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X⇔Yシフト ~2050年から来た者だが、2030年に全人類の性別が裏返るので生き残り方を置いていく~  作者: 団田図


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レポート2 特例事項

[INITIATING PROTOCOL: CHRONOS-V4]

[AUTHENTICATING USER CREDENTIALS... VERIFIED]

[FILTERING BACKGROUND NOISE... APPLYING REDUCTION ALGORITHM]

[BYPASSING FIREWALL... OK]

[STATUS: CONNECTED TO HISTORICAL NETWORK ARCHIVE / TEMPORAL SECTOR-2026]

[TIMESTAMP: 2050-06-21T10:55:28.927-UTC]


---


ここでは「X⇔Yシフト」が誰を、どのように変異させるのか、そのシステム的なルールを説明する。


2030年7月1日午前9時に発生する事象は、細胞内の染色体が【完全なXX】または【完全なXY】である場合のみ駆動する仕様となっている。

この判定アルゴリズムは極めて機械的だ。個人のジェンダーアイデンティティや、外見的な性差、あるいは社会的な役割といった曖昧な情報は一切参照されない。


ゆえに、XX(元女性)は例外なく男性の身体へ、XY(元男性)は女性の身体へと強制的に書き換えられる。


しかし、いかなるシステムにも「判定外の例外コード」が存在する。

単純な二倍体配列に当てはまらない、クラインフェルター症候群(XXY)やターナー症候群(X0)といった、旧世界の基準で「インターセックス(性分化疾患)」と分類されていた人々だ。


私自身の診断名は「45,X/46,XYモザイク」である。

外性器は未分化でどちらつかずの状態であり、二次性徴は極めて緩慢だった。骨格や筋肉量は男女の中間値を示し、声帯も高すぎず低すぎない中性的な周波数帯に留まっている。

私の肉体は、一つの身体の中に複数の染色体パターンが混在しているため、システムの改変対象から「エラー」として除外された。


だからこそ、私はあの2030年7月1日、全人類の肉体が裏返る中で、唯一「変わらない肉体」を持ったまま、この地獄を特等席で観測することになったのだ。


私は幼い頃から、この社会における「男」と「女」という二軸のシステムを、極めて非効率で無意味なバグだと感じていた。

それを確信したのは、小学校における健康診断や身体測定の時だ。

名簿、制服、トイレ、役割分担。学校という閉鎖空間は、あらゆる場面で人間を二分しようとする。身体測定の日、私は男子の列にも女子の列にも並ぶことができず、最終的に保健室のカーテンの奥で、教師たちの困惑した視線を受けながら一人で測定を受けた。

どちらの基準で数値を記録すべきか、教師たちは小声で言い争っていた。その様子を冷めた目で観察しながら、私は「社会というOSは、二つの変数しか処理できない窮屈な場所だ」と理解した。


家庭環境も同様だ。家父長制的な価値観を持つ父は、私を「男らしくない出来損ない」として扱い、従順な母はどう接していいか分からない「腫れ物」として私を見た。

その結果、私は自身の肉体に何らかのアイデンティティを求めることを早々に諦めた。

肉体は単なる「不具合のあるハードウェア」に過ぎない。私という存在の本体は「脳(知性)」であり、肉体はその脳を運搬し、維持するための生命維持装置でしかない。血縁や既存の家族観に対する執着も、その過程で完全に消失した。


成人し、量子AIプロジェクトの主任研究員となってからも、私のスタンスは変わらない。

最先端の研究所という環境は、能力さえあれば個人の特性は問われない。周囲はハラスメントのリスクを避けるため、プライベートに干渉しない態度を徹底していた。私は感情をノイズとして切り捨てるため、同僚たちからは「極めて優秀だが、人間味のない精密機械」として扱われていた。私にとっては、それが最も効率的な状態だった。


私の性的指向は、旧世界の言葉を借りるなら「完全なアセクシュアル(無性愛)」に分類される。

男性の身体にも、女性の身体にも、性的な興奮や執着を覚えることは一切ない。他者の肉体に物理的に接触し、体液を交換する「性交渉」という行為自体、私にとっては時間とリソースの無駄であり、脳の論理的な処理能力を著しく低下させる不要なノイズでしかない。


今思えば、性衝動というバグを持たない私こそが、後に狂っていく世界を最も正確かつ冷徹に記録できる「唯一の適任者」だった。


しかし、そんな私に「知性の共鳴」という形で唯一アクセスしてきた人間がいた。

同僚の天才エンジニア、亮平(仮名)だ。

彼は、私の身体特性を腫れ物扱いするどころか、純粋な「ユニークスキル」として面白がった。


ある日の深夜、サーバーの保守作業中に彼が言った言葉を、今でも正確に記録している。

「お前のその身体、システムで言えば絶対に外部からハッキングされない、最高のセキュア環境じゃん。社会のどっちのルート権限にも縛られないし、無駄な性衝動のポップアップ広告も出ない。だからお前の書くコードは無駄がなくて美しいんだな」


亮平は、私の肉体ではなく、その卓越したデータ処理能力のみを評価し、最高のビジネスパートナーとして私に全幅の信頼を寄せていた。彼もまた、私にとって数少ない、精神的な紐帯を結べる存在だった。


だが、あの2030年7月1日、午前9時00分。

私はその相棒を、最も凄惨で理不尽な形で失うことになる。


話を戻そう。

その瞬間、私たちは研究所の第3セキュリティゲートの前にいた。


---


[WARNING: TEMPORAL CONNECTION UNSTABLE]

[REWRITE STATUS: SUCCESSFUL / HORIZON SAFE]

[DISCONNECTING FROM DOMAIN_2026...]

[AUTO-PURGING LOCAL CACHE... DONE]

[PACKET LOSS EXCEEDS CRITICAL THRESHOLD]

[REWRITE STATUS: COMMITTED TO TIMELINE_ALPHA]

> TERMINATING SESSION...

[CONNECTION CLOSED]

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