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没落令嬢と冷徹騎士の契約結婚 ~正しさを捨てて、あなたを選びます~  作者: 猫燕


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17. 「非効率的だわ」

 その灰色の瞳が蝋燭の光を反射して、一瞬だけ温度を宿したように見えたのは、きっと光の悪戯だろう。


「……なぜだ」

「これから一緒に領地を動かすからです。あなたが何を大切にし、何を嫌っているのかを知らなければ、私はずっとあなたの背中を追いかけるだけで終わってしまう。それは非効率的だわ」


 あえて、彼の好む言葉を選んだ。


「効率の話として言っています。あなたの言葉を借りるなら」


 レオの目が、かすかに細められた。

 笑ったのか、呆れたのか。


「……うまいことを言うな」

「本心です」

「分かっている」


 彼はスープの皿を少し前に押しやった。

 食事が終わったという合図。

 テーブルに腕を乗せ、少しだけ身を乗り出す。

 蝋燭の光が彼の顔の半分を白く照らし、もう半分を深い闇に沈めていた。


「俺は、平民の出だ」


 唐突な告白だった。


「書類で見て知っています。騎士団で実績を積み上げてきたと」

「貴族が嫌いだ」

「……それも、なんとなく察していました」

「理由を、聞くか」

「聞かせていただけるなら」


 一拍の間。

 風がまた一段と強く吹きつけ、屋敷のどこかで扉が軋む音がした。


「騎士になる前、俺は辺境の村にいた。小さな、どこにでもある貴族の領地だ」


 声のトーンは変わらない。

 まるで他人の歴史を読み上げているような淡々とした響き。


「その村を飢饉が襲った。だが、貴族は来なかった。使者も、支援も、何一つ届かなかった。村人が何人死のうが、あいつらは何もせず、ただ城で数字を見ていただけだ」

「……」

「俺は十二の時に村を出た。騎士になりたかったわけじゃない。ただ、生き残るためだ」


 私は、掛けるべき言葉を見失った。

 安易な同情を口にすることが、この男に対する侮辱になるような気がしたのだ。


「騎士になってからも、同じものを見てきた」


 彼の独白は続く。


「感情で動く上官が判断を誤り、救えたはずの村が全滅するのを二度見た。泣きながら全員を助けようとして、結果的に誰一人助けられなかった指揮官を三人見た」

「……」

「『全部守ろうとして全部失う奴』を、俺は嫌というほど見てきたんだ」


 昼間、廊下で突きつけられた言葉。

 あの時はただの理屈だと思っていたけれど、今は違う。その言葉の背後にある、死の匂いと、拭い去れない無力感が透けて見えた。


「だから、感情を使わないのですか」

「使わない、のではない。感情で『判断』しないんだ。感情は正確じゃないからな」

「正確でなくても、必要な時はあります。……たとえば、今日の子どもたちに、あなたは膝をついて話しかけた」


 レオの動きが、一瞬だけ止まった。

 本当に、瞬きひとつ分ほどの沈黙。


「……あれは効率の問題だ。立ったままでは子どもは怯えて、正確な情報を出さない」

「……本当に、それだけですか?」

「それだけだ」


 私は彼を凝視した。

 嘘を言っているとは思わない。

 けれど、それがすべてだとも思えなかった。


「私は」


 と、今度は自分の意志を口にする。


「誰も、切り捨てたくないと思っています」

「知っている」

「甘いと、思っているのでしょう?」

「思っている」


 即座の否定。


「でも、私はそれを変えるつもりはありません」

「それで全員死んだら、何の意味もない」

「『全員を助けようとすること』と『全員が死ぬこと』は、イコールではありません」

「確率の問題だ」

「確率だけが、すべてではないはずです」

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