄養がなくなっちゃうってことですか?」

 面接の時にカスネから聞いた話しを思い出した。

「そうそれだ。今回持ってきた作物は何だ?」

「お豆とイネとかいうやつです。」

「どちらも連作障害がおきにくい品種なんだ。」

「へー。新しいのが育った頃にはわたし達この星にもういないんですよね。」

「そうなるな。」

「ちょっと残念です。」

「それなら退職は何時でも受け付けるぞ。」

「まだやめませんよぉ。」

 話しを続ける二人の横を一人乗りの自動三輪が駆け抜けて行った。


★★★


 局の建物の前を通り過ぎるときカスネの目に入ったのはSNSのキャプテンであるヤマトともう一人小柄な蒼髪の少女だった。噂通りSNSから何か新しい作物を購入したのだろう。

 キャプテンのヤマトはもちろんの事その隣の少女も見覚えがある。面接の待ち時間の間話しをした少女だ。確か名前はリーネ。一緒にいると言うことはどうやらあの子が合格したのだろう。

 自動三輪が農機の隙間に止まるとカスネは小さく溜息をついた。

「フフ。」

 自然と笑みが漏れる。

「参っちゃうわね。」

 星間文明の常識やら自分の仕事の事やら色々偉そうに講釈した挙句に自分が落ちて教えた相手が受かるとはまるで笑い話だ。

 モヤモヤしていた自分が馬鹿みたいに感じる。

「フフフ。」

 ひとしきり笑った後両手で頬を挟むように二回叩く。

「もう今日はパーっと飲みますか。」

 カスネは情報端末を取り出すと集まりの良い連中にメッセージを送り更衣室へと向かった。


 作付けのスケジュール作りは明日以降にしよう。

 新しい作物が導入されるようになればどうせ作り直しだ。



★★★


 リーネとヤマトが農業局での仕事を終えた数日後。

「今日はどこへ行くんですか?」

「SSDCだ。」

 SSDCとはSpaceShipDesignCenterの事で、打ち上げロケットの設計を行っている場所だ。宇宙に憧れていたリーネにはなじみの名前だった。─勿論入った事など無い─

「SSDCってこの船も宇宙船ですよね?」

 宇宙船なのに打ち上げロケットの設計所へ行く意味がよく分からない。

「ローリスは重力も大気圧も大きいからこの船だと自力で地表から宇宙空間までいけないんだよ。」

 アントニオの解説がリーネの疑問に答える。

「だから打ち上げロケットを一発買わないといけないんだ。ずっとローリスにいるわけにいかないからな。」

「そうだったんですね。」

「リーネ鞄は持ったか?」

「はい。」

「じゃ、行くぞ。」

「はい。アントニオさん行ってきます。」

「うん。いってらっしゃい。」


「ヤマトさん。SSDCは空港内にあるから歩いて行きませんか?」

「時間もまだあるしかまわないぜ。」

 SSDCはスティラ市の空港内にある事をリーネは知識として知っていた。だから移動もたいした事無いだろうと思っていのだ。

 しかしスティラ市の空港は星間船の発着が可能な施設を備えている。着陸用の五万メートル滑走路や半径数キロという広い安全域を備えた南部射場も空港の一部なのだ。

 リーネは重い鞄を持ち日差しがぎらつく中延々と続く滑走路の脇を通る道を歩きながら、ヤマトに徒歩で行くよう提案した事を後悔していた。

 長い道のりを終えてSSDCにたどり着いたときにはリーネの体力は尽きかけていた。

「予定の時間よりちょっと遅れたかな。」

 ヤマトが時間を確認しながらつぶやいた。

「すみません。歩きは失敗でした。」

 時間厳守は仕事の基本だ。今回時間に間に合わなくなったのはリーネの選択のせいだった。

「失敗に気付いてくれて良かったぜ。」

 フラフラのリーネを見ながらヤマトは少し楽しそうだ。


 SSDCでは入り口の脇にある個室に案内された。担当者がすぐにやってくる。

 担当者とヤマトはもう何度か顔を合わせているようで簡単な挨拶をしただけで自己紹介をすること無く話しが始まる。

「前回の話しでは軌道高度の増加とペイロードスペースの追加を希望するとの事でした。」

「はい。」

「最終段になる三段目へそれぞれ一トンのペイロードスペースを追加し、軌道高度も三百キロから三千キロへと増加させました。結果としてデザインはこのようになりました。」

 一度担当者は言葉を切ると情報端末にロケットの外観を表示させた。そこにはミレニアムの涙滴型の船体をはさむように二本ずつ計四本の円柱型をしたロケットが配置され、その下に大きな円柱型のロケットが一つあり、さらにその下にもっと大きな円柱型のロケットがおかれている。全体として見ると天から落ちてきた雫を機械の腕が受け止めているようにも見える。

「結果として高さは二百二十三メートルから二百八十九メートルへ、最大直径は二十四メートルから三十メートルへ、総質量は三万一千五百トンから六万五千トンとなります。」

 担当者は変更のあった数値を読み上げていく。

「わかりました。一度持ち帰り検討しますのでデータをいただけますか?」

「こちらにご用意してあります。」

 そう言うと担当者はデータキューブを取り出しヤマトに手渡した。

「特に問題ないようでしたらこの設計でお願いすると思います。」

「かしこまりました。」

 ヤマトは担当者と話しながら受け取ったデータキューブをリーネに渡す。リーネはすぐに鞄の中にデータキューブをしまった。

 担当者とヤマトが軽く握手をして会談は終了した。


「ヤマトさん。今までロケットって大きくても二万五千トンくらいって聞いていたんですけど。何であんなに大きくなっちゃうんですか?」

 SSDCからミレニアムまでの帰り道、リーネは不思議に思った事をヤマトに聞いてみた。

「まあ色々あるんだ。」

「はぁ。」

 なんだかはぐらかされた気分だ。

「詳しく知りたければ後でアントニオに聞いとけ。」

「わかりました。」


★★★



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