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Space Network Service  作者: 浜野書人
エフェフノ星系カシュオーン
11/22

輪のある惑星


★★★


 ミレニアムがワープ時空に突入して五日と半日あまりが過ぎた。予定ではもうしばらくしたらワープを終えるはずである。

 リーネは到着が待ち遠しく、少し早めに操舵室に来ていた。

「アントニオさん、もうすぐ到着ですね。」

「うん。あと一時間三十七分四十八秒だね。」

 リーネにアントニオが正確な残り時間を告げる。

「これから行く所はエフェフノでしたよね。」

「うん。ローリスからは六十二光年離れたところにある星だね。」

「どんなところなんですか?」

「今わかる事は少ないけど、おそらくローリスより寒い星になるよ。」

 ローリスは温かい星である。暑いと言っても良い位だ。テラフォーミングによって温度を下げたとはいえ平均気温はセ氏で二十八度もある。地表に氷床は無く雪すら降らない。リーネには寒い星という感覚が理解できなかった。

 星系が温かいか寒いかを判断するのはそんなに難しい事ではない。星系を暖めるのは多くの場合恒星である。恒星の発する熱量が星系の温かさと言い換えてもいい。そして恒星の発する熱量は表面積と温度から求められる。

 恒星のような球体の表面積は円周率を四倍し、それに半径の二乗を掛け合わせるというのはリーネでも知っている常識である。表面積が大きい星は発する光量が多い明るい星になる。

 星の大きさはこの表面積に応じて光度階級と呼ばれるローマ数字のⅠからⅤまでの五段階で分類される。一番大きい物がⅠ型であり小さい物がⅤ型である。

 また、温度はその色を見るとわかる。色とは即ち光の波長である。恒星からの光を分光器にかけ波長ごとに分けると─これをスペクトルという─波長により強弱が現れる。このスペクトルの強弱で明るい所を輝線、暗い所を暗線と呼ぶ。この輝線暗線のパターンは恒星の表面温度により異なる。これは温度によって元素毎の吸収及び放出する光の波長が異なることに由来する。

 星の大きさ同様にこのスペクトルのパターンによっても恒星は分類される。この分類はアルファベット一文字で表し、主系列星と呼ばれる恒星はOBAFGKMの七つの型に分類されている。O型がもっとも表面温度が高い恒星でありM型がもっとも表面温度の低い恒星である。また主系列星以外にも特殊なスペクトルパターンを示すR型や、主系列星より温度の低いL型など多くの型がある。さらに細分する際には前述のアルファベットの後に温度の高い方から順に0から9までの数字をつけ、それぞれを十段階に分類する。単純な見た目で言えば温かい星は青白く、冷たい星は赤く見えるのだ。発する熱量はこの温度の四乗に比例する。

 この二つを合わせたスペクトルタイプで星を分類する。主系列星と呼ばれる星だけでも五段階掛ける七段階で三十五種類に分類される、細分すれば三百五十種類だ。

 大雑把な値なら恒星の見た目の色と明るさ、即ちスペクトルタイプで星系が温かいか寒いかを予想できるのだ。

 これから向かうエフェフノ星系の恒星は赤くて暗い、スペクトルタイプで言えばMⅤ型、赤色矮星と呼ばれる恒星である。それだけで星系全体が寒いことがわかる。ちなみに人類が生まれた太陽系の恒星─つまりは太陽─はGⅤ型であり、リーネの生まれ育ったローリスを照らす恒星カルテアはFⅤ型である。

 もちろん恒星までの距離に応じて温度は変わっていくので、エフェフノ星系のすべての星が寒いわけではない。当然だが恒星に近い星は温かく、遠く離れれば寒くなる。しかし、M型の恒星は時折フレアーと呼ばれる表面爆発を起こすという厄介な特徴がある。フレアーが起こると大量の荷電粒子や電磁波などが周囲にばら撒かれ、電子機器はもちろんのこと生体にも影響が出てくる。恒星に近いとこのフレアーの影響が大きくなってしまう。この影響の大きさは恒星からの距離の二乗に反比例するので、安全のため恒星からある程度距離を保つことが多い。

 それらの理由からこれから向かうのは寒い惑星であると予想されるのだ。


 リーネがアントニオからこれらの説明を受けているうちにワープアウトの時間が近づいてきた。

 アントニオに呼ばれたのかヤマトも操舵室にやってくる。

「リーネ、もうすぐワープアウトだ。あまり無い事だがワープアウト直後に危険物を避けるために急加速しなければならないこともある。念のため座ってシートベルトをつけろ。」

「わかりました。」

 リーネはヤマトの言葉に従い着席するとシートベルトを着けた。

 少し間が開いて小さな振動が来る。

「ワープアウトしたよ。」

「共通チャンネルを開いてくれ。」

 アントニオがワープの終了を告げ、続けてヤマトが指示を出す。

「了解。」


『ハロー ワールド!! こちらはスペースネットワークサービス・スターシップ・ミレニアム、キャプテンのヤマトだ。星間通商条約に基づき、貴星系との取引を希望する。』


 ヤマトはマイクに向かうと星系到着の際の定型文を読み上げる。これは一種の自己紹介のようなものだ。これを行わないと所属不明の星間船として星系政府に受け止められる。いきなり攻撃を受ける事は考えにくいが、不審な行動として受け止められ今後の取引に支障をきたす恐れがある。今後潤滑な取引を行うためには必要な行為なのだ。

「さて今回はどんな返事が着ますかね。」

「ハビタブルゾーンに惑星が無いみたいだよ。テラフォーミングは期待薄だね。」

 マイクから口元を離したヤマトが楽しそうにつぶやくと、アントニオが早速行った天測の結果からわかる事を伝える。

「ああ。赤色矮星じゃハビタブルゾーンは狭いから仕方ないな。」

 ハビタブルゾーンとは恒星の熱放射で液体の水が存在できる領域の事である。大気組成により多少の変化があるものの、恒星の発する熱量と恒星からの距離によって求める事が出来る。

 惑星がハビタブルゾーンに存在する事はテラフォーミングの条件の内の一つだ。

 返信が来るまでの間ヤマトとアントニオは星系の状況を確認しながらものんびりと話している。

 リーネは出来ることも無いのでただその様子を眺めていた。

「返信が来たよ。」

「ああ。繋いでくれ。」

「了解。」


『こちらエフェフノ星系第一惑星カシュオーン。取引の際は当惑星周回軌道まで来られたし。』


「第一惑星の位置を確認したよ。ここから約十二光分半だね。標準加速なら三日半だよ。」

「わかった。」

 ヤマトは一度頷くとマイクに向かい話し始めた。


『ミレニアムより、第一惑星の位置を確認した。四日後には衛星軌道上に到達する。再度の交信は軌道上にて行う。』


「結構離れたな。」

「運悪く恒星を挟んだ位置になったみたいだね。」

「標準加速で第一惑星に向かってくれ。」

「了解。」

 ヤマトの指示を受けミレニアムが加速を開始する。

「それにしても恒星から大分離れている。」

「そうだね。それとかなり大きな惑星だよ。」

「ああ。ここまで大きいと固体表面は期待できないな。」

「固体表面が無いって地面が無いって事ですよね。」

 ヤマトとアントニオの話しが続く中、リーネはふと疑問に思った事を口にした。

「ああ。そうなるな。」

「どうやってそこの星の人たちは暮らしてるんですか?」

「いくらでも暮らしようはある。スペースコロニーとか軌道都市とか衛星に暮らすなんていうのもあるな。」

「なるほど。」

 惑星に大地が無くても衛星で暮らすことが出来る。リーネは、ローリスでもテラフォーミングが終わるまでの間は衛星であるラオで人々が暮らしていたと歴史の授業で習った事を思い出した。

「それにしては第一惑星にスペースコロニーや軌道都市は今の所見つかっていないよ。」

「衛星はあるんだろ?」

「人が暮らせそうな大きめの物が二つ。小さな物も合わせれば十七。今の所わかるのはそれくらいだね。」

「その星は見れたりします?」

「もちろん見られるよ。」

「ディスプレイ出力してやれ。」

「了解。」

 ディスプレイに表示された惑星はうっすらと緑がかった黄土色した雲に包まれた星であった。雲は星全体を隈なく覆い濃淡のある渦と縞模様を作っている。雲の下はうかがい知ることが出来ない。そしてなによりこの惑星を特徴付けているのはリングだ。雲に比べて白いそのリングは恒星からの光を反射して輝いて見えた。

「輪があります。」

 リーネは思わず声を上げた。

 リングのある惑星は珍しい物ではない。ローリスを含むカルテア星系にもリングのある惑星は存在するが、ローリスの地表上から個人で観測できるほど大きな物は存在しない。こんなにしっかりと見えるリングはリーネにとって初めてのものだった。以前にデータファイルで見た太陽系の土星が近いかもしれない。もっともカシュオーンのリングは惑星の直径に匹敵するほど太い土星の物と比べたら細く、カシュオーンの直径の半分くらいの太さである。

 リングには同心円状にいくつもの縞模様があり、雲による模様と相俟ってその惑星がとても美しいとリーネには感じられた。


『カシュオーンより了解。』


 リーネが惑星に見入っているとカシュオーンからの返信が来て意識を操舵室内に引き戻した。

「この星まであと三日かかるって言ってましたよね。」

「ああ。その間はまた自由時間だ。」

「またですかぁ。」

 ローリスを出発して以来とくに仕事らしい仕事もなく─無重力状態では掃除は出来ないし、商談はあるわけも無い─リーネはいささか退屈していた。

「移動中は出来ることも無いんだからしかたないだろう。」

「まあそうですけど。ワープしてもっと近くまで行けば早いじゃないですか。」

「一度星系内に入ったら出るときまでワープを行わないのが礼儀だ。」

「そうなんですか?」

「星間船がその気になればいくらでも奇襲攻撃することが出来るんだ。いきなり近くに来たら警戒される。今後の取引のためにも不審に思われる行動は慎むべきだと思わないか?」

「なるほど。」

 ヤマトの説明はリーネにも納得できるものであった。

「なら最初からもっと近くに行けないんですか?」

 それにしたって遠いと思い、なおもリーネは食い下がる。

「ボク達はどれくらいの距離をワープしたかわかるかな?」

「えっ、あ、はい。六十二光年です。」

 アントニオからの横槍にリーネは素直に答える。

「六十二光年で十二.五光分のズレと言うのは誤差二百六十万分の一以下だよ。」

「そうなんですか。」

「うん。それも六十二光年と言うことは、観測出来るのは六十二年前の状態と言う事になるんだ。それはわかるかな?」

「はい。」

「しかも星は同じ場所に留まっているわけでは無いんだ。毎秒数十キロから数百キロで動いているよ。相手も自分も動いている状態でそれを行わなければいけないんだ。」

 アントニオの言う事は、走る車の上から二.六キロ離れた場所にある動いた的を狙い、誤差一ミリ以下の精度で命中させることと同義である。しかも六十二年前の映像を見ながらである。これがどんなに困難なことか想像に難くない。止まった的を狙う射的ですら難しいのだ。それが動いていたらなおさらである。

 一般に二十光年を超えるワープを長距離ワープと呼ぶが、これを高精度で行う事は非常に難しい。星間船が二十光年以上の長距離を移動する際は、中短距離のワープを組み合わせ、合間々々に天測を行うのが一般的である。天測と言っても恒星間の距離を測るには一点で行うのではなく、数光分も─光速は秒速三十万キロなので一光分はおおよそ千八百万キロもの距離である─離れた二箇所以上の地点を用い、三角測量の要領で行わなければならない。当然ながらその二点間の移動は通常航行を行う。長距離ワープを行う事が出来るのは非常に精度の高い星図を持つ必要がある。五十光年以上の距離を一度のワープで跳べるSNSが異常とすら言えるのだ。

「よしじゃあ食事の準備でもしてもらおうか。今日は、久しぶりに椅子とテーブルで食事だ。」

 リーネは自分の旗色が悪いのを感じていたので、ヤマトの言葉に飛びついた。

「あっそうですね。じゃあ準備してきます。」

 ワープ中や慣性航行中では重力が働かない。食事も無重力に対応した宇宙食になる。もちろんそれはそれで美味しいのだが、やはり慣れ親しんだ食事とは一線を画す。

 リーネは早速食事の支度をするために後部の扉へ向かった。

「リーネ。」

「はい。なんですかアントニオさん。」

「今はそこの扉は使えないよ。」

「えっ。そうなんですか。」

「加速度が基準軸からずれている場合、船室が回転しているから後部扉は使えないんだ。」

「じゃあ廊下を使わないといけないんですね。」

「そうだね。そこの扉が使えないときは横のパネルが赤く点灯するから憶えておいて。」

 見れば扉の横のパネルは確かに赤く点灯している。

「はい、わかりました。」

 廊下の梯子を伝い共用区画へと降りる。

 食事の準備と言っても航行中は食材を調理することはない。そもそも無重力状態では食材の調理は出来ないし、衛生の問題もある。従って食料は全て保存食の形で船に積み込まれている。その中でも無重力環境で食べるのが宇宙食であり、重力環境下で食べられるのが常食である。

 無重力環境で食べる宇宙食には、細かなカスが出るものが無かったり、液体はチューブの形だったりと─どちらも船中を漂うと面倒な事になるのだ─色々制限がある。一方で常食は特に制限は無い。

 リーネは常食の中からクロワッサンを選んだ。数日前に無性に食べたくなったが船内の宇宙食には無かったものだ。

 他に幾つかのおかずを選びスープを温める。折角の重力環境なのでカップにお茶も準備した。チューブから飲むお茶は香りを楽しめないせいか少し味気ない。

「アントニオさん、ヤマトさんに食事が出来ましたと伝えてください。」

「了解。」

 アントニオにヤマトを呼んでもらうとすぐにヤマトがやってくる。

「ヤマトさん食べましょう。」

「ああ。」


 食事を終えるとヤマトはすぐに居室に戻っていった。

 リーネは食器を洗浄機─無重力下にも対応した優れものだ─に入れて洗い棚へとしまう。食器一枚と雖もきちんと固定しなければいけないとアントニオから習った。固定していないと無重力状態や加速度の向きが変わった時に飛び出してしまうからだそうだ。銀河基準品という食器は落ちても割れるわけではないが、それにぶつかると危ないというアントニオの言葉はリーネにも納得だった。なお、ヤマトだけの時は片付けていない食器が時折宙を漂って非常に危険な状態になっていたそうだ。

 食事の後片付けを終えたリーネは梯子を昇り再び操舵室へと向かった。

「アントニオさん、ローリスの方向って見れますか?」

 操舵室に着いたリーネは片付けの途中で思いついた事をアントニオに尋ねて見た。

「見られるよ。ディスプレイに映せばいいかな?」

「はい。お願いします。」

「了解。」

 ディスプレイに星界が映し出される。その並びはローリスで見慣れたものと異なっていて、どの星が何と呼ばれているのかさっぱりわからない。

「カルテアはこれですか?」

 画面中央近くにある明るい星がローリスを照らす恒星だろうと見当を着けたリーネは、ディスプレイを指差してアントニオに尋ねてみた。

「それは違うね。」

「じゃあこれですかね。」

 今度は少し端の方にある目立つ星を指差す。

「それも違うね。」

「じゃあどれなんですか。」

「中央に映している星だよ。」

「真ん中ですか。」

 画面の中央付近には最初に指差した明るい星ともう一つ、あまり目立たない暗い星がある。

「じゃあこれですか。」

 暗い星の方を指差す。

「そう。それだね。」

 今度は正解のようだ。ローリスの日中は眩しいくらいの光であふれている。リーネの生まれ育ったスティラ市は赤道直下にあるため特に日差しが強い。ワープで移動したとは雖もたった数日離れただけである。だがその光は背景の闇に紛れてしまいそうなほど儚かった。

 リーネは改めて自分が故郷から遥か遠く離れた場所に来た事を実感した。


 カシュオーンへの航行は順調だった。

 航路の半分まで来た時ミレニアムは船尾にあるイオンエンジンを停止させる。その際右のエンジンを左のエンジンよりほんのわずかだけ早く停止させ、左右の加速度を意図的にずらす。

 左側の加速度が少しだけ強くなったミレニアムは船首を右方向に回転させていく。船が回転している少しの間船内の重力が消える。

 船体が百八十度回転し船尾が進行方向に向いた時右のエンジンが息を吹き返し、今度は船首に左方向への回転を加える。船の回転が完全に消えたところで左のエンジンも動き出す。

 四十二時間かけて加速した毎秒千五百キロ近い速度を今度は同じだけの時間をかけて相殺するのだ。

 カシュオーンに近づくにつれてリングの詳細が見えてくる。

 リングと言っても惑星の回りを取り囲む輪が実際にあるわけではない。その正体は細かい氷や岩石の粒である。その氷と岩の粒がわずか数十メートルの厚さに寄り集まって出来ている。

 リングの形成は惑星と同時に出来る場合もあるが、多くの場合惑星が出来た後に作られる。

 惑星の重力圏に彗星や小惑星が捕らわれると衛星となる。この捕らわれた衛星の軌道が惑星回る場合、衛星の惑星側の面とその反対向きの面に働く重力は惑星側が大きくその反対側は小さくなる。また重力とは反対に惑星の遠心力は小さく反対側は大きくなる。この二つの力の差を潮汐力という。

 潮汐力によって惑星の側とその反対側に衛星は引っ張られている。この潮汐力が衛星自身の重力よりも大きくなった場合、衛星は表面から崩壊して行く。こうして崩壊した衛星の欠片が惑星の周りを回る軌道に乗る。これが無数に集まったのがリングなのだ。

 潮汐力は重力と遠心力に起因するため、衛星だけでなく当然惑星の側にも働く。固体の表面の場合わかりにくいが、液体表面を持つ場合それが顕著な差となって現れる。リーネの暮らしていたローリスの場合だと衛星が小さく遠いいので潮汐力は小さいが、始祖星地球では月という大きな衛星が近くにあり液体表面、つまりは海の大きな干満の差として観測されている。


 一日と十八時間の減速が終了した時、ミレニアムはエフェフノ星系第一惑星カシュオーンを取り囲むリングの外側を周回する軌道に乗っていた。

 前述の通りリングとは細かな氷や岩石の粒である。リングの内側に軌道をとるとどうしてもどこかでリングと交差しなければならなくなる。リングと軌道が交差すると氷や岩石の粒に接触する可能性が高くなる。リングと交差する高度でカシュオーンを周回する軌道をとると軌道速度は秒速十数キロになる。火薬を使った一般的な拳銃から打ち出される銃弾が秒速数百メートル、狙撃用のライフル銃でも秒速一キロ程度である。カシュオーンでの軌道速度はその十倍以上だ。物体の運動エネルギーは質量に比例し、速度の二乗に比例する。単純に質量が同じなら速度が十倍になると運動エネルギーは百倍である。この速度での接触は船体に致命的な損害を引き起こす。

 また軌道飛行は惑星の中心を焦点とした楕円軌道である。この楕円軌道は惑星中心を含む平面と言い換えることも出来る。この平面が赤道平面に対して何度傾いているかを軌道傾斜角という。この軌道傾斜角をいくらいじっても惑星中心を含む平面である以上、他の軌道の平面とどこかで交差する。従ってリングの内側に軌道を取る事は出来ないのだ。


「さて、リーネ。」

「はい。」

「少し賭けをしよう。」

「えっ。いきなり何ですか。」

「この星には人が住めそうな大きな衛星は二つある。そのどちらから返事が来るかだ。」

「何を賭けるんですか。」

「負けた方が勝った方の言う事を一つ聞くってのでどうだ。もちろん無理の無い範囲でだ。」

「わかりました。」

 ヤマトから突然の賭けの提案であったが、道中かなり退屈していたのでリーネはその賭けに乗る事にした。

「衛星の大きい方と小さい方どちらに賭ける?」

「普通に考えたら大きいほうですよね。」

「リーネは大きい方に賭けるのな。なら俺は小さいほうだ。」

 ヤマトは賭けが成立して楽しそうにマイクに向かう。


『ハロー、カシュオーン。こちらはスペースネットワークサービス・スターシップ・ミレニアム。約束どおり軌道上に到着した。』


「さてどっちから来ますかね。」

「大きい方ですよきっと。」

「でも小さい方が標準重力は大きいよ。」

「えっ。そうなんですか。」

「比重がかなり違うね。おそらく小さい方は金属質、大きい方は珪素質だね。」

「でも、広いほうが暮らしやすいはずです。」

「返信が来たよ。」

「どっちですか?」

「二人とも残念。返信は惑星からだよ。」

「なに。どういうことだ。とりあえず繋いでくれ。」

「了解。」

 ガス惑星に地表は無い。ガスの海を沈んで行くと気体は凄まじい圧力によって液体となりやがて固体となる。当然そこは人が暮らせるような世界ではないはずである。ヤマトの顔にも怪訝な様子が浮かんでいた。


『ハローミレニアム。無事な到着を歓迎する。』


『ミレニアムより。データリンクを行いたい。プロトコルタイプ一A、チャンネルは変わらず。以上で問題ないか?』


『カシュオーンより。問題ない。』


『ミレニアムより。星間通商条約第二条に基づき前訪問二星系の医療情報および現在所有の星図を送付する。貴星系の医療情報、星図も送付されたし。』


『カシュオーンより。了解した。』


 定型的なやり取りがつつがなく進行する。通信がガス惑星から来る事を除けば何もおかしな所は無かった。


『ミレニアムより。データリンク終了後、航路を誘導されたし。』


『カシュオーンより。軌道上にて接続を行う。現在の軌道を維持されたし。』


『ミレニアムより。了解した。』


 一連のやり取りを終えたヤマトはマイクから口を離しリーネの方へ向き直った。

「どうやら向うからお迎えが来るみたいだ。」

「そうですね。」

「お迎えが来るまでまた自由時間だ。」

「またですか。」

「リーネ。SNSに最も必要な能力を教えてやろう。」

「はい。」

「暇つぶしの能力だ。」


 そう言い残すとヤマトは操舵室を後にした。


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