〇〇七:花和尚、柳を根こそぎに引き抜き 豹子頭、誤って白虎堂に踏み入る
白虎堂深く 漆黒の魔殿
柱は巨木 威厳を放つ
林沖立つ 宝刀を手に
知らぬ罠 運命の淵
渇筆の兵 影から湧き
槍の嵐 囲む渦
雲は白虎 天に吼え
英雄孤立 一点の光
叫び響く「罠か!」と
墨絵は語る 忠義と闇を
歴史の筆 残酷なまで
ここに描かれし 一瞬の真
【しおの】
さて、物語の舞台は開封。酸棗門の外には、二十人から三十人ほどのならず者たちが、いつものようにたむろしておりました。その連中の頭を張っているのが、「街渡りの鼠」こと張三と、「草むらの蛇」こと李四という二人の男です。
ある日のこと、彼らが大勢を引き連れてやってきた時、智深はちょうど菜園の肥溜めのそばにおりました。一団が足を止め、「和尚様、ご就任のお祝いに参りました」と口々に囃し立てるのを聞き、智深は「近所の者たちか。それなら、中へ入って座るがよい」と応じました。
ところが、張三と李四は地面に跪いたまま、一向に立ち上がろうとしません。実は、智深が自分たちを抱き起こそうと近寄った隙に、彼を肥溜めへと突き落としてやろうという卑劣な企みがあったのです。
しかし、智深はその魂胆をとうに見抜いていました。
「この不届き者め。近寄ろうともせず、さては俺を転がそうというつもりか。虎の髭を抜くのがどれほど恐ろしいことか、その身に教えてやろう」
智深は大股で歩み寄りました。張三と李四は「お師匠様、ご挨拶を……」と声を合わせるや否や、一人は左足を、もう一人は右足を狙って猛然と飛びかかってきました。
だが、智深の動きはそれより遥かに速かった。右足がしなやかに一閃し、まずは李四を肥溜めへと蹴り飛ばします。慌てて逃げ出そうとした張三も、智深の左足からは逃れられず、相棒の後を追うように肥溜めへと沈んでいきました。
後ろに控えていた二、三十人のならず者たちは、目を見開いたまま呆然と立ち尽くし、やがて蜘蛛の子を散らすように逃げようとします。そこへ智深の雷のような一喝が響きました。
「一人でも逃げれば肥溜めへ叩き込むぞ。二人逃げれば、二人ともだ!」
その迫力に圧倒され、ならず者たちは金縛りにあったように動けなくなります。やがて肥溜めから張三と李四が這い出してきましたが、その溜めは底知れぬほど深く、二人は全身が排泄物まみれ。髪には蛆虫が這い回り、「お師匠様、お許しを、どうかお許しを!」と涙ながらに許しを請うのでした。
智深は鼻で笑って命じました。
「そこのろくでなしども、その二人を引き上げてやれ。そうすれば許してやる」
仲間たちが二人を救い出し、ヒョウタン棚のそばまで運びましたが、立ち込める異臭に誰も近寄ることができません。智深は高笑いして言いました。
「この愚か者めが。菜園の池で体をきれいに洗ってから、改めて話を聞いてやる」
二人が身を清め、仲間の服を借りて着替えた後、智深は「寺の役所へ来い。話がある」と呼び出しました。智深が中央の席にどっかと腰を下ろし、一同を鋭い眼光で射抜きます。
「貴様ら、この俺を欺けると思うな。何者だ、一体何をしに来た」
張三と李四たちは一斉に跪き、震えながら白状しました。
「私共はこの土地の者で、博打で日銭を稼いでおります。この菜園は私共の格好の稼ぎ場でありまして、これまで相国寺が何度人を遣わしても、力ずくで追い返してきました。しかしお師匠様、これほどの腕前をお持ちとは思いもよりませんでした。今日からは心を入れ替え、喜んでお仕えいたします」
「俺は関西の延安府、老種経略相公の幕下にいた提轄官だ。人を殺めすぎたがゆえに僧となり、五台山を経てここへ辿り着いた。俗名は魯達、法名は智深という。貴様らのような小悪党が二、三十人いようが、たとえ千軍万馬の真っ只中であろうが、俺は独りで斬り込み、斬り抜けて見せるわ」
ならず者たちはその威風にすっかり平伏し、その日は引き上げていきました。
翌日、心を入れ替えた彼らは、十瓶の酒と一頭の豚を買い込み、智深を宴に招きました。皆で酒を酌み交わしていると、智深が「なぜ、これほどまでに無駄遣いをしたのか」と尋ねました。
「今日からはお師匠様という頼もしいお方を主に迎えられた。これは私共にとって最高の幸せ、福分でございます」
宴は最高潮に達し、歌う者、昔語りをする者、手を叩いて笑う者たちで賑わいました。そこへ、門の外から鴉の「カーカー」という不吉な鳴き声が聞こえてきました。
ならず者たちは顔をしかめ、「赤口上天、白舌入地(わざわいよ、天へ去れ)」と不吉を払う呪文を唱えました。
「何の騒ぎだ?」と智深が問うと、菜番の道人が答えました。
「壁際の柳の木に鴉が新しく巣を作ったのです。朝から晩まで騒がしくてかないません」
ならず者たちが「梯子を持ってきて壊してしまおう」と言い出すと、智深は酒の勢いも手伝って、「どれ、俺が見てやろう」と庭へ出ました。
「梯子を登って巣を壊せば、耳も清々するというものです」と言う李四の言葉を余所に、智深は柳の大木をじろりと見定めました。そして、おもむろに僧衣を脱ぎ捨てたのです。
右手を下に、体を逆手に構え、左手で上部をがっしりと掴む。腰に渾身の力を込めた瞬間――。
なんと、あの大木を根こそぎ引き抜いてしまったのです!
ならず者たちはその場にひれ伏しました。
「お師匠様はただの人ではありません。真の羅漢の化身です。千万斤の力がなければ、これほどの大木を抜くことなど到底不可能です」
「これしきのこと、驚くには及ばん。明日は俺の演武を見せてやろう」
翌日から、ならず者たちは智深に心底心酔し、毎日酒や肉を供えてはその演武を拝見するようになりました。数日が経ち、智深はふと思いました。
「毎日もてなされてばかりでは申し訳ない。今日は俺が返礼をしよう」
智深は果物や酒、豚と羊を買い込ませました。時は三月末、陽気はすでに初夏の趣を帯びていました。緑豊かな槐の木の下に筵を敷き、賑やかな宴が始まりました。
酒が回った頃、ならず者たちが願い出ました。
「お師匠様の力自慢は存分に拝見しましたが、ぜひ武器の腕前も拝見しとうございます」
「よかろう」
智深は部屋から「渾鉄禅杖」を取り出してきました。長さ五尺(約1.5m)、重さは実に六十二斤(約37kg)。一同はその重さに、ただただ驚愕するばかりです。
智深がそれを振り回すと、猛烈な風を切り、隙一つない見事な演武が繰り広げられました。
そこへ、壁の外から一人の男がその様子を眺め、惜しみない喝采を送りました。
「なんと見事な腕前か!」
智深が手を止めると、壁の欠けたところに一人の武官が立っていました。その出で立ちは実に堂々としたものです。
頭には青紗の抓角巾を戴き、後頭部には二つの白玉を連ねた美しく輝く鬢環。緑の羅(薄絹)で作られた戦袍を身に纏い、腰には銀の帯をきつく締めている。足元には皁の長靴を履き、手には西川の扇を携えていました。
その男は「豹のような精悍な頭に、鋭く丸い眼、燕の顎に、虎を思わせる髭」という凛々しい風貌。背丈は八尺(約184cm)ほどもあり、年は三十四、五歳といったところでしょうか。
「お師匠様、誠に、誠に非凡な腕前だ!」
智深が「あの御仁は何者だ」と問うと、ならず者たちが誇らしげに答えました。
「あの方は八十万禁軍の槍棒教頭、林武師。名は林沖様と仰います」
智深の誘いに応じ、壁を軽々と飛び越えてきた林教頭と、智深は槐の木の下で対面しました。
「お師匠様はどちらのご出身で?」
「俺は関西の魯達だ。訳あって僧となったが、若い頃は東京におり、貴殿の父上である林提轄殿とは面識がある」
林沖は大層喜び、その場で義兄弟の契りを結ぶこととなりました。
そこへ、林沖の侍女である錦児が、顔を真っ赤にして駆け込んできました。
「旦那様! 奥様が廟で、不届きな男に絡まれています!」
林沖は智深に別れを告げる間も惜しんで、壁を飛び越え五嶽楼へ急行しました。見れば、林沖の妻を呼び止め、階段で調子に乗って絡んでいる若者がいます。
「太平の世に、人妻を弄ぶとは何事だ!」
林沖が若者の肩を掴んで引きずり回し、拳を振り上げた瞬間、その顔を見て手が止まりました。
相手は、自分の上官である高太尉の養子、高衙内だったのです。
高俅には実子がおらず、親戚の子を養子にして溺愛していました。この高衙内という男は、権勢を笠に着て人妻を弄ぶ悪辣な男であり、人々からは「花花太歳」と恐れられていたのです。
詩に曰く、
その顔は醜く、心は女への執着にまみれている。
運が悪ければ、この太歳(凶神)に出会うがごとき災難に見舞われる。
相手が上司の息子と知り、林沖は思わず手足が竦んでしまいました。そこへ、高衙内の従者たちが割って入り、彼を馬に乗せて逃がしてしまいました。
そこへ、智深が禅杖を手に、二、三十人のならず者を引き連れて怒鳴り込んできました。
「林沖、加勢に来たぞ!」
「師兄、相手は高太尉の息子でした。妻も無事ゆえ、今回は堪えました。役人は恐くありませんが、自分を管理する上司(管)は恐ろしいものです(不怕官、只怕管)」
「貴様は上司を恐れるが、俺はそんなろくでなし、少しも恐くない。俺なら三百発は禅杖をお見舞いしてやったものを!」
智深の豪快な言葉に、林沖の鬱屈とした心も少しだけ晴れるのでした。
しかし、高衙内の方は諦めていませんでした。林沖の妻に一目惚れしてしまった彼は、あろうことか恋煩いで寝込んでしまいます。これを見た太尉府の幫閑、「乾鳥頭」こと富安が、恐ろしい奸計を授けました。
林沖の親友である陸謙を利用し、林沖を酒に誘い出した隙に、家を空けた妻を「林沖が倒れた」と偽って陸謙の家へ呼び寄せ、高衙内と引き合わせるという罠です。
親友の裏切りを知る由もない林沖は、陸謙に誘われるまま「樊楼」で酒を飲んでいました。その間に、妻は罠にかかり、陸謙の二階へ連れ込まれてしまいます。
異変に気付いた侍女の錦児が、樊楼へ走って林沖に知らせました。
「旦那様! 奥様が陸謙の家で襲われています!」
林沖は血相を変えて陸謙の家へ駆け込みました。階下から「開けろ!」と叫ぶ林沖の声を聞き、高衙内は慌てて窓を突き破って逃げ出しました。幸い、妻は無事でしたが、林沖の怒りは頂点に達し、陸謙の家を粉々に破壊しました。
林沖は腰刀を手に、三日間、陸謙と高衙内を待ち伏せましたが、二人は太尉府の奥深くに隠れて出てきません。
数日後、林沖が魯智深と街を歩いていると、一人の大男が宝刀を売り歩いているのに出会いました。
「目利きのいぬ都よ。この名刀を埋もれさせるとはな」
林沖はその刀の見事さに一目惚れし、一千貫という大金で買い取りました。
「高太尉の府にも宝刀があると聞く。いつかこれと比べてみたいものだ」
林沖は家で刀を眺めては、その美しさに悦に入っていました。
翌日、太尉府の使い(承局)が二人やってきました。
「林教頭、太尉様が、貴殿が名刀を買ったと聞き、ぜひ見せに来いとの仰せです。府でお待ちしております」
林沖は疑いもせず、刀を携えて府へと向かいました。使いの案内に導かれ、いくつもの重厚な門をくぐり、たどり着いたのは「白虎節堂」の看板が掲げられた部屋でした。
「ここは軍機を議する重地。なぜ俺をここへ……?」
異変に気付き、立ち去ろうとしたその時、高太尉が現れました。
「林沖! なぜ召し出しもないのに、武器を手に白虎節堂へ踏み入った! 私を暗殺するつもりか!」
「滅相もございません。承局に呼ばれて参ったのです」
「承局などおらぬ! 嘘をつくな! 左右の者、この賊を取り押さえよ!」
周囲から二十人余りの兵が現れ、まるで猛虎が羊を喰らうがごとく、林沖は取り押さえられてしまいました。
無実の罪を着せられた林沖の運命やいかに。
この不条理な出来事が、後に中原を揺るがし、世を乱す大乱の火種となっていくのです。
林沖の命運は、次なる物語へと引き継がれていきます。
【Vol.007】最強ニキ・魯智深、パワー系すぎて木を抜き、親友はブラック企業の罠にハメられる
1. 雑魚を秒でわからせる和尚
舞台は相国寺の菜園。地元のならず者たちが「新入りの和尚、ビビらせて肥溜めに落としてやろうぜw」とクソみたいなドッキリを仕掛けるんですが、魯智深アニキには完全に見透かされてました。
逆にリーダー格の二人を掴んで、肥溜めにダンクシュート。 汚物まみれで「サーセン!マジ勘弁!」と泣きつく雑魚たちを完封します。
2. 伝説の「パワー系」ムーブ
ある日、カラスがうるさくて宴会が台無しに。普通なら「ハシゴ持ってきて巣を壊そうぜ」となるところを、アニキは違います。
「ハシゴ? めんどくせえ」
とばかりに服を脱ぎ捨て、巨大な柳の木を素手で根こそぎブチ抜きました。
重機も真っ青のチート能力。周りの連中も「この人、人間じゃねえ、ガチの神だ……」とドン引きしつつも完全服従。
3. エモすぎる運命の出会い
そこに現れたのが、超絶イケメン武官の林沖。二人はひと目で「お前、やるな……」と意気投合。即、義兄弟の契りを結ぶという、光の速さでのブラザー成立です。
4. クソみたいな「親の七光り」との遭遇
ところが、林沖の奥さんが、街のクズ・高衙内にナンパされます。こいつが超最悪な「高官の親の権力を傘に着たネポ・ベイビー(二世の放蕩息子)」。
林沖はブチギレて殴ろうとしますが、相手が上司の息子だと気づいて「ここで殴ったら会社(国)クビになる……」と躊躇してしまいます。中間管理職のツラいところ!
5. 親友の裏切りと、詰み(チェックメイト)
高衙内は諦めきれず、林沖の親友陸謙を丸め込んで、「林沖を酒に誘って、その隙に奥さんを襲う」というゲスすぎる作戦を決行。
間一髪で奥さんは助かりますが、林沖の怒りはマックスに。さらに追い打ちで、高太尉(ラスボス級の上司)が「名刀を見せてみろ」と林沖をハメて、武器持ち込み厳禁の軍事会議室(白虎堂)に誘い込みます。
「はい、不法侵入と暗殺未遂で逮捕なw」
林沖、完全にはめられて人生オワタ状態。
最強のパワーを持つ魯智深と、真面目すぎてシステムにハメられた林沖。
あまりに理不尽な世の中に、読者の怒りも限界突破! という回です。
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主要人物図鑑(登場順)
010:「豹子頭・林沖」★梁山泊一〇八将★
スペックが「Tier 1(最上位)」のガチ勢
林沖は、当時の首都・開封(東京)で「八十万禁軍の槍棒教頭」をやってました。要するに、国の精鋭部隊80万人を指導するヘッドコーチ。
武力: 格闘ゲームなら間違いなくナーフ(弱体化)対象の最強キャラ。
ルックス: 「豹のような頭に虎の髭」というワイルド系イケメン(三十代半ば)。
社会的地位: 公務員の幹部。給料もいいし、奥さんも超美人。
「人生勝ち組、乙!」という状態から物語がスタートします。
性格が「ガチのマジメ」すぎて損をするタイプ
これだけ強いのに、性格は「超・常識人」。
愛妻家: 奥さんをマジで大事にする一途な男。
社畜精神: 「上司には逆らえない」という日本の中間管理職みたいなメンタル。
忍耐: 魯智深なら即座に相手をボコるところを、林沖は「いや、ここで手を出したら会社(国)に迷惑がかかるし…」と、限界まで我慢しちゃう。
この「理性的で優しすぎる」ところが、汚職まみれのクソゲー社会では仇になります。
人生が「無理ゲー」すぎる悲劇の連鎖
林沖の人生は、ある日突然「運営による嫌がらせ」みたいな展開になります。
ストーカー被害: 上司(高太尉)のバカ息子に奥さんが目をつけられる。
親友の裏切り: 親友だと思ってた武官の陸謙にハメられ、奥さんを襲われそうになる。
冤罪: 武器持ち込み禁止の「白虎堂」に騙されて入らされ、暗殺未遂の罪を着せられる。
「真面目に働いてただけなのに、気づいたら人生詰んでた」という、現代のブラック企業やSNSの炎上にも通じる理不尽さ。これが読者の「林沖、マジで報われてくれ…!」という共感を呼びます。
林沖の「生平(一生)」を3行で
【エリート期】 最強コーチとしてキラキラした人生を送る。
【絶望期】 上司の嫌がらせで職・家・妻・誇りのすべてを奪われ、罪人として流刑に。
【覚醒期】 最後にブチギレて闇堕ち(アウトロー化)。梁山泊へ向かい、伝説の「五虎大将」として暴れまくる。
一言メッセージ:
林沖は「能力は神、メンタルは聖人、でも運勢はドブ」というキャラ。
「正義って何?」「正直者が馬鹿を見るの?」という、いつの時代も変わらない「世の中の理不尽さ」を一身に背負ったエモすぎる男、それが豹子頭・林沖なんです。




