雨降る窓の向こう側
武 頼庵(藤谷 K介)様の【みずに纏わる物語企画】参加作品となります。
企画、運営して頂き、ありがとうございます。
校舎の三階。端の小さな教室に割り当てられた生徒会室。
夏の夕方──十六時を少し過ぎた生徒会室は、エアコンが驚くほど効いていた。その設定温度の低さから、捲し上げた腕から僅かに鳥肌が顔を覗き始める。女子とは違い、ズボンを履いているにも関わらず感じる冷気。さすがに温度を上げるか──と考え始めてから、気付けば数十分が経っていた。
無駄な抵抗だと分かっていながら、手で、自分の腕を何度も摩る。立ち上がる事を億劫に感じ、そんな出不精な自分を笑いながら窓辺に寄り掛かる。
外は、驚くほどの豪雨。
雨は強く窓を叩き、校庭は水に浸かっている。
夏だと言うのに、窓からは雨の冷たさが伝わり、冷え切った身体をさらに冷やしていく。それでも窓辺に寄り掛かるのをやめず、目的もなく外を眺め続ける。
校舎から正門へと伸びる道には、色とりどりな傘が駆け足で動いている。透明、黒、白。中にはピンクや、青なんかも見える。
その中に、見覚えのある傘を見つけた。
白の下地に、マーブルチョコを散らしたかの様な、色とりどりな水玉模様。どこか幼過ぎるその傘を見て、以前、会話の流れで伝えたことがあった。
──妹が、プレゼントしてくれた傘なんですよ。可愛いでしょ。
そう言って、嬉しそうに笑う姿を見て、こちらも自然と笑みが漏れた。そして、その言葉に同意したのを今でもよく覚えている。
妹を想い、とても楽しそうに話すその姿。きっと、その瞬間から君に惹かれていたのだろう。
生徒会室で、慣れないホワイトボードに文字を書いている後ろ姿。
朝礼で、全校生徒の前で原稿を読むことに緊張し、それでも声を張って読み上げる強い心。
僕より小さな身体で、それでも一生懸命頑張る姿を見て、いつしか惹かれるだけではなく好きになっていた。
生徒会の時間以外でも、校内を歩き回って君を探し。生徒会室では、何かと理由をつけて君との作業を増やし。
後輩の女の子との世間話。そんな事で喜ぶ自分に、心の内で苦笑いを向けながらも、少しずつ君との距離を近付けようと頑張った。
そうやって君との時間を増やしていく中で気付く。
君が所属している部活の先輩──その人と顔を合わせる度に、顔を赤らめるその横顔を。
十八年間という短い人生の中で、味わった事のない喪失感。受験生だというのに、勉強に身が入らず、生徒会の仕事にも支障を与えた。
生徒会の仲間にも、そして、君にも心配される日々。”ただの夏バテだから”と嘘を重ねる。
諦めるべきか、それとも抗うべきか。答えを出せないまま過ごしていたある日、君が頬を赤らめて近づいてきた。
──先輩。私、好きな人ができたんです。それで……先輩に相談に乗ってほしくて。
僕を見つけると、君は嬉しそうに駆け寄り、恥ずかしそうに頭を下げた。
その相談が、協力する内容が、他の事ならどれだけ良かっただろうか。他のどんな内容でも、今、君が抱えている悩み以外なら進んで寄り添えたはずなのに。
そんな表に出せない感情をしまい込み、僕は笑って君に頷く。
その日から始まった、君の、僕の心の内を無視する惚気話。いや、まだ付き合っていなかったのだから『惚気話』ではなく、君が、君の好きな人の事をどれだけ好きなのかという『自慢話』だろうか。
──優しくて、年下の私なんかにも気を遣ってくれるんです。
僕の気遣いは、君の目には留まらなかったのだろうか。
──色々な事を教えてくれるんです! 教え方も丁寧で。
僕の教え方は下手だったのかな。
──成績も良いみたいなんです! えっと、確か、毎回学年四十位以内だー、とか。
一応、僕だって二十位以内を維持するように頑張ってはいるんだよ。
──先輩! 話し、いつも聞いてくれてありがとうございます!
嬉しそうな君の笑顔。
僕の抱える感情が、一方的で、独りよがりな事は理解している。だから、僕は、僕が惹かれてしまった君の笑顔に向けて笑顔を返す。
そんな日々が続く中。君が意を決して表情で教えてくれた。
気持ちを伝えてくる、と。
緊張するその姿に、励ましの言葉を渡す。
辛い、と叫ぶ心とは反面。君の気持ちが成就すれば、この『自慢話』という日々から解放されるかもしれないという安堵を同時に抱いてしまう。
──先輩! 行ってきます!
君の背中を見送る。
本当は引き止めたい。でも、僕は、その背中に"頑張って”と残す。
そうして僕以外、誰もいなくなった生徒会室。
雨が、窓を叩く音。寒過ぎる冷気を送り込む、エアコンの機械音。
そして、大きなため息。
無駄に静かな生徒会で、一人、目的なく外を眺める。
気付けばマーブル模様の傘は遠くを行き、そして、その隣には緑の傘が並んで歩く。
その光景を見て、生徒会室に、一際大きなため息が溢れる。
そのため息は、目の前の窓を白くし、外の情報を遮断する。少しの間、見たくない光景を遮断してくれていた白い窓ガラスも、徐々にその大きさを狭めていく。そして、窓は再び外の光景を映していく。
しかし、再び現れた雨降る向こう側には、マーブル模様の傘も、緑色の傘も見つけられず。
先ほどまで窓の外を隠してくれていた白い曇りは、もうほとんど消えていた。
それでも、胸の奥に残った君の輪郭だけは消えてくれない。
「……帰るか」
僕はその輪郭を胸の奥へ押し込むように、ゆっくりと立ち上がる。
部屋の電気を消し、生徒会室の扉を閉める。錆びついた鍵穴に鍵を差し込み、少し力を込めて回す。
鍵は、一度では掛からなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




