↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔人と狼は幸福を求めない  作者: 澱粉麺
花の楽園、ミーグメィル
21/26

菜花より、渡したいもの




かちゃ、かちゃ。茶器を動かす音。

両方とも堂に入った動きだ。流石は両名ともに、英雄の名を賜った者たちと言えようか。その内の1人は今や女王だと言うのだから、なおのことだ。


女王である、というのならばその給餌こそは、メイドなどがやるべきことなのだが、その女王はむしろ常にそれをやりたがった。それは周りに任せきりは嫌という優しさ故か、毒を盛られる事への猜疑心故か。

ともかくとして、両人は茶器を傾ける。


男の名前は、ノヴァ・ブラウン。

女王の名前は、リーフィ・グリーン。

二名ともに、『八英雄』と呼ばれる神話の中の人物。そうした冠言葉が似合わぬほどに柔和な顔立ち。男に至っては、その体格さえ除けば埋没してしまうほどに平凡だった。


ふう、と息を吐く。なんという茶葉なのだろう。ぴりとした風味のそれを飲み込みながら、ノヴァはその人懐こそうな目尻をきゅっと窄ませた。


「君は飲まないのかい?リーフィ」


「う〜ん、貴方の要件をちゃんと聞いてからにしようかな、って」


「要件は言った通り、変わらないよ。

ここの地下に囚われてる男がいるはずだ。

そいつを俺に引き渡して欲しい」


「なぜ?」


「俺の恩人なんだ。だから助けたい」


会話が途切れる。

代わりに準備を終えたリーフィが席について、小さい口に傾かせてまだ湯気の立つ茶を飲んだ。

ほう、と官能的な吐息を空に溶かす。



「…あの日以来、初めて逢えたね。ノヴァは、変わらないのね。他のみんなの様子は見たことある?あったら、教えて欲しいの。元気に、してる?」


「すまない、俺も色々あってずっと閉じこもっててさ。元気にしてくれてたらいい、と思うが…

俺も逢ったのは、君が初めてだ。リーフィ」


「そう…残念」


「君は変わったな。あの時からずっと大人びたように見えるし、髪も伸びた。身体も大きくなったし、何より…」



げほっ、げほっ!話の途中でノヴァが激しく咳き込んだ。そうして抑えた掌にべっとりと張り付く、黒と赤色の混じった汚らしい血の塊。


「…ずっと冷酷になった」


すう、と深呼吸をする。

それだけで咳は止まって、そしてそれ以上ノヴァは喀血をすることはなかった。


「……君の噂だけは何度か聞くことがあったよ。最悪の暴君、処刑女帝、傾国の毒花、なんてひどいものばかり。

きっと何かの間違いだと思ってたんだ。君ほど優しい人を知らなかったもの。だから、信じてなかったが…」


ぐい。

残したら、マナーが悪いと。

茶器の中にある液体を全部飲み干す男。そのままカラになったコップを見せながら、げぇっと舌を出した。


「はあ…酷いものを飲ませるじゃないか」


「だって…あなた、正攻法じゃ殺せないじゃない。内側から攻めないとと思って。それでもダメだったみたいだけど」


「そういうことじゃなくってなあ」


「それに、嘘はついてないわ〜?

評判なのよ?死ぬほど美味しい、って」


「…まあ確かに、味は良かったな」


くすくす、と笑うリーフィ。それに困ったような苦笑いを返しながら、後頭部を掻きむしるノヴァ。

そして、ため息をついた。

これから言うことの憂鬱を先払いするように。



「改めて、さ。俺、リーフィにもっかい会えて嬉しかったよ。本当に、心から嬉しかった。それは嘘じゃない」


「うん、ノヴァ。私も嬉しい」


「そして」


ぱりん。

コップを、投げ捨て割れさせる音。

椅子を引いて、静かに立ちあがるその姿からは、既に先までの柔和な雰囲気は無くなっていた。


「……この一杯でよくわかったよ。

あの時の君はもういないんだな」


「ええ。私はリーフィ・グリーン。

貴方が知ってる私であって、貴方が知ってる私ではない。だから貴方のお願いも、聞けない」



「そうか。じゃあ、やろう」


びきびきびき、ぱきぱき。

不気味な音が男の周囲から聞こえる。


英雄たちには、それぞれに対応するように、どうにも適応する魔力があった。この二人の英雄はそれぞれ、なんだったか。女王には、植物と侵食の力。

そしてノヴァには。大地と、狂気の力。



「…『カタストロフィ』」


一言、つぶやいたのは、いつの間にやら手に握られていた男の武器の名前。

それは、手持ちサイズの『砲』だった。

当然、砲など手に持つものではない。だがそれでも、そうだとしか言いようがないのだ。巨大な根元は打ち出した衝撃を耐えるためのもの。その先の空洞は、中にある凶器を打ち出すためのもの。それを、そんなものを、ノヴァは片腕で持って、振り回す。


ひゅん。

まるで、棒切れでも振り回したような軽い音。それほど速く、その質量を振り回したのだ。


だけれどノヴァ・ブラウンの戦闘の本質はそれではない。それらではない。その質量を易々と振り回す怪力でもなければ、砲撃による火力でも。



「…ゴ、ォおおぉ…」



リーフィは、久しく冷や汗を垂らした。

その、かつての友人の姿に。

戦友の恐ろしげな形相に。あの時から、かの過去から全く変わらない、『キレ』た、この男の、様相に。



黒色が彼の全身を、顔をも包み込む。

子供が悪ふざけで、真っ黒のインクを塗りたくったかのようにただ黒く、黒く。腕が、侵食されていく。

顔も黒く黒く、ただ黒くのっぺらぼうに。


ただ唯一、その眼だけが。

赤く爛々と輝いていた。


彼を暗く塗りつぶしたもの。

それは、狂気そのものだ。



『ごああああッ!ァァアァァ!』




「…うん、やろう。ノヴァ」


狂気の咆哮に、女王が手に持った杖を向ける。それと同時に、彼女の周りにあった植物の全てが触腕のように蠢き始めた。


意思のないはずの彼らは全てがこう言っているよう。

『我らの女王を、おまもりするぞ』と。




…


……




ご、がぁん。城が次々と崩れ去る。

全身を黒く染め上げた悪魔のような男は、身体を膨張させながら手を振り抜き、砲を振り回し、その一度につき延長線上のものが全て砕け、ちりになっていく。


地上は、地面はこの悪魔の支配する場所。

一撃が地面を揺るがし、殴られた地面はその怒りを噴出させ、橙色の光となって敵を襲う。否、ノヴァ本人をも襲っているのだ。だがその身体は全てを拒んで、ただ攻撃の全てを受け付けない。


ならばその悪魔と戦うにはどうするか?

女帝は、杖を翻し、全身を植物で纏った。命で纏われた身体は蠢いて、胎動をして躍動をただ一つの目的のためだけに費やす。蔓草も、草花も、花木も、すべてがただ一つの目的のためにその生命を使い果たしていく。


翼を編み上げ、空を飛ぶ。

緑の女王は脈動する生命を身体に纏い、地面を後にした。そうして、中空から悪魔を攻め立てる。手に持った杖もまた、命の脈動によりトライデントにして。


「キャッキャッキャッ!

怖い、怖いわねぇ!そんな本気にならないで!」



空から飛びかかる、巨神の腕じみた蔓の塊。それが、黒く染め上げられたノヴァを飲み込む。

刹那、内側から、それら全てを引き裂き焼き壊す男。砲塔を自らの足元に突き立てて、幾度も爆発させて、自らごと焼き、爆風に巻き込むことにより蔓の塊を、ただの煤の塊に変える。


それと同時に、爆風は彼自身を空に放り出す。空に浮いたままのリーフィを、叩き潰すべく。


『オォォォォォオオォォォ!!』



空に飛び上がる、地の悪魔。

哄笑を上げる、緑の天使。

地は裂け溶岩じみた気を発し、空は命に埋め尽くされる。

それらの姿を見たものは、気が狂うかもしれない。もしくはそれを形容したからこそ、気が狂ったと言われるのかもしれない。英雄たちの戦いはそういうものなのだということは、とうの歴史に忘れ去られているから。


きゅいい、きりきりきり。

カタストロフィと呼ばれた砲塔が形状を変える。きりきりと先端が回転をしながら挟まっていき、放射口の部分が細く、細く狭まり小さな小さな円になる。そしてそこから発射されるものは砲弾ではない。


(…あれは、まずい…)


力の奔流が凝縮され、束ねられ。輝いて放たれた。

光が走り、走ったままに砲が振り回される。凝縮された地の力の塊は、光線に、全てを裂くレーザーとなってそのまま振り回される。そうしてそのまま、空を舞うリーフィの翼を、そしてその胴体をも切り裂いた。


「……ッ!」


…光線は、それだけに留まらない。やたらめたらに、当てずっぽうに、狂ったままに振り回されたそれは城の外壁、地面、全てを切り裂きながら周りの建物を倒壊させながら続く。

城の全てが崩壊するほどにまでそれは続いた。



翼を裂かれ、胴を切り裂かれ、地に落ちた女王は、ほうぼうの体で暴れ回る悪魔から距離を取ろうとする。

しかし、それを逃すはずがなく。


ノヴァはその身体に砲塔、カタストロフィを潰した。

ご、どごぉん。

地が、歪むほどの強さ。

ごぉん。ごぉん、どごぉん。

地が揺れて、立っていられないほどそれを繰り返す。その下敷きになった身体は今やしみすら残らないほど。




「こっち、こっち」


背後。ノヴァの後ろに、人の形にぱきぱきと形成されつつある蔓の塊がそう言葉を発していた。


命の躍動、植物と侵食の力は、蔓草や花木の命を侵食し、乗っ取り。そうして蔓を通して、『そっち』に、リーフィ・グリーンという命を移していた。故に、生きていた。

 

(これが唯一の勝ち筋、唯一のチャンス…)


内心、そう思いながらリーフィはそこで、ようやく。彼女が手にする杖の名前を口にした。



「『思い出の花』」


……彼女のその力の本質は、『戻す』こと。身体を怪我をする前の状態に戻す。植物を枯れる前の姿に戻す。腐食してしまう前の状態に、戻す。記憶の中の淡い思い出を、思い出させるように。その状態に戻すことが、彼女の持つ杖の力だった。


だが思い出とは淡く美しいものだけではない。

身体に染みついた傷。そして、苦痛。

それを思い出させることができたらどうだろうか。その身体中に、最も怪我をした状態に戻させたらどうなるか?

それが彼女の技。そして、力。

『侵食』だった。


少し前、カリナという男に使用した際はその全身が致命傷まみれになり、そのまま殺しかけた。そうだ、歴戦の猛者にこそ、この技は有効に適用される。


それをノヴァに使用した。

あの時。あの日。あの追憶。

英雄たちと呼ばれる前。ただ、彼らが共に旅していた頃。その時に負ったいくつもの傷が回想するように、次々に開いていく。


だが狂気の化身はそれにすら止まらない。


『オオオオオオオオッ!!』


痛みを、傷を、全てを無視をして。杖を突きつけたリーフィという、ただの外敵に向けてその砲塔を再び叩き潰さんとする。


「……やっぱり、この程度じゃあなたは倒せないんだね〜」


だから内側に傷を作る必要があった。

あなたとの友情を踏み躙っても。


「『侵食』」


ごほっ、げぼっ。

悪魔が、口から血を吐き出した。

黒く、赤い血の塊。


「……外傷、傷、全部を再生しても絶対に私は勝てなかった。そうわかっていた。だから…」


「だから私はさっき、毒を飲ませた。

身体の内側を侵して、溶かし殺す猛毒。そしてそれを飲ませても貴方はびくともしないっていうのもよおくわかってるわ。だけど、その苦痛の種類だけは、外傷とは大きく違う」



毒の苦痛を何度も、何度でも、幾たびでも繰り返す。

痛みを、苦しみを、苦痛を。

幾たびでも何度でも、何度でも。


分かってる。

これでも貴方は殺せない。


「だけど、あなたの狂気を、無くすことができる。慣れてない苦痛は、狂気を正気付けちゃうものねえ」


何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も。

その痛みを与える。

狂気を忘れるほどに内側を爛れさせる。

この巻き戻しが続くか否か、これをし続ける力が尽きる前に狂気が祓われるか否か。その、唯一の賭け。



「…それでも私はあなたを倒せない。

だけど、狂気が無くなったあなたは…」


ぼろぼろと、身体にまとわりついていた黒が剥がれていく。黒い悪魔から、ノヴァ・ブラウンに戻っていく。

そして、そうなったとしても膂力は、力は、彼のまま。何も変わらないのだからとカタストロフィを持ち上げる。


だが、もう振り下ろされは、しない。



「………」


「…私を殺すことが、できない」


「………ぐ、うう…!」


膂力も、能力も、そして『英雄』を殺すことができる力も、唯一彼にはある。だけれど、しかし。

それをする心が、足りない。

振り上げたままの腕に、涙がつたう。

なぜこんなことをしなければならないのか、という心の悲鳴をしかし、ノヴァは唯一狂気で染め上げて耐えていたというのに。


追憶の中の友人を、それでも殺せない。

リーフィはそれをこそ信頼していた。

彼が昔のまま、「甘ちゃん」であることを。



「殺すことは、私には出来ない。

そしてだからこそ、あなたも私を殺さない。

お互いがお互いを殺せない。

だからあなたは、役立たずのまま」


「……その通りだ。

俺は、ずっと、役立たずのまま…」


ドス、どす、どす。

ノヴァの体の内側から、木が生えてくる。

否、これは木ではない。

その、内側まで強固に固められたノヴァの身体。それを貫くことができるのは、彼の身体自身。

だからつまり、リーフィの侵食の力は彼の骨の奥に到達して、そうしてからそれを歪に成長させた。そして彼自身の骨が身体の中で育ち回って、彼の臓器を、表皮を突き破って出てきたのだ。


「だから貴方には、貴方自身で死んでもらうの。

それがノヴァ。あなたの最期」



「……げほっ…そうさ、俺は役立たず…」


「…でも、ないかな。

これでも、時間稼ぎができたようだ。

唯一、役に立つことはできたみたいだ…」



「…あら?」


その言葉が表すことは、つまりカリナと呼ばれた男が何者かに逃走を幇助されそのまま逃げおおせた、ということ。そしてそれをわざわざこちらに教えるのは、ノヴァという男の愚鈍ゆえではなく。


「また来るのね。私に逢いに」


「ああ。…傍にはいなかった、人と共に」


「そう。リピーターなんて久しぶりだから、わくわくしちゃうな」


「ああ、楽しみに、してくれ。

その時はきっと君も、こっちに来る事になる」


「……」


「……俺は、安心してるんだ。

あの子が、カリナくんとともに来るのなら…

これで、君も星を砕かれ、て」


「……」


「…りー、ふぃ。きみも…俺と同じ。

星に、呪われたんだ。だから…」


「これで、救われて…」





ぐしゃぁ、ん。

内側から飛び出た骨がノヴァの顔面を貫く。

次第にそれは、英雄の死体、ですら無く。

歪に歪んだ、骨のオブジェになった。


最期の言葉を、どの様な気持ちで聞いたか。

リーフィは、ただ無表情のまま呟いた。



「楽しみにしてるわ」



…


……



英雄を殺せるものは、英雄だけなのだろう。

それは『星』がどうとかを除き、その力故に。

そして、ある英雄は成さずに斃れた。

その意志の弱き故に。


ならば、こそ。

もっともっと、強い意志を持った英雄が必要なのだ。

そう、それこそ。

もっと強い殺意を持つに至ったもの。

必要だからやるという、倫理的なものではない。

もっともっと、感情に身を任せたものが必要なのだ。



…


……




ぐっ。ぱっ。手のひらを開いて、閉じて。それを何度か繰り返して、男はひとまず身体の小康を確認する。

傷こそは、それそのものを献身的に治してくれた存在のおかげで治りはしたのだ。だがその傷によって失ったものは、まだ完全ではない。


特に、その目だ。完全に潰れた目が、どういうからくりで治ったのかはよくわからない。それでも治ったのだからいいではないか、と思い考えることはやめた。しかしその視力はまだ、不完全だ。それが時間の経過と共に戻るものなのか、はたまたこのままなのか。


「どうした?今更怖気付いたか、カリナ」


カリナ、と背から呼ばれた男はそれに振り返る。

正確に言えば、怖気付いてはいる。

それは今から戦わんとする敵への恐怖では無い。自分の相棒として、しばらくを共にした者であるはずの人物の、豹変にだ。


「……まあ、そうだな。

怖いと言えば、怖いかもしれん」


あんたが、怖い。そう言えばなにか厭なことが起こりそうで、ぐむりと言葉を呑み込む。だがその様子すらじっと見つめて、見透かそうとしてくるその少女に、どうにも寒気が立つ。


「……ルーチェ。近い」


「えー?いいじゃないか。久しぶりの再会なんだ、これくらいの距離感は妥当だろ?」


「…たかが数日だろう」


「一日千秋なんて言葉もあるじゃないか」


…ルーチェ。その少女の態度の豹変に、狼は戸惑っていた。未だに視力が戻らないこともあり、本当に目の前にいる少女がそうなのか、いっそ疑わしくあるほど。


「よっぽど、怖がらせてるみたいだな?

でも仕方がないじゃあないか。

僕がやってるのはまあ、つまりだな」


狼になれ、と命じつつルーチェはぐいとその身体に近づいていく。そうして渋々狼姿になったカリナに、少女は顔を埋めた。ぐりぐり、と年相応の少女かのように。


「単純接触効果というべきか、もしくは弱みにつけ込まれてたと云うべきか。これは僕じゃない、お前が悪いと思うんだよ」


『俺が一体、何をしたと…』


「仲間を殺してナイーブになっていた僕に優しい言葉をかけた。この身体になって、最悪の気分だった時に僕の前に現れた。その他諸々さ。幾らでも思い出させてやる」


「何はともあれ、どんな種類かわからないが。

僕はお前が好きだ。それに変わりはない。

それに、ようやく気づいたのは……」



皮肉だな。

お前が、殺されかけたからだよ。

そう、呟いた。



「星を壊すという、目的は確かにある。

だが今から先、リーフィの所に向かうのは違う。

僕はただ、奴が憎いんだ。

お前が好きだ。そしてお前を傷つけた。

だからあいつを殺す。それだけだ」



ああ、なんと根源的で、野蛮だろうか。

英雄成れの果てのその思考には合理性は無い。

そして、故にこそ。


その激情と力は、緑の女王に届き得る。




…


……




……建物が倒壊する中を、生き延びた者がいた。

それは、唯一の生存者。逃げんとする囚人をまんまと取り逃がした、役立たず。女王の近衛という役割すら果たせずに、歩いてきた自らを自死させんと思うほどに恥じいって。


女王に、まみえる。

その顔を見て、罪悪感となにやらに気が狂いそうになる。

あなた、もしかして、主人が間違っていると思っているのではないですか?そう、痴れ者に言われた言葉がどうにも脳に残る。


違う。

彼女は間違えない。彼女は絶対だ。

顔を焼かれ爛れさせられた自らを、家族として受け入れたあの時よりも先、リーフィ様は全て正しくあらねばならない。

ならば不完全なのは、何か。


ティータ。

そのものは、傅いた。

一つの理想のために。


「あなたの命を。

私に植え付けてください」


「……私に、瑣末を考える頭は、もういらない。

貴女を守る、力さえあれば、いい」



「そう。ちょうどよかったわ、ティータ」



…


……




死した英雄。

逃げ出した狼。

行方をくらませた嵐。

力を植え付けられた近衛。

そして、哀れな女帝。


かくしてミーグメィルはひとたび静寂を取り戻す。

それが、再び訪れる災厄の前触れになるまで。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。