第4章: 空を覆う死の羽音 ―― 300体のキラービーと聖女の覚醒
特訓開始からさらに数日が経過し、森の深部にある訓練場は、もはや地形が変わるほどの凄まじい魔力の奔流にさらされていた。
ベルナールが指先を軽く振る。それだけで、空中に展開された不可視の水の刃『ウォーターカッター』が、標的としていたオークジェネラルの強靭な死体を一瞬でバラバラの肉塊へと変えた。かつては渾身の魔力剣でも一撃では断ち切れなかった上位種の肉体が、今や紙細工のようにスパスパと切断されていく。
「切断の精度は申し分ない。次は……貫通だ」
ベルナールは右手の指を銃口のように突き出した。指先に凝縮されたのは、極限まで加圧され、超高回転を帯びた一点の水の針。放たれた『ウォーターバレット』は、空気を切り裂く音さえ置き去りにし、前方にある巨大な岩石を、爆発音すら立てずに静かに撃ち抜いた。岩の表から裏まで、寸分狂わぬ一直線の穴が穿たれている。
「衝撃で壊すんじゃない。『削り抜く』感覚……これならあの鎧も通るはずだ」
ベルナールの進化に呼応するように、エルザとカレンもまた、常人の域を完全に脱していた。
重戦士のエルザは、大剣に濃密な魔力を定着させる『魔力剣』を完全に掌中に収めていた。彼女が剣を振るえば、物理的な刃が届く前に魔力の余波が空間を裂く。さらに、戦闘中に絶え間なく周囲の魔力を取り込む『魔力吸収』にも覚醒したことで、彼女の重厚な一撃は、放てば放つほどその威力を増していくという矛盾した強さを手に入れた。
カレンの成長も凄まじい。彼女の放つ『魔力弾』は、隠密用の小石のような礫から、着弾時に爆発的な推進力を生む特殊弾まで多岐にわたる。魔力吸収を覚醒させた彼女は、森の影に潜みながら無尽蔵に弾丸を生成し、敵に反撃の隙を与えない。
そして、最も劇的な変化を遂げたのはミーナだった。
連日の「魔力枯渇特訓」に耐え抜いた彼女の魔力回路は、以前とは比較にならないほど強固で太いものへと作り替えられていた。かつては数発で息を切らしていた大魔法を何度放とうとも、彼女の表情に陰りはない。ベルナールの助言通り、器を一度空にし、周囲から強制的に魔力を補填し続ける感覚を掴んだ彼女は、もはや戦場において魔力枯渇を起こすことのない「歩く魔力源」へと成長していた。
「……準備は整ったな」
ベルナールは、完璧に仕上がった三人の顔ぶれを見渡した。
無尽蔵の魔力、鉄壁の守護、神出鬼没の狙撃、そして万物を穿つ水の弾丸。一週間前には命からがら逃げ出すしかなかった相手だが、今の彼らにとって、あのオークキングはもはや「壁」ですらなかった。
「行くぞ。あの豚の王に、本当の絶望を教えてやる」
ベルナールの不敵な号令と共に、四人は迷いのない足取りで森の最深部へと向かった。その背中からは、もはやただの冒険者パーティーとは思えない、一国の軍隊にも匹敵するような圧倒的な覇気が立ち上っていた。
あの日、屈辱と共に撤退した因縁の広場。ベルナールたち四人が再びその地に足を踏み入れた時、そこには前回を遥かに凌ぐ、百体近いオークの軍勢がひしめき合っていた。中心には、変わらぬ威容で君臨するオークキング。そしてその周囲を、十数体のオークジェネラルが固めている。
「……来たわね。準備はいい?」
エルザが静かに大剣を引き抜く。その刃には、以前とは比較にならないほど濃密な青白い魔力の炎が渦巻いていた。
「ああ。派手に暴れてやれ」
ベルナールの合図と共に、新生パーティーの蹂躙が始まった。
先陣を切ったのはエルザとカレンだ。エルザが魔力を纏わせた大剣を一閃させると、物理的な間合いの外にいた五体のオークが、真空の刃によって一瞬で両断された。かつての「重戦士」の動きではない。魔力吸収によって常に身体能力を底上げされた彼女は、重戦車のような突進力で敵陣を食い破っていく。
「遅いわよ!」
カレンは影を駆けるように戦場を舞い、指先から無数の『魔力弾』を乱射した。一発一発が以前の数倍の密度を持ち、オークたちの頭部を正確に、かつ容易く撃ち抜いていく。二人の周囲では、オークたちが悲鳴を上げる暇もなく、文字通り「瞬殺」されていった。
一方、ミーナの変貌も凄まじかった。
「逃がさない……『ウォーターカッター』!」
彼女の杖から放たれた水の刃は、ベルナールとの特訓を経て、不可視に近い鋭利な糸へと進化していた。通常のオークより遥かに強靭なはずのオークジェネラルたちが、その鎧ごとスパスパと、まるで熱したナイフでバターを切るように細切れにされていく。魔力枯渇を知らぬ彼女は、絶え間なくその死の旋風を戦場に撒き散らした。
「さて……。俺たちの番だな、ブタの王様」
雑兵を仲間に任せ、ベルナールはオークキングの正面へと歩み出た。キングは怒りに目を血走らせ、再生した右腕で巨大な戦鎚を振り上げる。
「グオォォォォォォッ!!」
咆哮と共に放たれた一撃。地面が爆ぜるほどの衝撃が広場を襲うが、ベルナールはそれを紙一重でかわし、冷徹な瞳で王を捉えた。
「その鎧、今度は通用しないぞ」
ベルナールは指先を突き出す。以前は弾かれた魔力弾ではない。極限まで加圧され、ドリル以上の超高回転を伴った『ウォーターバレット』が、白銀の閃光となって放たれた。
シュンッ――!
という鋭い音が響く。オークキングが誇る漆黒の鎧に、小さな、しかし決定的な穴が穿たれた。衝撃で壊すのではなく、分子レベルで「削り抜く」一撃。弾丸は鎧を貫通し、王の肩肉を深く抉り取った。
「グガッ……!?」
驚愕に顔を歪めるオークキング。ベルナールは止まらない。無尽蔵の魔力を背景に、二発、三発と、鎧の急所を狙い撃つ。再生が追いつかぬほどの速度で、王の身体に穴が開いていく。
「さあ、リベンジの続きといこうか」
二十四歳のベルナールは、絶対的な自信を湛えた笑みを浮かべ、大剣を抜かぬまま、指先から死の旋風を解き放った。広場に響くのは、王の悲鳴と、全てを穿つ水の唸り声だけだった。
オークキングの咆哮が、森の空気を激しく震わせた。肩を深く穿ったはずの傷口から、ドロドロとした緑色の魔力が溢れ出す。それは不気味な脈動を繰り返し、肉を盛り上げ、皮を繋ぎ、一瞬にして傷を無かったことにした。
「グガァァァァァッ!!」
王は己の優位を誇示するように足を踏み鳴らすと、地響きを立てて突進してきた。その巨躯からは想像もつかない瞬発力。手にした巨大な戦鎚が、ベルナールの頭上から空気を押し潰すような圧力で振り下ろされる。
だが、ベルナールの瞳に揺らぎはなかった。
「……再生すれば勝てるとでも思ったか?」
ベルナールは最小限の動きで戦鎚をかわし、オークキングの懐へと滑り込んだ。至近距離。王の醜悪な顔が目の前にある。ベルナールは右手の指先を、迷いなく王の眉間へと突き出した。
「貫け。『ウォーターバレット』」
放たれたのは、極限まで圧縮され、超高回転を伴った一点の針。それは衝撃波すら置き去りにする静かなる死の閃光だった。
パァン! という乾いた音。オークキングの硬い頭蓋も、魔力を帯びた皮膚も、その一撃の前では存在しないも同然だった。白銀の弾丸は眉間の中心を正確に穿ち、脳を破壊し、後頭部の兜ごと突き抜けて背後の巨岩まで粉砕した。
「ガ、ハ……っ……」
オークキングの動きが、糸の切れた人形のように止まった。脳を破壊されては、自慢の再生魔法も発動の起点となる意識を維持できない。巨体が前のめりに崩れようとする、そのわずかな停滞。
ベルナールは止まらなかった。流れるような動作で左手を水平に一閃させる。
「終わりだ。……『ウォーターカッター』」
指先から放たれた極細の水の刃が、オークキングの首筋を撫でた。鋼をも容易く断ち切る超高速回転の刃は、漆黒の重鎧の合わせ目を通り抜け、強靭な首の骨を豆腐のように切り裂いた。
ドォォォォン!!
広場に、かつてないほど大きな衝撃が走った。王の首が宙を舞い、頭部を失った山のような巨体が、凄まじい血飛沫を上げながら地面に倒れ伏す。広場を埋め尽くしていたオークの雑兵たちが、主の死を目の当たりにして絶望の叫びを上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めた。
ベルナールは、ゆっくりと立ち上がる煙の中で、静かに右手を下ろした。
無尽蔵の魔力に支えられた一撃。再生すら許さぬ、完璧な断罪。
「ハァ……。これで、借りは返したぞ」
かつては逃げ出すことしかできなかった強敵の骸を見下ろし、ベルナールは深く息を吐いた。背後では、エルザ、カレン、ミーナの三人が、返り血を浴びながらも晴れやかな表情で彼を見つめている。
ベルナールは『アイテムボックス』を起動し、オークキングの巨体と、その傍らに落ちた巨大な戦鎚を虚空へと吸い込ませた。この王の魔石は、一体どれほどの価値があるのか。そして、この勝利を経て、自分たちのパーティーはどれほどの高みに登り詰めるのか。
二十四歳のベルナールは、愛剣を一度も抜くことなく終わったその戦場で、さらなる強敵を求めて森の奥へと視線を向けた。彼らの伝説は、まだ始まったばかりだった。
逃走を図ったオークの残党たちに、慈悲はなかった。エルザの大剣が空を裂き、カレンの魔力弾が背後を突き、ミーナの水の刃が森の闇ごと敵を切り刻む。蹂躙という言葉すら生ぬるいほど、三人の追撃は正確かつ苛烈だった。わずか数分のうちに、広場周辺を埋め尽くしていた百体近いオークは一匹残らず物言わぬ肉塊へと変わった。
全ての戦いが終わり、静寂が戻った森の中で、ベルナールは戦利品を回収しようとして、ふと足を止めた。そして、そのまま目を見開いて硬直した。
「……お前たち、それは……どうしたんだ?」
月明かりの下、返り血を拭いながら歩み寄ってくる三人の姿が、戦う前とは明らかに、劇的に異なっていた。
まず、目に見えて背が伸びている。リーダーのエルザは、ベルナールの視線とさほど変わらないほどの長身となり、モデルのような凛とした佇まいに磨きがかかっていた。さらに、その重装鎧を押し返さんばかりに、胸の膨らみが圧倒的な質量を持って主張し、引き締まった腰回りから続く尻のラインは、以前とは比較にならないほど豊潤で官能的なカーブを描いている。
それは、カレンとミーナも同様だった。
カレンの軽装鎧は、発達した胸部の発育に耐えきれず、今にも弾け飛ばんばかりに張り詰めている。スカウトらしい機敏さを残しつつも、女性らしい柔らかさが強調された肢体は、見る者を惑わせるような色気を放っていた。
最年少だったミーナにいたっては、あどけなさが消え失せ、大人の女性への変貌が最も顕著だった。ゆったりとした法衣の上からでもはっきりと分かるほどに胸元は厚みを増し、歩くたびにしなやかに揺れる。
「え? ……あ、本当だ。服が、すごくきつい……」
エルザが自分の胸元を隠すように腕を組み、頬を赤らめる。
三人の顔立ちもまた、美しさが極限まで研ぎ澄まされていた。肌は陶器のように滑らかに輝き、瞳には魔力の恩恵を受けた深い知性が宿っている。もともと美人揃いのパーティーだったが、今の彼女たちは、地上に降り立った女神か精霊かと見紛うほどの神々しい美貌を手に入れていた。
「魔力枯渇と再生を繰り返したせいか……。魔力の質が変わって、肉体そのものが再構築されたんだな」
ベルナールは直感した。無尽蔵の魔力を受け取り、それを限界まで使い切るという過酷な修練が、彼女たちの遺伝子レベルのポテンシャルを強制的に引き出し、理想的なプロポーションへと刷新させたのだ。
「ベルナールさん……そんなに見つめられると、恥ずかしいよ」
ミーナが上目遣いに彼を見つめる。刷新された彼女たちの美しさは、戦い抜いた強さと相まって、ベルナールの心臓を強く打ち鳴らさせた。
「……いや、悪かった。……綺麗になったな、三人とも」
ベルナールが正直な感想を漏らすと、エルザは凛々しく、カレンは不敵に、ミーナは愛らしく微笑んだ。圧倒的な力と、至高の美。死線を越えた四人は、最強の力に相応しい「至宝」のようなパーティーへと進化を遂げていた。
ベルナールは意識を切り替えるように首を振ると、オークキングの巨体と周囲の素材を次々とアイテムボックスへ収めていった。これほどの美女三人を連れて街へ戻れば、ギルドどころか国中が騒ぎ出すに違いない。彼は確かな充実感と共に、新生した仲間たちを促して森を後にした。
オークキングの巨体を横目に、ベルナールは広場に転がる数多のオークジェネラルの残骸を指差した。
「よし、こいつらを使って解体の実習だ。ミーナ、エルザとカレンにコツを教えてやってくれ」
ベルナールの提案に、三人は刷新されたばかりのしなやかな肢体を躍らせて、獲物の前に跪いた。まずはミーナが手本を見せる。魔力の密度を上げ、刃を極限まで薄くする術式を、言葉と魔力の波動で二人に伝えていく。
「いい? 力を入れすぎちゃダメ。表面をなぞるんじゃなくて、肉と皮の『境界』に魔力を流し込むイメージだよ」
魔力吸収に覚醒し、ベルナールとの過酷な特訓を耐え抜いたエルザとカレンにとって、その感覚を掴むのは一瞬だった。もともと魔力操作の素養が爆発的に高まっていた二人は、数回深呼吸をしただけで、ミーナが教えた術式の本質を理解した。
エルザが指先を立てる。本来なら重厚な詠唱を要するはずの水魔法を、彼女は呼吸するように「無詠唱」で引き出した。
「……こう、かしら」
シュンッ、と空気が鳴る。エルザの指先から放たれた極細のウォーターカッターは、ジェネラルの強靭な首元を正確に、かつ滑らかに切り裂いた。断面は鏡のように美しく、魔石が傷一つなくその姿を現す。
「アタシも負けてられないわね。……ふんっ」
続いてカレンもまた、無詠唱で不可視の刃を走らせた。スカウト特有の精密な指先の動きが、解体という作業に芸術的なまでの効率を与えている。ジェネラルの四肢が瞬く間に解体され、価値のある素材だけが完璧に切り分けられていった。
それを見ていたミーナの顔が、みるみるうちに焦りに染まっていく。
「え、ちょっと待って……二人とも、どうしてそんなに簡単に!? 私、魔法使いなのに……本職なのに抜かされちゃう!」
最年少ながら魔法のスペシャリストとしての矜持があるミーナは、頬を膨らませて杖を構え直した。だが、すぐに杖を下ろし、自身の掌を見つめる。
「……私だって、ベルナールさんに鍛えてもらったんだから!」
ミーナは精神を集中させ、これまでの自分を縛っていた詠唱の枷を力ずくで踏み倒した。脳内に完璧な術式を構築し、体内の膨大な魔力を一気にバイパスへと流し込む。
「はぁっ!」
気合と共に放たれたのは、エルザたちを凌駕する鋭さと速さを持った三重のウォーターカッターだった。無詠唱で放たれたその刃は、オークジェネラルの巨体を瞬時に解体し、素材ごとに整然と「分解」してみせた。
「ふふん、どう? これが本職の意地だよ!」
胸を張るミーナだったが、その発育した胸元が大きく揺れるたびに、服の生地が悲鳴を上げている。エルザもカレンも、自分たちが手にした「無詠唱」という新たな技術と、溢れ出す魔力に瞳を輝かせていた。
「いいぞ。解体は最高の魔力操作訓練だ。そのまま全部片付けてしまえ」
ベルナールは満足げに腕を組み、三人の女神のような美しき解体師たちが、血に汚れることもなく魔法で素材を仕分けていく光景を眺めていた。魔石、皮、牙、肉。整理された最高級の素材が、次々とベルナールのアイテムボックスへと吸い込まれていく。
この完璧な連携と、全員が「無詠唱」を使いこなす異常な練度。二十四歳のベルナールは、確信した。このパーティーなら、この世界のどんな秘境も、どんな禁忌も、すべてを解体し尽くせると。
オークキングの広場に散乱していた戦利品は、四人の精密な魔法解体を経て、完璧な「商品」へと姿を変えた。オークキングの漆黒の重鎧、強靭な心臓、ジェネラルたちの巨大な骨や牙、さらには丁寧に洗浄された内臓に至るまで、ベルナールはすべてを『アイテムボックス』に収め、街へと凱旋した。
ギルドに入った瞬間、騒がしかった場が静まり返る。
「おい、ベルナールだ……。だが、あの女たちは誰だ?」
「エルザたちに似ているが……あんな女神みたいな美女だったか?」
背が伸び、胸や尻のラインが刷新された三人の圧倒的な美貌に、男たちが言葉を失う。ベルナールはそれを無視し、支部長を呼び出して倉庫での査定を求めた。広大な倉庫に次々と吐き出される、部位ごとに仕分けされた大量の素材。その異常な光景に、立ち会った鑑定士たちは震える手でペンを走らせた。
やがて、支部長から一枚の「査定見積書」が差し出された。
【冒険者ギルド査定見積書】
討伐対象: オークキング(1体)、オークジェネラル(15体)、オーク(84体)
素材内訳:
魔石: オークキング(極大・1個)、ジェネラル(大・15個)、通常(100個超)
部位: 漆黒の王鎧、王の戦鎚(魔器)、ジェネラルの強靭皮、牙、爪、骨
特殊: 王の心臓、高級部位肉、薬用内臓一式
合計査定額:金貨 185枚
備考:解体精度が極めて高く、素材劣化がないため、通常価格の3割増で算出。
「……金貨185枚。これだけの額、ギルドの現金が底をつくぞ」
支部長が冷や汗を拭う中、ベルナールは金貨を『アイテムボックス』へ直接流し込んだ。
ギルドを出た四人は、そのまま街で一番の仕立屋へと向かった。刷新された三人のプロポーションは、もはや以前の服では生地がはち切れんばかりで、歩くたびに周囲の視線を釘付けにしていたからだ。
店内で「次の戦いのための防具はどうしようか」と相談するエルザたちに、ベルナールは静かに助言した。
「防具はもう買わなくていい。今の君たちは無尽蔵の魔力を『魔力吸収』で常に循環させている。衣服の表面に薄く、強固な魔力障壁を常時展開すれば、物理的な鎧などよりも遥かに硬い。だから、今はただ、自分たちが一番綺麗に見える服を選べ。動きやすさと美しさ……それだけで、死ぬことはない」
「ベルナールがそう言うなら、私たち、最高の自分たちを演出するわ」
エルザが自信に満ちた笑みを浮かべ、三人は色とりどりのシルクや最高級の革を用いた服を選び始めた。
ベルナールは店内の椅子に深く腰掛け、次々と着替えては鏡の前で微笑む三人の姿を眺めていた。刷新された肉体に、美しさを引き立てる新たな装い。もはや一介のパーティーという枠を超え、世界そのものを震撼させる「至宝」となった彼女たちと共に、ベルナールは次なる伝説の舞台を静かに見据えていた。
支部長から差し出された「金貨185枚」という破格の査定見積書を指先で弄びながら、ベルナールは鼻で笑った。支部長は額の汗を何度も拭い、「これだけの現金を一度に用意するとなると、ギルドの準備金が底をつきかねん……。少し支払いを待ってもらえないか」と、情けない声を漏らしていた。
その様子を見て、ベルナールは冷ややかな視線を向け、隠すことなく嫌味を口にした。
「おい、支部長。冗談はやめてくれ。アンタたちは、俺が持ち込んだこの最高品質の素材を転売するだけで、査定額の数倍……いや、十数倍の利益を上げるんだろ? 漆黒の王鎧や王の心臓なんて、王都の貴族や錬金術師が喉から手が出るほど欲しがる代物だ。そんなぼろ儲けが約束されてるんだから、金がないなんて泣き言は言うなよ」
ベルナールの言葉に、支部長は言葉を詰まらせ、顔を赤くした。確かにベルナールの指摘は正論だった。解体精度が神懸かっているこれらの素材は、オークションにかければ天文学的な数字を叩き出すことが目に見えていたからだ。
「……それにだ。俺たちがリスクを冒して災害級の群れを掃除してやったおかげで、この街の安全は保障された。商人の往来も増えて、ギルドに入る税収も跳ね上がる。その手数料まで含めれば、金貨185枚なんて端金だろうが」
ベルナールはアイテムボックスの入り口を虚空に開くと、トレイの上に置かれた金貨の袋を次々と呑み込ませていった。物理的な重さを一切感じさせず、光の中に金貨が消えていく光景は、もはやギルドの役人たちにとっては魔法というよりは、得体の知れない権威の象徴に見えた。
「嫌ならいいんだぜ? ここにある素材を全部回収して、俺が直接、隣国の王都まで売りに行ってもいいんだ。そうなれば、この街のギルドは大損害だろうがな」
「ま、待て! 分かった、支払いは滞りなく済ませる! 嫌味はそれくらいにしてくれ……」
支部長は完敗を認めたように肩を落とした。ベルナールは満足げに頷くと、背後に控える三人の美女を促した。
「分かればいい。……さあ、行くぞ。アンタたちの服を新調しなきゃならないからな。ギルドに溜まった澱んだ空気よりも、もっと華やかな場所へ行こう」
刷新された肉体と美貌を誇るエルザたちが、ベルナールの言葉に微笑んで応える。ギルド中の冒険者たちが、冷徹なまでの交渉術を見せたベルナールと、その横に並ぶ女神のような女性たちの姿に、ただ圧倒されて見送ることしかできなかった。
ギルドを出たベルナールの足取りは軽い。無尽蔵の魔力だけでなく、組織を黙らせるだけの交渉力と財力。二十四歳の彼は、今やこの街で最も抗い難い力を持つ男として、その名を刻みつけていた。
ギルドで支部長をやり込めた後、ベルナールたちは街で最も格式高いと言われる高級飲食店『銀の月亭』の最上階にいた。新調したばかりの、上質な生地が刷新された四肢を包む装いで現れた彼らに、給仕たちは貴族を迎えるかのような最敬礼で応じた。
テーブルには、最高級のワインと、オークジェネラルの希少部位を贅沢に使った煮込み料理、そして色彩豊かな森の恵みが並んでいる。
「まずは、オークキング討伐とパーティーの新生に……乾杯」
ベルナールの音頭で、四つのクリスタルグラスが心地よい音を立てて重なった。エルザ、カレン、ミーナの三人は、以前の自分たちからは想像もできないほど贅沢な食事と、自分たちの身体に漲る底知れぬ魔力の感触に、陶酔したような表情を浮かべている。
「……信じられない。数日前までは、一匹のオークに死を覚悟していたなんて」
エルザが潤んだ瞳で自身の掌を見つめる。そこには、意識せずとも周囲の魔力を吸い上げ続ける『魔力吸収』の微かな波動があった。
「だが、これで満足してほしくない。明日からしばらく、さらに過酷な修行に入る」
ベルナールの言葉に、三人が背筋を伸ばした。彼はグラスの中の水を指先で弄び、小さな渦を作って見せた。
「いいか。今回、俺たちは『水魔法』の応用でオークキングを倒した。だが、水の可能性は切断や貫通だけじゃない。例えば、体内の血液の流れを魔力で加速させれば、身体能力を数倍に引き上げられる。逆に、敵の体内の水分を凝固させれば、触れずして心臓を止めることも可能だ」
ベルナールの説く『水魔法の真理』に、本職の魔導師であるミーナが身を乗り出した。
「水分は、生命の源であり、この世界のあらゆる場所に存在する。それを自在に操る術を完全に掌中に収めれば、俺たちに切れないものも、守れないものも無くなる」
ベルナールは三人の顔を順に見据えた。
「俺の無尽蔵の魔力を中継し、お前たちがその技術を極める。魔力障壁を衣服のように纏い、水の刃を呼吸のように振るう。……次の修行が終わる頃には、お前たちは一国の軍隊を一人で壊滅させる『生ける伝説』になっているはずだ」
「ベルナールがそこまで言うなら、私たちはどこまでもついていくわ」
エルザが力強く答え、カレンとミーナも深く頷いた。
美食と美酒に酔いしれながらも、四人の意識はすでに次なる高みへと向かっていた。二十四歳のベルナールという絶対的な核を中心に、三人の美女たちがさらなる進化を遂げようとしている。
夜の街に響く祝杯の声は、新たな神話の序章に過ぎなかった。
『銀の月亭』の柔らかな灯りの中で、食事が一段落したときだった。ベルナールはワイングラスを置き、改めて目の前に座る三人の女性たちを真っ直ぐに見つめた。
「……それにしてもだ」
ふとした拍子に漏れた言葉だった。
「修行の成果だとは分かっているが、三人とも、本当にかわいく……いや、綺麗になったな。正直、見違えたよ」
ベルナールのその言葉は、計算された口説き文句ではなく、心からの感嘆だった。刷新されたプロポーションに、魔力の純化によって透明感を増した肌。新調したばかりの服を着こなす彼女たちは、どこに出しても恥ずかしくない、というよりは、誰もが振り返るほどの高嶺の花となっていた。
「な、何よ急に……」
エルザが真っ赤になって視線を逸らし、ワインを煽る。
「ベルナールさん……そんな、ストレートに言われると……」
ミーナは耳まで赤くして俯き、カレンに至っては「あー、もう! 酔いが回りそうじゃない」と照れ隠しに手元のパンを口に押し込んでいた。
二十四歳の男として、そしてパーティーのリーダーとして、ベルナールは彼女たちが自分に寄せてくれる信頼に、確かな愛着を感じていた。
翌朝、夜の華やかな空気は一転し、四人は再び静謐な森の中に立っていた。
「今日は水魔法のさらなる深化、『相転移』の修行だ」
ベルナールがそう言うと、三人は期待と緊張の混じった表情で注目した。ベルナールが右手をかざすと、手のひらの上に掌サイズの水球が浮かび上がった。
「水は、熱を奪えば氷になる。だが、魔力で強制的に分子の運動を止めれば、一瞬で鋼をも凌ぐ硬度の物質に変えられる」
ベルナールが意識を集中させると、透き通っていた水球が、パキパキという鋭い音を立てて白銀に輝く氷塊へと変化した。ただの氷ではない。極限まで圧縮され、太陽の光を鋭く反射する、宝石のような氷の弾丸だ。
「これを見ろ。『アイスバレット』」
ベルナールが指先を弾くと、氷の弾丸は目にも留まらぬ速さで放たれた。それは以前の『ウォーターバレット』のような「切削」ではなく、圧倒的な「硬度」と「質量」による破壊だった。
ドォォォォォン!!
数十メートル先にある、オークキングの皮膚すら凌ぐ硬度を持つと言われる『鉄樹』の巨木。その太い幹が、氷の弾丸が着弾した瞬間に、内部から爆発するように粉々に砕け散った。着弾点には、周囲の水分を巻き込んで凍りついた美しい氷の華が咲いている。
「水の刃で斬り、氷の弾で砕く。これができれば、どんな耐性を持つ魔物も逃げ場はない」
ベルナールのデモンストレーションに、三人は息を呑んだ。氷の冷気が立ち上る中、彼女たちは自らの内に眠る無尽蔵の魔力をどう「氷」へと変えるか、そのイメージを必死に掴もうとしていた。
「よし、まずはミーナからだ。熱を奪うな、魔力で『固定』しろ」
ベルナールの指導の声が、朝の森に響き渡る。昨日までの美しき令嬢のような姿はどこへやら、彼女たちの瞳には、さらなる高みを目指す強欲なまでの冒険者の輝きが戻っていた。二十四歳のベルナールと、刷新された三人の女神たち。彼らの「冬の時代」は終わり、すべてを凍てつかせる真の伝説が、ここから加速していく。




