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魔人と狼は幸福を求めない  作者: 澱粉麺
龍の都、リェンラン
7/8

狂犬乱舞



「シィッ!」

「うおおおおおお!!」

「やるぞ、俺はやるぞぉぉお!」


「……」


雄々しく、声を上げる男たち。その中で黙々と身体を慣らす黒衣の男がいる。やる気に満ち満ちた、暴欲に満ちた男たちの中でも一際目を惹くような巨躯と落ち着きようだった。

そして、その対面にとてもとても不釣り合いな。翠の眼をした少女が一人。白けた顔で、座っていた。


「………」


「退屈そうだな」


「そりゃそーに決まってるだろ!僕はね、こんなむさくるしいとこ居たくないんだよ!ああ、もう!どうしてこうなった!」




……


顛末は、少しだけ遡る。




……


「ん、この辺りで良いだろう。

狼から人に戻ってくれカリナ」


『了解した。…が、かなり歩かないか?もう少し行ってもいいと思う』


「いや、今向かってる都の周りには血気盛んなのが多いからね。万が一にもでかい狼なんて見たら大変になるし、臆病になっておくべきだ。それに…」


『それに?』


「たまには運動もしないと、ねっ」


ざざざ、とブレーキをかけるように地に轍を作って止まってから、そんなことを話しながら狼の背を蹴って翔ね降りる。その衝撃に少し顔を顰めてから、カリナは再び幽鬼のような男の姿に早変わりした。


さて、と。歩き始めての中。

カリナはぽつりと口を開いた。以前に聞かせてくれ、と言われた通りのこと。今から殺しに向かう、英雄について教えてほしいと。



「今から向かう所にいる英雄は…

ドグ・シアンだったか。どういう者だった?」


「イカれた戦闘狂!それ以外例える言葉はないね!…そんな顔するな。さすがにもっと説明はするよ。そうだね。性格はそんなに破綻してはなかったし、気持ちのいい女ではあったよ。だけどその全てが血沸き肉踊る闘争の為に向けられてるってタイプの異常者だった」


「まあ…変わり者でね。友人や好敵手と認めた相手にだけ敬語を使う奴だった。顔はこんな感じ」


そう言いながら、杖を軽く振るうと、中空にしゅるりと線が走って似顔絵が描かれる。端正で中性的な顔立ちに、紺色の長い三つ編み。礼節こそ保たれていそうだが、成程確かに、その目の奥には獰猛な光が見える。


「だけど、だからと言うべきか。闘技場を作ってそこを一大名所にしてからの彼女の行方ってもんはとんと知れなくってね。とっくに死んだとも噂されるけど…星が存在する感覚はあるんだ、死んでるわけがない。じゃあ何処かにいるはずなんだよ。

懇製の闘技場がある、都の近くで」


ルーチェの説明の言葉の節々から、畏怖と、しかしその者への清々しいような気持ちが伝わってくる。気持ちのいい者だった、というのは何か誤魔化すようなおためごかしではなく、本心なのだろう。



「ま、なんだ。お前とは話が合うんじゃあないか?殺し合わなきゃいけない者同士とはいえね」


「俺は…違う。別に命の取り合いが好きなわけではない」


「えー?よく言えたもんだよ」


「本当だ。俺はどちらかというと、技の比べ合いが好きだ。命が関わらないならば、それに越したことはない」


「あーはいはい、バトルマニア特有のそういう区別や区分は要らないし話されてもわかんないよ。どっちにせよ、僕みたいな一般人からしたら訳がわかんないってことなんだから」


そうしてまた暫く、歩いて話してを繰り返していた。話す言葉の殆どは少女が放つもので、狼はそれに反応をする、といった風。極端にカリナが喋らないという程でもないが、それよりももっともっと、ルーチェはずっと喋っているのだ。


そんなことを、していたからだろうか。

目的地が目の前に来てようやく気づいた。



「ということで。ここが龍と力の都、リェン・ランだ。まあ紹介をしたとこで、なにがあるってわけでもないけどね。そら行くよー」


「ああ」


劇的な、何があるわけではなくそうして門を潜っていく。案外と、復讐や旅なんてものはそういうものなのかもしれない。


見た目は非常に、整った町だった。

以前の場と違い炭や煙に汚れてるわけでもなく、白く綺麗な様式の家が建ち並んだ異国的な街並みは静かで、燦然としているようだった。はなやかで、力の町などという言葉は似つかわしくないくらいには。


だが。くん、と鼻をきかせる。

古びた血の匂いが、至る所からした。


なるほど。これは蓋だ。

凶暴性とは表に出したままでは成り立たない。隠さねばならないからこそ、暴だ。絢爛で綺麗な街並みはつまり、それを隠すための蓋。ならば、大きな大きなこの蓋はどれだけの凶暴性を隠しているのだろうか。


「さあ、まずは手掛かり探しか。前回みたいな、話しかけたひとが偶然そうでした、なんて幸運は無いだろうしね。取り敢えずは声をかけてみるしかな……」


どん。

よそ見をしていたからか、ルーチェは前を通る老婆に思いきりぶつかった。少女はよたつき、老婆は被っていた帽子をわたわたと抑えながら、尻餅をつく…寸前にカリナの腕が老婆の体を抱き止めた。



「ああ、すみませんご婦人。

観光に夢中になっていたところで」


「いえいえ、良いのよう、おじょうさん。

…貴方もありがとうございます。黒いお方」


「……ああ」


老婆はゆっくりと、カリナの腕から離れると再び杖を拾って帽子をまた目深に被り直した。この町に長くいる者だろう。服飾の雰囲気はまた異国風だった。


だからきっと、二人は同じことを思った。軽くうなずきあってからルーチェが口を開く。この町について。いいや、もっと思い切って。この町にいるはずの、英雄は何処にいるか知っているか?と。


老婆は、一瞬きょとんとして。

そうしてから、くすくすと笑い始めた。


「ごめんなさいねぇ、知らないわ。けど…有名な人だもの。あそこにいるんじゃないかしら?」


そうして、ある方向を指に指す。


「この町、こうも広いのに、お若い人たちが少ないでしょう。若い人らは全員、あそこにいるんですよ。みんな、元気ですよねぇ」


指を指した先は、大きな大きな建物。屋根だけが、敢えて存在しない円城。そこからは、今は音は聞こえない。今は準備中だから、なのだと言う。何の場所なのか?言われずともわかる。


「闘技場か」


「はい。誰かを探しているなら、あそこに行くのが良いと思います。

……それとも、何かを探しているなら、尚のこと」


意味深長な言葉に、少しだけ眉を動かし。そうしてからルーチェは笑顔で、カリナは相変わらずの仏頂面で、対応した。


「どうもありがとう、ご婦人。

素敵な日をお過ごしください」


「こちらこそどうもね、おじょうさん。

あなたも、楽しい日を過ごしてください」


「…」


彼らはそうして手を振る老婆と別れ、言われた通りにその闘技場に向かった。流石に、若人がそこに集まっていると言われるだけのことはある。恐ろしいほどの人口密度で潰されそうになりながら、カリナたちは話を出来そうな人の所にまで歩いていった。


そしてそのまま、受付でエントリーを進めて。


「うん?」


そのまま武器のチェック、命を落としてしまっても責任は取れないということ、報酬についてなどの説明を受けて。


「うん?」


そして今。控え室にて。

カリナは出場を待つ身になっていた。


「……ううん?」


その付き添いとして少女は着いてきて。

汗臭く、むさ苦しい空間に座ることになり。

…今に、至る。



「なあカリナ。なんでこうなった?」


「…まあ、待て。別に俺だって、流されるまま流されてここに来たわけじゃない。目当ての英雄であるドグとやらは、大層な戦い好きなんだろ?」


「まあ、そうだね」


「だからここで暴れて結果を残したら、会えるかもしれない。そうでなくても耳に入るかもしれないじゃないか。だから、俺たちはここで戦っていればいい。どうだ?」


「なるほど!…なんて、納得するわけないだろ。そんなうまく行くわけないし、まずドグがここに来てるかどうかも怪しいよ。そもそもその情報が伝わるのにどんだけかかるんだよ。馬鹿なのか」


「くそ、騙せなかったか。俺も素直にそう思う」


呆れで、声が出ないと言わんばかりに頭を押さえて。そうしてからルーチェはじとりと睨むようにカリナの背中を蹴り上げた。あまり手心がない一撃ではあったが、少女の身体のものだ、少し痛い程度のものだった。


「はぁー…まあ、やるだけやってよ。色々聞き出してから全部無駄でしたってなるよりは、まだそっちの方がいい気がする。

あ、僕は当然出ないからな。運動もたまにはしなきゃとは言ったが、こんな過激なのはしないよ。お前だけでやれよ」


「それは、当然だろう。

あんたを危険な目に遭わせるわけにはいかん」


「ふん」


もう一度がつりと蹴ってから、少女は部屋から退出した。やる事はあるのだ、あいつに戦いをさせている内に様々な下準備を行うか、とため息を吐いた。まったく、もう。

嘆息を吐く理由は勝手な行動を取ったそれよりもむしろ。



「……まったく。どこが、『俺は違う』だよ」


ぼやきながら、ルーチェは去っていく。

彼の目の奥の力。奥に秘められた獰猛。

何よりも、何よりも。

身体中から隠しきれない、高揚感。それを見て。





……




……闘技場の戦いはそれはそれは、参加人数の多いものであった。それは自分の力を誇示したいもの、借金を返す為の者、暴力を振るう大義名分を得る為の者、この場を借りて復讐をしたい者。

人により理由はそれぞれだったが、少なくとも参加者はとても多かった。だからその予選は、ひどく雑で。

多数で行うには狭すぎる空間の中で、最後まで立ち上がっていたものが、予選を勝ち抜く。それを何度も何度も繰り返す、というものだった。


粗野で乱暴なその戦いは、だからこそその中で突出した者が分かりやすい。


ぱん、と弾けたような打撃音。影と共に通り過ぎる。ごぎり。黒影の曲げた手首が顎を打ち抜く。こいつは、まずいと多くの者たちが示し合わせてもないのにその黒狼に団結して向かった。

否、向かおうとした。その前に、蹴りが、拳が、飛びつくような全てが腕自慢やそれなりの理由がある者たちをただただ粉砕していった。


ぐるる、ぐるるる。


巨大な獣の唸り声にも似た呻き声を聞いた。

それは、陰鬱な表情にも見える男の、その口から漏れ出ていた昂り。蓋をし切れない、凶暴性の溢れた唸り。

風が通る度に、人が倒れた。

泡を吹き、苦痛と共に倒れ込む。



「ウオォォォ───」


……最後に立っていた相手を完膚なきまでに叩きのめして、ただ一人立って、カリナは空に吼えた。ひゅるるると、登っていくような遠吠えだった。


「どう見ても、どっから見ても同じ穴のムジナだ。

この、狂犬め」


あまりの凄惨に、血に飢えたはずの観客までもが静まり返った中。ただ一人ルーチェだけがそうぼやいた。



「ま、ドッグランみたいなもんだ。

たまにはストレス発散させてやんないとな」





……




「…これは、これは。ものすごい方が来ましたね。楽しみです」


そしてまた、その光景を観客席より更に上から眺めていた者が、そうぞくぞくと呟いた。その気持ちをなんとか落ち着けるかのように、その紺色の髪を、撫で付けて、いた。


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