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1、秋風のおもひで

秋も深まると寂しさはひときわだ。

小柳(こやなぎ) (つかさ)はそう思っていた。

理由はわかっているんだ。

夕暮れに司は、久しく足を向けていなかった河原の土手を歩いていた。

じゃり、じゃり、という足裏の感覚に懐かしさを覚える。


ふと、目の前に浮かぶ 懐かしい親友の笑顔。

オレが殺した……。

そう思うと、司は胸が締め付けられる感覚に陥った。





それは、ずっと昔 


司が小学1年の頃

夏休みが明けたばかりの小学校の教室は、どこか夏休み気分が抜けきらない雰囲気で

時折、意味もなく騒ぎ立てる生徒も後を絶たない。


小学生と言えば、うわさ話しや願掛け、おまじない 誰かが作った不思議な話し、

そういったものが大好物で、この時期のこのクラスの中にも、今流行っているのがやはりあった。


「オレさあ、昨日とうとう見たよ!」

放課後、クラスのほとんどは、もう下校してしまった教室内で司がカミングアウトした。

「えー、本当に?」

「どうだったのどうだったの?」

「おばけは見れた?」

クラスメイトの注目に司は得意になり、

「いたよ。おばけ、誰もいない電車の中に人影があったよ。」

と、自信満々に言う。

「こわ~い。よく見に行ったな。やっぱ弟も連れて行ったのか?」

それには真顔になると、

「連れて行くわけないだろう?真に何かあったらオレ、生きていけないもん。」

(まこと)と言うのが司が溺愛している3コ年下の弟だ。

そんな司の『あたりまえだろ?』 この言葉に、ドッとクラスは湧いた。

「さっすが、司。かわいい真にブラコン! ブラコン!」

「ブラコン言うなあ――。」


その帰り道。

司はいつも同じ友達と下校していた。

この日もいつものように一緒に下校していると、

「司、昨日帰った後 電車見に行ったの?」

「そうだよ。」

親友はちょっと間を置いて、

「なんで…、  なんで僕も誘ってくれなかったの?」

そう言った友達は、少し淋しそうな表情だっただろうか?

「だって、ひとりで見に行った方が肝試しになるだろ?」

そう言って、司が友達の方を見ると、友達は歩くのを止めて、俯いてしまった。


「――――どうしたの?」

顔を上げた友達は、目にいっぱいの涙を溜めて、

「僕も、  僕も司と一緒に見たかったよ。」

そう言うと、こらえていた、大粒の涙が友達の目から零れ落ちた。

「……泣くなよ。」

突然の親友の涙に、司が焦ってそう言うと、

「だって……、だって僕だって見たかったよ。僕はひとりじゃ見にいけないのに……。

司みたいに、ひとりで見に行く勇気ないし……。」


友達は、普段はどちらかというと温和で大人しい。恥ずかしがりやで、自己主張がちょっと苦手。そんな友達だから、クラスには馴染めない友達だって、何人もいる。

ちょっかい出してきて、いじめてくる子だっている。

司は、そんな友達をほっとけなくて、こうしていつも一緒に下校したり、遊んだりしていた。


「ごめんね。」

「もういいよ……。」

とぼとぼと、友達は歩き出した。

それはきっと、彼の精いっぱいの自己主張。


「……。」

「わかったよ。  今日、見に行く?」

その言葉を聞いた友達の暗くなっていた表情は、一瞬で華やいだ。

「行くっ!」






司たちは一度家に戻り、カバンを置いてから再び落ち合うことにした。

待ち合わせは小学校の裏門。

司たちの通う小学校の裏には川が流れている。

その川を跨ぐ鉄橋を電車が走っていて、司たちのクラスで噂されるおばけの電車は、ここを夕方に走る電車のことだ。

それは夕方、4時44分に走る、4両の回送列車。上りから下りへ走って行く。


回送列車だから、車両には誰も乗っていないはずなのに、誰かが人影を見た。

というところから噂は始まっていた。

降り忘れた人がいたのかもしれない。

座る座席があるのに立ってるなんておかしいよ。

そんな話から、小学生の間ではそれがおばけじゃないか? という方向へ話は持って行かれた。


おばけとなれば、小学生の間では話はどんどんエスカレートしてゆく。

見たら呪われるんだ。 目が合ったら殺されちゃうよ。


だから、肝だめし、度胸だめしのように、見に行ったら、実際に見れたら、それは一時のヒーローだった。




待ち合わせ場所。午後4:30


姿を現した友達は、一瞬で表情を曇らせた。

「真くんも、来たんだ……。」

「こんにちわあ。」

万弁の笑顔で、ちいさな真はぺこりと頭を下げた。

「よくできたな。えらいぞ真。」

そう言って、司が真の頭を撫でてやると。

へへえ。

真は照れながら笑った。


「昨日さぁ。連れて来なかっただろ? 今日はどうしても一緒に行くって聞かなくて。 でもおまえもいるし、大丈夫かなあと思って。」

司のその言葉で、友達はムッとしたようだった。

そっれきり、口を閉ざしてしまった。


「ねえねえ。お兄ちゃーん。何して遊ぶの? ここでなにするの?」

困った顔をして友達を見る司の周りを、くるくると周りながら真が言う。

そんな真の小さな手を取りながら、

「オレたちここで電車を待ってるんだよ。しょうがないなあ。ほら、真。 飛行機しようか?」

司はそう言うと、真の脇腹を両手で掴み、頭上に持ち上げた。

上に下に真を上下させながら、司は自分を軸にくるくると回る。

それを、キャッキャ言いながら真が喜んだ。


司が疲れて、真を抱きかかえると、

「お兄ちゃん、もっとぉ。」

「真が大きくなったからもうムリだよ。」

うう――ん。

司がそう答えれば、真は不満そうだった。

「やだあー。もっとぉ。もっとぉ。」

「ムリだって、真。」


「お兄ちゃあん。 ひこおき。」

もう嫌だという司に、真はくるっと背中を向けると、今度は友達の方へててっと走り寄ると、おねだりした。

無邪気なあどけない真の笑顔が、友達を見上げた。

しかし、

「いっ、いい加減にしなよっ! 司が嫌がってるじゃないかっ! それに僕たちは真くんと遊ぶためにここに来たんじゃないんだからっ!」

友達はそう叫ぶと、きょとんとしてしまった真の肩を、トンっと突いた。

それは、本当にわずかな力だったはず。けれど、河原の土手という足場の悪い場所で、小さな真は、ふらふらとバランスを崩した。


ドテッ!!という大きな音と共に、真は仰向けに後頭部から後ろへ倒れてしまった。

「真っ!!」

叫んで真に駆け寄る司の声と、びぃやあ~!! と、泣きだす真の泣き声は、ほぼ同時だった。


「あ゛あ゛っ、真っ!? だっ、誰かあ――!!」

泣きわめく真を司が抱き上げる際に、片手で後頭部を支えるようにしたのだが、その司の掌が真っ赤に染まった。

それを見るなり、司はびっくりして、真を抱えると、近くの民家に走って行ってしまった。


後には、友達がひとり、ポツンと残された。

「だって……。 司だって迷惑そうだったじゃないか……う゛っ、う゛っ。」

司から罵声を浴びせられることはなかった。

けれど、友達をチラリとも見ずに、司は行ってしまった。

気づけば、電車も通り過ぎて、時刻は午後4:50だった。






+++++


――僕が臆病だから、ひとりで何にもできないから――

司は僕に愛想を尽かしちゃったし、真くんだって、あんなに小さいのにケガをさせた……。


――だから、  僕だってひとりで大丈夫だって、できるんだって、証拠があれば、司も見直してくれるはず。――

僕だって、ちょっと頑張れば、ひとりでだって大丈夫なんだ。


「行って来まーす。」

友達はそう言うと、家を出た。

いつもの登校時間。

けれど、こそこそと。

父親の一眼レフを抱えて。


向う先は、小学校とは逆方向。





+++++

学校に登校した司は、ずっと教室の入り口を見ていた。

昨日、弟の真のケガでビックリして、友達を土手に置き去りにしてしまった。


司は昨日あれから、駆け込んだ民家の人が、急いで車で病院まで送ってくれて、緊急外来で真はすぐに処置室へ運ばれた。

民家の人が家にも連絡を入れてくれて、駆けつけた母親に、司はこっ酷く説教された。

司も当然だと思った。

真を連れ出したのは自分なのだから。

しかも、友達を土手にほったらかして来たことを、母親に更に咎められた。

幸い、真のケガは、出血程酷くはなく、ただ、2針は縫ったのだけれど……

それも伝えたかったし、なにより謝りたかったし、昨日、結局見れなかった列車を、今日は2人で一緒に見に行こう。って、言いたくて待っていたのだけれど、友達はこの日、登校してくることはなかった。


普段大人しくって、目立たない友達が休んでも、クラス名とは普段と変わらなくって、そのことに触れてくる子も誰もいない。

ただ、司の心が痛むだけ。


放課後、見たいって言ってたし、もしかしたら居るかもしれない。

司はそう思うと、ランドセルを背負ったまま、昨日の土手へと真直ぐ直行した。





+++++


午後3:55 列車の始発駅に友達はいた。


それまでどこでどう時間を潰したのか? どうやってこの駅に来たのか? そんなことは、本人さえ定かではなかった。

ただ、夢中だった。


昨夜、あの列車の始発はどこで、何時発車なのか、珍しく父親に駄々を捏ねて、調べるようにせがんだ。

この子がこんなふうにせがむのは初めてのことだと、父親は、ならばと調べてくれた。


友達の目の前に、目当ての列車。 午後4:44 にあの鉄橋を渡る回送列車が、ホームに侵入してきた。

始発駅は終着駅で、ドアが開くと同時に、電車に乗っていた乗客たちが次々に降りてゆく。

『回送列車は、終点で乗客をすべて降ろして、その後誰も乗せないで出発するんだよ。』

親切に教えてくれた父親の言葉が脳裏を巡った。


乗らなきゃっ。

友達はそう思うと、まだ人の降りる電車に飛び乗った。

「ぼうや、この電車は回送電車だよ。」

「危ない子だなあ。」

何人かは話し掛けてきたけど、聞こえない。



電車の中は、真中に通路。 両脇、窓側に2席ずつ前を向いた座席が、行儀良く並んでいた。

車内に人が居なくなると、駅員が車内に忘れ物がないか、降りていない人がいないか、一車両ずつ調べて回り始めた。

隠れなきゃ。

駅員は、まだ前の車両だった。

友達は、一か八か、車両と車両の間の、電車の連結部分の空間に身を寄せた。

小学校1年の小さな身体は、ひっそりと影になった。


ゴトゴトと、列車は始発駅を離れ、動き出していた。

うまくいったのだ。

そう思い、友達は、首から下げた一眼レフを、小さな胸に抱きかかえた。

自分が行動できたことに小さな胸が、ドキドキと心音を高鳴らせる。

この列車が、お化けが見える列車。

そう思うと、友達の身体が、ぶるりと震えあがった。


せっ、せっかく乗ったんだもん。 ちゃんと証拠。撮らなきゃ。

そう自分自身に言い聞かせると、友達は確かめるように一眼レフをぎゅっと抱きしめた。

時刻は、午後4:40時間はもう迫ってきていた。

9月といってもまだ8月を終えたばかり。

本来ならこの時間はまだ外も明るい。

けれど今日は、車内が朱色に染まっていた。

まるで夕日に照らされているかのような奇麗な光景。


ずっと車両の連結部分に蹲っていた友達は、これではせっかく乗り込んだ意味が無いと、おどおどとしながらも重い腰を上げた。

ガラガラと友達は、ビクつく心に後ろ髪を引かれつつも扉を開けると、そこには無人の車両。朱色に染まってただ奇麗なだけだ。

「誰もいない……。」

友達はそう呟くと、目を閉じて、ほっと胸を撫で下ろす。


そうして安心して目を開くと

「ひっ!?」

誰もいなかったはずの車両に、ゆらりゆらりと、真っ黒い人影がいくつも立ち昇ってきた。

さっ、さっきまで何もなかったっ!

心の中でそう叫ぶ、身体は自然と、細い足からガクガクと震えだした。


「やっ、嫌だ。」

真っ黒い影がだんだん鮮明になっていって、友達の身体は、自分の意志とは関係なしに、その黒い影の方に歩み出していた。

やっ、僕、そっちに行きたくない……。

そうは思っても、身体は言うことを聞かなかった。

ただ、足はガクガクと震えるのに。

鮮明になった黒い影は真っ黒なローブを頭から被り、真っ白い顔の中で、真っ黒な闇のような目が真っ直ぐに、友達を見据えていた。

線を描いたような、糸のように細い真っ赤な口が口角を上げて笑った。

手には大きな、死神を連想させるような鎌を振りかざしている。


「や、嫌だ……。」

その瞬間、闇のような目と、目が合った。





+++++


午後4:40

司は、ランドセルを背負ったまま、はあはあと息を切らせながら、河原の土手まで走って来ていた。

流れ出す汗を腕で拭いながら、辺りを探せども、友達の姿はそこにはなかった。


ここだと思ったのに……。

一応、司はここへ来る前に、思い違いだといけないからと、友達の家へ足を運んでいた。

けれども、そこで分かったのは、今日もいつもとかわらず、友達は学校へ登校した。少なくとも、友達の家では、今日友達が学校へ来ていないことを知らない。

だからなおのこと、時間に間に合わなければと、司はここまで走って来ていたのだ。

けれど、この場に友達はいなかった。

「どこ行ったんだよ。」


そう呟きながら、司が時間を確認すると、午後4:44 列車の時間だった。

いけないと思い、司が顔を上げると、ガタンゴトンと、鉄橋をちょうど列車が走っていく。

1,2,3,4 車両は四両、死の列車だ。


「あっ!?」

人が乗っていった。

一番後ろ、四両目の車両に、ひとつの小さな人影、大きな幾つもの人影。

小さな人影が、友達にも見えなくはない。

司がそれを確認した瞬間、四両目の車両が、一瞬で真っ赤に染まった。

それはまるで、壁に熟れたトマトでも投げつけたかのように一瞬だった。そして黒い、小さな何かが一緒に飛んだ。


「あ゛あ゛―――――っ!!!」

司は、発狂してその場に崩れ落ちると、意識を手放した。




目を閉じれば、真っ赤な血飛沫を上げ、友達の首が飛ぶさまが今でもはっきり脳裏に蘇る。


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