さけび
背中を丸め海沿いの道を疲れたように歩く人影が一つ。冬と比べれば、だいぶ日も長くなり、空気も暖かくなってきた。先週まで空を色鮮やかなピンクに染め上げていた桜も、今は道路をその色に染めている。
―思ったよりも、桜ってすぐ散るな。
人影の主は、大学に植えてある桜を思い出す。今年も新しい学生たちを迎え入れた門の傍で、彼らを祝福するように綺麗で可愛らしい花を咲かせていた桜。きっと自分が大学を去るときは、花を咲かせてはくれないだろう。
―当たり前だそんなこと。卒業式は3月。花が咲くには寒すぎる……
そんなことを考えながら、羽織っている薄手のコートを抱きかかえるようにして身を縮ませる。暖かくなったといっても、海沿いのこの道は風が強いため体感温度が低い。
―くだらないこと考えちゃったな。他に考えないといけないことたくさんあるのに……時間を無駄にしてしまった。
歩みが自然と早くなる。そう、こんなところでのんびりしている暇は無い。やらねばならないこと、考えねばならないことは山ほどあるのだ。時間はいくらあっても足りない。
数百メートル先にアパートが見えてきた。潮風によって所々錆びたアパート。見てくれは良くないが、唯一安らげる自分だけの場所だ。
―部屋についたら暖かいお茶でも飲もう。いい気分転換になる。
アポートへと続く道が見えてくる。少し嬉しく思っていると、その道から誰かが出てきた。見知らぬ男性。顔はよく見えないので、年齢はわからないがおそらく成人男性。その男性は、真っすぐ海の方へと進んでいくと、申し訳程度の高さで作られている堤防によじ登り……叫んだ。
「ぅぅうううぉぉおおおおおおおおおおおー!!ぜぇぜぇ」
「っあああああああああああああああああああああーー!!!」
それも間を空けて二回。突然のことであっけに取られてしまったが、すぐに危ない人なのではと思い至り、注意深しながら通り過ぎようとする。段々、男との距離が埋まっていく。どうやら初老の男性のようだ。中肉中背。どこにでもいそうな、そんな男性。しかし、そんな男性の横顔に、思わず足を止めてしまう自分がいた。
自分でもどうして足を止めてしまったのかわからない。奇抜な服装をしていたわけでもない、目向けるようなオーラがあったわけでもない、どこも目立つところのない、世の中に掃いて捨てるほどいるであろう人。
ただ、そんな特徴のない男性だからこそ、なぜこんなところで叫んでいたのか気になったのかもしれない。その表情にきちんと理性の光があることを確認して、そっと声をかけてみる。
「すいません。あの……何かあったのですか?」
「おや。こんにちは。お騒がせしてしまいましたか。すいません」
初老の男性は、こちらを向くと申し訳なさそうに頭を下げてきた。その表情は、恥ずかしそうにしながらもどこか誇らしげで……どうしてそんな表情ができるのか。あんな普通の人から見れば、白い目で見られるよなことをしたのに……
「お若い人。私はね。会社を辞めたのです。早期退職というやつですね。息子も今年で大学を卒業します。退職金さえもらえれば、もう無理して働く必要もない。そう考えて、納得して辞めたんです」
男性は堤防から降りると、静かに語りだす。見知らぬ人の身の上話。いつもなら適当に笑いながら相槌を打って終わりだろうが、なぜか今は笑うこともできなければ、相槌を打つこともできなかった。
「だから、後悔はしてないんですよ。辞めたことには。悠々自適な生活もそれなりに楽しい……しかし、それなりなのです。それなりすぎて何の感情もわかんのですよ」
「……感情ですか」
「感情です。何で自分はこんなに何も感じないのか。いや、正確には感じているのにそれを押さえつけようとしているのか。見栄か、意地か…‥それはわかりません。しかし、たしかに感じたのですよ。本当に些細な、出して当然の感情まで抑え込もうとしている自分にね」
男性のその言葉に少しだけ心臓が跳ねた。
「そうすると、突然怖くなりましてね。どんな方法でもいい。今の自分の感情を表に出したくなったのです。おかしいでしょうか?」
首を黙って横に振る。なぜだろう。頬には涙が流れている。こんな、自分でもわからない。なんで、なんで、なんで?
「お若い人。ダメです。泣いていることを疑問に思ってはいけません。押さえつけてはいけません。あなたは泣きたいから泣いている。それでいいのです。その理由はわかりませんが、その涙を止めようとしてはダメだ。きっとそれはあなたの叫びなのです。その叫びを止めることは自分を殺すことと同義なのだから」
初老の男性は、穏やかな声でそう告げると、ポケットからハンカチを渡してくれた。
「……どうです。せっかくなので、一緒に叫んでみませんか?声に出して思いっきり。見知らぬ者同士です。恥ずかしくも何もないでしょう?」
「っはい。さっ、叫びます……」
涙に咽びながらも男性と一緒に堤防の上に立つ。目の前に広がる、どこまでも広大な海原。波が全てを飲み込まんと、荒々しくうねっている。強い潮風が、髪とコートを揺らし、二人を堤防から引きずり降ろそうとするが、二人はしっかりと構え一緒に息を吸い込む。
「あああああああぁぁー!!!!」
先に叫んだのは初老の男性。その直後、
―この海に、今から挑むんだ……
高まる感情を声に乗せ、大海原へと叩きつけた。
僕は叫びたくなったらツイートしてます(ツイッターのステマ)。感情ってよく分かんないですよね。近代ってそういうよく分からないものを駆逐して、コントロール(支配)してきたと思うんですね。正確にはしようとしてきた、もしくは、したと思いこんできた。ぼくは、それを合理主義だと思っています。合ってるかは知りませんが。
そのくせ、コントロールできない力をさも素晴らしいもののように使って、自滅しようとしているなんて、わけがわからないよ!です。
まぁ、僕の主義主張はそれ以上にどうでもいいということで、何か感想等ありましたら、遠慮なく書いて下さい。喜びのあまり叫びますから。