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魔人と狼は幸福を求めない  作者: 澱粉麺
地の街、カーラディウム
4/9

英雄たちの殺し方



どん、と。

二人の前に茶が置かれる。そしてもう一つ空の席にコップを置いて、そこの前にずかりと座るは少女。長い銀髪に活動的な服装、銀の縁の眼鏡。その眼鏡の奥の翠の眼は、以前よりも少しくすんでいる。


「コップ、勝手に使わせてもらったよ」


正気を取り戻したノヴァ、そしてそれに剣呑な顔を向けるルーチェ。そしてそれらの顔の間で、疑問符を頭に浮かべながらも、ひとまず座るカリナ。ぼろぼろの家の中は、今はそんな空間になっていた。


意外、というべきか。『星』を失った英雄の慟哭を聞いて、ルーチェは静かに岩山から降りて、そして半ば無理矢理に引っ張り、この状況にした。復讐、復讐と口繁く言っていた彼女のことだ、きっとその場で殺すのだろうと思っていたカリナは、何を考えているのかと思いながらただ彼女について行った。

そして、茶をすすりながら。現在に至る。


「……」


ノヴァは、抜け殻のようだ。泣き喚くこともやめ、ただ落ち窪んだ目のまま、じっと椅子に座っている。先から、自発的に言葉を発さない。


「ノヴァ・ブラウン。お前は僕の言葉を聞いて逃げ出したんじゃない。僕の顔を見て逃げたのか。失礼だな、全く」


そんな彼に容赦なく話しかけ、壁打ちのように一方的に話しかけているのはその正面に座ったルーチェ。


「超絶美少女の顔だ。どうだ?ん?可愛らしいだろ?そう、世界一可愛い。英雄さまのお墨付きもくれよ、なあ」


「どういう自信だ、それは…」


カリナだけがそれに反応する。否。ノヴァも、ぼそりと一言反応した。一言、それこそうわごとのように。



「俺は英雄と言われるべき人間じゃない」


「チッ、そうかい。なら僕が殺してやるよ。

お前の星と一緒に、手前ぇも…』


「待て。待て、待て。それも含めて、だ。俺には何がなんだか分からん。お前たちの間だけで、何やら完結するな!俺にも説明をしてからやってくれ!」


もう、我慢できない。そう言わんばかりに声を張り上げたのはカリナだ。


そうだ、一体、何のことやら。彼にはすっかりわかっていない。

彼が分かっていることといえば、この町で出会って初めて知り合いになった人間が、驚くことに過去に英雄だったらしいこと。どうにもそれはルーチェも知っていたらしいこと、なにやら『八つ星』のうちの一つの破壊には成功したらしいこと。それくらいだ。


だがそれ以外はさっぱりだ。因縁やなにやら、全て。具体的にはこの二人の言うことのほとんどが。

少女はそれを聞き、まず呆れたように。そしてその後にちょっと申し訳なさそうに。そしてさらにその後に意地悪に顔を歪めた。


「まず、僕はルーチェ。ただのルーチェだ。苗字はない」


「それは…知ってる。…あんた、わざとだな」


「くくく、勿論。んで、こいつがノヴァ・ブラウン。我らが誇る『八英雄』が一人の勇士さ。はい拍手ー」


「……はは」


言われるままに拍手をしてみれば、それはノヴァの力無い笑みで返される。


「…ふむ。ルーチェ。あんたはこの男のことを知っているのか?いや、もっと直接的に聞こう。あんたはノヴァと面識があるのか?」


「さ、どうだろうね?どうでもいいことだろう」


「そう、それだ。そういうのだ!」


急な大声にルーチェは眉を顰めた。立ち上がらんばかりに力の入った狼の声だった。


「その、なんだ。俺は…認めたくはないが…頭は…悪い…

だから何か含みを持たせたり皮肉とかは抜きで頼む。迂遠な言い回しはやめてくれ。経緯を知られたくないならそこはぼかして構わない。だから、知ってるのか知ってないのか!どちらかで答えてくれ!」


「わ、悪い悪い。そこまでお前を追い詰めてたとはね。…ふむ、だが確かに、そろそろ対応が必要か。それこそ誠意は」


しばらくひとりごちて、から。ルーチェはカリナにするりと頭を下げた。

シンプルな動作ながら、故に謝意が篭っていた。そうしてから、また口を動かす。


「改めて答えようか。…知っているよ。よく。

ノヴァだけではない。他の英雄たちも、よぉくね」


…カリナは、一度。過去に彼女と話し、知っている。少女の、ルーチェの中に存在する人格が、「男」である事を。見た目通りの子供でなく、もっと亡霊じみた存在である事を。


だが、それの詳細は知っていない。

彼女。いいや、彼は、何者なのか?


「…俺はそこの…ルーチェちゃんだったか?…と違って君たちの事は知らないよ。でもそこの子に似た人を知っていた」


その疑念を横から叩くように、ノヴァもまた言葉を答えたのは、カリナへの誠意のつもりか、もしくは自らの懺悔を聞いて欲しかったのか。


そして、ルーチェの正体の如何よりも。ノヴァの返答のそれに、カリナは惹かれてしまった。


「…そう。それだ。それも気になる。ノヴァ。あんたは英雄だったのだろう。ならば、どうしてそこまで身をやつした。何があんたに誇りを捨てさせた?それもまた、『星』とやらのせいなのか?」


「………」


「すまない。答えたくないなら…」


「…いや、話せるよカリナくん。むしろ、話させてほしい。ただどうしても長々しい話になってしまうが…それでもいいかい?」


「ああ…いや、待て、頭の整理をする。

……よし、いいぞ」


くすっ。本人なりに真剣なのだろうが、その間抜けな様子は場の雰囲気を少しだけ安らがせたのは確かだった。どちらかが笑って、カリナはそれにむう、と気を悪くした。そうしてから、落ちぶれた英雄は語り出した。

昔々の英雄譚のことを。


「…昔。スノウ・ホワイトという男がいた。君たちの言う、英雄たちの一人だ。そして…俺の親友だった」


ぴくり、とルーチェが目元を動かした。


「いっつも強引で饒舌で、なんでもかんでも勝手に決めちまうもんだから、俺たちのリーダーを気取っててさ。…俺らはそれが、心地良かった」


英雄譚として、語られる内容。それは子どもすら皆知っているような内容ではあったが、しかし狼には初耳のことであり、故に熱心に聞いていた。


「そのスノウが集めた仲間に、シルヴィアっていう女の子がいたんだ。寡黙だけど、笑顔が可愛くって、綺麗な銀髪で、そして。…そして、スノウと愛し合っていた」


じっと、銀髪の少女を見つめる視線。それはどちらかというよりは、ルーチェ本人というよりかはその顔を通して自分の追憶を眺めていた。君は、その子に似ているのだ、と。

少女はそれに忌々しげに、唾を吐いた。


「……くだらない横恋慕だよ。俺は、その子が好きになってしまったんだ。だけど俺はスノウとシルヴィアを横で見ているだけで、幸せだったんだ。その、筈だった」


話は、続く。


「長い、長い旅をした。最初は五人だった旅も、少し増えて八人になった。それぞれが死にかける事も一度や二度じゃなかった。仲間割れすることもたくさんあった。……だけど、最後は誰も欠けずに、俺たちは天からやってきた敵の親玉をぶっ倒して…旅を終えた」


そうだ。そこまでは、きっとこの世界の人間のほとんどが知っている顛末。そしてそこから先は、彼ら英雄しか知らない事。


「そんな、喜ぶ俺たちに会いに来た奴が居た。

…神を名乗っていて。実際そうだったのかは今ではわからないし、本物でも偽物でも、何も変わらないことではあるが。俺たちはそいつから、とんでもない物を貰ったんだ。それが…」


「『八つ星』か」


「その通り。……『八つ星』は呪いだ。あれは持つ者を不死にし、たった一つなんでも願いを叶える。それが呪いでなく、なんだ。…そう、スノウは言っていた」


「だからスノウは『星』の破壊を望んだんだ。そしてそれが、その、神の逆鱗に触れた。あいつは、そのままそいつと戦って、相打ちに…」


はっ、はっ。カリナは、ノヴァの息が荒くなっていることに気がつく。先にした、怪我のせいだろうか。いいや、きっと違う。もっともっと昔の、心についた古傷が開いたのだ。


「……あいつが負ける筈がなかったんだ。だけど、なのに。ほんの、一瞬だけ。俺は思ってしまったんだ。このまま、あいつが死んでしまえば。なんて」


「……」


「そうすりゃ、シルヴィアが少しでもこちらを見るかもなんてことを。居なくなれば変わるかもしれないなんてことを!ほんの少し、心の奥で、願ってしまったんだ!瞬間に俺の『星』はどす黒く、黒ずんだ!そして、そして、目の前で…!スノウは…!」


「そう。スノウは、そこで死んだ。そして、その死を目の前にしたシルヴィアは狂った。常に死んだ男が横にいる狂気に包まれて正気に戻らなかった。…そうだろう?英雄さま」


末尾の部分を奪って、顛末を語ったのは、つまらなさそうにその話を聞いていたルーチェだった。

恐ろしいほどに機嫌が悪そうに、顔を歪めて。

ごぼごぼと、手にした茶は沸騰していた。


「…ああ、その通りだ。俺は、俺は自らの願いで、手ずから親友を殺して、思い人を狂わせたんだ。みんなに英雄として祀りあげるのもやめてほしかった。英雄だなんてことを、忘れていてほしかった!だって、だって俺は…!」


なるほど。

カリナは、彼の独白でようやくわかった。因縁だとか英雄譚の内容について、とかではなく、英雄の殺し方が。英雄の、殺され方が。


英雄は、『八つ星』で命と思いを薄められて。

その、高潔だった心を殺されたのだ。


「だからこうして乞食みたいな生活を続けて、英雄として生きるのはやめて償いをってわけか。馬鹿馬鹿しい。心底、馬鹿馬鹿しいね」


ルーチェは苛立ちのままに、吐き捨てる。先から様子がおかしい、とは思っていたが、改めて、見るからに機嫌が悪かった。


「それはお前の自己満足だ。自慰行為だ。気持ち悪いし、反吐が出る。全く持って無駄だ」


「…償いとか、そういうのじゃないんだ。もう何も、考えたくない。痛みや苦しみの中なら、ほんの少しでも罪悪感を忘れられたから。意図的な忘却は人には出来ないから。だけどそれももう、必要ない」


「……」


「ルーチェちゃん。きみが、何者かは分からないけれど…なににせよ、俺の『星』を砕いてくれてありがとう。…これで、俺はようやく死ねる」


そう、言って。処刑人に首を差し出すように。彼はそっと跪いて、無防備な頸部を差し出した。


カリナは、そうするかと。ルーチェに目配せをした。手には先に手にしていた短槍を構えて。

だが、少女は動揺したままに目を閉じてなにもしない。

…暫く、そうしてから。口を開いた。



「…『ノヴァ。スノウが死んだのは貴方のせいじゃない。だから、身体を大事に、ね』」


「……え?」


「…シルヴィアが、母が最期に言っていたことだ。伝えて欲しいと言われたからそれだけ伝える。それでも死にたいなら、勝手に首くくれ」


そうして、少女は杖をくるりと拾い上げると、置いていた荷物をカリナに無理矢理持たせ始めた。そうして、苛立ち紛れに机を叩いてから、椅子を蹴りながら立ち上がり、背を向ける。


「…それと。お前は、自分が英雄として名を知られてある筈なのに、こうまで落ちぶれられた事をほんの少しでも疑問に思わなかったのか?普通、英雄とされてる男なんて、どう落ちぶれててもリンチなんてする訳ないだろ」


「……な、なに、を…」


「お前の所有していた『星』が叶えた願いは、さっきお前自身も言ってもいたそれだ。『周囲に英雄としての自分を忘れ去られたい』。そして、星が叶える願いは一つだけ」


『八つ星』だった、小さな黒いかけらを、いつ拾い上げたのだろう。少女はそれをぴんと指で弾いてから、べろりと舌を伸ばしてそれを飲み込む。


「……そのスノウとかいうやつは、てめぇ程度の願いじゃなくて、ちゃんとその神に殺されてたんだよ。だから自惚れるのはやめろ」


「待ってくれ、まっ…君は、なにを…それと、母さんだって?待ってくれ…星の願い…それじゃ、俺、おれは…」


「……行こう、カリナ」


「え?…あ、あ。わかった」


放心する、ノヴァに一瞥もする事はなく。復讐者たちはその場を、後にした。壊れたドアのうるさい音だけが、場を占める。



「……スノウ…スノウ、あっ、ああっ、あああ…」



……



道中、カリナは少女に待たされた大量の荷物を、無言のままにぽいと一瞬上に投げ上げてから足元の影の中にするりと入れた。

それを改めて見て、ルーチェはくく、と笑う。


「んー、やっぱりすこぶる便利だな。お前のその『収納』の能力は」


「にしても容量に限界はある。だから、無駄なものは買わないことだ」


「無駄なものなんて無いよ。僕は、この身体に見合っておしゃれさんじゃなきゃいけないから、全部必要必須品です。ほんとだよ?」


狼の影の中には、様々なものが入っている。それは彼の一族に伝わる魔力の使い方の一つであり、故にこそ愛用しているものだった。

さて、その話もそこそこに。

カリナは話を一つ前に戻す。



「復讐、ではないのか?

あの男を、ノヴァを殺さないでよかったのか」


「…僕が目指すのは、『八つ星』への破壊と復讐。それだけだ。必要ならば英雄を殺すが、必要でないならば…固執は、しない」


「だが殺したいほど憎くはあったんだろう?」


「…ちっ、うるさいな。今回、お前がこうまでちゃんと仕事をしていなかったのなら、ここでお前と契約を解消してたくらいには、うるさい」


「く。…あんたの希望に沿えたか?」


「認めたくないけど百点だよ。運や偶然による所も大きいとは思うけど…にしても、僕の予想を遥かに上回る結果を出してくれた。認めざるを得ないだろう。お前は、僕の相棒に相応しい」


「相棒か。ならば、だ」


ならば、と。そうして、言葉を熟慮するカリナを、少女は眼鏡をかちりと抑えながら待った。今日は、いつになくこの男が饒舌だ。打っても響かないこの男が、こうまで喋るのはやはり高揚からだろうか。


「ならばこれから先。最低限、俺が戦う『英雄』についてを教えろ。…教えれば怖気付くと思ったか?教えれば、殺す事を躊躇すると思うか?」


「…否定はしないよ。正直言って、逃げ出すかとも思ってた」


「なら、今回で考えを改めてくれ。あんたが今回俺を認めてくれたように、俺はあんたの相棒として、横に居るつもりだ。逃げ出したり、放棄したりするものか」


「それが無知からくる蛮勇かもしれなくても?」


「そうだな。俺は何も知らない。だからこそ、教えてくれ。これから殺しに行く英雄のことも。…あんたの事もだ、ルーチェ」


「…ええい、黙れ。知ったような口を利くんじゃないよ駄犬」


バツが悪そうに、悪態をつく姿。畜生扱いはやめろ、と怒っていたであろう言葉に、しかしカリナは今はそう憤慨をしない。その言葉が心からの声では、今はないのだとその耳で、鼻で理解したからだ。


「ま、おいおいだ。

一気に詰め込んでも、聞いててつまらないだろうし」


「そうだな。俺の理解も及ばなそうだ」


その返答は、つまりは教えを乞うその要請を受け入れたということ。互いが互いに、共に横にい続けることを改めて選んだ、ということだった。ひとまずは、それだけでいい、として。狼も頷く。ルーチェの、あんたの正体もひとまずは、いいと。


そうして、二人の復讐者はまた道を歩く。



「……あ〜あ、しっかし!最初からこんな煮え切らない結末だなんて!なんとまあ、幸先の悪いことだ!」


「『八つ星』の一つを破壊できたのだから、むしろ幸先は良いんじゃあないのか?」


「んー…それはそうだけどね。僕としては、もっと、あいつらへの痛快で痛烈な復讐劇を望んでいたというのに。結局、中途半端に星だけ壊して、それだけだもの。まったくもって、煮え切らない」


「まあ、そういうこともあるだろう。復讐を楽しんではいけない、というルールがないように、それが痛快でなくてはならない、という決まりだってないはずだ」


以前、感銘を受けた言葉をそのまま引用するように、返す。狼にとってはそれだけのつもりだったが、ルーチェはそれにまた驚くように彼の顔を見返した。ううん、と唸るように手を顎に当てて。


「…なるほど、それは…確かにそうだな。…お前いつのまにそんなに口が達者になったんだ?」


「さあ。誰かさんのせいだろうな」



カリナは、そう言って少しだけ微笑んだ。



……


『さて、次はどこに行くんだ。この町の次に、どこに向かう?』


「?ああいや、まだ出立しないよ」


『なにっ』


思い切り、次の旅路に出るつもりでいた狼姿のカリナはがくりと、その場で転ぶように体を硬直させる。すっかり、狼の姿にまで変幻しているというのに。


「いやぁ、だってここでまだ一ヶ月程度探して、それでようやく見つける、くらいの予定だったんだもの。それがまあ、お前の優秀なことたら。一日も経たない内に見つけちまった!予定が狂うったらない」


『そ…それは…すまなかった…?』


「ははっ、褒めてるんだよ。ちゃんと照れろよ」


ルーチェはどん、と杖で彼の腹部をつつく。流石にそれは不愉快だったようで、ぐるる、とカリナは不機嫌な唸り声をあげた。

まあ、そうだろうと関係のないことで。

つまり結局。


「もう少しはこの町、カーラディウムでゆっくりしよう。ゆっくり、思い残すことがないようにね」


そういう、ことになった。


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