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第17話 望まない勝利

 部屋を飛び出したレイニルは、廊下でヘリオスと正面からぶつかってしまった。


「わっ……レイニルちゃん!?」


 ヘリオスは様子を見に行ったというよりは、何か気になって部屋の前まで来ていた。

 レイニルは顔を伏せたままで表情は分からないが、小さな肩を震わせて確実に泣いていると分かる。

 それを見たヘリオスは、作戦が上手くいったという喜びは一切感じずに、ただ胸を突き刺す痛みに戸惑う。

 レイニルはヘリオスから離れると、そのまま廊下を駆け出して外に向かうようだった。


「レイニルちゃん、待て!! 外は……!」


 背中から聞こえてくるヘリオスの制止も聞かずに、レイニルは宿の外へと出て行く。

 外は夜の暗闇で景色はほとんど見えないが、頭上に激しいシャワーが打ち付けられてレイニルの足が止まる。


(え? 雨……?)


 それも、すぐに全身が濡れて前髪や長いブロンドの髪から水が滴るほどの大雨。

 レイニルの頬に伝っていた涙さえ雨と一緒に流れて消えてしまう。しかしこの大雨は『恵みの雨』なんかではない。


(なんで降るの……やめて、やめて……)


 あんなに雨が降ってほしいと願っていたのに、今は残酷な雨にしか思えない。

 雨が降ったことで、契約の勝負はレイニルの勝ちとなる。これでシャインと離婚せずに夫婦でいられる。本来はそれを喜ぶべきだった。


(シャインは、お姉様と……)


 温泉でレイニルを抱いた直後にベッドでローサを抱く行為が理解できない。貴族とは、王族とは、そういうものなのかと理解しようとしても追いつかない。

 やっぱり契約結婚もシャインにとっては遊びだった。こんなに辛く悲しい思いをするなら、雨が降らずに正当な理由で離婚する方が良かった。

 それに、サンディ国が水で満たされてしまえば、水を輸出している故郷のアメリア国の商売が成り立たなくなる。

 レイニルは自分が悲しむ事よりも、ローサにも家族にも母国にも迷惑をかけたくないと思う。


(やっぱり私は、ここにいるべきではない……)


 これ以上、愛されない雨女として生きるのは辛い。

 最初から間違っていたのだと、レイニルは自分の存在価値がサンディ国にはない事を痛感させられた。

 その時、誰かがレイニルの肩を正面から抱いた。放心状態で、涙か雨か分からないほどに濡れた瞳では視界が霞んで、それが誰だか認識できない。


(シャイン……?)


 その淡い期待も虚しく、レイニルの前に立つのはシャインにそっくりな……弟のヘリオスだった。

 ヘリオスも傘も差さずに全身を濡らしているが、気にもせずにレイニルを気遣っている。


「レイニルちゃん……」

「ヘリオス様、私……もうシャインを愛せない」


 ヘリオスが何かを言う前に、レイニルは作り笑いをして声を振り絞った。その哀しい笑顔と力のない眼差しがヘリオスの心を突き刺す。

 レイニルを絶望させて、その喪失感を突いて口説こうとする自分の醜さに、今になって嫌気がさす。

 シャインを愛せないなら、オレを愛せと……そんな口説き文句すら声に出せない。


「あ、えっと……兄貴は酒癖が悪ぃから……」


 自分が強い酒を飲ませて酔わせたくせに、ヘリオスはなぜか言い訳のようにシャインをフォローする。

 レイニルにとっては、シャインが酒の勢いで一方的にローサに迫ったのだとしても納得できない。ローサとヘリオスは両思いの婚約者だと思い込んでいるのだから。


「ヘリオス様はローサお姉様を愛してあげてくださいね」


 こんな時でも他人を気遣って笑顔を作るレイニルを見てヘリオスは理解した。シャインは純粋にレイニルの澄んだ心に惹かれたのだと。




 ヘリオスが部屋に戻ろうとすると、廊下のドアの前にはネグリジェ姿のローサが立っていた。

 ずっとここで待っていたのか、帰りの遅いヘリオスを見ると不満そうな顔をして頬を膨らませた。

 ローサの表情はバツが悪そうで明るいものではない。対するヘリオスも沈んだ表情でいつもの明るさがない。


「よぉ。もう終わったのか?」

「シャイン様はご自分のお部屋に戻りましたわ。私とは何もありませんでしたわ、残念ながら」


 シャインを色仕掛けで落とす計画は失敗したらしい。いや、真実はローサがキス以上を拒んだ。やはりレイニルとして抱かれるのはプライドが許さない。

 なぜかこの時、ヘリオスはローサが失敗した事に対して安堵した。今では、お互いがこの計画に対して乗り気ではなくなっている。

 レイニルの純愛とシャインの溺愛。愛し合う夫婦を見て毒気を抜かれたのかもしれない。


「でもキスくらいはしたんだろ」

「……キスだけですわ」


 あれもローサにとっては不本意なキスだった。そしてヘリオスも、ローサとシャインを結ばせようとした割には心に痛みを感じている。

 ヘリオスは、その無自覚の痛みこそが本当の愛の片鱗なのだと気付いていない。


「まぁ、オレもレイニルちゃんにキスしたし……おあいこだな」

「はぁ? それにしてもあなた、ずぶ濡れですわね。服を着たまま水浴びでもしましたの?」

「まぁな」


 ヘリオスはレイニルの哀しい笑顔を思い出していた。あの様子だと、かなり思い詰めている。

 レイニルはシャインを本気で愛している……ヘリオスは今、兄のシャインが政略結婚ではなく愛ある結婚なのだと気付き始めた。


「呆れた。もう一度入浴なさった方がよろしいんじゃなくて?」

「ローサちゃん、一緒に入るか」

「ご遠慮申し上げますわ」


 いつもと様子が違うヘリオスを不審に思いながらも、ローサはヘリオスと共に部屋に入った。





 朝になってシャインが目を覚ますと、ベッドの上で一人で仰向けになって寝ていた。

 昨晩の事は覚えていないが、寝巻きに着替えずに寝てしまったらしい。昨日は強い酒を飲んでしまって二日酔いで頭が痛い。

 ベッドは1つしかないのに隣にレイニルがいない。先に起きたのだろうか。


(朝なのに暗いな……それに、この音は何だ?)


 痛む頭を押さえながらベッドから下りて窓の外を確認する。窓ガラスの外では、寝起きでも目視できるほどに降り注ぐ大粒の水滴が確認できる。


「雨……!!」


 シャインは思わず大きな歓喜の声を上げた。これで形式上の勝負はシャインの負けになるが、それは逆に本望。

 これでレイニルも夫婦でいる事を納得してくれるだろうし、雨女としてのプレッシャーからも解放される。


(ははっ! やっぱりレイニルと交わったからだな!)


 昨日の温泉での情事を思い出しながらも思わずガッツポーズをする。

 本当は雨の事はどうでもいい。降っても降らなくてもレイニルは手放さない。雨で国が救われる事よりも、レイニルの心が救われる事が何よりも嬉しい。


(レイニルはどこだ!?)


 レイニルが喜ぶ顔を早く見たい。嬉しい気持ちを抑えきれずに、シャインは部屋のドアを開けて廊下へ出るとレイニルを探す。

 しかし広間にもいないし、スタッフに聞いてもレイニルの居場所を知る者がいない。こんな大雨で外に出るとは考えにくいが、いちおう傘を持って外に出てみる。

 だが、外に出てみると嘘のように雨が止んで日が射していた。晴れ男が起床したせいか、レイニルを探し回っていた短時間で雨の能力は打ち消されてしまった。

 それでも結果は変わらない。一時でも雨が降ればレイニルの勝利なのだから。


 宿の外の庭には馬車が停まっている。王城から2台の馬車でこの宿に来たが、なぜか今は1台しかない。

 その1台の御者が雨に濡れた馬車を手入れしている。シャインは御者の男性に近付いて問いかける。


「仕事中すまない、レイニルを知らないか?」

「シャイン様、おはようございます。レイニル様は、朝早く馬車でどこかへ発たれたご様子でした」


 レイニルが一人で馬車に乗って、どこかへ……シャインは不思議に思った。何か胸騒ぎを感じる。

 ふと振り向くと、宿の方から自分と似た容姿の男性が向かってくる。それは双子の弟のヘリオスで、陽気な彼らしくなく神妙な顔つきをしている。


「ヘリオス。レイニルがどこに行ったか知ってるか?」

「……たぶんアメリア国だぜ」

「は? なんだと?」


「レイニルちゃんは母国に帰ったんだ」


 昨晩の記憶がないシャインには、何が起きたのか……レイニルがなぜその行動に至ったのか想像もできない。

 雨を喜ぶ事もなく、シャインから逃げるようにして姿を消したレイニルの心に気付きもしなかった。

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