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刷新の旅団  作者: 慈架太子


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第9章: 残酷な選別 ―― セシルが選んだ「裏切り」と「自立」

夕闇が迫る森の修練場に、ベルナールの静かな、しかし確信に満ちた指示が飛んだ。


「エルザ、クラリスに『アクセル』と『マッスル』の術理を教えてやってくれ。身体能力の限界を魔力で強引に引き上げる。今の彼女なら、その負荷に耐えられるはずだ」


その言葉に、模擬戦の相手をしていたエルザが、柄にもなく動揺した表情を浮かべてベルナールを振り返った。

「……ベルナール、本気? 『マッスル』で筋繊維を魔力固定して、『アクセル』で神経伝達を過負荷にさせるのよ。それじゃクラリスは制御できずに、ただ無抵抗のまま吹っ飛ぶんじゃ……」


「そんなことはない。彼女はすでに『水の理』を理解している。流れる水のように衝撃を受け流し、器に合わせて形を変える柔軟性を手に入れた。問題ない、やってみろ」


ベルナールの揺るぎない言葉を受け、クラリスは深く息を吐き、自身の内側に意識を向けた。驚くべきことに、エルザとの苛烈な模擬戦を繰り返す中で、彼女は無意識のうちに『魔力吸収』をも完全に習得していた。大気中から枯渇した魔力を引き込み、循環させる。その過程を幾度となく繰り返した結果、彼女の魔力量は訓練開始時の実に千倍という、人外の領域にまで膨れ上がっていたのだ。


「……行くわよ、クラリス! 身体を壊さないように、魔力の流動を止めないで!」


エルザが魔力を共鳴させ、クラリスの魔力回路に『マッスル』と『アクセル』の術式を流し込む。

ドォォォォォン!!

次の瞬間、クラリスの全身から、物理的な暴風を伴うほどの魔力が噴き出した。肉体は鋼鉄以上の硬度を保ちながらも、その動きはもはや肉眼では捉えきれない、文字通りの「加速アクセル」へと至る。


「っ……、これ、が……!」


凄まじい負荷が全身を襲う。普通の剣士であれば、一歩踏み出した瞬間に自らの脚力で自壊していただろう。しかし、クラリスの脳裏には、ベルナールが説いた『水の理』が鮮明に浮かんでいた。激流に抗うのではなく、自らが激流そのものになる。衝撃を一点に留めず、全身、そして大地へと逃がし続ける。


彼女にとって、難解な魔法理論という「座学」よりも、この極限状態での「感覚」の方が遥かに理解しやすかった。


「……見事だ」


ベルナールが呟いた瞬間、クラリスの姿が消えた。

キィィィィィィィン!!

甲高い金属音が響き、エルザが構えていた大槌が、クラリスの神速の一撃によって大きく跳ね上げられた。


「嘘……、私のパワーを……この速度で、いなした……!?」

エルザが驚愕に目を見開く。


クラリスは、静かに大剣を下ろすと、自分の掌を見つめた。かつての自分が必死に守っていた「剣士としての常識」が、ベルナールの導きによって、より高次な「理」へと昇華されたことを確信した。


「ベルナールさん……私、見えた気がします。……これが、あなたの隣に立つための『力』なんですね」


頬を紅潮させ、千倍の魔力を身に纏ったクラリスは、かつてのベテラン冒険者とは別人のような、神々しい武人の美しさを放っていた。


二十四歳のベルナールは、エールの入ったジョッキを掲げ、静かに微笑んだ。

「ああ。君の適応力は想像以上だ。……さて、肉を焼く準備をしよう。刷新された肉体には、相応の栄養が必要だからな」



夕闇がさらに深まる中、ベルナールは訓練の仕上げとして、さらなる「属性の融合」を命じた。


「クラリス、リン、セシル。攻守を交替する。クラリスには全属性の『バレット』の術理を、リンとセシルには『アクセル』と『マッスル』を授ける。……互いの専門外を埋めることで、真の『刷新』は完成する」


ベルナールの声と共に、エルザ、カレン、ミーナの三人が再び動く。今度はクラリスに対し、魔力の収束と射出の極意を、リンとセシルに対しては、後衛職が最も忌避する肉体への直接負荷を叩き込む。


「クラリス、剣を抜け。刃を振るうのではなく、その切っ先に全属性の弾丸を装填しろ」

ベルナールの助言を受け、クラリスは大剣の切っ先を標的に向けた。剣士としての魔力纏いを基盤にしつつ、そこに『ファイアバレット』『ストーンバレット』『ピュリフィケーションバレット』を次々と連結させていく。


「いけるわ……! 斬撃を放つ必要さえない……!」

大剣の先から放たれた全属性の弾丸は、クラリスの膨大な魔力量によって超高密度に圧縮され、標的となった岩山を音もなく消滅させた。剣士でありながら、全距離対応の固定砲台としての力を手に入れた瞬間だった。


一方、後衛であるはずのリンとセシルには、苛烈な身体強化の試練が襲いかかった。

「リン、セシル。魔導師が死ぬのは間合いを詰められた時だ。ならば、詰められる前に自ら詰め、あるいは離れる速度を持て」


エルザの魔力共鳴により、二人の細い肢体に『マッスル』による筋繊維の剛体化と、『アクセル』による神経系の過負荷が流し込まれる。

「ひっ……!? あ、熱い、身体が勝手に……!」

「ベルナールさん、これでは魔法の詠唱が……!」


二人が悲鳴を上げる中、カレンが鋭く叱咤する。

「口で唱えるな、体内の魔力で語れ! 身体が壊れる前に、その衝撃を魔力で逃がすのよ!」


『水の理』と『アクセル』。相反するはずの力が、二人の内側で激しく衝突し、やがて一つに溶けていく。リンの身体は爆発的な加速を得て、森の木々を縫うように超高速で移動し、その軌跡から『ウォーターバレット』を連射する。セシルもまた、神官とは思えぬ身のこなしで宙を舞い、回避不能な死角から『ピュリフィケーションバレット』を叩き込んだ。


「……信じられない。魔法を放ちながら、この速度で動けるなんて」

リンが着地し、荒い息をつきながら自分の脚を見つめる。かつての鈍重な魔導師の姿はどこにもない。そこには、物理と魔法の境界を飛び越えた「戦闘巫女」と「魔導戦士」が誕生していた。


ベルナールは、エールの入ったジョッキを片手に、その完成された光景を見届けた。

「前衛が魔法を極め、後衛が物理を凌駕する。これが俺のパーティーだ」


三人の新メンバーは、全身に漲る全能感と、それをもたらしてくれたベルナールへの狂おしいほどの情熱を胸に、夜の森で静かに、しかし力強く跪いた。



修行の熱気が冷めやらぬ夕暮れ時、ベルナールはエールの樽の横で、新メンバーの三人を呼び寄せた。


「クラリス、リン、セシル。今日の仕上げだ。夕飯の準備を任せたい。ただし、手は使わず、すべて君たちの魔力だけで完結させてくれ」


ベルナールの言葉に、三人は驚きつつも真剣な面持ちで頷いた。

「氷のジョッキを七個、カトラリーを七人分。そして自分たちの寝屋とベッドフレーム、水のマットレス。……これが淀みなくできるようになれば、君たちの『魔力操作』は完全に覚醒し、人外の精密さを手に入れることになる」


まずはリンが動いた。彼女は水魔法の理を研ぎ澄ませ、大気中の水分を一点に凝縮させる。

「……凍れ、形を成せ!」

繊細な指先の動きに合わせ、透明度の高い氷が削り出され、指紋一つない完璧な形の『氷のジョッキ』が七つ、テーブルの上に音もなく並んだ。続いてセシルが土魔法を起動する。

「土よ、不純物を排し、銀の如き輝きを……」

地面から吸い上げられた金属成分が、セシルの緻密な魔力制御によって液状化し、空中で優美な曲線を描くフォークとナイフへと変貌した。七人分のカトラリーが、寸分狂わぬ精度で皿の横に配置されていく。


「次は自分たちの場所だ。クラリス、やってみろ」

ベルナールに促され、クラリスは大剣を背負ったまま、自身の膨大な魔力を大地へと流し込んだ。

「……構築、開始!」

ゴゴゴ、と地響きが鳴り、氷の邸宅の隣に三人のための堅牢な石造りの寝屋がせり上がる。彼女は『マッスル』で強化した精神力を使い、石の表面を磨き上げ、重厚なベッドフレームを三つ、部屋の奥に据え付けた。


仕上げは三人共同の作業だ。水魔法を極限まで圧縮し、表面張力と魔力の膜で固定した『水のマットレス』をフレームの上に設置する。

「……できた。魔力が、指先から糸のように繋がっている感覚……これが『操作』なのね」

リンが額の汗を拭い、達成感に瞳を輝かせた。


ベルナールは、完璧に整えられた食卓と寝室を眺め、満足げに頷いた。

「合格だ。無意識に放つ破壊だけでなく、生活の細部にまで魔力を浸透させる。それができてこそ、真の『刷新』と言える」


夕食の支度が整い、ベルナールがフォレストバイソンの肉を石板で焼き始めると、香ばしい匂いが辺りに漂う。

「さあ、自分たちで作り上げた食卓につけ。今日は君たちの覚醒を祝う宴だ」


氷のジョッキに注がれた黄金色のエール、自分たちで練り上げた銀のカトラリー、そして極上のステーキ。三人は、自分たちの力が「破壊」だけでなく「創造」にも及ぶことを知り、その可能性を与えてくれたベルナールへの敬愛をさらに深めていた。


「ベルナールさん……私たち、一生あなたについていきます」

クラリスの決意に満ちた言葉に、エルザ、カレン、ミーナも微笑みながらエールを煽る。


最強の七人が囲む食卓は、森の静寂の中で、どこまでも暖かく、そして力強く輝いていた。




晩餐の喧騒が落ち着き、焚き火が穏やかな爆ぜる音を立てる頃、ベルナールはいつものように腰を浮かせた。


「さて、明日はいよいよ初陣だ。君たちの新しい力、実戦でどう噛み合うか楽しみにしているよ。……じゃあ、おやすみ」


余計な執着を見せず、風のように自分の建屋へ去っていくベルナール。残された六人の美女たちは、彼が作った極上の「水のマットレス」の感触を楽しみながらも、自然と焚き火の周りに集まり、二晩目の女子会が幕を開けた。


しかし、今夜の空気は昨日とは少し違っていた。水魔法の理を司るミーナが、静かに、しかしどこかアカデミックな熱を帯びた瞳で一同を見渡した。


「皆さん、少し真面目なお話をしてもいいでしょうか。……魔法を扱うにあたって、杖と詠唱は必要だと思いますか?」


あまりに唐突で、かつ魔法界の根底を覆すような問いかけに、五人は一瞬言葉を失った。沈黙を破ったのは、かつて正統な魔導教育を受けた自負のあるリンだった。


「……必要だと思うぜ。俺の師匠も、杖は魔力を収束させる触媒であり、詠唱は精神を固定するくさびだって口を酸っぱくして言ってたからな。それがなきゃ、魔力は霧散しちまう」


リンの言葉は、この世界の魔導師にとっての「絶対的な常識」だった。しかし、ミーナは困ったような、それでいて確信に満ちた微笑みを浮かべて首を振った。


「ベルナールさんから教わった理によれば……杖と詠唱は、百害あって一利無しなのです」


その断言に、場が凍りついた。ミーナは続けた。


「詠唱は、自分の魔力に『型』という制限をかけてしまうかせに過ぎません。言葉を発する間に敵に隙を与え、術式の柔軟性を奪う。そして杖……あれは自分の外側にある道具に魔力操作の責任を押し付けているだけ。本当の操作は、自分の神経と魔力回路だけで完結させるべきなのです」


その言葉に、今日一日の訓練で常識を破壊され続けてきた面々が、次々と頷き始めた。「そうだろうな」とエルザとクラリスが、そして「私もそう思う」とカレンとセシルも同意し、魔法の真理についての熱い議論は一区切りついた。


場が落ち着き、エールの杯が進むと、空気はしっとりとした「恋バナ」へと移り変わっていく。


「……で、実際のところどうなのよ、新入りの三人は」

エルザが意地悪な笑みを浮かべて、クラリス、リン、セシルを順に指差した。

「今日のあの『地獄の刷新』を経て、まだベルナールのことを『仕事上のリーダー』だなんて言い張るつもり?」


その問いに、クラリスが真っ赤になって俯いた。

「……無理よ、あんなの。あんなに厳しく鍛えておきながら、終わった瞬間にあんなに優しい手つきでぬるま湯を用意して、あんなに美味しいサンドウィッチをくれるなんて……反則だわ」


「私も……」と、リンが膝を抱えて呟く。「火魔法を『ゴミ』と言われた時は殺してやろうかと思ったけど、その後に示された水魔法の深淵と、私の可能性を信じてくれたあの瞳を見たら……もう、魔法使いとしてだけじゃなく、女として完敗だぜ」


セシルもまた、胸の前で手を組み、恍惚とした表情で続けた。

「ベルナール様は、神様に頼るしかなかった私を、自分自身を信じる強さへと導いてくださいました。あの方は私にとって、新しい世界の神様も同然です……」


三人のあまりに純粋で猛烈な「恋に落ちた音」を聞いて、エルザ、カレン、ミーナの三人は顔を見合わせ、深いため息をついた。


「……強敵どころじゃないわね、これは」

「アタシたちの独占禁止法、初日で破られたわね」

カレンとミーナの愚痴に、エルザがエールを飲み干して笑う。

「いいじゃない。惚れない方がおかしい男なんだから。明日からの初陣、ベルナールの隣を誰が一番に勝ち取るか……実力で勝負しましょうよ」


深夜の森に、六人の華やかな笑い声が響く。彼女たちの想いは、明日の戦場を焦がすほどの熱気を帯びていた。




眩い朝日が氷の邸宅に差し込む頃、ベルナールはいつものように一番に身を起こし、朝食の準備に取り掛かろうとしていた。しかし、リビングに集まってきた新メンバー三人の姿を一目見た瞬間、彼は思わず手に持っていた食材を落としそうになり、その琥珀色の瞳を見開いた。


「……クラリス、リン、セシル。それは、一体どういうことだ?」


そこに立っていたのは、昨日までの彼女たちとは似て非なる、圧倒的な存在感を放つ美女たちだった。


まず、剣士のクラリスが歩み寄る。かつても鍛え上げられたしなやかな体躯をしていたが、今の彼女は身長が170cmほどにまで伸び、すらりと伸びたカモシカのような足が、歩くたびに力強い美しさを誇示している。何より目を引くのは、劇的に発育した胸の膨らみと、引き締まった腰つきから続く豊かな尻のラインだ。魔力による肉体刷新が、彼女の女性としての魅力を極限まで引き出し、黄金比のごときプロポーションへと変貌させていた。


続いて現れた魔導師のリンと神官のセシルも同様だった。二人とも幼さの残る面影は完全に消え去り、大人の色香を漂わせる抜群のスタイルへと進化を遂げている。薄手の旅装束が今にも弾けそうなほどに豊かな双丘を揺らし、刷新された皮膚は触れずともわかるほどに白く、瑞々しい輝きを放っている。


元々三人とも街で評判の美人ではあったが、今の彼女たちはもはや「美しすぎる」という言葉すら生温い。神話に語られる女神が肉体を持って顕現したかのような、人外の美貌を宿していたのだ。


「ベルナールさん……? どうかしましたか?」

クラリスが少し照れたように、しかし確かな自信を宿した瞳でベルナールを見つめる。彼女たち自身、昨夜の「水のマットレス」での深い眠りと、千倍に膨れ上がった魔力の循環によって、自分たちの肉体が内側から再構築されたことを自覚していた。


「……いや、驚いた。魔力の器を強引に広げた副作用、というにはあまりに劇的な変化だ。身体の重さや感覚に違和感はないか?」


ベルナールが努めて冷静に問いかけると、三人は顔を見合わせ、満足げに微笑んだ。

「いいえ、最高です。今までになく身体が軽く、世界が鮮明に見えます。この身体なら、ベルナールさんの術式をさらに完璧に扱えそうです」


その様子を背後で見ていたエルザ、カレン、ミーナの三人は、昨夜の恋バナでのライバル心を燃やしつつも、新メンバーたちの神々しいまでの変貌に、隠しきれない驚愕を浮かべていた。


「……刷新の効率が良すぎたわね。ベルナールの魔力をあれだけ流し込まれたんだもの、身体が『主』の好みに合わせて作り替えられたのかしら」

エルザが少しだけ悔しそうに、しかし誇らしげに呟く。


二十四歳のベルナールは、動揺を抑えるように一つ息を吐くと、改めて彼女たちを見据えた。

「素晴らしい仕上がりだ。その新しい肉体と魔力、今日の実戦で存分に試させてもらう。……さあ、朝食を済ませたら出発だ」


最強の美女六人を従え、若きリーダーは森の深淵へと、その第一歩を踏み出した。



森の深淵、静寂を切り裂いて現れたのは、高さ5メートルに及ぶ巨躯を誇る20体のロックゴーレムだった。全身が魔力を帯びた硬質の岩盤で構成されたその怪物は、並の冒険者なら一瞥しただけで絶望する絶望的な質量だ。


ベルナールはエールの入った水筒を腰に下げ、一歩下がって冷徹に命じた。


「最終試験だ。クラリス、リン、セシル。3人でパーティーとして機能しろ。敵の性質を見極め、物理と魔法、どちらが有効か、あるいはその組み合わせかを瞬時に判断して屠れ。俺とエルザたちは手を出さん」


「了解よ……! 行くわよ、二人とも!」


刷新された170cmの抜群のプロポーションを躍動させ、クラリスが先陣を切った。千倍に膨れ上がった魔力を大剣に纏わせ、重力加速度を乗せた渾身の一撃を先頭のゴーレムに叩き込む。


ズガァァァァン!!


凄まじい衝撃音が響くが、クラリスの表情が凍りついた。

「なっ……!? 効いてない……!?」

魔力纏いの一撃をもってしても、ロックゴーレムの表面に僅かな亀裂を入れるのが精一杯だった。物理耐性に特化したその岩躯は、単なる打撃ではびくともしない。


「私が焼いてあげるわ! 逃げなさいクラリス!」

リンが指先を突き出し、高密度に圧縮された『ファイアバレット』を連射する。紅蓮の弾丸が次々とゴーレムの胸部に着弾し、激しい炎を巻き上げるが、岩の怪物は燃え盛る炎の中を平然と歩み続けてきた。

「嘘でしょ……火魔法も効かないなんて! 岩が熱を吸収して、逆に硬くなってる……!?」


前衛の斬撃が弾かれ、後衛の火力が無効化される。絶体絶命の光景に、神官のセシルは震え上がり、ぱにっくに陥っていた。

「ああ、どうしましょう……! 攻撃が通じないなんて、神様……ベルナール様……!」


後方で見守るエルザが、不甲斐ない様子に舌打ちしようとするのを、ベルナールが手で制した。


「慌てるな。物理が効かない、火が効かない……ならば次は何を試すべきか、頭を使え。セシル、祈る暇があるなら仲間の足元を見ろ。リン、火がダメなら水の性質を思い出せ。クラリス、お前はただの剣士か? 属性バレットを授けたはずだ」


ベルナールの低く、しかし通る声が、パニック寸前の三人の意識を繋ぎ止める。


「……そうよ。単発がダメなら、理を組み合わせればいいんだわ」

リンが涙を拭い、鋭い視線でゴーレムを見据えた。

「クラリス、セシル! 私に合わせなさい! 水の理でこいつらの『内側』を壊すわよ!」


絶望の淵で、三人の「脳」が急速に回転し始める。ベルナールに叩き込まれた「効率よく敵を屠る」ための真の連携が、今まさに産声を上げようとしていた。



「リン! セシル!」


クラリスの悲鳴が森に響いた。三人が放った『ウォーターバレット』の礫は、強固な魔岩の皮膚に弾かれ、霧散する。水魔法の鋭さをもってしても、物理耐性に特化したロックゴーレムの物量を止めるには至らなかった。


その隙を突かれ、巨躯の一体が丸太のような腕を振り下ろす。

「きゃあああっ!」

回避が遅れたリンの細い体が、凄まじい衝撃と共に森の奥へと殴り飛ばされた。木々をなぎ倒し、地面を転がる彼女の体から、鮮血が舞う。


「リンさん! い、今すぐ……『大いなる光の……慈悲よ……』」

セシルは顔を青ざめさせ、ガチガチと歯を鳴らしながら、忘れていたはずの旧来の詠唱を紡ごうとした。パニックが彼女の思考を数日前に引き戻してしまったのだ。


「馬鹿! 間に合わないわよ!」

クラリスが叫ぶ。ゴーレムの追撃が、倒れたリンの頭上に迫っていた。クラリスは自身の得物を投げ出す勢いで指先を突き出し、ベルナールに叩き込まれた一点集中の術理を爆発させる。


「『ヒールバレット』!!」


放たれたエメラルドの閃光は、セシルの呪文よりも遥かに速く、リンの背中に着弾した。内部から細胞を強制再生させ、砕けた肋骨を繋ぎ止める。間一髪、リンの命の灯火は繋ぎ止められたが、その体は依然として動かず、重体であることに変わりはなかった。


ベルナールは、その惨状を冷徹なまでに見届け、短く、重みのある声を放った。


「試験は中断だ。……エルザ、カレン、ミーナ。救助を。これ以上の被害は許さん」


「了解よ!」

待機していた三人の女神が、爆発的な踏み込みで戦場へと躍り出た。

エルザが大剣の一振りで迫りくるゴーレムの腕を叩き折り、カレンが神速の身のこなしでリンの体を抱え上げる。ミーナはハルバードを旋回させ、後続のゴーレムたちを水の障壁で押し戻した。


ベルナールは、自らの不甲斐なさに震えるクラリスと、詠唱の途中で固まったセシルを射抜くような視線で見据えた。


「セシル。窮地で祈りに逃げるのが君の『刷新』か? クラリス。仲間が倒れて初めてバレットが出るようでは、リーダー失格だ」


厳しい言葉を投げかけながらも、ベルナールはアイテムボックスから最高品質の薬草を取り出し、カレンが運んできたリンの元へと歩み寄った。


「……一度、徹底的に分からせる必要があるようだな。なぜ、俺が『理』に拘るのかを」



ベルナールは一切の指示を出さず、ただ静かに傍観に徹した。その冷徹な視線は、パニックに陥った新メンバー三人ではなく、すでに「理」を体現しているエルザ、カレン、ミーナの動きに向けられていた。


三人はアイコンタクトすら必要とせず、瞬時に最適解を導き出した。


まず動いたのはミーナだった。彼女は土魔法の本質を見抜き、ゴーレムたちの足元の地盤そのものを消失させた。

「沈みなさい。泥濘の底へ」

凄まじい轟音と共に、20体のロックゴーレムを丸ごと飲み込む巨大な大穴が、一瞬にして口を開けた。物理耐性に特化した巨躯が、なす術なく自由落下していく。


逃走を許さない一手を打ったのはカレンだ。彼女は落下するゴーレムたちを囲い込むように、大穴の縁に沿って垂直な岩壁を爆速でせり上げ、完全に「箱」の中に閉じ込めた。

「一匹も逃がさないわよ。そこが貴方たちの墓場よ」


仕上げはエルザだった。彼女は周囲の水分を強引に引き寄せ、数千トンの激流を作り出した。

「『洪水デリュージ』! 全部流し込んであげるわ!」

滝のような奔流が、カレンの作った壁の中へと一気に注ぎ込まれ、大穴を巨大な水瓶へと変えた。ゴーレムたちは水圧に揉まれ、脱出の術を完全に失う。


最後は三人の魔力が一点に結集した。

「「「凍れ!!」」」

絶対零度の冷気が湖面を走り、バキバキと耳を劈く音を立てて、水ごとゴーレム20体を巨大な氷塊の中へと封じ込めた。


物理でも火でもない。地形を変え、属性を組み合わせ、敵を「無力化」する。三人の女神が見せたのは、ベルナールが説く「理」そのものの体現だった。


ベルナールは、エールの樽の横で微動だにせず、氷漬けになったゴーレムの群れを冷淡に見下ろしていた。


「……見たか。彼女たちは俺の指示など待っていない。自分で考え、自分で理を紡いだ結果だ」


ベルナールは、救助され、ようやく息を吹き返したリンと、震えるクラリス、セシルを射抜くような視線で見据えた。


「クラリス。剣を振るうことしか考えていなかったな。リン。火が効かないと分かって思考が止まった。セシル。窮地で過去のゴミ(詠唱)に縋った。……今の君たちは、ただ魔力が多いだけの『ただの人』だ」


厳しい言葉が、三人の胸を深く抉る。170cmの美しく刷新された肉体が、今はその情熱と恥辱に震えている。


「……もう一度だ。次は、自らの意志で理を紡げ。立てるな、リン。死ぬ気で学べ」


ベルナールは、重傷を負ったリンの傷口を『ヒールバレット』で無言のまま塞ぎ、再び地獄のような修行の再開を告げた。



夕闇が森を包み込み、焚き火の爆ぜる音だけが重苦しく響いていた。


今夜の食卓は、昨夜の華やかな喧騒が嘘のように静まり返っている。ベルナールが焼き上げた極上のフォレストバイソンのステーキを前にしても、クラリス、リン、セシルの三人はうつむいたまま、フォークを動かすことさえままならない。


ベルナールはいつものようにエールのジョッキを置くと、感情を読み取らせない穏やかな声で告げた。


「実戦の疲れは、その日のうちに取っておけ。……じゃあ、おやすみ」


余計な慰めも叱咤もせず、彼はさっさと自分の建屋へと引き上げていった。残された六人の間を、夜の冷たい風が吹き抜ける。


沈黙を破ったのは、年長者のクラリスだった。

「……ごめんなさい。リーダーを任されたのに、私はただ突っ込むことしかできなかった。みんなに、あんなにフォローさせて」

続いてセシルも涙を浮かべて声を震わせた。「私も……パニックになって、結局は過去の無意味な詠唱に縋ってしまいました。申し訳ありません」

リンもまた、治療されたばかりの体を強張らせ、拳を握りしめた。「火魔法が効かないと分かった瞬間、思考が止まった。私は……ただの出来損ないだぜ」


三人の悲痛な告白を、エルザ、カレン、ミーナは黙って聞いていた。

エルザは決して甘い言葉で慰めようとはせず、彼女たちの肩にそっと手を置き、重みのある声で労わった。

「……死ななかった。それが今日の唯一の収穫よ。あの土壇場での『ヒールバレット』、あの一瞬の判断だけは、あんたをパーティーの一員として繋ぎ止めたわ。今はその悔しさを、明日への魔力に変えなさい」


続いてミーナが、静かに理を説く。

「皆さん、魔法は『力』ではなく『事象』なのです。ゴーレムを壊すことだけを見ず、周囲の地形、水、空気、すべてを駒として捉えなさい。視野を広く持てば、敵の強固な外殻など、ただの置物に過ぎないことが分かるはずです」


カレンも、普段の軽快さを抑えて自身の過去を口にした。

「武力なんてのは、目的を果たすための手段の一つに過ぎないわ。……いい、聞いて。アタシたちだって、かつてオークキングと対峙した時は、足が震えて戦うこともできずに、ベルナールも含めた四人全員で必死に撤退したことがあるのよ。全員で命からがら逃げ出した、あの時の屈辱と恐怖が、今の私たちを作ったの。……恐怖を知ることは、弱さじゃない。それを知って、どう動くかを決めるのが『刷新』なのよ」


先輩三人の、厳しくも温かい教え。

自分たちが手に入れた170cmの抜群のプロポーションも、千倍の魔力も、それを使いこなす「心」が伴わなければ意味がない。クラリスたちは、先輩たちの言葉を一つ一つ噛み締め、深く、深く頷いた。


「明日こそは……必ず、ベルナールさんの隣で戦える私になってみせる」


彼女たちの瞳に、絶望ではなく、静かな闘志が宿り始めた。女子会は深夜まで続き、三人は互いの欠点を補い合うための「真の連携」を夜通し話し合った。





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