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刷新の旅団  作者: 慈架太子


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第8章: 非情なる宣告 ―― 「死体を引きずって歩くつもりはない」

森の奥深くに鎮座する氷の邸宅へと戻った一行を、清廉な空気が迎えた。ベルナールは新メンバーである三人の資質を正確に見極めるべく、まずはその魔法を披露するよう促した。


「セシル、リン。まずは君たちが培ってきた魔法を見せてほしい。今の到達点を知ることが、刷新への第一歩だ」


ベルナールの静かな言葉に応じ、まずは神官のセシルが前に出た。彼女が祈りを捧げると、柔らかな光が溢れ、訓練用の標的に対して聖属性の法弾が放たれる。続いて魔法使いのリンが詠唱を開始した。

「荒れ狂う火炎よ、我が敵を焼き尽くせ! 『ファイアボール』!」

轟音と共に炎の球が放たれ、標的を包み込む。二十代後半まで研鑽を積んできただけあり、その威力と精度は冒険者として上位に位置する見事なものだった。


「なるほど、基礎はしっかりとできている。だが、それはあくまで『既存の型』だ」


ベルナールはそう言うと、自ら標的に向かって歩み出た。杖も持たず、ただ指先を軽く向ける。

「水魔法の真理は、形態の変化にある。見ておくがいい」


まず放たれたのは『ウォーターバレット』。高圧に圧縮された水球が、鋼鉄の標的を易々と貫通した。続いて放たれた『ボイルバレット』は着弾と同時に沸騰した熱水を飛散させ、周囲の温度を急上昇させる。『アイスバレット』は標的を瞬時に凍結させ、内側から粉砕した。


その一撃一撃の破壊力に、クラリスとリンは息を呑んだ。自分たちが誇ってきた火炎魔法や聖魔法を遥かに凌駕する威力が、本来「攻撃には不向き」とされる水魔法から繰り出されている事実に、二人は恐れおののいた。


だが、最後にベルナールが放った魔法は、彼女たちの想像を絶するものだった。


「これが『スチームバレット』だ。水の質量を、一瞬で気体へと爆発させる」


指先から放たれたのは、一見するとただの小さな霧の弾だった。しかし、それが標的に触れた瞬間――。

ドォォォォォン!!

凄まじい爆発音と共に、巨大な衝撃波が周囲の樹木を揺らした。鋼鉄の標的は跡形もなく消し飛び、爆発の余波で周囲の空気が一瞬にして超高温へと変貌する。


「な……っ、何なのよ、今の……!? 爆発魔法なんて比じゃないわ!」

リンが眼鏡をずらし、膝をついた。クラリスもまた、その「霧の弾」が引き起こした圧倒的な破壊力に、戦慄を隠せない様子で立ち尽くしていた。


「水は氷にもなれば、鋼をも断つ刃にもなり、そして空間を吹き飛ばす爆圧にもなる。君たちがこれまで学んできた魔法の限界を、今日ここで捨てろ」


ベルナールの琥珀色の瞳は、驚愕に震える彼女たちを優しく、しかし厳しく見据えていた。刷新された三人の女神たちは、その光景を誇らしげに見守っている。


「さて、次は君たちの身体だ。魔法だけでは、明日の戦場は生き残れない」


最強の破壊力を目の当たりにしたクラリスたちは、もはや抗う術もなく、ベルナールが示す「未知の高み」へと、その魂を委ねる決意を固めていた。



リンの「ファイアボール」に続き、神官のセシルが静かに前に出た。彼女は法力を練り上げ、長年培ってきた信心と共に、その奥義を紡ぎ出す。


「大いなる光の慈悲よ、不浄を穿つ刃となれ――『ホーリーバレット』!」


彼女の指先から放たれた白銀の光弾は、訓練用の標的に着弾し、眩い飛沫を上げた。不浄を退け、邪悪を討つその威力は、高位の神官に相応しい洗練されたものだった。セシルは少し肩を上下させ、期待と不安の入り混じった瞳をベルナールに向ける。


ベルナールは、その光の残滓をじっと見つめ、静かに首を振った。


「セシル、君の魔力の練り方は見事だ。だが、その『ホーリーバレット』は浄化することに重きを置きすぎて、物理的な『破壊』としての効率が極めて低い。光を拡散させず、全てのエネルギーを殺意へと転換しろ」


ベルナールはそう言うと、セシルが放った聖属性の魔力構造を瞬時に解析し、自らの指先に収束させた。


「聖属性の本質は浄化だけではない。極限まで収束された光は、あらゆる物質を蒸発させる高エネルギーの収束体となる。……見ておくがいい」


ベルナールは火属性に続き、聖属性の理をもその身に刻んだ。指先に灯ったのは、直視することすら憚られるほどの、刺すような純白の極光。


「『ピュリフィケーションバレット』」


放たれた光の一閃は、音も無く空間を切り裂いた。それは標的に触れた瞬間、爆発すら起こさず、巨大な鋼鉄の塊を一瞬で蒸発させ、向こう側の景色を透過させた。熱も、光も、全てが一点に凝縮された「消失」の魔法。


「な……っ!? 聖魔法が……物質を一瞬で消滅させた……?」

セシルは膝をつき、自分の手が震えるのを抑えることができなかった。彼女が信じてきた「慈悲の光」が、ベルナールの手によって、この世で最も効率的な「死の光」へと再構築されたのだ。


先にファイアバレットの洗礼を受けたリンも、この光景に開いた口が塞がらない。火、水、そして聖属性。ベルナールは属性の垣根を軽々と飛び越え、その全てを「至高の破壊」へと昇華させてしまった。


それを見守るエルザ、カレン、ミーナの三人は、驚愕に凍りつく二人を見て、かつての自分たちを思い出すように微笑んでいた。


「絶望する必要はないわ。それがベルナールのやり方。……今までの常識を一度壊さないと、新しい力は入ってこないもの」

エルザの余裕に満ちた言葉が、圧倒されていた二人の耳に届く。


二十四歳のベルナールは、光を消した指先を眺め、静かに告げた。

「属性は手段に過ぎない。大切なのは、いかに効率よく敵を屠るかだ。……さて、火と聖の理は見せた。次は君たちの身体を、この魔法に耐えうる器へと刷新する番だ」


新メンバーの三人は、もはや言葉を失い、ただひたすらに、自分たちを「作り変えてくれる」であろう若き賢者の言葉に深く頷くしかなかった。



魔法の概念を打ち砕かれた二人に、ベルナールはさらなる実演を求めた。


「セシル、次は『ヒール』を見せてくれ。リン、君は土魔法の『ストーンバレット』だ。攻撃、治癒、その両面から君たちの魔力特性を完全に把握する」


ベルナールの指示に従い、まずはセシルが祈りを捧げる。負傷した訓練用の動物に見立てた標的に向け、温かな光が放たれた。それは標準的な神官が使う、穏やかで緩やかな治癒の光だ。続いてリンが鋭く地を蹴り、魔力を練り上げる。

「穿て! 『ストーンバレット』!」

地面からせり上がった岩石が弾丸となり、標的へ撃ち込まれる。確かな質量を伴ったその一撃は、土魔導師としての彼女の練度の高さを物語っていた。


ベルナールは、その両方の術式を琥珀色の瞳でじっと凝視し、瞬時に解体・再構築を終えた。


「……なるほど。どちらも非効率だ。セシル、君のヒールは対象を包み込むように放たれているが、それでは魔力の拡散が激しい。治癒もまた、『狙い撃つ』ものだ」


ベルナールが指先を掲げる。そこに灯ったのは、治癒の光を極限まで圧縮した、鋭いエメラルドグリーンの光弾。


「『ヒールバレット』」


放たれた光の弾丸は、標的を貫くのではなく、着弾した瞬間にその細胞の奥底へ弾けるように浸透した。表面を撫でるような通常のヒールとは違い、内部から爆発的に組織を再生させる「指向性治癒」。そのあまりの速度と効率に、セシルは言葉を失った。


「治癒を……弾丸にするなんて……」


「そしてリン、君の土魔法もだ。土を形作って飛ばすだけでは、ただの石礫いしつぶてに過ぎない。土属性の本質は、高密度な重力と硬度の固定にある」


ベルナールはそのまま、自らの魔力特性に「土」を刻み込んだ。彼が掌をかざすと、大気中の塵と大地の粒子が凝縮され、真っ黒な、金属のような光沢を放つ小石が生成される。


「『ストーンバレット』」


放たれたそれは、リンのものとは比較にならないほどの質量と速度を持って空間を切り裂いた。着弾した鋼鉄の壁は砕け散るのではなく、あまりの硬度と衝撃に「消滅」に近い形で陥没した。土魔法すらも、ベルナールの手にかかれば一撃必殺の凶器へと変貌する。


「水、火、聖、そして土まで……。あなた、本当に人間なの……?」

リンが戦慄に顔を青ざめさせ、膝をつく。彼女たちが一生をかけて磨いてきた個性が、ベルナールの手の中でわずか数秒のうちに「正解」へと上書きされていく。


エルザ、カレン、ミーナの三人は、その光景を慈しむように見守っていた。

「驚くのはそこまでにしておきなさい。……ここからが、本当の『刷新』なんだから」

エルザの言葉が、魔法の常識を失った二人の耳に重く響く。


二十四歳のベルナールは、土の残滓を払い落とし、静かに言い放った。

「これで君たちの特性はすべて解析した。火、土、聖……すべてを弾丸として扱い、効率よく敵を屠る器へと作り変えてやる。……地獄へようこそ」



ベルナールは、解析し終えたばかりの術式の余韻を噛み締めるように、自分の掌を静かに見つめた。


「リン、セシル。……素晴らしい魔法を共有してくれて、本当にありがとう。君たちが長年かけて磨き上げてきた術式に触れ、俺も新たな地平を見ることができた」


ベルナールは二人に深く、かつ丁寧な一礼を送った。二十四歳の青年らしい謙虚さと、先達への確かな敬意。その態度は、決して力に溺れることのない、理知的な大人のものだった。


「君たちの魔法は、それ自体で完成された美しさがある。俺が今から見せるのは、その素晴らしい素材を、俺なりの視点で効率化してみた『一つの可能性』だ。……見ていてほしい」


ベルナールが指先を掲げると、白銀の光を放つ『ホーリーバレット』、慈愛の緑が細胞を射抜く『ヒールバレット』、そして『ピュリフィケーションバレット』が放たれた。直後、リンから学んだ土の理を練り上げ、『ストーンバレット』と『ソイルバレット』を演武するように披露する。


「君たちの基礎があったからこそ、この形に辿り着けた。……さて、休息の準備をさせてもらうよ。街の宿よりは、身体を休められるはずだ」


ベルナールが土魔法を起動すると、氷の邸宅に隣接して新たな建屋がせり上がった。土と石を分子レベルで結合させた堅牢な造りだ。さらに部屋の中には、土魔法で成形したベッドフレームを作り上げ、その上には水魔法の密度を調整した、体圧を分散させる「水のマットレス」を設置した。


「すごい……。ベルナールさん、私たちの魔法を尊重してくれた上で、こんなに短時間でここまで……」

リンが感動に瞳を揺らすと、ベルナールは穏やかに微笑んだ。


「君たちが一生懸命に積み上げてきたものを、俺は無駄にはしたくないんだ。……エルザ、カレン、ミーナ。君たちにも、二人が見せてくれた尊い理を共有しよう」


ベルナールは三人の女神たちに、自らが受け取った火、土、聖の知識を、感謝と共に共鳴させた。


「ええ、ベルナール。二人の想い、確かに受け取ったわ」


エルザが静かに頷き、三人は敬意を込めて、新たな『ファイアバレット』や『ピュリフィケーションバレット』を放っていく。自分たちの魔法が、さらに高次元の力として仲間たちに受け継がれていく光景に、新メンバーの三人は、驚愕を通り越した深い絆を感じていた。


「これ……私たち、本当にとんでもなく素晴らしい場所に導かれたのね」

セシルが涙ぐみながら呟くと、ベルナールは買い出したばかりのエールをグラスに注ぎ、彼女たちに差し出しながら告げた。


「君たちの力が、このパーティーをさらに強くしてくれた。明日からは、その新しい力に耐えられるよう、共に歩んでいこう。……今夜は、そのベッドでゆっくりと休んでくれ」




ベルナールは、買い出しで手に入れた大量の資材と食材を前に、穏やかな手つきで準備を始めた。これまでは効率を重視して「煮る」か「蒸す」という、魔力消費を抑えつつ栄養を損なわない調理法を主としてきたが、今日は新たな仲間の門出を祝う特別な夜だ。


「今日は趣向を変えよう。土の理を得たことで、直火での調理が可能になったからな」


ベルナールが掌を大地に向けると、地面から滑らかな岩肌がせり上がり、重厚なかまどと、平坦に磨き抜かれた巨大な調理用石板が形成された。さらに土魔法を精緻に制御し、七人分の皿とカトラリーを、磁器のような滑らかさで一瞬のうちに作り上げていく。


「椅子も三つ追加し、テーブルを広げるよ。みんな、掛けてくれ」


氷の邸宅のダイニングテーブルが土魔法によって拡張され、クラリスたちの分を含めた七つの席が整った。ベルナールは、アイテムボックスから取り出したばかりの『フォレストバイソン』の最高級肉を、分厚く切り分ける。一人一キロという、常識外れの分厚いステーキ肉だ。


熱せられた石板の上に肉を置くと、ジュッという食欲をそそる芳醇な音が森の静寂に響き渡った。


「火属性の理を知れば、熱の通りを自在に操れる。表面は香ばしく、中は溢れるほどの肉汁を閉じ込めるのがコツだ」


ベルナールは、買い出しで揃えたばかりの岩塩と数種のハーブを絶妙な配合で振りかけ、肉の旨みを極限まで引き出していく。同時に、大鍋では新鮮な根菜をふんだんに使った滋味深いスープが煮立ち、傍らには焼きたての香ばしいパンが山盛りに並べられた。


仕上げに、水魔法で氷を削り出し、キンキンに冷えた氷のジョッキを七つ作り上げる。


「さあ、まずはエールで喉を潤してくれ」


二千樽用意したエールのうち、最初の一樽の栓が抜かれ、氷のジョッキに黄金色の液体が注がれた。


「……信じられない。森の中なのに、王宮の晩餐会より豪華だわ」

クラリスが肉の焼ける香りに目を輝かせ、セシルとリンも、かつて経験したことのない贅沢な光景に心を震わせている。


「君たちの提供してくれた魔法のおかげで、この料理が可能になったんだ。感謝するよ」


ベルナールは、焼き上がったばかりの一キロのステーキをそれぞれの皿に配り、自らも席に着いた。


「さあ、食べよう。明日からの刷新に備えて、しっかりとその身体に栄養を刻み込んでくれ」


七人のグラスが触れ合い、笑い声が氷の邸宅に満ちる。ベルナールが焼いた至高の肉を頬張り、エールを煽る。かつての孤独な弱小冒険者は、今は信頼できる仲間たちと、最高の食卓を囲んでいた。



至福の晩餐が終わり、焚き火の爆ぜる音だけが心地よく響くまったりとした時間が訪れた。一人一キロのステーキとエールで満たされた七人の間に、満ち足りた沈黙が流れる。


ベルナールは空になったジョッキを置くと、椅子を引いて静かに立ち上がった。


「さて、明日は早い。俺は一足先に休ませてもらうよ。建屋とベッドの使い心地が悪ければ明日言ってくれ。調整するから。……じゃあ、おやすみ」


深入りせず、大人の余裕を持って短く告げると、彼は自分の建屋へとさっさと引き上げてしまった。その潔いまでの去り際に、残された六人の視線が吸い寄せられる。


静寂が訪れたのも束の間、新メンバーの三人は、ベルナールの姿が見えなくなった瞬間に一気に「女子」の顔に戻った。


「……ねえ、ちょっと。今の見た? あの去り際のさりげない気遣い……」

クラリスが頬を赤らめ、夢見るような溜息を漏らす。二十八歳の経験豊富な剣士としての顔はどこへやら、そこには完全に恋に落ちた乙女がいた。


「魔法の底知れなさに驚いていたけど、あの穏やかな話し方……。あんなに立て続けに凄いものを見せられた後に、あんなに優しく微笑まれたら、もう無理よ……」

リンもまた、知的な瞳を潤ませ、火照った顔を両手で覆う。セシルにいたっては、胸の前で手を組み、恍惚とした表情でベルナールの去った方向を見つめていた。


そんな三人の様子を、エルザ、カレン、ミーナの三人は、何とも言えない「面白くない顔」で眺めていた。


「……やっぱり、こうなったわね」

エルザがエールの残ったジョッキを手に、不機嫌そうに、しかしどこか悟ったように呟く。


「早すぎるのよ、落ちるのが。アタシたちがどれだけ苦労してあの人の隣を勝ち取ってきたと思ってるの」

カレンが唇を尖らせてエールを煽るが、その表情には怒りよりも諦めが混じっていた。


「でも、仕方ありませんよ。……あんなにカッコよくて、自分たちの魔法を尊重してくれて、その上あんなに美味しいお肉を焼いてくれるんですもの。……惚れない女なんて、この世にいないわ」

ミーナが困ったように眉を下げて溜息をつくと、エルザとカレンも「それはそうね……」と同意せざるを得なかった。


「あ、ねえねえ、エルザさん! ベルナールさんって、普段はどんな感じなの? 好きな食べ物は? お休みの日は何をしてるの!?」


クラリスたちの猛烈な質問攻めにより、エールの樽を囲んだ女子会は第二ラウンドへと突入した。エルザたちは、新入りの「恋敵」たちに内心では火花を散らしつつも、同じ男に魅了された者同士、夜が更けるまでその魅力を語り合わずにはいられなかった。


一方、一人静かな建屋で眠りにつこうとするベルナールは、壁の向こうで繰り広げられる「嵐」のような女子会の熱気に、少しだけ苦笑いを浮かべていた。



鳥のさえずりが森に響く清々しい朝、ベルナールは誰よりも早く起き出し、竈に火を灯した。


まずは土魔法を繊細に操り、六人分の洗面器とうがい用のコップを滑らかな質感で作り上げる。そこに水魔法で生成した清冽な水を注ぎ、火魔法で絶妙な温度まで温めた「ぬるま湯」を用意した。森の中とは思えない、至れり尽くせりの洗面環境だ。


続いて朝食の準備に取り掛かる。昨日の残りのフォレストバイソンを、薄切りにして手際よく炒めていく。その傍らで、七人分の目玉焼きを次々と焼き上げた。昨日買い込んだばかりの焼きたてパンをサンド用にカットし、シャキシャキとした葉物野菜を敷いて、肉、玉子、野菜を層にする。味の決め手は、昨日手に入れたばかりの香草を効かせた岩塩だ。


「……おはよう。お湯を用意しておいた。顔を洗ってから、朝食にしてくれ」


起きてきたクラリス、リン、セシルの三人は、目の前の光景に言葉を失い、文字通り度肝を抜かれた。

「何なの……このお湯の温度。それにこのパンの香り……。昨日の最高級宿より、体調が良いのはどうして?」


クラリスが顔を洗いながら、温かな湯の心地よさに思わず吐息を漏らす。リンとセシルも、ベルナールが作った完璧なサンドウィッチを一口頬張り、そのあまりの旨さに脳が震えるような感覚に陥っていた。


「わかったわ……。場所じゃない。ベルナールさんがいるかいないか、それだけなんだわ……」

リンが震える声で呟いた。


彼女たちは確信した。昨日までは「憧れの強い冒険者」だと思っていた。しかし、この至れり尽くせりの環境、自分たちの魔法への深い理解、そして何よりこの包容力。この男を得られるか否かで、今後の人生の豊かさが天と地ほどに変わる。

(この人を離したら、私の人生は詰む……!)

三人の脳裏に、同じ強烈な結末が浮かんでいた。


一方、エルザ、カレン、ミーナの三人も合流したが、彼女たちの目には「決意」の光が宿っていた。新メンバーの三人が、もはや隠しきれないほどの熱い視線をベルナールに送っていることに気づいたからだ。


「おはよう、ベルナール。今日も最高に美味しいわ」

エルザがわざとらしくベルナールの隣に座り、所有権を主張するように微笑む。カレンとミーナも、負けじと彼への献身的な態度を見せつけ、朝食の席は早くも「恋する乙女バトル」の火花が飛び散る戦場と化していた。


二十四歳のベルナールは、六人の間に流れる不穏かつ熱烈な空気を感じ取りながらも、表情を変えずに自分のサンドウィッチを飲み込んだ。


「食後の片付けが終わったら、すぐに『刷新』を始める。……昨日見せたあの魔法を、今日中に君たちの身体に刻み込むぞ」


恋の火花と、修行への緊張感。最強の七人の一日は、爆発的なエネルギーと共に幕を開けた。




朝食の片付けを終えると、森の空気は一変した。ベルナールは、新メンバーである三人の前に立ち、その琥珀色の瞳に真剣な光を宿した。


「まずは、これまでの『魔法を使う』という常識を捨てろ。魔力は、絞り出すものではなく、世界と自分を繋ぐ循環そのものだ」


ベルナールの指導の下、クラリス、リン、セシルの三人は、まず『魔力感知』と『魔力操作』を徹底的に叩き込まれた。ベルナールが彼女たちの背に手を当て、直接その魔力回路に自身の高密度な魔力を流し込む。

「……っ!? 熱い、何これ……身体の中を何かが駆け巡ってる!」

クラリスが悲鳴に近い声を上げるが、ベルナールは手を離さない。

「それが魔力だ。その奔流を、指先ではなく、全身の細胞一つ一つに染み渡らせろ」


剣士であるクラリスには、その魔力を武器に纏わせる特殊な術理が授けられた。

「剣はただの鉄塊じゃない。君の魔力を通し、属性を固定するための『触媒』だ。火を纏えば爆ぜ、土を纏えばあらゆる装甲を粉砕する。やってみろ」

クラリスが集中し、剣に魔力を流し込む。すると、ただの鋼の剣が、ベルナールの魔力共鳴を受けて神々しいまでの光を放ち、一振りで大気を切り裂く衝撃波を生み出した。


一方、リンとセシルには、さらに過酷な試練が与えられた。

「リン、セシル。君たちは、今持っている魔力をすべて、この標的に叩き込め。一滴も残さず、意識が遠のくほどに空っぽにするんだ」


二人はベルナールの言葉に従い、死に物狂いで『ファイアバレット』や『ピュリフィケーションバレット』を連射し続けた。やがて、彼女たちの顔から血の気が引き、膝が震え、最後には魔力が完全に底をつく「魔力枯渇」の瞬間が訪れた。


視界が暗転し、立っていることすらままならない絶望的な倦怠感。しかし、その刹那だった。

「今だ。身体を空っぽの器だと考えろ。世界に満ちる魔力を、毛穴から吸い上げるイメージだ」


ベルナールの声に導かれ、二人は驚くべき光景を目の当たりにした。空っぽになったはずの自分たちの内側に、森の大気から、大地から、まるで濁流のように純粋な魔力が流れ込んできたのだ。


「これ……が……『魔力吸収』……?」

リンが震える声で呟く。一度枯渇したことで、彼女たちの魔力回路は強引に拡張され、外の世界から魔力を取り込むための「門」が開かれたのだ。


「一度の充填で満足するな。再度満たされたら、またすぐに消費しろ。それを繰り返すことで、君たちの魔力の器は、元の数倍、数十倍へと膨れ上がる」


ベルナールの容赦ない指示に、二人は何度も魔力を使い果たし、その度に世界から魔力を奪い取るように吸収した。繰り返される極限の循環。そのたびに、彼女たちの肌は艶を増し、瞳には人ならざる者の輝きが宿っていく。


それを見守るエルザ、カレン、ミーナの三人は、自分たちが通ってきた「地獄」を懐かしむように、しかしライバルたちの急成長に気を引き締めながら見つめていた。


「すごいわ……。あの二人、たった数時間で魔力量が倍以上に跳ね上がっている……」

エルザが呟くと、ベルナールは静かに頷いた。


「これが『刷新』の第一歩だ。器を広げ、理を知る。……さて、次は広げた器に、俺の術式を直接刻み込むぞ。覚悟はいいな?」


三人の美女たちは、ふらつきながらも力強く頷いた。この地獄の先に、ベルナールと同じ景色が見えるのだと信じて。



森の修練場には、朝の柔らかな光を切り裂くような金属音が響き渡り始めた。ベルナールは腕を組み、静かに六人の配置を決めていく。


「エルザ、クラリスの補佐についてやってくれ。近接戦闘の極意を叩き込むんだ。ミーナはリンとセシルに水魔法の理をすべて教えてやってくれ。カレン、お前は二人の手伝いと魔力循環の補助を頼む」


ベルナールの指示が飛ぶや否や、エルザが不敵な笑みを浮かべてクラリスの前に立った。

「さあ、クラリス。ベルナールの隣に立つなら、その程度の剣筋じゃお話にならないわよ」


エルザは自身の『アイテムボックス』から、まずは巨大なハルバードを無造作に取り出した。

「行くわよ!」

剛腕から繰り出される一撃は、空気を爆ぜさせるほどの質量を持っていた。クラリスは大剣で受け止めるが、その衝撃に足が地面にめり込む。


「次よ!」

エルザはハルバードを消すと、間髪入れずにグレイブ、そして鋭い長槍へと得物を変え、次から次へと重量武器を繰り出していく。クラリスの魔力を纏わせた大剣は、エルザの圧倒的な筋力と魔力密度に押し負け、数度、甲高い音を立ててその手から弾き飛ばされた。


「……っ、何て重さなの……! 武器を替えるたびに、重心も間合いも完璧に変わるなんて!」

クラリスは荒い息をつきながら、飛ばされた大剣を必死に拾い上げる。二十八歳のベテラン剣士としてのプライドが、年下のエルザの圧倒的な武勇の前に粉々に砕かれていく。しかし、その瞳には諦めではなく、ベルナールの隣に相応しい強さを手に入れたいという執念が宿っていた。


一方、その傍らではミーナがリンとセシルに向き合っていた。

「魔法は放つだけではありません。水は形を変え、すべてを包み込み、そして鋭く貫くものです。私たちのあるじであるベルナールさんが見せたあの『理』、その根源を教えます」


ミーナが優しく、しかし厳格に水魔法の極意を伝授していく。カレンはその横で、二人が魔力を枯渇させないよう、適切なタイミングで魔力循環の補助を行い、吸収の効率を最大化させていく。


「リンさん、セシルさん。魔力をもっと細く、鋭く研ぎ澄ませて。水は、一点に集中すれば鋼をも容易く断ち切るんです」

ミーナの指導を受け、二人は『ウォーターバレット』のさらなる高みを目指し、何度も何度も魔力を絞り出した。


ベルナールは、その光景を静かに見守っていた。

エルザに何度も武器を弾き飛ばされ、泥に塗れながらも立ち上がるクラリス。

ミーナとカレンの指導の下、魔法の真理に触れ、その美貌をさらに神々しく輝かせていくリンとセシル。


「いい傾向だ。己の弱さを知ることが、真の刷新への近道だからな」


ベルナールは、買い出したばかりのエールを一口飲み、彼女たちの限界を超えた成長を確信していた。



エルザの猛攻が続く中、泥に塗れながら立ち上がったクラリスの瞳から、迷いが消えた。彼女はこれまで、重い武器の衝撃を力で抑え込もうとしていた。だが、その限界を悟った彼女は、構えを解き、全身を巡る『魔力纏い』の理に全てを委ねた。


エルザが振り下ろす巨大なメイスが迫る。しかし、クラリスはそれを避けるでも受けるでもなく、最小限の動きでその軌道を「滑らせた」。魔力を纏った皮膚と大剣の表面が、物理的な衝突を無効化するほど高密度な斥力を生み出している。


「……当たらないわね」

エルザは次々と武器を切り替え、全方位から連撃を叩き込んだ。だが、クラリスは柳のようにしなり、全ての必殺の一撃を紙一重で受け流していく。その挙動を確認したエルザは、満足げにベルナールへ向き直った。


「ベルナール、見て。クラリス、完全に『理』を掴んだわよ。私の攻撃がこれっぽっちも掠らなくなったわ」

エルザの報告に、ベルナールは静かに頷いた。「いい集中だ、クラリス。力で抗うのではなく、世界の一部として魔力を流す。それができて初めて、俺の隣に立つ資格がある」


一方、その傍らではセシルとミーナが真剣な面持ちで言葉を交わしていた。

「ミーナさん、教えてください。私が今まで行ってきた、欠損すら繋ぎ合わせる聖属性の『ヒール』と、ベルナールさんの『ウォーターヒール』……その決定的な違いはどこにあるのでしょうか」


ミーナはセシルの手を優しく取り、敬意を込めて答えた。

「セシルさん、あなたの聖魔法は神聖な力で失われた部位をも再生させる、至高の奇跡です。それは疑いようもありません。ただ、ベルナールさんの『ウォーターヒール』は、水魔法の特性を使い、細胞の一つ一つに直接魔力を浸透させ、強制的に代謝を活性化させる手法なのです。奇跡を待つのではなく、自らの意志で肉体を内側から『組み替える』……治癒というよりは、戦い続けるための肉体強化に近いものかもしれません」


セシルはその説明に、自らが守ってきた慈愛の魔法とは異なる、合理的で力強い「生存の理」を感じ取り、深く感銘を受けていた。


そして、リンは自ら放った『ウォーターバレット』が標的を塵も残さず貫通した光景を前に、膝をついて涙を流していた。

「信じられない……。火こそが最強の攻撃魔法だと思っていた。でも、水はこんなに冷徹で、完璧な破壊をもたらす……。私は、どうして『ファイアボール』という一つの型だけに拘って、その先にある可能性を見ようとしなかったのかしら」


リンの頬を伝う涙は、狭かった自分の視野に対する悔しさと、新たな力への感動だった。水は蒸気となれば爆ぜ、氷となれば全てを凍てつかせ、超高圧となれば鋼すらも紙のように切り裂く。その無限の可能性を理解した彼女は、ベルナールへの底知れぬ敬畏を抱き直していた。


セシルもまた、リンの言葉に深く同意するように頷いた。

「私たち、今まで知っているつもりで、何も見えていなかったのですね……。本当の魔法の深淵が、これほどまでに広いとは」


二十四歳のベルナールは、エールの樽の横で静かに彼女たちの覚醒を見守っていた。

「拘ることは悪いことじゃない、リン。一つの属性を極めようとした君だからこそ、この変化の重みがわかるんだ。……さて、理を理解したのなら、次はそれを身体に定着させる。今夜もまた、一キロの肉を食べて英気を養ってもらうぞ」


六人の美女たちは、互いの魔法への敬意を深めながら、夕暮れに染まる森の中で、かつてないほど神々しい輝きを放っていた。


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