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第9話 雨女としての価値

 レイニルは今、再び暗い地下牢に幽閉されている。

 しかし、それはクラウディ家の屋敷ではなく、アメリア国の王城の地下牢に。

 石の床と壁は冷たく、壁際に簡易的なベッドがあるだけ。牢屋の扉は施錠されて、これでは罪人の扱いと変わらない。


(私……どうなるの?)


 地下牢は慣れているので怖くない。だが、今はなぜか別の不安で落ち着かない。それはきっと『彼』の温かさを知ってしまったからだろう。


(シャイン……)


 力なく石の床に座り込んで、レイニルは仮初めの夫の名を心で呟く。一人で過ごす地下牢が、こんなにも寒く寂しいものだと感じたのは初めてだった。

 しばらくすると、階段を下る足音が聞こえてくる。レイニルが音だけで人の気配と訪問を感知するのはクラウディ家の地下牢の時と同じ。

 レイニルの牢の前で足を止めたのはヴェルクだった。今は黒のスーツではなく貴族服で、まさに王子様の服装をしている。


「申し訳ありません、居心地が悪いでしょう。本当はお城に住んで頂きたいのですが心苦しいです」


 ヴェルクの口調は商談の時と変わらず丁寧な敬語だが、地下牢に閉じ込めておいて、その気遣いは皮肉にしか聞こえない。

 しかし、レイニルはそれを皮肉とも受け止めない。当然の事なのだと理解している。


「……私が地上にいると大雨が止まないから、ですよね……」

「はい。あなたが地下にいるなら程よい雨天になるなんて、不便な……いや、不思議な雨女ですね」


 レイニルは、ここに幽閉された意図は聞かなくても分かる。この国の財源である『水』をもたらす雨女が必要なのだ。

 おそらくアメリア国王がレイニルに会いたがっているという話は、ここに連れてくるための嘘だろう。

 レイニルはヴェルクの漆黒の瞳と目を合わせるのが怖くて、俯きながら言葉を交わす。


「あの……なら、せめて……クラウディ家に帰らせて頂けないでしょうか」


 同じ地下牢なら、まだ実家の方がいいとレイニルは思った。メイドのステラもいるし、元の生活に戻るだけなら何の問題もない。

 ヴェルクは首を横に振ったが、俯いているレイニルには見えていない。


「それはできません。あなたの身柄は国が買い取りました」

「買い取り……?」

「はい。あなたはもう、クラウディ子爵家の令嬢ではないのです」

「そんな……!!」


 レイニルはその衝撃に息が詰まる。顔も覚えていない両親だが、まるで奴隷の売買のように国に娘を売ったという事実に。

 シャインと離婚しても家に戻ればいいと思っていたが、もう今のレイニルには家族も帰る場所さえもなかった。

 全てを奪われて涙すら出ないレイニルをヴェルクはさらに追い詰める。


「クラウディ家には、あなたの身柄を管理するように命令を下したのですがね。まさかお隣のサンディ国に嫁ぐとは予想外でした」

「え……命令……? じゃあ、私がずっと地下牢にいたのは……」

「はい。あなたが地下で暮らすことと、国内で嫁ぐこと。この2つの命令を下しました」


 その見返りとして、クラウディ家は商家としての地位と成功を約束された。今は子爵家だが、将来的にはもっと上の爵位まで約束されているのだろう。

 4度の婚約破棄を経験したレイニルだが、もし結婚に至っても国の監視からは逃れられない。たとえ住む場所が変わっても地下で暮らす事を強要される。


(もう、私には帰る場所が……)


 絶望という状況を思い知ったレイニルは、鉄格子を両手で強く握りしめて悲しみに震える。

 そんな絶望の中でも、なぜか『彼』の太陽のような明るい笑顔が曇った思考を照らす。

 唯一の帰るべき場所、それはシャインの元しかない。まだ彼との勝負はついていない。幸せは自分で掴み取ると決意した。


(……私は、サンディ国に雨を降らせてみせる。だから……)


 だから、迎えにきてほしい。そう心で願った時に、一人の兵が地下に下りてきて何やらヴェルクに報告している。

 話し終えると、兵がレイニルのいる檻の扉の鍵を開けて出入り口を解放した。

 檻の外では、ヴェルクが不敵な笑みを浮かべて腕を組んで立っている。


「来ましたよ。思ったよりも早かったですね」


 レイニルはハッとして顔を上げる。その言葉だけで、シャインが来てくれたのだと理解した。

 しかし、微かな希望が見えたのは一瞬だけ。無残にもその希望はヴェルクによって絶たれる。


「レイニル様。分かっていますよね? あたたは自分の意思でここに居るのです」


 それは紛れもなく圧力をかけた脅迫で、口裏合わせの強要。これに従わなければ実家が潰される。

 ヴェルクにとっては、シャインがレイニルを取り戻しに来る事は想定内。

 すでにクラウディ家の娘ではなくなっても、家族への情を捨てきれないレイニルの優しさを利用する。

 レイニルは今、自分の幸せと、家族と、シャイン……何を選ぶべきなのか、その選択を迫られている。



 牢屋から出されたレイニルはヴェルクと共に階段を上って地上に出る。

 途端に、眩しい太陽光が視界に差し込んで目を細める。先ほどまで大雨だったのに、空を見上げれば嘘のような晴天。


(シャインが来てくれた……)


 晴れ男の能力は国境を越える。それだけでシャインの存在を感じられたレイニルの胸が温かさで満たされていく。

 城の裏口方面から正門へと歩いていくと、開門されていて外には馬車が停まっている。サンディ国の馬車だ。

 その馬車の前に立つ長身の男を見た瞬間にレイニルの心臓が高鳴る。


「シャイン!!」


 前方のヴェルクを追い抜く勢いでレイニルの歩みが速くなる。

 太陽のようなオレンジの髪に黒衣を纏った凛々しい立ち姿。異国の地でも王の威厳を損なわないシャインの何もかもが恋しい。

 ところが、目の前まで来てようやくレイニルは気付いた。その男性はシャインではなかった。


「よぉ、雨女。迎えに来てやったぜ」


 それは、シャインと見間違えるほどにそっくりな双子の弟……ヘリオス殿下だった。

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