第10章: 氷の親心 ―― 突き放すことで守ったベルナールの慈愛
朝の光が森の奥深くまで差し込む頃、再び大地が不気味な地響きを立てた。昨日、三人を絶望の淵に叩き落とした5メートルの巨躯――ロックゴーレム20体が、執拗にその姿を現したのだ。
だが、そこに立っていた三人の瞳に、もはや昨日のような困惑もパニックもなかった。 を誇るその肉体には、静かな怒りと、夜通しの反省会で練り上げた「理」が漲っている。
「昨日と同じ私たちが、そこに立っていると思わないで。……行くわよ、セシル、リン!」
クラリスの鋭い号令と共に、まず動いたのは神官のセシルだった。彼女はもはや祈りの言葉に逃げることはない。土と水の理を同時に脳内で構築し、掌を大地へ向けた。
「逃がしません……! 凍れ、大地の理よ!」
セシルが放ったのは、攻撃ではなく環境の支配だった。ロックゴーレムたちの足元、広範囲の地盤が一瞬にして絶対零度の氷原へと変わる。重量級のゴーレムたちは、その巨体ゆえに摩擦係数を失った足場を制御できず、自重でその場に縫い止められた。機動力を削がれた岩の群れは、もはやただの巨大な的でしかなかった。
「ナイスよ、セシル! 次は私の番だぜ!」
リンが神速の『アクセル』で氷原を滑るように移動し、先頭の一体へと肉薄する。彼女の手には杖はなく、指先から放たれるのは火ではなく、極低温まで圧縮された水の理。
「『アイシクルバレット』! 内側から爆ぜろ!」
リンが放った氷の弾丸は、ゴーレムの微細な岩の隙間に浸透し、一瞬で膨張・凍結した。外側から焼くのではなく、内側の水分を凍らせることで、鉄壁を誇った岩の皮膚に無数の亀裂を走らせ、もろい「氷菓子」のような状態へと変質させる。
「仕上げは任せて。……粉砕しろ!」
そこへ、エルザから伝承された『マッスル』によって筋肉を魔力固定したクラリスが、頭上で巨大な大槌を旋回させながら飛び込んだ。魔力纏いによって数倍の質量を得た大槌が、リンによって脆くされたゴーレムの胸部に吸い込まれる。
ズガァァァァァン!!
耳を劈く粉砕音が森に響き渡る。一撃。たった一撃で、5メートルの巨躯が砂利のような破片となって四散した。
三人はすぐさま次の標的へと視線を移す。セシルが足場を固め、リンが瞬時に凍結させ、クラリスが物理の理でトドメを刺す。その流れるような連携に、一切の無駄はない。昨日の敗北を糧に、彼女たちは「個」ではなく「パーティー」として、世界の理を書き換える術を完全に掌握していた。
ベルナールは、後方でエールのジョッキを傾けながら、その光景を静かに見届けていた。
「……いい判断だ。敵の属性を理解し、環境を利用し、弱点を自ら作り出す。それが俺の教えた『理』の戦いだ」
最後の一体が粉々に砕け散り、静寂が戻った森の中で、三人の美女たちは額の汗を拭い、晴れやかな表情でベルナールを振り返った。その美貌には、もはや弱小冒険者の面影はなく、真に「刷新」された強者の輝きが宿っていた。
太陽がまだ高く昇りきる前、森の開けた場所には、見事なまでに仕分けられたアイアンリザード20体分の素材が積み上がっていた。
「……終わりました、ベルナールさん。一滴の無駄もありません」
クラリスが170cmのしなやかな肢体で立ち上がり、額の汗を拭いながら報告した。彼女たちの足元には、ベルナールの教え通りに分類された素材の山ができている。
「皮」は傷一つなく剥がされ、「鱗」は宝石のような光沢を放ち、「牙」と「爪」は一本の欠けもなく抽出されている。「骨」は魔導具の芯材として理想的な状態で削り出され、中心部からは大粒の「魔石」が鈍い輝きを放っていた。そして、食用となる「肉」と、薬材料となる「内臓」も、血を汚すことなく完璧に切り分けられている。
三人が手際よく分類したこれらの素材を、背後で待機していたエルザが静かに歩み寄り、自身の『アイテムボックス』へと次々と回収していく。
「いい手際ね。これだけの量を、この短時間で……。ベルナールの『理』が、あんたたちの指先にまで浸透してきた証拠よ」
エルザの言葉に、クラリス、リン、セシルの三人は、自分たちが勝ち取った確かな戦果を前に、誇らしげな表情を浮かべた。
ベルナールは、血の臭いが立ち込めるはずの現場を水魔法で清冽に洗い流し、跡形もなく浄化した彼女たちの配慮を認め、静かに頷いた。
「上出来だ。初陣としての動き、そして命を素材へと変える責任、どちらも合格だ」
時刻はまだ昼前。朝食を済ませてからそれほど時間は経過していない。
アイアンリザード20体を一瞬で解体し終えた七人の周囲には、勝利の余韻と、さらなる深淵へと挑むための静かな闘志が漂っていた。
アイアンリザードの解体を終えた直後、周囲の茂みがざわつき、新たな脅威が姿を現した。全身を無数の鋭い棘で覆った『ニードルリザード』20体だ。
奴らは間合いを詰めることなく、その全身の針を一斉に乱射してきた。
「っ……、ああっ!!」
鋭い風切り音と共に放たれた無数の針が、回避の遅れたリンの右肩、左足、そして脇腹を深く射抜いた。針は肉を貫通し、そのまま背後の地面へと深く突き刺さる。リンは文字通り、地面へと生きたまま縫い付けられてしまった。
「リン!!」
クラリスが叫び、即座に指先を向ける。「『ヒールバレット』!!」
緑の閃光がリンに弾け、傷口は瞬時に塞がろうとする。しかし、肉を貫通して地面に刺さったままの物理的な「針」が障害となり、リンは身動き一つ取れない。回復魔法だけでは、この拘束は解けなかった。
そこで動いたのは、パニックを乗り越えたセシルだった。彼女の瞳には、ベルナールの説く「理」が静かに宿っていた。
「……消えなさい。不浄なる拘束よ。『ピュリフィケーションバレット』! そして『ヒールバレット』!」
セシルが放った浄化の弾丸が、リンを縫い止めていた針そのものを魔力の霧へと分解し、消滅させた。拘束から解き放たれたリンの傷を、間髪入れずに放たれた回復の光が完治させる。
セシルの猛攻は止まらない。
「逃がしません……! 『アイスプリズン』!!」
リザードたちの周囲の大気が一瞬で凍結し、20体すべてを閉じ込める強固な氷の牢獄が構築された。物理的な突進も針の乱射も、厚い氷の壁に阻まれ、魔物たちは狭い檻の中で狂ったように暴れる。
さらにセシルは、とどめの一手を放った。
「これで終わりです……。『ウォーターマスク』!」
氷の牢獄の内部に、高圧の球状の水が生成され、リザードたちの頭部を完全に包み込んだ。
「ガ、ガァ……ッ!」
肺に水が流れ込み、酸素を奪われたニードルリザードたちは、どれほど強固な針を持っていようとも、為すすべなくもがき苦しむ。数分後、20体の魔物は静かに事切れ、氷の檻の中で窒息死した。
「……ふぅ。今度は、私が皆さんを助ける番でしたね」
セシルが170cmの背筋を伸ばし、凛とした表情で告げた。神官としての「慈愛」を、冷徹な「理」による殲滅へと昇華させた瞬間だった。
ベルナールは、ジョッキを片手にその光景を見届け、短く頷いた。
「見事だ。浄化で物質を分解し、氷で隔離し、水で生命活動を断つ。……セシル、君はもう、過去の自分に縋る必要はないな」
午前中の静寂を切り裂くように、頭上から凄まじい羽音が降り注いだ。見上げれば、空を覆い尽くさんばかりのキラービーの大群。その数、およそ300体。
「……っ、空から来るわよ! 散開して!」
クラリスが叫ぶが早いか、キラービーたちは一斉に急降下を開始し、毒針を乱射した。その物量に、神速の『アクセル』を誇るリンですら回避しきれず、右腕を射抜かれる。
「ああっ……! この針、返しがついて……!」
「リン! 『ヒールバレット』!!」
クラリスが即座に回復の弾丸を放つ。傷口は瞬時に塞がろうとするが、傷の奥に打ち込まれた猛毒までは中和できない。リンの顔色はみるみる土気色に変わり、魔力回路が毒に侵食されていく。
「こいつら……! 『ウォーターバレット』!!」
クラリスが反撃の礫を空中の群れへ叩き込む。しかし、キラービーの強固な外骨格は、高速の水をあざ笑うかのように弾き返した。焦りが生んだ隙を突かれ、今度はクラリス自身の肩にも毒針が突き刺さる。
「くっ……毒が、回るのが速い……!」
意識が遠のきかける二人。絶体絶命の窮地で、セシルが静かに地を蹴った。
「……もう、立ち止まりません。大地よ、私たちを護りなさい!」
セシルが放った土魔法の理は、一瞬にして三人を包み込む完全な「ドーム状の結界」を構築した。キラービーたちの毒針が石壁に弾かれ、外側で甲高い音を立てる。
だが、セシルの真骨頂は防御ではなかった。
「空気を奪い、熱を奪います。……『ウォーターマスク』、そして『アイスマスク』!!」
ドームの隙間から、無数の水の球体と氷の皮膜が、弾丸のごとき速度で300体の群れへと放たれた。空飛ぶ魔物にとって、羽を濡らされ、頭部を水で覆われることは即ち死を意味する。
「ガチ……ガチガチ……」
羽音が一瞬で途絶えた。
『ウォーターマスク』で呼吸を封じられ、さらに『アイスマスク』で脳まで凍結させられた300体のキラービーは、羽ばたく力を失い、次々と地面へと墜落していく。数分後、ドームの周囲にはキラービーの無残な死骸が一面を埋め尽くしていた。全滅である。
セシルは結界を解くと、倒れ伏すリンとクラリスの元へ駆け寄った。
「『ピュリフィケーションバレット』! そして『ヒールバレット』!!」
浄化の光が体内から毒素を霧散させ、間髪入れずに放たれた回復の光が、衰弱した細胞を活性化させる。みるみるうちに二人の肌に赤みが戻り、混濁していた瞳に力が宿った。
「……助かったぜ、セシル。あんた、マジで聖女様だな」
リンが苦笑いしながら立ち上がり、クラリスもまた170cmの背筋を伸ばして、感謝を込めてセシルの肩を叩いた。
ベルナールは、エールのジョッキを傾け、氷の粒が解けるのを見つめながら静かに告げた。
「防御、殲滅、そして事後処理。セシル、君の立ち回りはもはや一級品の魔導師だ。……さて、この300体の毒針と羽根、そして希少な『キラーロイヤルゼリー』を回収しようか」
300体のキラービーの残骸が積み上がる中、解体作業はようやく終焉を迎えた。
「……終わりました。分別、完了です」
リンが青白い顔で立ち上がったが、その足取りは覚束ない。セシルの『ヒールバレット』で一命は取り留めたものの、猛毒の後遺症で魔力回路はボロボロであり、無理に解体を続けたことでその170cmの身体は限界を超え、今にも崩れ落ちそうなほど衰弱していた。
クラリスもまた、己の不甲斐なさに唇を噛み締めていた。前衛としての視野の狭さが災いし、自分も毒に侵されただけでなく、仲間を死の淵に追いやった。その「脳筋」と揶揄されても仕方のない猪突猛進ぶりが、今日の惨状を招いた事実は動かしようがない。
彼女たちの足元には、仕分けられた素材が並んでいる。
防具の材料となる強固な「外被」、武器の芯材となる鋭い「毒針」、猛毒を蓄えたままの「毒袋」、軽量化装備に欠かせない透明な「羽根」。そして最奥から抽出された「キラーロイヤルゼリー」と、群れの力の源泉である「魔石」の数々。
これらをエルザが自身の『アイテムボックス』へと、無言のまま回収していく。その冷ややかな手際は、二人の失態への無言の叱咤でもあった。
ベルナールは、エールのジョッキを置くと、氷の欠片を噛み砕きながら、二人を射抜くような視線で見据えた。
「……上出来なのはセシルだけだ。リン、お前はこのままだと死ぬぞ。一度の被弾で無力化され、地面に縫い付けられるような脆さで、誰の隣に立つつもりだ? そしてクラリス、お前の視野の狭さは相変わらずだな。目の前の敵に固執し、背後の羽音すら聞き逃す。その『脳筋』な振る舞いが、パーティーを全滅させかけるんだ」
ベルナールの容赦ない言葉が、静まり返った森に響く。
「魔石一つ、ロイヤルゼリー一つ。命を素材に変える責任は果たしたが、その対価が仲間の命では話にならん。……立て、リン。死ぬ気で魔力を回せ。クラリス、次は自分の頭で世界を視ろ」
太陽は依然として天高く昇っている。
300体の解体を終えたものの、そこにあるのは勝利の喜びではなく、自身の「弱さ」と向き合わされた三人の、重苦しい沈黙だった。
焚き火が爆ぜる音だけが、重苦しく夜の静寂を支配していました。
夕食のテーブルには、ベルナールが焼き上げた極上の肉が並んでいます。だが、リンとクラリス、セシルの三人は、その香りに食欲を動かされることもなく、ただ一点を見つめて押し黙っていました。特にリンとクラリスの顔色は、昼間の猛毒と敗北の屈辱から、いまだに土気色を帯びたままでした。
ベルナールはエールのジョッキを置くと、感情の起伏を感じさせない平坦な声で告げました。
「実戦の疲労は、明日への毒だ。早く休め。……じゃあ、おやすみ」
一切の叱咤も、あるいは同情も残さず、彼はいつものように自分の建屋へと姿を消しました。その背中を見送った後、残された六人の間で、本当の意味での「反省会」が始まりました。
沈黙を破ったのは、年長者としての責任に押し潰されそうになっていたクラリスでした。
「……すまなかった。私の視野が狭すぎた。リーダーを任され、170cmの身体と千倍の魔力を得ておきながら、私はただの『脳筋』だった。みんなを死なせるところだったわ」
続いてリンも、震える拳を膝に置き、声を絞り出しました。「俺もだ……。針で地面に縫い付けられ、毒にやられ……。セシルがいなきゃ、今頃俺は冷たくなってた。情けなくて、死にたいぜ」
二人の悲痛な謝罪を、エルザ、カレン、ミーナの三人は冷徹なまでに見届けていました。
「……慰めなんて言わないわよ」
エルザが、火を睨みながら口を開きました。「クラリス、リン。あんたたちは今日だけで3回も死にかけたのよ。ゴーレム、ニードルリザード、そしてキラービー。一回なら事故かもしれないけれど、三回重なればそれは実力よ。運良く生かされたことを、自分の力だと勘違いしないで」
その厳しい言葉に続き、ミーナが少しだけ姿勢を正し、静かに、しかし容赦なく切り込みました。
「生意気なことを言いますけれど、お二人の攻撃方法はあまりにも短絡的すぎます。目の前の敵を倒すことしか頭にない。魔法も物理も、ただ放てばいいというものではないのです。周囲の気配、風の向き、羽音……そのすべてを『視野』に入れなければ、次に待っているのは本当の死です」
カレンも、暗殺術を極めた者としての冷やかな真理を付け加えました。
「戦闘の本質はね、いかに相手に攻撃をさせないかなのよ。当たってから耐える、当たってから治すなんて二流のすること。敵が動く前に封じ、撃たせる前に絶つ。それができないうちは、ベルナールの隣に立つ資格なんてないわ」
先輩三人の、一切の妥協を許さない言葉。
自分たちが得た 強大な魔力も、それを制御する「思考」が止まれば、ただの大きな的でしかない。クラリスたちは、その事実を骨の髄まで叩き込まれていました。
「……明日こそは。死んでも、思考を止めない」
クラリスの決意に満ちた呟きに、六人の絆は、昨夜よりも遥かに厳しい、プロとしての信頼へと塗り替えられていきました。
翌朝、深い霧に包まれた森の奥で、戦慄すべき事態が三人を襲った。現れたのは、主亡き後も魔力のみで動き続ける『リビングアーマー』5体。しかし、これまでの魔物とは格が違った。
奴らは出現と同時に、物理法則を無視した「超高速」で移動を開始した。
「なっ……速い!?」
クラリスが大剣を構える暇さえなかった。5体の甲冑は瞬時にクラリスを包囲すると、容赦のない十字砲火のような剣閃を繰り出した。
「あ、あああっ!!」
鮮血が霧を赤く染める。クラリスの自慢の両腕が、肩から先、大剣を握ったまま無惨に宙を舞い、切り飛ばされた。
「クラリス!!」
リンが叫び、魔力を練ろうとした瞬間、甲冑たちはすでに彼女の死角へと回り込んでいた。逃げ場のない円陣から放たれた鋭い一撃が、リンの170cmの長い両足を膝から下で一気に断ち切った。
地面に崩れ落ちる二人。圧倒的な速度と連携の前に、昨日までの「刷新」が児戯に等しいほど、なすすべなく蹂心された。
しかし、この惨劇の中で、唯一「思考」を止めなかった者がいた。セシルだ。
「……させません!!」
セシルは過去の祈りを完全に捨て、冷徹な『水の理』を極限まで引き上げた。瞬時に自身の周囲にドーム型の堅牢な氷結界を構築し、リビングアーマーたちの追撃を遮断する。
「『アイス・バーン』!!」
結界の中からセシルが放ったのは、大地の水分を瞬時に凍結させる理だ。超高速を誇った甲冑たちの足元が滑らかな氷原へと変わり、奴らの絶対的な機動力が一瞬にして失われた。姿勢を崩した甲冑たちを、セシルの冷徹な瞳が射抜く。
「『アイスプリズン』!!」
逃走経路を塞ぐように巨大な氷の牢獄がせり上がり、5体のリビングアーマーを完全に封じ込めた。セシルはさらに魔力を流し込み、牢獄の内部ごと大気を凍らせ、甲冑たちの駆動系となる魔力回路を氷の楔で完全に停止させ、無力化した。
殲滅を確認したセシルは、すぐさま結界を解いて仲間の元へ駆け寄る。
「クラリスさん、リンさん! 腕と足を、切り口を合わせて!!」
セシルの指先から、高密度の『ヒールバレット』が連射される。切断されたクラリスの両腕とリンの両足が、強引なまでの魔力再生によって肉と神経、骨を接合され、瞬時に元の美しい形へと繋ぎ合わされた。
「……助かっ、た……」
激痛とショックで震えるクラリスの肩を、セシルが厳しく、しかし力強く支えた。
ベルナールはエールのジョッキを傾け、氷の鳴る音を聞きながらその光景を見ていた。
「……セシル、合格だ。環境を支配し、敵の長所を殺し、損耗を最小限で抑えた。だがクラリス、リン。お前たちは、また自分の『目』に頼り、身体能力に過信して先読みを怠ったな」
命を繋ぎ止めたものの、接合された四肢の痺れと共に、二人は己の甘さを再び骨の髄まで思い知らされていた。
静寂が支配する森の広場に、ベルナールの低く、冷徹な声が響き渡った。その言葉は、接合されたばかりの両腕と両足に未だ痺れを残しているクラリスとリン、そして二人を救ったセシルの心臓を直接貫いた。
「全員、聞け。……残念だが、クラリスとリンには、今日限りでこのパーティーから抜けてもらう」
凍りつくような沈黙。170cmの抜群のプロポーションに変貌し、千倍の魔力を手に入れたはずの二人は、言葉の意味を理解できずに目を見開いた。
「……ベルナールさん、それ、はどういう……」
クラリスが震える声で問いかけるが、ベルナールは琥珀色の瞳を向けることさえせず、淡々と続けた。
「言葉通りだ。お前たちは弱い。ただ魔力が多いだけの、視野の狭い木偶だ。昨日今日と、何度命を拾えば気が済む? 運良くセシルがいたから繋がっているだけの命だ。悪く思うな、これは現実だ。俺たちはお前たちを守れないし、守るつもりもない。これからの旅は、今日のリビングアーマーなど比較にならないほど危険な領域に入る。そこにお前たちを連れて行くのは、死体を引きずって歩くのと同じだ」
エルザ、カレン、ミーナの三人は、その厳しい宣告に唇を噛み締めながらも、異論を唱えることはなかった。彼女たちは知っている。ベルナールの「守れない」という言葉は、突き放しているのではなく、実力不足の者が紛れ込むことでパーティー全員が全滅するリスクを指しているのだと。
ベルナールの視線が、初めてセシルへと移った。
「セシル、お前はどうする。お前は今日、完璧に理を体現した。俺のパーティーに残る資格がある。だが……お前たちは元々同じパーティーの仲間だったな。情に引かれて二人と共に抜けると言うなら、それも構わない。止める理由はどこにもないぞ」
突きつけられた残酷な選択。
クラリスとリンは、接合されたばかりの腕と足に力を込めようとするが、屈辱と絶望で指先が震えて動かない。憧れのベルナールから下された「クビ」の宣告。それは、彼女たちが昨夜語り合った「ベルナールの隣に立つ」という夢が、音を立てて崩れ去った瞬間だった。
「……私は」
セシルが、青白い顔をした二人を見つめ、それから一点の曇りもないベルナールの背中を見つめた。
深い霧が立ち込める森の中で、七人の絆は今、最悪の形での決別を迎えようとしていた。
張り詰めた沈黙が流れる中、セシルはうつむき、自身の白く細い指先をじっと見つめていた。接合したばかりの仲間の肉体の感触が、まだ掌に残っている。
数秒、あるいは数分にも感じられた静止。セシルはゆっくりと顔を上げると、迷いのない瞳でベルナールを真っ直ぐに見据えた。
「……私は、残ります」
その一言が、冷たい霧の中に静かに、けれど決定的な重みを持って落ちた。
隣にいたクラリスとリンの身体が、目に見えてビクリと震えた。かつて生死を共にしてきた唯一無二の親友。絶望の淵で自分たちを救ってくれた慈愛の神官。その彼女が、自分たちを切り捨てて先へ進むことを選んだ。
二人の胸に去来したのは、裏切られたという憤りではなかった。むしろ、鋭利な刃で心臓を抉られるような、純然たる自責と絶望だった。
(……当然だ。私は、彼女にそう言わせるほど、足を引っ張っていたんだから)
(……セシルの足を止める権利なんて、今の俺たちにはねえ)
クラリスは、接合されたばかりの両腕を強く抱きしめた。まだ感覚が戻りきっていないその腕が、あまりにも情けなく、重い。リンもまた、膝から下の感覚が希薄な両足を地面に投げ出したまま、力なく視線を落とした。
文句を言う資格など、どこにもない。自分たちは「刷新」され、最強の身体を手に入れながら、心と技がそれに追いついていなかった。結果として死に続け、セシルにその才能を犠牲にするよう強いることなど、誇りある冒険者として許されることではなかった。
エルザ、カレン、ミーナの三人も、一切の言葉を発しなかった。
エルザは、焚き火の火を冷徹な目で見つめ、カレンは短剣の柄に指をかけたまま動かず、ミーナはただ静かに目を伏せている。彼女たちは、この残酷な選別が、パーティーが生き残るための「理」であることを理解していた。ここで甘い言葉をかけ、実力不足の者を連れて行くことこそが、真の不誠実であることを。
ベルナールは、セシルの回答に表情一つ変えることなく、ただ短く顎を引いた。
「わかった。……クラリス、リン。お前たちの私物はエルザがアイテムボックスから出す。それを持って、明日一番でこの森を去れ。二度と俺たちの前に現れるな」
ベルナールはそれだけ言い残すと、いつものように背を向け、自分の建屋へと歩き出した。その足音は、二人の絆が断ち切られた音のように、硬く、冷たく響いた。
残された六人の間には、もはや「反省会」の温かさすら存在しない。
セシルは一度も二人を振り返ることなく、自身の魔力を整えるために瞑想を始めた。それは、親友を捨ててまで手に入れた「強さ」への、彼女なりの覚悟の示し方だった。
深い森の夜が、無言の彼女たちを飲み込んでいく。
拠点の喧騒から離れた自身の建屋。ベルナールは一人、灯したばかりのランプの炎を凝視していた。
机の上には飲みかけのエールがあるが、その手はジョッキに伸びることはない。彼の脳裏には、先ほど宣告を下した瞬間のクラリスの絶望に満ちた顔、そして膝を折ったリンの震える背中が焼き付いて離れなかった。
「……許せ。これがお前たちを死なせないための、唯一の道だ」
絞り出すような独り言が、無人の部屋に虚しく消える。
二十四歳の若さでこの世界の「理」に触れ、あまりに多くの死と隣り合わせで生きてきたベルナールには確信があった。今の二人の精神状態では、次に出遭う「事象」に抗うことはできない。魔力量や身体能力がいくら肥大化したところで、心が一度折れた戦士は、戦場でただの肉塊に成り下がる。
連れて行くことは、彼女たちが惨殺される未来を確定させることに等しい。ならば、ここで最強のパーティーから追放し、その誇りをズタズタにしてでも、安全な場所へ帰すべきだ。憎まれても、恨まれても、生きてさえいればいつかまた笑える日が来る。死んでしまえば、その可能性さえ潰える。
冷酷な独裁者を演じ続けるベルナールの心臓もまた、鋼でできているわけではなかった。
一方、外の焚き火を囲む四人の間には、昼間とは違う静謐な空気が流れていた。
エルザは、ベルナールの建屋から漏れる微かな光を見つめ、静かに口を開いた。
「……ベルナールも、楽じゃないわね。あんな憎まれ役、誰だってやりたくないわ」
カレンが、短剣の刃を丁寧に布で拭いながら同意した。
「そうね。本気で見捨てるなら、昨日のうちに置いていけばよかったのよ。今日のリビングアーマー戦だって、救助せずにそのまま死なせることだってできたはず。……あえて完治させてから追い出すのは、五体満足で故郷へ帰すための、彼なりの不器用な『理』なのよ」
ミーナが、夜露に濡れた草花に触れながら言葉を継ぐ。
「視野を持て、思考を止めるなと言い続けたのも、今日この時、彼女たちが自分の意志で『自分は未熟だ』と納得させるためだったのでしょう。納得のない追放は、ただの怨恨を生むだけですから」
最後に、親友を突き放す決断をしたセシルが、深く、深く息を吐いた。
「……理解しています。私が残ると言った時、ベルナールさんは一瞬だけ、悲しそうな目をされました。私までもが彼に重荷(優しさ)を背負わせるわけにはいかない。私が強くなって、彼の隣で剣となり盾となることが、彼への唯一の報いです」
四人は理解していた。ベルナールが下した残酷な宣告の裏側にある、底なしの慈愛を。
それは、共に死ぬことよりも、嫌われてでも生かすことを選んだ、あまりにも重い優しさだった。
夜の森は深く、沈黙を守り続けている。
明日、二人は去り、残された者たちはさらなる修羅の道へと歩み出す。




