〇〇八:林教頭、不条理の道を行き、魯智深、野猪林に義を貫く
高太尉は冷酷な眼差しで、左右に控える者たちに命を下しました。居並ぶ軍校たちが一斉に武器を構え、林沖を捕らえて今まさに切り捨てようとしたその瞬間、林沖は張り裂けんばかりの声で「冤罪でございます!」と叫びました。
しかし、太尉は鼻で笑い、突き放すように言い放ちます。
「貴様、軍機を司るこの白虎節堂へ、何の用があって忍び込んだのだ。その手に鋭利な刃物を握っていながら、私を殺しに来たのではないと言い逃れするつもりか」
林沖は必死に声を振り絞りました。
「太尉のお呼びがなければ、どうして勝手に足を踏み入れましょうか。二人の承局(下級役人)が『中へ入れ』と申すゆえ、ここまで参ったのです」
太尉の一喝が響き渡ります。
「出鱈目を言うな! 我が府にそんな承局などおらぬ。この悪党め、往生際が悪いぞ!」
太尉は冷徹に命じました。
「開封府へ連行せよ。騰府尹に伝え、厳しく取り調べた上で処断せよとな。この宝刀も封印し、確かな証拠品として持っていけ」
こうして林沖は、監禁されたまま開封府へと引き立てられました。
折しも、府尹(知事)が公務に就いている最中でしたが、その役所の威容は、見る者を圧倒する凄まじいものでした。
壁を飾る緋色の羅が風に揺れ、机を囲う紫の綬が重厚な空気を醸し出しています。正面には朱色の額が掲げられ、四方には斑竹の簾が静かに垂れ下がっています。官僚たちは正道を護るが如く居並び、戒石銘には皇帝が刻ませた四行の詩が鋭く光を放っています。令史たちは厳格な面持ちで控え、漆の札に記された「低声」の二文字が、静粛な場を支配していました。
機密を司る提轄官や出入を管理する客帳司が目を光らせ、重々しい役人たちや威厳に満ちた節級が立ち並びます。藤の鞭を握る祗候が階段に、大きな杖を持つ者が左右に分かれ、その姿はまるで神殿に並ぶ像のように厳格でした。
家督や婚姻の争いには天秤のような公平さを、喧嘩や是非の裁きには曇りなき鏡のような明晰さをもって挑む。一郡を治める長でありながら、民の父母として慈しみ、時には氷の上に立たせるような厳しさをもって真実を照らし出す――その威儀は言葉で尽くしがたいものでした。
高太尉の部下たちは林沖を階段の下に跪かせ、太尉の伝言を伝えると、封印された刀を突き出しました。府尹が問いかけます。
「林沖よ、お前は禁軍の教頭という立場にありながら、軍の法度を知らぬはずがあるまい。利刃を手に節堂へ押し入るとは、極刑に値する重罪だぞ」
林沖は、澱みのない声で答えました。
「長官殿、どうか明鏡止水の如き公平なお裁きをお願いいたします。私は粗野な武漢にすぎませんが、法度は弁えております。理由もなく節堂へ入るはずがございません。
実は先月二十八日、妻と岳廟へ参りました折、高太尉の息子である小衙内が私の妻に不埒な真似をしようとしたのを、私が叱り飛ばしました。その後、陸虞候が私を酒に誘い出し、その隙に富安が妻を陸の家へ連れ込み、弄ぼうとしたのです。これらには証人もおります。その翌日、私はこの刀を買い求めました。
すると今日、太尉が差し向けた二人の承局が『刀を鑑定するゆえ府へ持参せよ』と私を呼びに来ました。二人に付いて節堂まで参りましたが、彼らが姿を消した途端に太尉が現れ、私を陥れたのです。どうか、この無念をお察しください」
府尹は林沖の言い分を黙って聞き、受領書を渡して使いの者を帰すと、林沖に首枷をはめて牢に監禁しました。林沖の家からは食事が差し入れられ、役人たちへの根回しも行われました。義父である張教頭も、全財産を投げ打つ覚悟で方々に減刑を働きかけました。
幸いなことに、開封府には孫定という、実務に長けた「孔目」がおりました。彼は剛直な性格で、善行を積み人を助けることに尽力していたため、世間からは「孫仏児」と慕われていました。この事件の真相を見抜いた孫定は、府尹に進言します。
「この件、明らかに林沖は罠に嵌められたのです。どうか、彼の命を救ってやりましょう」
府尹は困惑した表情で答えました。
「しかし、高太尉からは『断罪せよ』と強い圧力がかかっている。刃物を持って節堂に入り、上官を殺そうとした罪を、どうして庇えようか」
すると孫定は、鼻で笑って言い放ちました。
「この開封府は、朝廷の役所ですか、それとも高太尉の私邸ですか」
「何を無礼な!」
「誰もが知っております。高太尉が権勢を傘にやりたい放題であることを。気に食わぬ者がいれば開封府に送り込み、殺せ、切り刻めと命じる。これでは太尉の私刑場と同じではありませんか」
府尹は沈黙しましたが、やがて低い声で尋ねました。
「では、どう処遇すればよいと言うのだ」
「林沖の言い分には一理あります。ただ、姿を消した二人の承局を捕らえられぬのが悔やまれる。ここは一つ、『不注意により刃物を帯びたまま節堂に入ってしまった』という罪名に書き換えましょう。背中を二十回叩く脊杖に処した上で、遠方の軍州へ流刑とするのが妥当です」
府尹も内心では真相を悟っており、自ら高太尉のもとへ赴いて、林沖の言い分を粘り強く説明しました。太尉も自らの非を悟り、また府尹の顔を立てる形で、渋々この案を飲みました。
その日のうちに刑が執行されました。林沖の大きな枷が外され、背中に二十回の棒打ちが加えられました。続いて文筆職人が呼ばれ、林沖の頬に罪人の徴である刺青が刻まれます。配流先は滄州の牢城と決まりました。重さ七斤半、鉄板の入った重い首枷をはめられ、封印の紙が貼られます。護送役として二人の役人、董超と薛霸が付けられました。
役所に引き立てられていく林沖を、近所の人々や張教頭が待ち構えていました。一同は州橋の下にある酒屋に入りました。林沖は「孫孔目のおかげで、打ち身が手加減されていた。だからこうして歩けるのだ」と感謝を口にします。張教頭は役人たちを豪華な酒食でもてなし、銀貨を包んで「道中、婿をどうかよろしく頼みます」と深く頭を下げました。
酒が数杯回った頃、林沖は義父の手を震わせながら取り、重苦しく口を開きました。
「お父上、私は運悪く高衙内に目をつけられ、このような屈辱を味わうことになりました。今日、一つだけお伝えしたいことがあります。娘さんを妻に迎えて三年、私たちは一度も不仲になったことはありません。しかし今、私は滄州へ流され、生きて戻れる保証もありません。娘さんはまだ若く、私のような罪人を待っていては一生を台無しにします。ですから、この場で休妻書(離婚届)を書かせてください。彼女の再婚を認め、私は一切の異議を申しません。そうでなければ、高衙内の魔の手から彼女を守ることもできず、私は安心して旅立てないのです」
張教頭は驚き、叫ぶように言いました。
「婿どの、何を言うか! これはただの不運な事故だ。滄州で嵐をやり過ごせば、いつか必ず再会できる。娘は私が引き取り、一生養ってやる。高衙内などには指一本触れさせん。余計な心配をせず、体を大事に行ってくれ」
しかし、林沖は頑なに聞き入れません。
「お父上の慈悲には感謝しますが、それでは私の気が済みません。もし許してくださらないなら、たとえ私が帰ってこれたとしても、二度と彼女の顔は見ません」
ついに教頭も折れました。「分かった。お前の気が済むように書くが、私は娘を他所へ嫁に出したりはせんからな」
林沖は代書人に頼み、次のような言葉を綴らせました。
『東京八十万禁軍教頭、林沖。重罪を犯し滄州へ流されるにあたり、先行きは不透明なり。妻の張氏、年若きゆえ、ここに休妻書を立てて再婚を認め、永く争いなきことを約す。これは自らの意志であり、誰に強要されたものでもない。後日の証拠としてこれを記す。』
林沖が署名し、その横に指紋を押したその時です。
妻の張氏が、声を上げて泣きながら駆け込んできました。小間使いの錦児が、着替えの包みを抱えて付き添っています。林沖は立ち上がり、静かに言い聞かせました。
「お前、今お父上にすべてを話したところだ。私は不運にもこのような身の上となった。お前の若さを無駄にしたくない。良い縁談があれば再婚してくれ。私のことは忘れるのだ」
妻は泣き崩れ、林沖の衣を掴みました。
「あなた、私は何の不始末もしておりません。どうして私を捨てたりなさるのですか!」
張教頭も懸命になだめます。
「娘よ、案ずるな。婿がこう言っているのは、お前を心から思ってのことだ。私は決してお前を他所へ出したりはせん。一生面倒を見てやるから、節操を守って彼の帰りを待つがよい」
しかし、妻は嘆き悲しみ、手渡された離婚の書状を一目見るなり、絶望のあまり意識を失って倒れ伏しました。
その姿は、まるで荊山の玉が砕けたかのようで、数十年にわたる結髪の縁が断ち切られる悲しみに満ちていました。宝の鏡に咲いた花が散り、九十日の春の契りが虚しく消え去るような光景です。倒れ臥す容姿は、西苑の芍薬が朱色の欄干に寄り掛かるが如く美しくも儚く、口を閉ざしたままの姿は、南海の観音が入定されたかのように静まり返っていました。昨夜、小園を吹き抜けた激しい東風が、江辺の梅を無残にもなぎ倒してしまったかのようでした。
林沖と教頭が介抱してようやく息を吹き返しましたが、妻の涙は止まりません。林沖は断腸の思いで、書状を教頭に託しました。近所の女性たちに抱きかかえられ、去っていく妻の背中を見送ると、林沖は義父に最後の別れを告げました。荷物を背負い、促されるまま役人に連れられて行きました。
さて、護送役の董超と薛霸は、一度林沖を監獄に預けると、家に戻って支度を整えました。董超が荷物をまとめていると、酒屋の使いが来て「閣下にお会いしたいという方がおられます」と告げました。行ってみると、そこには立派な身なりの男が座っていました。陸虞候、その人です。
陸謙は二人の役人を豪華な酒宴でもてなすと、突然、十両の金を差し出しました。
「二人の端公、これを受け取っていただきたい。少し頼みがあるのだ」
役人たちが不審がると、陸謙は声を潜めて囁きました。
「私は高太尉の腹心、陸謙だ。太尉の命を伝える。林沖を生かして滄州へ着かせてはならぬ。道中の寂しい場所で仕留めてしまえ。そうすれば、太尉からさらに十両の礼金を出し、出世も約束しよう。開封府には太尉から話を通しておくゆえ、心配はいらぬ」
董超はためらいましたが、相方の薛霸は欲に目が眩み、「太尉の命令とあれば断れませぬ。先の松林のあたりで片付けましょう」と引き受けてしまいました。
翌日、董超と薛霸は刑棒を手に林沖を連れ出し、都を立ちました。
時は六月の盛り。うだるような酷暑の中、林沖は先日叩かれた背中の傷が痛み出し、一歩歩くのさえやっとの有様です。しかし薛霸は、「ぐずぐず歩くな!」と罵声を浴びせ続けました。
空には火の輪のような太陽が低く落ち、玉の鏡のような月が懸かろうとしています。遠くの村々からは夕飯の支度の煙が立ちのぼり、近くの柴の門は半ば閉じられています。僧は古寺へと歩みを急ぎ、カラスがねぐらの林へと帰っていきます。漁師は日陰の岸辺に舟を寄せ、蝉の声が夕風に揺れています。牛や羊は囲いへ戻り、驢馬は蒸し暑い道に疲れ果てていました。
その夜、三人は村の宿に泊まりました。林沖はわずかな銀貨を出し、役人たちに酒を振る舞いました。二人は林沖に酒を浴びるほど飲ませて酔い潰すと、恐ろしい計略を実行に移します。
薛霸は煮えくり返るような熱湯を桶に入れ、「林教頭、足を洗って寝ろ」と呼びました。枷のせいで身動きが取れない林沖に代わり、薛霸は「俺が洗ってやる」と、林沖の足を強引に熱湯の中に押し込みました。
「あついッ!」
林沖が悲鳴を上げて足を引っ込めると、足の裏は真っ赤に腫れ上がり、大きな火傷の泡がいくつもできてしまいました。薛霸はわざと逆ギレし、「せっかく親切で洗ってやったのに、文句を言うな!」と一晩中罵り続けたのです。
翌朝、まだ夜も明けぬ二時頃、役人たちは林沖を無理やり叩き起こしました。足の火傷でまともに歩けない林沖に対し、董超は麻で編まれた新しい草鞋を渡しました。それがまた傷口に食い込み、激痛を走らせます。林沖が泣き言を言うと、薛霸は棒で小突き、無理やり歩かせました。
五里ほど歩いた頃、霧の向こうに、不気味に生い茂る森が見えてきました。
枯れた蔓は雨の脚のように幾重にも重なり合い、高い枝は雲のように鬱蒼と茂っています。いつの日が差したのかも分からぬほど暗く、ただ冤罪を恨む魂の叫びだけが絶え間なく響くような、禍々しい場所。
その森の名は「野猪林」。都から滄州へ向かう道中で、最も険しく恐ろしい場所として知られていました。昔から、恨みを買った者を始末するために、役人に金を握らせてここで殺害させるのが暗黙の了解となっていたのです。
森の奥深くに入ると、役人たちは「疲れたから一休みしよう」と言い、林沖を大きな樹に寄りかからせました。林沖が力なく倒れ込むと、薛霸が言いました。
「お前が逃げ出すと困るから、少し縛らせてもらうぞ」
林沖は「私は武士だ、逃げも隠れもしない」と言いますが、薛霸は耳を貸さず、林沖の手足を首枷ごと樹にぐるぐる巻きに縛り付けました。
その瞬間、二人の役人の顔から一切の慈悲が消えました。
二人は水火棍を構え、林沖を冷たく見下ろします。
「林沖よ、恨むな。俺たちも高太尉と陸虞候から命じられたのだ。ここでお前を殺し、刺青の皮を剥ぎ取って証拠として持ち帰らねばならん。お前の命日は今日だ。来年の今頃は、あの世で供養してもらうんだな」
林沖は涙を流して命乞いをしましたが、董超は「救ってやりたいのは山々だが、逆らえばこちらの命がない」と吐き捨てました。
薛霸が水火棍を高く振り上げ、林沖の頭を目がけて、渾身の力で振り下ろしました!
万里の黄泉に宿屋なし。
さまよう三つの魂は、今夜、いずこの地に堕ちるのか。
果たして、林教頭の運命はどうなるのでしょうか。
【Vol.008:林沖の激マブ悲劇とデス・ロード】
1. ハメられ方がエグすぎる
まず、ブラック上司の高太尉がガチでクズ。林沖を「刀の鑑定してよ〜」って呼び出しておいて、入ったら即「お前、俺を暗殺しに来たな!?」って冤罪を吹っかける。ガスライティングの極み。 普通なら即死刑ルートだけど、ここで「孫仏児」っていう超いいやつが「いや、これハメられてね?」って救いの一手を。結果、顔にタトゥー(刺青)入れられて、滄州へ島流し決定。詰み一歩手前。
2. 涙不可避の「愛の離婚届」
ここが今世紀最大の胸アツ&涙腺崩壊ポイント。林沖は出発前、奥さんの張氏に「離縁状」を渡すんだ。これ、嫌いになったんじゃなくて、「俺を待ってたら、あのクズ息子(高衙内)に狙われ続けてお前の人生終わるから、自由になって再婚してくれ」っていう、クソデカ感情あふれる究極の優しさ。奥さんは「そんなの無理!」って泣き崩れて気絶。水墨画レベルの美しすぎる悲劇。愛が重い、重すぎるよ林教頭!
3. 地獄のデス・マーチ(拷問付き)
護送役の役人二人が、実は高太尉から「道中で林沖を消せ」って裏金もらってる汚職野郎。この旅路がまじで地獄。
熱湯フットスパ: 「足洗ってやるよ」って言いつつ、煮えたぎる熱湯に足を突っ込ませて大火傷させる。
トゲ付き草鞋: 火傷した足に、硬い麻の草鞋を履かせて歩かせる。一歩ごとに激痛。
これ、もはやサバイバル。林教頭、メンタルもフィジカルもボロボロで歩く姿は、ガチで見てられないレベル。
4. 絶体絶命のラストチャンス
舞台は「野猪林」。昼間でも暗い、暗殺スポット。役人たちが「逃げないように」って林沖を木に縛り付け、ついに本性を現す。「恨むなよ、これも仕事だ!」って言って、デカい棒を林沖の頭にフルスイングしようとしたその瞬間……!
もうね、林沖が「善人すぎて損するタイプ」の極致すぎて、読んでるこっちの情緒がバグる回。でも、この絶望感が深ければ深いほど、次の瞬間の「あの男」の登場が爆アゲになるんだわ。
愛のために愛を捨てる林沖、マジ尊い。
でも、運命はまだ彼を見捨てちゃいねえ!次回の「暴れん坊坊主」の乱入を震えて待て!




