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刷新の旅団  作者: 慈架太子


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第2章: 完璧なる解体 ―― 命を素材へ変える責任

あの日、荒地で膝をついた時から、ベルナールの生活は一変した。

来る日も来る日も、朝露が消える前から月が天高く昇るまで、彼は孤独な修練に没頭した。大剣に魔力を纏わせる「魔力剣」、そして切っ先から光を放つ「魔力弾」。二週間に及ぶその地獄のような特訓は、常に自らの魔力を枯渇させ、意識の混濁に耐えるという過酷なものだった。


最初の数日は、数十発の魔力弾を放つだけで天を仰ぎ、地面を這いずり回った。しかし、極限状態を繰り返す中で、ベルナールの肉体にある変化が起きた。


それは、魔力が完全に底を突いた瞬間に訪れた。

体内が「空っぽ」になった不快な真空状態の中、ベルナールは全身の毛穴が開くような錯覚を覚えた。すると、周囲の空気、立ち枯れた木々、足元の土――それら自然界に遍在する希薄な魔力が、呼び水に誘われるように自分の内側へと流れ込んできたのだ。


「……吸収しているのか。俺が、世界から直接……?」


それは「魔力吸収」の覚醒だった。自らの器を一度空にすることで、周囲の魔力を強引に引き寄せる感覚。この循環を繰り返すごとに、彼の魔力の「器」は作り直され、より大きく、より強固なものへと作り替えられていった。


二週間が経過する頃、ベルナールの変貌は目覚ましかった。

かつては数発で息を切らしていた魔力弾を、今や息を吐くように連射できる。一発一発の密度も上がり、放たれる光の礫はもはや弾丸というより、大砲の礫のような威圧感を放っていた。


「……498、499、500!」


鋭い呼気と共に放たれた500発目の魔力弾が、標的としていた巨大な岩を粉々に粉砕した。

これだけの数を立て続けに放ちながら、ベルナールの呼吸は驚くほどに整っている。以前ならとっくに枯渇していたはずの魔力量は、今や500発を撃ち尽くしてもなお、底が見えないほどに増大していた。


大剣を握り直すと、意思一つで刃が青白い光の炎を噴き上げる。

魔力を纏わせた剣で空を斬れば、真空の刃が数メートル先の地面を深く抉った。もはやそれは、かつての「剣術」という枠を遥かに超えた、人知を超えた武技へと昇華されていた。


「これなら……いける。」


ベルナールは、かつてレッドウルフ5体に苦戦していた自分を思い出し、静かに自嘲した。今の彼ならば、あのような群れは瞬きする間に塵にできるだろう。24歳という遅咲きの覚醒からわずか二週間。絶え間ない枯渇と再生の果てに、彼は冒険者の常識を塗り替えるほどの怪物的な魔力量と、世界そのものから力を汲み上げる術を手に入れた。


汗を拭い、夕闇に沈む荒地を見渡すベルナールの瞳には、もはや焦りはない。あるのは、この強大な力が実戦でどれほど通用するのかという、冷静かつ猛々しい好奇心だけだった。




二週間にわたる地獄のような修練を終えたベルナールは、再びあの因縁の森へと足を踏み入れた。かつて死闘を演じたレッドウルフの縄張りさえ、今の彼にとってはただの通過点に過ぎない。


「さて、実戦でどれだけ通用するか……試させてもらうぞ」


ベルナールが森の奥へと進むと、血の臭いと魔力の高まりを察知した魔物たちが姿を現した。以前は五体で死を覚悟させたレッドウルフの群れが、今度は十数体で彼を取り囲む。だが、ベルナールの心に焦りはない。


彼は大剣を抜くことすらなく、ただ右手を前方にかざした。


「『魔力弾』」


静かな呟きと共に、指先から青白い光の礫が連続して放たれた。かつての未熟な魔力弾ではない。空気を引き裂き、音速を超えて放たれる弾丸は、百発、二百発と間断なく撃ち出される。襲い掛かろうとしたレッドウルフたちは、その牙を剥く暇もなく、次々と頭部を撃ち抜かれ、物言わぬ肉の塊へと変わっていった。


驚くべきは、その回復速度だった。

数百発の魔力弾を乱射すれば、本来なら魔導師であっても魔力欠乏で倒れるはずだ。しかし、ベルナールの身体は魔力を消費すればするほど、周囲の森に満ちる大気や植物の魔力を磁石のように引き寄せ、瞬時に内側を満たしていく。


「枯渇しない……。使えば使うほど、外から力が流れ込んでくる」


感覚は研ぎ澄まされ、世界と一体化したような全能感が彼を支配する。

そこへ、森のさらに深部から、レッドウルフの悲鳴を聞きつけた「アースベア」が姿を現した。立ち上がれば三メートルを超える巨躯、鋼のような毛皮を持つ森の門番だ。


ベルナールはここで初めて、背中の大剣に手をかけた。

「纏え」


意思に応じて、大剣の刀身が激しい光の炎を噴き上げる。魔力を纏わせた剣を構え、彼は巨獣に向かって一直線に踏み込んだ。アースベアが丸太のような腕を振り下ろすが、ベルナールはそれを避けることすらしない。


一閃。


魔力剣はアースベアの剛腕を紙のように断ち切り、そのまま巨躯を斜めに両断した。分厚い脂肪も、魔力で強化された骨も、ベルナールの刃の前では存在しないも同然だった。絶命した巨獣が倒れる地響きを背に、ベルナールは己の手のひらを見つめる。


どれほど激しく動き、魔力を放出し続けても、体内の魔力溜まりは常に満水の状態を維持している。周囲から自然と充填されるその力は、彼を永劫に戦い続けられる「戦いの中の不老不死」へと変えつつあった。


「これが、俺の新しい力か……」


24歳の冒険者は、静まり返った森の中で独り立ち尽くした。もはや、この近辺に彼を脅かす存在はいない。ベルナールは愛剣を鞘に納めると、更なる強敵、あるいは自分に相応しい新たな戦場を求め、森のさらに深き、未踏の領域へと歩みを進めた。




静寂が戻った森の中で、ベルナールは平然と解体作業に取り掛かった。足元には十数体のレッドウルフと、山のような巨体を晒すアースベアの骸が転がっている。かつての彼なら、これだけの獲物を前にすれば狂喜乱舞しただろうが、今の彼にとっては「次の段階」への素材に過ぎない。


「……ふぅ。魔石だけは、一つも漏らさず回収する。」


手慣れた手つきでナイフを振るう。魔力に覚醒した今のベルナールには、肉のどこに魔力の核があるのかが、薄らとした光の集積として「視えて」いた。迷いなく急所を裂き、レッドウルフの小石大の魔石を次々と放り出していく。そして、最後に残ったアースベアの胸元を切り開くと、拳ほどもある重厚な土色の魔石が姿を現した。


「これだけの数、ポーチには入りきらんな……。」


魔石だけでも相当な重量だ。ましてや、アースベアの毛皮や肉、レッドウルフの素材を全て持ち帰るなど、今の彼の筋力を持ってしても物理的に不可能だった。ベルナールは苦笑しながら、血に汚れた魔石をまとめて布に包むと、馴染みとなったあの沢へと向かった。


清冽な水流が、魔物の返り血と脂を洗い流していく。ベルナールが沢の水に両手を浸し、大量の魔石をジャラジャラと洗っていた、その時だった。


魔石の魔力、ベルナールの魔力、そして沢の清浄な魔力が、一点に収束するように共鳴した。


「……ッ? 空間が、歪んだ……?」


洗っていたはずの魔石が、ベルナールの目の前で「虚空」へと吸い込まれるように消えた。慌てて手を伸ばすが、そこには何もない。しかし、ベルナールの脳内には、不思議な感覚が共有されていた。


自分の意識のすぐ隣に、真っ白で広大な「空洞」が存在している。


「これ、は……。まさか、伝説に聞く『アイテムボックス』か!?」


彼は試しに、傍らに置いていたあのアースベアの巨大な右腕を思い浮かべた。「入れ」と念じた瞬間、数人がかりで運ぶような重量物が、音もなく消え、脳内の空洞へと収まった。逆に「出ろ」と念じれば、手元に元のままの姿で現れる。


「生きていないものなら、何でも入るのか。しかも、重さを感じない……!」


魔力吸収に続き、空間魔法の一種である「アイテムボックス」への覚醒。それは、冒険者としての物流の限界を打ち破る、究極の能力だった。


ベルナールは歓喜に震えながら、再び森の戦場へと引き返した。先ほど諦めたレッドウルフの毛皮、アースベアの巨体、そして予備の武器や食料。それら全てを次々と虚空へと収納していく。どれだけ詰め込んでも、彼の足取りは羽のように軽いままだった。


「魔力は無尽蔵、荷物の制限もなし。……なら、俺が行けない場所なんて、もうどこにもないな。」


24歳のベルナールは、誰もいない沢で高らかに笑声を上げた。最強の剣、無尽蔵の魔弾、そして無限の収納。全ての歯車が噛み合った彼は、もはや一介の冒険者の域を完全に脱していた。


彼は整理された「空間」の中に、輝く魔石たちを丁寧に並べ直すと、街への帰路についた。その背中には何も背負っていないが、その内側には、一国を潤すほどの富と、未来への希望が詰まっていた。




夕闇が街を包み込む頃、ベルナールは再び冒険者ギルドの門をくぐった。背負い袋もなく、手ぶらで歩くその姿は、一見するとただの散歩帰りのようにも見える。しかし、その瞳に宿る鋭い光と、全身から微かに漏れ出す魔力の圧に、すれ違う冒険者たちが思わず道を開けた。


「……またあんたか。今日は手ぶらじゃないか、収穫はなしかい?」


受付嬢が少し意外そうな顔で声をかける。ベルナールは無言で査定カウンターの前に立つと、軽く片手を振った。


その瞬間、ギルド内の喧騒が凍りついた。


何もない虚空から、突如として巨大な塊が出現したのだ。三メートルを超えるアースベアの巨躯が、ドォォォン! と凄まじい音を立ててカウンター脇の床を揺らす。それだけではない。続いて十数体分のレッドウルフの死骸、そして丁寧に剥ぎ取られた質の良い毛皮の束が、次々と積み上げられていった。


「な、なんだって……っ!? アイテムボックスだと!?」

「あのアースベアを見ろよ、一撃で両断されてやがる……!」


酒場の冒険者たちが椅子を蹴立てて立ち上がり、信じられないものを見る目でベルナールを囲んだ。受付嬢は口を半開きにしたまま、目の前の肉の山とベルナールの顔を交互に見つめている。


「……査定を頼む。魔石はこれだ」


ベルナールがカウンターに手をかざすと、今度はトレイの上にジャラジャラと大量の魔石が降り注いだ。レッドウルフの紅い石が数十個、そしてその中心には、アースベアの拳ほどもある土色の魔石が震えるトレイの上で鎮座した。


パニック寸前の受付嬢に代わり、奥から現れたのは支部長だった。彼は山積みの素材と魔石を鋭い目で見極め、最後にベルナールをじっと見つめた。


「……ベルナール。これだけの獲物を一人で、しかもこの短時間で仕留めたというのか。それにそのアイテムボックス……貴様、一体何者だ」


「ただの冒険者ですよ。……少し、運が良かっただけだ」


ベルナールは淡く微笑み、事もなげに答えた。やがて提示された査定額は、金貨二十枚を超えるという破格のものだった。一介の冒険者が一年かけて稼ぐような額を、彼はわずか一日で手にしたのだ。


受付嬢が震える手で、革袋に詰まった大量の金貨を差し出そうとする。しかし、ベルナールはそれを手で制した。


「金貨はそのトレイに置いておいてくれ。小銭だけ直接もらう」


不思議そうな顔をする受付嬢をよそに、ベルナールはトレイに置かれた金貨の山にそっと指先を触れた。その瞬間、金貨は光に溶けるようにして消え去った。


アイテムボックス。それはベルナールの魔力に紐付いた、彼自身にしか干渉できない固有の空間だ。他人にはその中身を見ることも、触れることも、ましてや奪うこともできない。ベルナールが念じない限り、その空間との扉が開くことは決してないのだ。


「……よし、確かに受け取った」


彼は数枚の銀貨だけを懐の小銭入れに入れ、残りの大金はすべて自分だけの不可視の空間へと収納した。ギルド側が金庫で預かる必要すらなく、彼は世界で最も安全な場所に財宝を隠し持ったことになる。


ギルドを出ようとするベルナールの背中に、羨望と畏怖、そして正体の知れない力への戸惑いの視線が突き刺さる。昨日まで「24歳のくすぶっていた男」だった彼は、今や誰にも底の見えない「生ける伝説」への階段を駆け上がり始めていた。


夜風に吹かれながら、ベルナールは確かな手応えを感じていた。富も、力も、利便性も、すべてを手に入れた。だが、彼の心はすでに、更なる強敵が待つ未踏の地へと向かっていた。




ギルドを出たベルナールが次に向かったのは、街でも最大手の錬金術公社が営む薬局だった。これまでは一瓶のポーションを買うのにも財布と相談していたが、今の彼にその必要はない。


「回復ポーションを、そうだな……三百本ほどもらおうか」


カウンターにいた若い店員は、一瞬聞き間違いかという顔をして硬直した。

「……は? 三百、ですか? 三本ではなく?」

「ああ、三百本だ。在庫はあるか?」


店員は慌てて奥の親方に確認しに走り、戻ってくると「すべて中級以上の良質なもので揃えられますが、運搬はどうされますか?」と上ずった声で尋ねてきた。三百本ものポーションとなれば、瓶の重さと割れ物であるという制約から、荷馬車を用意するのが普通だ。


「ここで受け取る。代金はこれでいいか」


ベルナールは金貨を数枚、カウンターに置いた。店員は震える手でそれを受け取ると、奥から木箱に詰められたポーションの瓶を次々と運び出してきた。カウンターの上は、琥珀色の輝きを放つガラス瓶で埋め尽くされていく。


ベルナールはそれらに軽く手をかざした。


「……ッ!?」


店員の目の前で、積み上げられた木箱が次々と虚空へと吸い込まれて消えていく。ベルナールの意識の中にある広大な『アイテムボックス』に、整然とポーションの列が格納されていった。割れる心配も、重さに足を取られる心配もない。三百本の「命の予備」が、瞬時に彼の体内なかへと収まった。


「よし、確かに受け取った。助かったよ」


驚きで言葉を失っている店員を背に、ベルナールは店を出た。

以前の彼なら、ポーション一本を惜しんで深手を負うこともあった。だが、今の彼は違う。三百本のポーションを「無尽蔵の魔力」と同じように持ち歩ける。これは、たとえ心臓を貫かれない限り、どんな傷を負っても即座に戦線に復帰し続けられるという、戦士としての「不滅」を手に入れたに等しい。


「魔力は周囲から無限に充填され、怪我をすれば三百本のポーションが癒やす。そして獲物はいくらでもこの中に収まる……」


ベルナールは夜の街路を歩きながら、自らの手のひらを握り締めた。

装備こそまだ平凡なままだが、その内側に秘めた継戦能力は、もはや一個師団を相手にしても引けを取らないレベルに達していた。


「さて、次は……この力に相応しい『獲物』を探すとしようか」


三百本のポーションを従えたベルナールは、月明かりの下、さらなる高みを目指して不敵な笑みを浮かべた。冒険者の常識を塗り替えた彼は、もはや誰にも止められない領域へと足を踏み入れていた。




それからの1週間、ベルナールは文字通り森の「支配者」として君臨していた。


日の出とともに街を立ち、誰もが足を踏み入れるのを躊躇う森の深部へと直行する。かつては命がけだったレッドウルフの群れやアースベアの奇襲も、今の彼にとっては魔力弾の的か、魔力剣の切れ味を確かめるための試金石に過ぎなかった。


「……次だ。」


静寂が支配する深緑の奥底。ベルナールが指先を弾けば、見えない速度で放たれた魔力弾が獲物の急所を正確に撃ち抜く。たとえ強靭な外殻を持つ大型の魔物が現れても、青白い炎を纏った大剣が一閃されるだけで、音もなく両断された。


以前なら数体狩れば帰路につかなければならなかったが、今の彼には「限界」という言葉が存在しない。消費した魔力は周囲の木々や空気から即座に充填され、どれほど獲物を仕留めても『アイテムボックス』が無限にそれを呑み込んでいく。


夕刻、ベルナールがギルドの門をくぐるのは、もはや街の「定刻の儀式」のようになっていた。


「おい、来たぞ……『手ぶらの死神』だ。」


冒険者たちが畏怖を込めてそう呼ぶ通り、ベルナールは常に手ぶらで現れる。しかし、彼が査定カウンターの前に立ち、空間の扉を開いた瞬間、ギルド内の空気は一変する。


ドサドサと床を揺らして吐き出されるのは、希少な魔物の素材、傷一つない最高級の毛皮、そして山のような肉の塊。さらにトレイの上にぶちまけられる数百の魔石は、夕闇のギルド内で宝飾店のような輝きを放った。


「……レッドウルフ120体、アースベア8体、フォレストパイソン5体……。ベルナールさん、本当に、お一人でこれだけの数を?」


連日、査定を担当する受付嬢の声は震えていた。ギルドの在庫管理は悲鳴を上げ、街の素材市場の相場が彼の持ち込み量によって変動し始めるほどだった。


ベルナールは提示された多額の報酬を、いつものようにトレイの上から直接『アイテムボックス』へと流し込む。金貨が光に溶けて消えるその光景に、周囲の冒険者たちは言葉を失い、ただ唾を呑み込むことしかできなかった。


「明日はもう少し奥へ行ってみる。これくらいの獲物じゃ、魔力の使い道がなくてな。」


吐き捨てた言葉は傲慢に聞こえたかもしれないが、それは紛れもない事実だった。300本のポーションは一本も減らず、魔力は常に満ち溢れている。一週間という短い期間で、彼は数年分に相当する富を築き上げたが、その瞳には金銭への執着など微塵もなかった。


24歳のベルナールは、連日の狩りでさらに研ぎ澄まされた体躯を揺らし、騒然とするギルドを後にする。

彼の内側にある魔力の奔流は、もはや森の魔物だけでは満足できないほどに強大化していた。街の人々が彼を「成金」や「幸運な男」として見る中で、ベルナール自身はただ、この底なしの力がどこまで通用するのか、その終着点だけを見据えていた。



その日もベルナールは、森の静寂を我が物顔で歩いていた。すでにアイテムボックスの中には数体分のアースベアと、数えきれないほどのレッドウルフの素材が収まっている。もはや作業と化した狩りに退屈さを覚え始めたその時、風に乗って鋭い金属音と、獣の濁った咆哮が届いた。


「……剣戟の音か。この奥に誰かいるな」


ベルナールは足音を消し、凄まじい速度で茂みを抜けた。開けた広場に出ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。


三人の女性冒険者パーティーが、土煙の中で背中を合わせ、絶望的な包囲網の中にいた。彼女たちが対峙しているのは、醜悪な豚の面貌を持つ魔物――オークの群れだ。その数、およそ三十。


「はぁ、はぁ……っ! 弾数が足りないわ!」

「弱音を吐くな! 殿しんがりは私が務める、二人は逃げろ!」


前衛で盾を構える重戦士の女性は、全身に返り血を浴び、呼吸を乱している。その後ろで魔法を放つ少女も、魔力が底を突きかけているのか、顔色は青白い。オークたちは下卑た笑いを浮かべ、獲物をじりじりと追い詰めていた。三十体のオークを前に、三人パーティーではあまりに分が悪い。


オークの一体が、棍棒を振り上げて重戦士の頭上へ襲い掛かった。彼女が死を覚悟し、目を細めた瞬間――。


「助太刀するぞ!」


森の木々を震わせるようなベルナールの声が響き渡った。


驚きに目を見開く彼女たちの視界を、一筋の青白い閃光が横切った。ベルナールが指先から放った『魔力弾』だ。先頭にいたオークの頭部が、まるで熟れた果実のように一撃で爆ぜ、巨体が地面に叩きつけられた。


「な、何……!?」


女性たちが呆然とする中、ベルナールは悠然と広場の中央へと歩み出た。背中の大剣にはまだ手をかけていない。だが、彼の全身から溢れ出す濃密な魔力に、オークたちが本能的な恐怖を感じて足を止める。


「三十体か。今の俺にはちょうどいい準備運動だ」


ベルナールは女性たちを一瞥し、不敵な笑みを浮かべた。その背中は、どんな堅牢な城壁よりも頼もしく見えた。


「下がっていろ。こいつらは俺が引き受ける」


彼は再び右手をかざす。無尽蔵の魔力が指先に収束し、周囲の大気が震え始めた。一週間、森の死神として君臨し続けたベルナールの、真の力が解放されようとしていた。



広場にベルナールの放つ『魔力弾』が雨あられと降り注ぐ。指先から放たれる光の礫は、次々とオークたちの肉体を貫き、広場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。女性冒険者たちは、目の前で繰り広げられる一方的な蹂躙劇に、ただ息を呑んで立ち尽くすしかなかった。


だが、死の弾丸が降り頻る中、不気味な咆哮と共に数体の巨影が前に躍り出た。


「……ほう、弾いたか」


ベルナールの瞳が細められる。そこにいたのは、通常のオークよりも二回りは巨大で、禍々しい漆黒の鎧を纏った上位種――『オークジェネラル』だった。彼らが手にした巨大な大剣が、ベルナールの魔力弾を鋼の表面で弾き飛ばしている。皮膚そのものの強度も桁違いであり、弾丸が着弾しても、わずかに肉を抉る程度に留まっていた。


「下がってろと言ったはずだ。ここからは剣の出番だな」


ベルナールは背中の大剣をゆっくりと引き抜いた。瞬時に体内の魔力を奔流させ、鋼の刃へと流し込む。刀身は激しい青白い炎を吹き上げ、周囲の空気を熱で歪ませた。


彼は地面を蹴った。一歩で距離を詰め、先頭のオークジェネラルへ真っ向から斬りかかる。


――ガギィィィン!


凄まじい火花が散り、衝撃波が周囲の草木をなぎ倒す。魔力を纏わせた一撃は、オークジェネラルの大剣を叩き折り、その肩口に深く食い込んだ。だが、これまで何でも両断してきた魔力剣をもってしても、その強靭な筋繊維と魔力耐性を持つ骨を一撃で断ち切るまでには至らなかった。


「流石は上位種、いい手応えだ!」


ベルナールは焦るどころか、その口角を吊り上げた。

返されるオークジェネラルの拳を紙一重でかわすと、すぐさま二撃目、三撃目を叩き込む。同じ箇所を、より鋭く、より濃密な魔力を込めて。


「はぁぁぁっ!」


三度目の閃光が走った瞬間、ついにオークジェネラルの巨体が斜めに分かたれた。

残る数体も、もはやベルナールの敵ではなかった。彼は無尽蔵の体力を武器に、嵐のような連撃を繰り出す。一撃で斬れぬなら二撃、二撃で足りぬなら十撃。周囲から絶え間なく充填される魔力は、彼の剣速を衰えさせるどころか、振るうたびにその威力を増させていった。


最後の一体が、その重厚な鎧ごと細切れにされ、力なく地面に崩れ落ちる。

三十体の群れ、そして数体の上位種。それら全てを屠り終えたベルナールは、大剣の炎を消し、静かに納鞘した。


「ふぅ……。少しは骨のある奴が混じっていたな」


返り血を浴びたベルナールが振り返ると、そこには戦慄と、救い出されたことへの深い安堵を浮かべた女性三人の姿があった。


「助かったわ……。あなた、一体……」


重戦士の女性が震える声で問いかける。ベルナールは答えず、まずは足元に転がるオークジェネラルたちの胸元に目を向けた。この上位種なら、これまでにないほど上質な魔石が期待できるはずだ。



ベルナールは周囲に転がる三十体近いオークの骸と、数体のオークジェネラルの巨躯に手をかざした。一瞬にしてそれらが虚空へと吸い込まれ、広場から肉の山が消え去る。そのあまりに鮮やかな手際に、生き残った女性パーティーの三人は、恐怖を通り越して呆然と立ち尽くしていた。


「……よし、回収完了だ。あんたたち、動けるか? 血の臭いが濃すぎる、ここはすぐに離れた方がいい」


ベルナールが重戦士の女性に手を貸そうとした、その時だった。


突如として、森の奥から大気が震えるような重低音の咆哮が響き渡った。鳥たちが一斉に飛び立ち、地面がドォォン、ドォォンと巨人の足音に揺れる。


「ひっ……! な、何よ、今の音……」

魔法使いの少女がへたり込み、ガタガタと震えだす。


茂みをなぎ倒し、立ち塞がっていた大木を紙細工のようにへし折って姿を現したのは、オークジェネラルをさらに二回りは上回る、文字通りの「山」だった。


「……オークキングか。まさか、群れを連れて移動中だったとはな」


ベルナールの声に、初めてわずかな緊張が混じる。そこに現れたのは、黄金の装飾が施された漆黒の鎧を纏い、背丈ほどもある巨大な戦鎚を担いだオークの王だった。その全身からは、周囲の植物を枯らせるほどの禍々しい魔力が立ち上っている。


オークキングが、同胞たちの血の臭いを嗅ぎつけ、怒りに目を血走らせてベルナールを睨みつけた。


「グオォォォォォオオオオッ!!」


咆哮一閃。その音圧だけで周囲の木々がしなり、女性たちは耳を押さえてうずくまった。オークキングは巨大な戦鎚を軽々と振り上げると、ベルナールを目掛けて叩きつけてきた。


「下がれっ!」


ベルナールは彼女たちを突き飛ばすように下がらせると、同時に大剣を引き抜いた。瞬時に体内の魔力を限界まで練り上げ、鋼の刃に流し込む。青白い炎がかつてないほど激しく噴き上がり、夜を拒むような輝きを放った。


――ズドォォォォォン!!


戦鎚と大剣が真っ向から激突し、爆発的な衝撃波が広場を駆け抜けた。足元の地面が蜘蛛の巣状に割れ、土煙が視界を遮る。


「……くっ、流石に重いな!」


大剣を支えるベルナールの両腕に、凄まじい負荷がかかる。だが、今の彼には無限のバックアップがある。消費される魔力を補うように、周囲の森から暴力的なまでのエネルギーが彼の体へと流れ込み、筋繊維の一本一本を強制的に強化していく。


「あんたたちは逃げろ! こいつの相手をしながら守りきれるほど、甘い相手じゃなさそうだ!」


ベルナールはオークキングの戦鎚を力任せに跳ね除け、不敵な笑みを浮かべた。命を削るような重圧。しかし、彼の心はかつてない昂揚感に支配されていた。無尽蔵の魔力、不滅の肉体、そして眼前の王。


24歳の冒険者ベルナールの、真の限界を試す戦いが今、幕を開けた。

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