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刷新の旅団  作者: 慈架太子


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第1章: 覚醒の刻 ―― 24歳の冒険者、死線で掴んだ魔力の理

薄暗い森の静寂を、獣の低い唸り声と荒い呼吸音が切り裂いていた。ベルナール、24歳。その手には身の丈ほどもある大剣が握られ、周囲を囲む5体のレッドウルフを鋭い眼光で捉えていた。


「来るか……!」


均衡を破ったのは、正面から躍り出た1体だった。ベルナールは大剣を斜めに振り下ろす。刃はレッドウルフの後ろ足に深く食い込み、肉を断つ鈍い感触が掌に伝わった。切り落とすまでには至らなかったものの、溢れ出した鮮血が草地を汚す。致命傷を負った個体は、これまでの俊敏さを失い、悲鳴のような声を上げながら後退していった。


間髪入れず、左右から2体が同時に宙を舞う。ベルナールは横薙ぎの一閃で1体の前足を切り飛ばしたが、もう1体の鋭い牙が彼の左腕をかすめた。熱い痛みが走り、袖が瞬く間に赤く染まる。


ベルナールは一度距離を取り、冷静に左腕の感覚を確かめた。「……動くか。」傷は浅い。しかし、止まらない出血が焦りを誘う。先ほど腕を掠めた個体が、勢いそのままに再び牙を剥いて突っ込んできた。


「舐めるなよ!」


ベルナールは渾身の力で大剣を叩きつける。重厚な刃がレッドウルフの顔面を真っ向から捉え、骨を砕く嫌な音が響いた。顔面が陥没し、抉れた個体はその場に崩れ落ちる。即死こそ免れたものの、もはや戦う力は残っていない。後方では、足に深手を負った個体と前足を失った個体が、どくどくと流れる血の中で悶え苦しんでいた。


残るは2体。窮地に追い込まれた獣たちは、最後の力を振り絞り一斉に襲い掛かってきた。ベルナールは紙一重の差で1体の突進をかわすと、返す刀で別の1体の首筋へ大剣を叩き込む。刃は正確に頸動脈を断ち切り、噴き出した鮮血がベルナールの頬を濡らした。個体は激しく痙攣した後、やがて動かなくなった。


戦いは終わった。しかし、ベルナールは手を休めない。のたうち回る個体、そして顔を抉られ無力化した個体のもとへ歩み寄り、一息にその首を刎ねて引導を渡していく。


「ハァ……ハァ……終わった、か……。」


最後の一体の首を落とし、ベルナールはその場に膝をついた。背嚢をまさぐり、取り出したポーションを左腕の傷口に振りかける。冷や汗とともに安堵がこみ上げてきた。


「なんとかなったけど、流石にやばかったな。5体を一度に相手にするのは、今の俺にはきつすぎる……。」


静まり返った森の中で、彼は荒い息を整えながら、倒れ伏したレッドウルフたちの死骸を見つめていた。



薄暗い森の空気に、鉄錆のような生臭い血の香りが混じり始める。ベルナールは荒い呼吸を整えながら、周囲に転がる5体のレッドウルフの死骸を見渡した。


「……こいつら全部を担いで帰るのは、今の俺には無理だな」


24歳の若き冒険者にとって、5体分の毛皮と肉は大きな稼ぎになるはずだった。しかし、左腕の傷からはまだ血が滲み、大剣を振るい続けた腕の筋肉は悲鳴を上げている。何より、この血の臭いに誘われて、さらに強力な魔物や別の群れがやってくるのは時間の問題だ。


ベルナールは苦渋の決断を下し、腰の解体用ナイフを引き抜いた。

「せめて、魔石だけでも回収してずらかるか」


彼は一番近くに転がっている、首を刎ねた個体の傍らに膝をついた。分厚い赤毛を掻き分け、ナイフの先を胸骨の間に滑り込ませる。手慣れた手つきで胸を割り、心臓の近くに宿る魔力の核を探り当てた。


「よし、一つ目だ」


肉の中から取り出されたのは、無骨な形をした赤黒い小石ほどの大きさの結晶だった。レッドウルフの魔石だ。小指の先ほどしかない劣悪なものではなく、しっかりと魔力を蓄えた、確かな手応えのある大きさだった。彼はそれを無造作に水袋の残りでゆすぎ、腰のポーチへと放り込む。


作業は孤独で過酷だった。二体目、三体目と、返り血を浴びながら次々と胸を裂いていく。顔面を叩き潰した個体の解体に取り掛かったとき、ふと背筋に冷たいものが走った。森の奥の闇から、自分を値踏みするような無数の視線を感じたのだ。


「急がないと、次が来るな……」


焦りが指先を狂わせそうになるのを、ベルナールは必死に抑え込んだ。常に周囲を警戒しながら、四体目の胸元から小石大の魔石を抉り出す。この個体は最初に深手を負わせたものだ。出血がひどかったためか、その体はすでに冷え始めていた。


最後の一体、前足を切り飛ばした個体から5つ目の魔石を回収したとき、ポーチの中には確かな重みが生まれていた。本来なら毛皮も剥ぎたかったが、周囲の藪がガサリと不自然に揺れる音が、決断を促した。


「欲をかきすぎると死ぬ。今日はここまでだ」


ベルナールは血塗れのナイフを鞘に戻し、大剣を背負い直した。5体のレッドウルフの亡骸をその場に残していくのは忍びないが、冒険者の鉄則は「生きて帰ること」だ。彼は最後にもう一度、自分が仕留めた獲物たちに鋭い視線を向けた後、返り血で汚れた体を引きずるようにして、足早に森の出口へと向かった。


背後で、先ほどよりも近い位置から獣の低い唸り声が聞こえた。



レッドウルフとの死闘を終え、魔石を回収し終えたベルナールが立ち上がろうとした、その時だった。


「……ッ?!」


背後の茂みが爆発したかのように弾け、二つの巨大な影が飛び出してきた。血の臭いに引き寄せられた、森の暴君フォレストボアだ。全身を泥と剛毛で固めた巨体は、一頭だけでも冒険者にとっては脅威だが、それが二体同時に、しかも速度を殺さぬまま突進してくる。


ベルナールは咄嗟に傍らの大剣を掴み上げ、低い姿勢で正面の個体を迎え撃った。


「おおおおっ!」


凄まじい咆哮と共に大剣を横一閃に振るう。フォレストボアの突進エネルギーを逆手に取り、重厚な刃をその顔面に叩き込んだ。鼻先から眼球にかけてがグシャリと陥没し、抉れる。致命傷を負った一体目が勢い余って地面を転がる間に、ベルナールは休まず次の動作へ移行した。


二体目はすぐ側まで迫り、その鋭い牙をベルナールの脇腹へ突き立てようとしていた。ベルナールは薙ぎ払った勢いを殺さず、流れるような動作で体幹を捻る。大剣が地面を削るような軌道から、斜め上方へと跳ね上がった。


渾身の逆袈裟斬り。


刃はフォレストボアの喉元から肩口にかけてを深く切り裂いた。泥にまみれた強靭な表皮を断ち割り、噴き出した鮮血がベルナールを濡らす。二体目のフォレストボアは短い悲鳴を上げ、その巨体を宙に浮かせた後、動かぬ肉の塊となって地面に叩きつけられた。


「ハァ、ハァ……。冗談じゃねえぞ、次から次へと……」


荒い息を吐きながら、ベルナールはすぐに解体用ナイフを抜いた。肉を運ぶ余裕など一分もない。彼は二体のフォレストボアの胸元へ順にナイフを突き立て、魔力の核を抉り出した。


「……デカいな。ウルフのより一回り……いや、二回りは大きいか」


取り出した魔石は、先ほどのレッドウルフの小石のような魔石よりも明らかに大きく、ずっしりとした重みがあった。鈍い輝きを放つその結晶を、血を拭う暇もなく腰のポーチへ放り込む。


今やポーチの中には、五つのウルフの魔石と、二つの大ぶりなボアの魔石が詰まっている。動くたびにカチカチと硬質な音が響き、それが今日の命がけの戦果であることを告げていた。


「欲をかきすぎれば次は俺が食われる番だ。引き際だな」


ベルナールは大剣を背負い直した。本来なら高値で売れるはずのフォレストボアの巨躯をその場に残し、彼は一刻も早く森の境界線を越えるべく、警戒を解かずに茂みを突き進む。背後では、新たな捕食者の気配が忍び寄るように、森のざわめきが一段と大きくなっていた。



レッドウルフとフォレストボア。二度の死闘を潜り抜けたベルナールは、血の臭いが充満する戦場を後にし、森の深部を抜けて開けた沢へと辿り着いた。


岩肌を縫うように流れる水音は清らかで、戦いの熱に浮かされた彼の鼓膜に心地よく響く。ベルナールは大剣を岩場に立て掛け、崩れ落ちるように膝をついた。返り血で固まった顔を洗い、冷たい水を喉に流し込む。一息ついた彼は、腰のポーチから手に入れた魔石を取り出した。


「まずは、こいつらを綺麗にしないとな……」


手のひらの上で、五つの小石のようなレッドウルフの魔石と、二つの大ぶりなフォレストボアの魔石が転がる。どれもが獲物の鮮血と脂に汚れ、本来の輝きを失っていた。ベルナールはそれらを両手ですくい上げ、清冽な沢の流れに浸した。


その瞬間だった。


水中で汚れが落ち、魔石たちが本来の姿を露わにしたのと同時に、それらが放つ魔力が共鳴し始めた。レッドウルフの鋭い紅い輝きと、フォレストボアの重厚な深緑の光。異なる属性の魔力が水中で混ざり合い、渦を巻くような光の奔流となってベルナールの腕を伝い上がってくる。


「……っ!? なんだ、これは!」


激痛ではない。しかし、経験したことのない熱い何かが指先から血管を通り、心臓へと一気に流れ込んできた。心臓が早鐘を打ち、全身の毛穴が開くような感覚。脳裏には、先ほどまでの死闘の光景が鮮明にフラッシュバックし、それと同時に自分の身体の輪郭がこれまで以上に明瞭に感じられるようになった。


それは、魔力への「覚醒」だった。


これまでのベルナールは、ただ鍛え上げた筋力と技だけで戦ってきた。しかし今、彼の内側に眠っていた魔力の回路が、七つの魔石が放つ純粋なエネルギーに触発され、一気にこじ開けられたのだ。


視界が歪む。世界の解像度が一段上がったかのように、森の木の葉の揺らぎや、水中に漂う微細な魔力の流れまでが「視える」。体内の熱は次第に落ち着き、代わりに背筋が震えるほどの全能感が彼を包み込んだ。


ベルナールは震える手で、沢から魔石を引き揚げた。水に洗われた魔石たちは、先ほどよりも一層強く、美しく輝いている。


「俺の中に……何かが入り込んだのか?」


彼は無意識に、傍らの大剣の柄を握りしめた。すると、自身の体から溢れ出した魔力が、意志に従うように大剣の刃へと伝わり、鋼の表面が薄らと青白い光を帯びる。


「これが、魔力か……」


24歳という、冒険者としては遅咲きの覚醒。しかし、死線を越えた直後のこの覚醒は、単なる魔術師のそれとは異なり、闘争に特化した強靭な質を備えていた。ベルナールはポーチを固く締め、再び立ち上がる。その瞳には、先ほどまでの疲労は消え、新たな力への戸惑いと、それを上回る確かな野心が宿っていた。




沢の水で清められた七つの魔石をポーチに収め、ベルナールは森を後にした。身体の奥底で静かに脈打つ「新たな力」の余韻に戸惑いながらも、その足取りは以前よりもずっと軽く、確かなものへと変わっていた。


数時間の歩みの末、夕闇に包まれ始めた街の門をくぐる。ベルナールが向かったのは、冒険者たちが集う場所――冒険者ギルドの支部だ。


重厚な木製の扉を押し開けると、安酒と汗、そして鉄錆の臭いが混じった独特の熱気が彼を迎え入れた。酒場を併設したホールでは、仕事を終えた冒険者たちが武勇伝に花を咲かせている。返り血を浴び、衣服の破れたベルナールの姿は一際目を引いたが、彼はそれらを無視して一直線に買取カウンターへと向かった。


「査定をお願いしたい。魔石だ」


カウンターの向こう側で書類を整理していた受付嬢が顔を上げた。彼女はベルナールの惨状を見て一瞬眉を寄せたが、すぐにプロの表情に戻り、革のトレイを差し出した。


ベルナールはポーチの紐を解き、中身をトレイの上にぶちまけた。


カチカチと硬質な音を立てて転がったのは、鮮やかに輝く五つのレッドウルフの魔石と、二つの大ぶりなフォレストボアの魔石だ。ホールの騒がしさが、一瞬だけ静まり返った。


「これは……レッドウルフに、フォレストボアですか。それもこれほど状態の良いものは珍しいですね」


受付嬢の手が止まる。彼女は専門の鑑定ルーペを取り出し、一つひとつを慎重に調べ始めた。特にフォレストボアの魔石については、その大きさと透明度を確認するたびに、彼女の驚きは深まっていくようだった。


「……ウルフの魔石はどれも小石ほどのサイズですが、魔力の密度が高い。そしてこのボアの魔石、通常の個体よりも二回りは大きいですね。ベルナールさん、これらを一人で?」


「ああ。森の深いところでな」


ベルナールの短く、しかし重みのある言葉に、周囲の冒険者たちからどよめきが漏れた。単独でレッドウルフの群れを退け、さらに大型のフォレストボアを二体も仕留めるのは、並の冒険者にできる芸当ではない。


やがて、受付嬢が計算書を書き終えた。


「鑑定が終わりました。レッドウルフ五体分、およびフォレストボア二体分。欠損のない良質な魔石としての査定になります。……合計で金貨三枚と銀貨八枚になりますが、よろしいですか?」


その額は、ベルナールが予想していた以上の大金だった。一ヶ月は遊んで暮らせるだけの報酬だ。


「助かる。頼む」


差し出された革袋を受け取ると、ずっしりとした硬貨の重みが掌に伝わってきた。しかし、今の彼にとって最大の収穫は、金ではなかった。袋を掴む指先から、自身の内側に流れる魔力の感覚がより鮮明に伝わってくる。


「ベルナールさん、左腕のお怪我、医務室へ行かれますか?」


受付嬢の問いかけに、彼は静かに首を振った。

「いや、いい。……自分で何とかできそうだ」


ギルドの喧騒を背に、ベルナールは出口へと歩き出す。新しく手に入れた魔力と、それに見合うだけの戦果。24歳の冒険者は、今まさに自分の人生が大きく動き出そうとしているのを確信していた。




ギルドのカウンターで受け取った報酬の重みを感じながら、ベルナールはまず併設された売店へと向かった。懐には金貨が三枚。今の彼にとって、次に備えるための投資を惜しむ理由はなかった。


「回復ポーションを三本、それと保存食の補充も頼む」


店番の老人は、ベルナールのボロボロの装備と、隠しきれない高揚した気配を交互に見て、黙って棚から小瓶を取り出した。夕陽を反射して揺れる赤い液体は、先ほどの死闘で最後の一本を使い切った彼にとって、何よりの安心材料だった。補充した三本のポーションを背嚢の取り出しやすい位置へ収め、彼はそのままギルドの奥にある酒場へと足を向けた。


酒場は夕食時ということもあり、冒険者たちの喧騒と調理場の熱気で溢れかえっていた。ベルナールは隅の空いた席を見つけ、どっしりと腰を下ろす。


「おい、エールと、今日の肉料理を一番デカい皿で持ってきてくれ!」


威勢よく注文を飛ばすと、ほどなくして並々と注がれたエールのジョッキと、滴る脂が食欲をそそる猪肉のロースト、山盛りの蒸し野菜が運ばれてきた。


「……まずはこれだ」


一気にエールを煽る。冷えた液体が渇いた喉を通ると、戦闘で張り詰めていた神経がようやく解けていくのがわかった。続いて、ナイフで厚切りにした肉を口に運ぶ。噛みしめるたびに溢れる肉汁が、疲弊した体に活力を吹き込んでいく。


「美味い……」


思わず独り言が漏れる。死線を越えた後の食事は、どんな高級料理よりも贅沢に感じられた。

食事を続けるうちに、ベルナールの意識は自然と自身の内側へと向かった。沢で魔石を洗った時から続いている、あの妙に澄み渡った感覚だ。


無意識にフォークを握る手に力を込めると、指先から微かな熱が伝わり、金属の表面がわずかに輝いたように見えた。以前の彼なら、ただ「力がみなぎっている」としか思わなかっただろう。だが今の彼には、それが自分の内側から溢れ出す魔力の脈動であることが明確に理解できた。


「俺は、本当に変わったんだな……」


24歳。若手とは言えず、中堅の入り口に立って足踏みをしていた自分が、今まさに未知の領域に足を踏み入れている。その事実は、肉の味をさらに濃く、エールの酔いを心地よいものに変えた。


周囲では、他の冒険者たちが「レッドウルフの群れが現れたらしい」だの「ボアの死骸が転がっていた」だのと噂話をしていた。それが自分の仕業であることはおくびにも出さず、ベルナールは黙々と胃袋を満たしていく。


最後の肉片を平らげ、皿に残ったソースをパンで拭って口に放り込むと、心地よい満腹感が彼を包み込んだ。

「ハァ……食ったな。」


背嚢の中には予備のポーションが三本。腹の中には確かな活力。そして魂には、新たな魔力。ベルナールは立ち上がり、宿屋へ向かうべく酒場を後にした。明日の朝、目が覚めたとき、この力で何をすべきか。彼の冒険者としての第二の人生は、静かに、しかし熱く始まろうとしていた。



ギルドに併設された宿の一室。質素な木製のベッドに腰を下ろしたベルナールは、部屋の灯りである蝋燭を消し、静寂の中に身を置いた。窓から差し込む月光だけが、壁に立て掛けられた大剣の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。


「……さて、試してみるか」


ベルナールはゆっくりと目を閉じ、自身の呼吸に意識を向けた。沢で魔石を洗ったあの瞬間から、身体の奥底に棲みついた「熱い澱」のような感覚。それをただの興奮として散らすのではなく、意思の力で手繰り寄せていく。


まずは右手の平に意識を集中させた。すると、心臓の鼓動に合わせて何かが脈打ち、熱が腕の血管を伝わって指先に集まってくるのが分かった。目を開けると、暗闇の中で手のひらが淡い青白色の光を帯びている。


「これが魔力か。思っていたよりもずっと……熱いな」


その熱は、放っておけば霧散してしまいそうなほど不安定だった。ベルナールは奥歯を噛み締め、その「熱」を球状に丸め込むイメージを持った。逃げようとする力を無理やり抑え込む。剣を振るうのとは全く別の、精神を削るような集中力が求められた。


次に、その集めた魔力を指先から一本の細い糸のように伸ばしてみる。糸は空中でゆらゆらと揺れ、ベルナールの制御を離れて消えようとする。それを繋ぎ止め、今度は左手へと移動させる。熱が肩を通り、背中を抜け、左の指先へと渡る。


「くっ……」


額に脂汗が浮かぶ。身体の内部を異物が通り抜けるような感覚に、吐き気にも似た眩暈が襲う。しかし、ベルナールは諦めなかった。彼は24歳だ。冒険者として「先がない」と言われ始める年齢で手に入れたこの幸運を、ただの奇跡で終わらせるつもりは毛頭なかった。


一時間、あるいは二時間が経過しただろうか。

感覚が研ぎ澄まされていくにつれ、魔力の流れは次第に滑らかになっていった。彼は次に、この力を「大剣」へと通す訓練に移った。


傍らにある大剣の柄にそっと手を触れる。自分の体内の魔力を、鋼の塊へと流し込む。

冷徹な金属が、彼の魔力を受け入れた瞬間に共鳴した。キィィィン、という微かな金属音が響き、大剣の身が月光よりも鋭い光を放ち始める。ただ重いだけだった大剣が、まるで自分の肉体の一部になったかのような一体感。


「これなら……今まで斬れなかったものも斬れるかもしれない」


魔力を通した剣は、鋼以上の硬度と、風を切り裂く鋭さを帯びているように感じられた。ベルナールは魔力の供給を止め、深く長い息を吐き出した。


全身を激しい疲労感が襲う。魔力操作の訓練は、一日中魔物と戦うよりも神経を消耗させるものだった。しかし、彼の唇は自然と吊り上がっていた。


「まだまだ未熟だが、きっかけは掴んだぞ」


ベルナールはそのままベッドに倒れ込んだ。明日からは、この魔力を込めた一撃を実戦でどう使うか、そのための特訓が必要になるだろう。24歳の冒険者は、心地よい疲労感と新たな可能性への期待に包まれながら、深い眠りへと落ちていった。




翌朝、ベルナールの目覚めはかつてないほどに鮮烈だった。昨晩の魔力操作の訓練による精神的な疲労は、深い眠りによって心地よい充実感へと変わっていた。彼は宿を早朝に立ち、街の外れにある人跡稀な荒地へと向かった。そこには風雨に晒された巨大な岩石や、立ち枯れた大木が点在しており、実戦形式の訓練にはうってつけの場所だった。


「……よし、まずは感覚の再現だ」


ベルナールは大剣を抜き放ち、眼前の硬そうな巨岩に向き合った。昨晩、宿屋の暗闇の中で掴んだ「熱」を呼び起こす。心臓の鼓動を意識し、体内に溜まった魔力を腕から柄、そして鋼の刃へと押し流していく。


キィィィン……。


静寂の中に、魔力と鋼が共鳴する高い音が響く。大剣の刀身が青白い光の衣を纏った。ベルナールは大きく踏み込み、無造作に横一閃を放った。


――パァン!


乾いた破砕音が響く。本来なら大剣の重みで叩き割るはずの岩が、まるで熱したナイフでバターを撫でたかのように、滑らかな切断面を残して上下に分かたれた。ベルナールは自分の手元に伝わった感触の軽さに、思わず目を見開いた。


「嘘だろ……。ほとんど手応えがなかったぞ」


岩を斬るというよりも、空間そのものを切り裂いたかのような感覚。ベルナールは興奮を抑え、次は数歩先にある立ち枯れた大木へと視線を向けた。巨人の腕ほどもある太い幹だ。


彼は魔力をさらに練り上げ、今度は刃の表面に「薄く、鋭く」定着させるイメージを持った。魔力が濃すぎれば制御を失い、薄すぎればただの鉄の塊に戻ってしまう。24年間培ってきた身体能力を総動員し、魔力と筋力の完璧な調和を模索する。


「はぁぁぁっ!」


鋭い気合と共に、逆袈裟に斬り上げた。

大剣は音もなく大木を通り抜けた。一瞬の後、自重に耐えかねた巨木がゆっくりと傾き、凄まじい地響きを立てて地面に倒れ伏す。切断面は鏡のように滑らかで、魔力による高熱のせいか、わずかに炭化して煙を上げていた。


「これだ……。これなら、ボアの硬い皮膚も、さらに上位の魔物の装甲だって……」


ベルナールは荒い息を吐きながら、光り輝く愛剣を見つめた。しかし、代償も小さくはなかった。わずか数太刀振るっただけで、全身を鋭い倦怠感が襲う。魔力を纏わせるという行為は、想像以上に精神力と体力を削り取る「諸刃の剣」だった。


「威力は申し分ない。だが、これじゃあ数分も持たないな。実戦で使うなら、当てる瞬間にだけ魔力を爆発させる技術が必要か……」


彼は再び剣を構え直した。岩を斬り、木を断ち、己の中の魔力の残量を確認しながら、何度も、何度も刃を振るう。

日の光が天高く昇る頃、荒地には幾つもの岩の破片と、無残に切り刻まれた倒木が散乱していた。


汗だくになりながらも、ベルナールの瞳にはかつてない自信が宿っていた。才能がないと諦めかけていた「力」が、今、彼の手の中で研ぎ澄まされようとしている。彼は一息つくと、ポーションを一口飲んで渇きを癒やし、さらなる高みを目指して再び大剣を振り上げた。




荒地の空気は、ベルナールの荒い呼吸と、大剣が発する微かな魔鳴り(まなり)で満ちていた。岩や大木を斬る近接戦闘の訓練を一通り終えた彼は、次に新たな可能性の模索に入った。


「斬るだけが魔力の使い道じゃないはずだ。……溜めて、放つ。遠距離の敵を牽制できれば、立ち回りは劇的に変わる。」


ベルナールは十歩ほど先の立ち枯れた木を見据え、大剣を正眼に構えた。剣を振るうのではなく、剣先を銃口に見立てるイメージ。体内の魔力を一度心臓付近に凝縮し、それを一気に右腕、そして大剣の切っ先へと押し流す。


「出ろ……っ!」


切っ先に集まった青白い光が、耐えきれなくなったかのように弾けた。だが、放たれた魔力は弾丸とは程遠い、ただの不規則な光の飛沫となって霧散した。木には届きもしない。


「……放出の制御が甘い。もっと一点に、鋭く固めろ。」


ベルナールは再び集中する。今度は「弾く」のではなく「押し出す」感覚。剣先に魔力を練り上げ、親指ほどの大きさの硬い塊を作る。精神を研ぎ澄ませ、標的となる木の幹の一点だけを見つめた。


「そこだ!」


鋭い呼気と共に剣を突き出す。今度は光の礫が一直線に飛び出した。空気を切り裂く高音が響き、礫は狙い過たず幹に命中した。乾いた音が響き、木の表面が拳一つ分ほど爆ぜる。


「当たった……。だが、威力が足りないし、消費が激しすぎるな。」


手応えはあった。しかし、たった一発放っただけで、脳の奥を針で刺されたような痛みが走る。魔力の「放出」は、体内に留めておく「纏い」よりも遥かに効率が悪い。だがベルナールは止めなかった。実戦で窮地に陥った時、この一撃が生死を分けるかもしれないと本能が告げていた。


二発、三発と、彼は魔力の弾丸を放ち続けた。

五発目を放つ頃には、視界がチカチカと明滅し始める。足元がふらつき、大剣の重さが倍以上に感じられた。これが「魔力枯渇」の前兆だ。普通の冒険者ならここで止める。だが、彼はあえてその先を求めた。自分の限界がどこにあるのか、空っぽになった時に何が起きるのかを知らなければ、命は預けられない。


「あと……一発……!」


意識が遠のきそうになるのを、奥歯が砕けんばかりに噛み締めて繋ぎ止める。体内の最後の一滴を絞り出すように魔力を練り、剣先に凝縮させた。今や魔力の弾丸は、夕闇が迫る荒地で太陽のように眩く輝いている。


咆哮と共に放たれた最後の一撃は、これまでのどれよりも速く、鋭かった。光の弾丸は大木の幹を貫通し、背後の岩に当たって砕け散った。


その瞬間、ベルナールの視界が真っ暗に染まった。

「……ッ……」

声にもならない吐息を漏らし、彼はその場に膝をついた。全身から力が抜け、指一本動かすことができない。心臓が痛いほど激しく打ち鳴らされ、冷や汗が地面を濡らす。魔力が枯渇した肉体は、まるで魂を抜き取られた抜け殻のようだった。


しばらくの間、彼は倒木のように動けずにいた。だが、意識の混濁の中で、ベルナールは確かな充足感を感じていた。空っぽになった回路に、周囲の自然から微かな活力が流れ込んでくるような、不思議な感覚。


「ハァ……ハァ……。限界は……分かった……。」


泥にまみれ、満身創痍。しかし、24歳の冒険者は、誰も見ていない荒地で独り、満足げに口角を上げた。この限界を超えた先にある強さを、彼は確かに掴みかけていた。





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