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私説 水滸伝一〇八編の鎮魂曲  作者: 光闇居士


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48/49

〇四六:病関索、翠屏山にて大いに鬧(さわ)ぎ 拚命三郎、火をもって祝家店(しゅくかてん)を焼く

挿絵(By みてみん)

翠屏山すいへいざん断罪』

楊雄の捨て台詞

(血に染まった朴刀を握りしめ、冷たく潘巧雲の遺体を見下ろしながら、感情のこもらない声で)

「…穢れた血が、この翠屏山を汚したか。だが、これが義の道。お前も、あの男も、地獄で好きに燃え尽きろ。俺たちは、もう振り返るまい。」

石秀のひとこと

(楊雄の背後で、冷徹な眼差しで全てを見届け、静かに、しかし確固たる声で)

「兄貴…さあ、行くぞ。梁山泊が、俺たちを待っている。」

時遷(こころの声)

(どこか隠れて二人のやり取りを息を殺して聞いていた時遷。山頂から吹き下ろす風の音に紛れて、静かに呟く)

「…くそ、怖えな。ま、でも、これで梁山泊入りは確実か。この二人についてりゃ、食いっぱぐれはねぇだろうよ。まずは、この血の匂いをどうにかしてくれ…。」


【しおの】

 さて、物語はここから始まる。

 その場に居合わせた近隣の者たちは、逃げようとするおうじいさんを取り押さえ、薊州けいしゅうの役所へと引き立てて訴え出た。知府ちふが公務のために広間へ姿を現すと、一行は一斉に跪き、声を揃えて訴えた。

「このじいさんが、もち粥を担いで通りかかった折、荷を地面にひっくり返しました。見れば、そこには二つの遺体が転がっていたのです。一人は和尚、もう一人は頭陀ずだの姿をしており、いずれも糸一本まとわぬ全裸でありました。頭陀のそばには、血に濡れた刀が落ちておりました」

 捕らえられた王じいさんも、震えながら弁明した。

「わしは毎日、夜明け前の五更ごこうには商売に出るのを常としております。今朝はいつもより少し早起きをしたのですが、前を歩く『鉄頭猴子てっとうこうし』という男の後を追うのに夢中で、足元がおろそかになってしまいました。何かに躓いて転び、商売道具の碗や皿をことごとく割ってしまったのです。驚いて足元を見れば、二つの死体が血まみれで横たわっており、思わず叫び声を上げました。すると隣人たちに捕まり、こうしてお役所へ連れてこられた次第です。お役人様、どうか明鏡のごとき公正な裁きをお願いいたします」

 知府はすぐさま供述を書き取らせ、公文書を発行した。地元の顔役である里甲りこうに命じ、検視官ごさくや役人たちを伴って、隣人や王じいさんらと共に現場へ向かわせ、死体の検分を命じたのである。

 一同が検分を終えて役所に戻り、知府へ報告を上げた。

「殺されていた僧侶は、報恩寺のハイ如海じょかいという阿闍梨あじゃりであり、傍らの頭陀は寺の裏手に住む道人と判明しました。和尚は全裸で、体に三、四箇所の突き傷があり、それが致命傷となっております。胡道人のそばには凶器の刀がありましたが、その首には絞められた痕が一筋残っておりました。おそらく、胡道人が和尚を刺し殺した後、自らの罪を恐れて首を吊り、そのまま遺体が落ちたものと推察されます」

 知府は報恩寺の僧侶たちを召し出して尋問したが、誰も事情を知る者はなく、裁決を下しかねていた。すると、一人の書記官が進み出て進言した。

「和尚が全裸であったことから察するに、頭陀と共に何か法に背く不義密通に耽り、その果てに仲間割れで殺し合ったのでしょう。王じいさんに非はございません。隣人たちには保証人を立てさせて帰宅させ、遺体は寺の住職に引き渡して棺を用意させ、仮埋葬させるのがよろしいかと存じます。書類上は『相打ちによる死亡』として処理するのが穏当でしょう」

「それがよかろう」

 知府はその提案を受け入れ、関係者一同に判決を下して解散させた。この一件は、ひとまずここで幕を閉じたのである。

 しかし、薊州の城内では、物好きな若者たちがこの事件を格好の種にして、次のようなあざけり節を口ずさむようになった。

 憎たらしいのはあの禿頭はげ

 やる事なす事 ふしだらで

 人妻こっそり連れ込んで

 夫婦気取りで夜の床

 悪行報いでお陀仏さ

 坊主の面汚しとはこのことよ

 血の海染まって路地で死ぬ

 今じゃ真っ赤な裸ん坊

 雪中の修行も 虎への身捨ても

 祖師のお経もどこへやら

 目連もくれん尊者は母救う

 この破戒僧は女で死んだ

 やがて、講釈師の集まりである「書会しょかい」の面々もこの噂を聞きつけ、筆を執って『臨江仙りんこうせん』といううたを綴り、街の人々に歌わせた。

 淫行沙門に殺報せっぽう下り

 冥々(めいめい)天罰あやまたず

 頭陀の死に様 また奇なり

 まっぱだかで 屠刀ととうを食らう

 大和尚 精も尽き果て血も枯れて

 小和尚 昨夜の風流どこへやら

 仏門ながら刎頸ふんけいの友

 死地を争い穴同じうし

 二つの命を無駄にする

 この事件は街中で知らぬ者のない噂となった。当事者の一人であるハン巧雲こううんもこれを聞いて肝を潰したが、口外できるはずもなく、ただ心の中で「しまった」と絶叫するばかりであった。

 一方、楊雄ようゆうは役所での訴えを聞き、その状況から心の中で事の真相を七、八割方察していた。

(これは間違いなく、義弟の石秀せきしゅうが仕掛けたことに違いない。俺は先だっておのれの短気から、彼をひどく誤解してしまった。今日は公務の合間に、彼を探し出して真実を確かめねばなるまい)

 楊雄が州橋のあたりまで差し掛かると、背後から「兄貴、どこへ行かれるのですか」と呼び止める声がした。振り返れば、そこに立っていたのは石秀であった。

「兄弟、ちょうどお前を探していたところだ」

「兄貴、まずは私の宿へ。積もる話がございます」

 石秀は楊雄を宿屋の奥まった小部屋に招き入れると、静かに口を開いた。

「兄貴、私が申し上げたことに、嘘はなかったでしょう?」

「兄弟、どうか許してくれ。俺の一時の愚かさが招いた間違いだった。酒の勢いで失言し、逆にあのアマに丸め込まれて、あろうことかお前をなじってしまった。今、こうしてお前を探しに来たのは、負荊請罪ふけいせいざい――茨を背負って罰を請うほどの思いで、心から詫びたかったからだ」

「兄貴、私はしがない男ですが、天地に恥じぬ生き方をしております。どうして不埒な真似などいたしましょうか。ただ、兄貴がこの先、奴らの罠に落ちるのを黙って見ていられず、証拠をお見せしようと考えていたのです」

 石秀は、あの和尚と頭陀から剥ぎ取った衣服を目の前に差し出した。楊雄はそれを見た瞬間、怒りの炎が脳門にまで燃え上がった。

「兄弟、すまなかった。俺は今夜にでも、あのアマを細切れにして、この腹の虫を収めてやる!」

「また、そうやってはやる。兄貴は役所に籍を置く身でしょう、法の道というものがある。まだ姦通の現場をこの目で押さえたわけでもないのに、無闇に人を殺めてはなりません。もし私の言葉が偽りであれば、兄貴は無実の妻を殺すことになってしまいます」

「では、一体どうすればよいと言うのだ」

「兄貴、私の策に従ってください。そうすれば、真の男としての面目が立ちます」

「兄弟、どうすればよい、教えてくれ」

「この東門の外に、翠屏山すいへいざんという人跡稀な場所があります。明日の朝、兄貴はあの女にこう言うのです。『長く参拝を欠かしていたから、明日は一緒にお参りに行こう』と。そうして女を連れ出し、女中の迎児げいじも伴って山へ来てください。私は先回りして待っております。そこで互いの顔を突き合わせ、白黒をはっきりさせた上で、兄貴が離縁状を叩きつけ、あの女を放逐すればよい。それが最も鮮やかな解決ではありませんか」

「兄弟、もう何も言うな。お前の潔白は十分に分かった。すべてはあのアマの虚言だ」

「いえ、私は兄貴自身の手で、奴らの不実の証拠を掴んでいただきたいのです」

「分かった、お前がそこまで言うなら間違いはあるまい。明日は必ずあのアマを連れ出す。遅れるなよ」

「もし私がいなければ、私の言葉はすべて出鱈目だったと思ってくださって結構です」

 楊雄は石秀と固い約束を交わして宿を後にし、役所で用件を片付けると家に戻った。その夜、心中は煮えくり返っていたが、おくびにも出さず、普段通りに振る舞った。

 翌朝、夜が明けるのを待って、楊雄は妻の潘巧雲に向き合った。

「昨夜、不思議な夢を見たのだ。神人が現れ、かつての願掛けを忘れていると告げられた。以前、東門外の嶽帝廟がくていびょうへ参拝すると誓ったままであった。幸い今日は暇がある、願解きに行こうと思う。お前も一緒だ」

「あんた一人で済ませてくればいいじゃない。あたしまで行く必要があるの?」

「この願掛けは、お前との縁談の折に誓ったものだ。共に行かねば意味がない」

「そういうことなら、早めに精進料理を食べて、身を清めてから行きましょう」

「俺は供え物の紙銭を買い、かごの手配をしてくる。お前は湯浴みをし、着飾って待っていなさい。迎児も連れて行くぞ」

 楊雄は再び石秀の宿を訪れ、「飯が済み次第向かう、遅れるな」と念を押し、石秀はこう答えた。

「兄貴、山の中腹で籠を下ろさせ、そこからは三人で歩いて登ってください。私は人目のつかない場所で待機しています。余計な供は連れてこないように」

 段取りを整えた楊雄が帰宅して朝食を済ませると、何も知らぬ妻は余念なく身支度を整えていた。迎児も晴れ着に袖を通し、門前には籠かきが控えている。楊雄は言った。

「お義父さん、留守を頼みます。参拝が済み次第、すぐに戻ります」

 舅の潘公は「信心は大事だ、気をつけて行ってきなさい」と快く送り出した。

 女は籠に揺られ、迎児がそれに従い、楊雄は静かにその後を追った。東門を抜けると、楊雄は籠かきに耳打ちした。

「翠屏山の上まで担いでくれ。祝儀ははずむ」

 四時間ほど道を急ぎ、一行は翠屏山へと辿り着いた。薊州の東二十里に位置するこの山は、一面が荒涼とした墓地であり、ただ青草とハコヤナギの木々が風に揺れるばかりで、人の気配はまったくない。

 中腹まで差し掛かると、楊雄は籠を下ろさせ、簾をまくって女を促した。

「どうしてこんな寂しい山の中へ来たの?」

 女が不審げに問うと、楊雄は促した。

「とにかく登るんだ。籠かきども、お前たちはここで待て。勝手に登ってくるなよ。後で手間賃をまとめてやるからな」

 楊雄は女と迎児を連れ、険しい山道を幾度か折れて登っていくと、そこには石秀がどっしりと腰を下ろしていた。女は驚いて声を上げた。

「お参りの道具はどうしたの?」

「先遣いの者に運ばせてある」

 楊雄は女を古びた墓の前へと導いた。石秀は傍らに置いた包みと刀、そして棒を手に取ると、進み出て挨拶をした。

「姉上、ご機嫌いかがですかな」

 女は動揺を隠せず、上擦った声で答えた。

叔叔おじさん、どうしてこんな所に?」

「ここでお待ちしておりました」と石秀。そこで楊雄が雷のごとき声を上げた。

「お前は先日、俺にこう吐かしたな。『叔叔が何度も言い寄ってきて、胸に手を触れては懐妊したかなどと尋ねてきた』と。今、ここには俺たちしかいない。二人で対決して、白黒はっきりさせようではないか」

「あら、もう済んだことなのに、今さら何を……」

 石秀は目を剥いて詰め寄った。

「姉上、これはただの世間話ではありません。兄貴の前で、すべてを明かしていただかねばなりません」

「叔叔、何もないところを無理に蒸し返して、どうしようって言うの?」

「強情を張るのはおよしなさい。証拠をお見せしましょう」

 石秀は包みを解き、あの海和尚と頭陀の衣服を地面にぶちまけた。

「これに見覚えがありますか?」

 それを見た女は一瞬にして顔を紅潮させ、言葉を失った。石秀は鋭い音を立てて腰刀を抜くと、楊雄に告げた。

「この真相、迎児に問えばすべて解けます」

 楊雄は小娘の迎児を引きずり出して跪かせ、凄まじい気迫で怒鳴りつけた。

「この小癪な奴め! 洗いざらいぶちまけろ。和尚の部屋でどうやって手引きをした? 香台を合図にし、頭陀に木魚を叩かせたのはどういう仕組みだ? 正直に話せば命だけは助けてやる。一言でも偽れば、肉の塊になるまで切り刻んでやるぞ!」

 迎児は恐怖に震え、泣き叫びながら白状し始めた。

「旦那様、お助けください! あたしがやったんじゃないんです。すべて申し上げます……」

 あの日、僧坊で酒を酌み交わし、仏牙を拝むために楼閣へ登ったあとのこと、潘公が酔いから覚めたために追い出されたその後の密約を。

「二人は裏で示し合わせ、三日目に頭陀を托鉢に寄こしてあたしにお布施を出させました。奥様は頭陀と約束し、旦那様が宿直で不在の夜には、あたしに香台を裏口の外へ置かせて合図としました。頭陀がそれを見届けて和尚に知らせ、海阿闍梨は俗人の姿に身をやつして忍び込んだのです。五更になれば、頭陀が木魚を叩いて経を唱えるのを合図に、あたしが裏口を開けて帰しました。奥様は隠しきれないと見て、あたしに腕輪や着物をくれると約束したので、あたしも従うしかありませんでした。そうした逢瀬が数十回も続いた後に、あの二人は殺されてしまいました。奥様はあたしに髪飾りをくれて、石秀様が言い寄ってきたと嘘をつくよう命じたのです。あたしは見ていないので怖くて言えませんでした。これが真実です、嘘はございません!」

 語り終えた迎児を見て、石秀が言った。

「兄貴、お聞きになりましたか。これは私が吹き込んだ話ではありません。さあ、今度は姉上に詳しい経緯を尋ねてください」

 楊雄は逃げようとする女を捕まえ、怒鳴った。

「泥棒猫め! 小娘はすべてを吐いたぞ。これ以上、誤魔化しは効かん。真実を語れば、命までは取らぬ」

「あたしが悪かったわ。昔のよしみで、どうか今回だけは許してちょうだい」

「兄貴、中途半端にしてはいけません。すべてを聞き出すのです」

 石秀の言葉に楊雄は再び「言え!」と一喝した。

 女はついに観念し、追善供養の夜に始まった和尚との情事、その後の密会のすべてを一つ残らず白状した。

「では、どうして俺が言い寄ったなどという嘘を兄貴についたのだ?」

 石秀の問いに、女は力なく答えた。

「あの日、あんたに罵られた言葉が気になって、秘密が漏れたと勘繰ったの。夜明けに旦那が言い出したから、とっさにそんな嘘を……。本当は、叔叔は何もしちゃいないわ」

 石秀は冷徹に言い放った。

「今、三者の前で真実が明らかになりました。あとは兄貴の裁量に任せます」

「兄弟、この女の装身具を引き剥ぎ、衣服をすべて剥ぎ取ってくれ。俺の手で始末をつける」

 石秀が女からすべての飾りと衣を剥ぎ取ると、楊雄は女の裳裾の紐を切り、それを手縄にして女を松の木に固く縛り付けた。石秀は迎児からも一切の飾りを取り上げると、楊雄に刀を差し出した。

「兄貴、この小娘を野放しにしても災いの種となるだけ。根を断つべきです」

「もっともだ。兄弟、刀をよこせ」

 迎児が悲鳴を上げようとした瞬間、楊雄の刀が一閃し、その体は二つに断たれた。

 木に縛られた女が「叔叔、助けて!」と叫ぶが、石秀は取り合わない。

「姉上、兄貴がじっくりお相手をしてくださるそうだ」

 楊雄は女の前に立つと、まずその舌をえぐり取って叫びを封じ、激しい怒りとともに罵った。

「この性悪女め! 一時の迷いで俺はお前に騙されるところだった。俺と兄弟の絆を裂き、挙句には俺の命まで狙うつもりだったろう。今日ここで引導を渡してやる。お前のような腐った心の持ち主の腹の内がどうなっているか、とくと拝ませてもらおうか」

 刀をみぞおちから一気に引き下げると、楊雄は女の五臓六腑を引き出し、松の木の枝に掛けた。さらにその体を無残に切り分け、恨みを晴らしたのである。

 返り血を浴びた楊雄は、装身具などを包みにまとめると、石秀に相談した。

「兄弟、すべては終わった。だが俺とお前、これからどこへ行けばよいのだ」

「案ずることはありません。兄貴、このまま梁山泊りょうざんぱくへ向かい、あそこの好漢たちに加わりましょう」

「だが、あそこに知り合いなどおらんぞ。受け入れてもらえるだろうか」

「兄貴、ご存知ないのですか。今、山東の『及時雨きゅうじう宋公明そうこうめい様は、広く天下の賢人を招いておられると評判です。俺たちの腕があれば、拒まれるはずがありません」

「備えあれば憂いなしと言うが、俺は元役人だ。疑われないだろうか」

「宋公明様だって元は役人ではありませんか。ご安心を。以前、酒場で私と一緒にいた二人は、梁山泊の『神行太保しんこうたいほ戴宗たいそう殿と『錦豹子きんぴょうし楊林ようりん殿でした。彼らがくれた銀子もここにあります。これを頼りにしましょう」

「そうか、それなら心強い。一旦、旅費を取りに戻ろうか」

「兄貴、未練を捨ててください。今、街へ戻って捕まればそれまでです。この包みにある金品と私の手持ちで十分。この事件はすぐに露見します、一刻も早く山を越えるべきです」

 二人が山を降りようとしたその時、背後の松の陰から不気味な声が響いた。

「白昼堂々、これほどの大立ち回りを演じておきながら、梁山泊へ逃げおおせるとでもお思いか。すべて見せてもらったぞ」

 楊雄と石秀が身構えると、現れた男は地面に平伏して拝礼した。楊雄はその男の顔を見て、思い出した。名はセン、高唐州の出身で、薊州で泥棒として捕まった際、楊雄が助けてやった男であった。身の軽さは天下一品、人は彼を『鼓上蚤こじょうののみ』と呼んでいた。

 その姿を写せば、こうなるだろうか。

 骨はしなやかにして身躯は健やか

 眉は濃く、まなこは鮮やかに光る

 姿形はあたかも妖怪の眷属けんぞくのごとく

 その歩みは空飛ぶ仙人にも劣らぬ

 夜の静寂に壁を穿ち

 月影の屋根を風のごとく駆け抜ける

 敵陣に潜む巧手の客

 それこそが鼓上蚤、時遷である。

「時遷、どうしてお前がこんな所にいる」

「旦那、聞いてください。あっしは食い詰めて、この山の古墓を掘り返しては副葬品を稼いでいたんです。旦那がここで事をなすのを見て、恐ろしくて隠れておりましたが、梁山泊へ行くと聞いて居ても立ってもいられず……。あっしもそのお仲間に入れていただけませんか?」

 石秀が「なかなかの男のようだ。一緒に行こう」と承諾し、時遷が案内を買って出た。こうして三人は裏道の難所を抜け、一路梁山泊へと足を進めた。

 さて、麓で待ちぼうけを食らっていた籠かきたちは、日が暮れても三人が戻らぬことに不安を覚え、恐る恐る山を登っていった。すると古墓の上で、無数のカラスが騒ぎ立てており、近づけばそこには無惨な骸が転がっていた。

 腰を抜かさんばかりに驚いた彼らは、潘公に知らせ、役所へと訴え出た。知府は海和尚と頭陀の件を思い合わせ、潘公を厳しく問い質した。老人がことの経緯を語ると、知府は「楊雄と石秀の仕業に相違ない」と断じ、即座に指名手配を下した。悲しみに暮れる潘公は、自ら棺を用意し、娘を埋葬したのであった。

 楊雄、石秀、時遷の三人は薊州を離れ、野宿を繰り返しながらついに鄆州うんしゅうの地へと足を踏み入れた。日は西に傾き、黄昏時。香林洼こうりんあを越えた先に、一軒の宿屋がぽつねんと佇んでいた。

 その風情は、どこか寂寥せきりょうとした趣があった。

 前には官道を望み、後ろは深い谷川に面している。

 数多の柳が門を飾り、梅の木が軒を護る。

 いばらの垣根が茅葺きを囲み、葦のすだれが静かに揺れる。

 壁には「庭幽ゆうにして暮れに五湖のひんむかえ」、

 戸には「ひらいてあしたに三島の客を迎う」と記されている。

 荒野の果ての宿なれど、かつては貴人の馬車も立ち寄った名残がある。

 店の小二ボーイが門を閉めようとしたところへ、三人が滑り込んだ。

「随分と遅いお着きですな」

「今日は百里以上も歩いたのだ。休ませてくれ」

 時遷の言葉に、小二は快く招き入れた。肉や魚はないというが、三人は米を借りて飯を炊き、楊雄が渡したかんざしを代金代わりに、一甕かめの酒を飲み始めた。石秀は軒下に多くの朴刀ぼくとうが置いてあるのを見て、小二に尋ねた。

「ここは、どこの旦那の持ち物だ?」

「ここは『祝家店』と言いましてね。あちらに見える独龍山どくりゅうざんの主、祝朝奉しゅくちょうほう様のお屋敷の下、祝家荘しゅくかそうの持ち物です。梁山泊の賊に備えて、小作人まで皆武器を持っているのですよ」

 小二はそう言うと、先に休むと言って奥へ引き上げた。

 しばらく飲んでいると、時遷がにやりと笑って一羽の肥えた鶏を差し出してきた。

「兄貴、いい肴がありますぜ」

「どこから持ってきた!」

「さっき裏の籠にいたのを拝借して、川辺で洗って茹でておきましたよ」

 三人は笑いながら鶏を食らい、酒を飲み干した。しかし、これに気づいた小二が血相を変えて飛び出してきた。

「あんまりだ! うちの大事な『時告げ鶏』を盗んで食っちまうなんて!」

「知らんな、山猫が食ったんだろう。金なら払うと言っている」

 石秀がなだめるが、小二は納得しない。

「金の問題じゃない! 泥棒め、荘園へ突き出して梁山泊の賊として縛り首にしてやるぞ!」

 その言葉に石秀の怒りが爆発した。

「誰を捕まえるだと? やってみろ!」

 飛び出してきた店の者たちを石秀が一拳で叩きのめすと、楊雄も加勢した。三人は毒を食らわば皿までと、店に火を放った。炎は瞬く間に夜空を焼き、三人は闇夜へと駆け出した。

 だが、逃げる三人を数百の松明が追い、鬨の声が響き渡る。

「小道へ逃げろ!」

 石秀が叫ぶが、四方は既に囲まれていた。楊雄が先陣を切り、石秀が殿を務め、迫りくる荘客たちを次々と朴刀でなぎ倒していった。しかし、背後の枯れ草の中から飛び出した「撓鉤どうこう」が時遷の足を払い、彼は草むらへと引きずり込まれてしまった。

 助けようとした二人にも無数の鉤が襲いかかり、やむなく二人は時遷を捨て、東へと逃げ延びた。捕らえられた時遷は、厳重に縛られて祝家荘へと連行された。

 夜が明ける頃、楊雄と石秀はようやく一つの村に辿り着き、一軒の酒場に逃げ込んだ。酒を注文したその時、外から一人の大男が駆け込んできた。

 その男、顔は大きく顎は角張り、目は爛々と輝き、耳もまた大きい。粗野な風貌ながら、着こなしはどこか凛々しい。

「旦那様がお呼びだ、荷を急げ!」

 男が店主に告げて立ち去ろうとしたその時、楊雄がその顔をまじまじと見つめた。

小郎しょうろう、お前か? 俺を忘れたか?」

 男は振り返り、楊雄の姿を見るなり叫んだ。

「恩人殿! どうしてこのような場所に!」

 男は楊雄の前に跪いた。もし楊雄がこの男と巡り合わなければ、三つの荘園を揺るがすあの大乱は起きなかったであろう。

 果たして、楊雄と石秀が出会ったこの人物は何者か。

【Vol.46:不倫の末路がエグすぎる件と、鶏一羽で戦争が始まる物語】

 

 エビデンス(証拠)強すぎ問題

前回のラストで不倫坊主を仕留めた石秀せきしゅう。不倫妻・潘巧雲の嘘を信じて一度は石秀をキックした楊雄ようゆうだけど、石秀が坊主の服という「動かぬ証拠」を突きつけると、楊雄は速攻で土下座モード。「俺がバカだったわ、あのアマぶち殺してくる!」とブチギレるのを、石秀が「まあ落ち着け、山で白状させようぜ」と冷静にプロデュースします。


 翠屏山すいへいざんでの地獄の尋問

「お参りに行こう」と妻を山へ連れ出し、人気のない墓場で石秀と合流。逃げ場ゼロの状態でメイドの迎児げいじを詰めると、ビビったメイドが全暴露。妻も観念して「ごめんなさ〜い」って謝るけど、ブチギレた楊雄はスルー。メイドを真っ二つにし、妻を木に縛り付けて、もはやR-18・G指定確定の壮絶なやり方で「断罪(物理)」しちゃいます。これでもう、二人は後戻りできない指名手配犯に。


 新キャラ「泥棒・時遷じせん」加入

死体をバラしている現場を、たまたま墓泥棒(なにしとんね!)をしていた時遷じせんに見られちゃいます。普通なら口封じ案件だけど、時遷が「お二人についていきたいっす! 梁山泊に入れてください!」と志願。こうして、「元役人・ガチ勢・こそ泥」という、なんとも言えない3人パーティが結成。


 鶏一羽で「詰んだ」祝家店

梁山泊へ向かう道中、「祝家店」というガラの悪い宿に宿泊。ここで時遷が、あろうことか店の「目覚まし時計(時告げ鶏)」を盗んで食っちゃうという痛恨のミス。

店員「俺の鶏返せよ!」

石秀「金払うっつってんだろ!(逆ギレ)」

交渉決裂で大乱闘。3人は店を大炎上(物理)させて逃げるけど、不運にも時遷がトラップに引っかかって捕まってしまいます。


 これが「三打祝家庄」のスタート地点!

楊雄と石秀は時遷を助けるため、たまたま再会した知り合いのツテを頼ることに。

実はこの「祝家」、めちゃくちゃ金も兵隊も持ってる地方の巨大マフィア組織。ここから、梁山泊軍が初めて大規模な遠征に乗り出し、三度にわたって激闘を繰り広げる超有名エピソード「三打祝家庄さんだ・しゅくかそう」がいよいよ始まります!


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主要人物図鑑(登場順)


076:鼓上蚤こじょうののみ時遷じせん★梁山泊一〇八将★

『水滸伝』界の「愛すべきやらかし担当」にして「潜入ミッションの神」、時遷じせんくん


【爆誕】墓荒らし中に、ガチの殺人現場を目撃する

初登場のシチュエーションがすでに詰んでる。翠屏山すいへいざんで夜な夜な墓を掘り返して副葬品をパクるという、ガチの不審者ムーブをかましていた時遷くん。そこで、地元の有名人(楊雄と石秀)が不倫妻をバラバラにするというエグい現場をフル視聴しちゃうんだよね。「うわ、怖っ!」ってなると思いきや、「これ、梁山泊っていう大手に入るチャンスじゃね?」とポジティブ変換して仲間に加わるメンタル、マジで強すぎ。

【やらかし】歴史上、最も高くついた鶏の盗み食い

その後、梁山泊に向かう途中で立ち寄った「祝家店」で、お腹が空いたからって店の「時告げ鶏(アラーム代わりの鶏)」を勝手に調理して食べちゃう。

これが全120回ある水滸伝の中でも最大級の「やらかし」。

この鶏一羽のせいで、地方の巨大マフィア・祝家庄と梁山泊が全面戦争に突入。何万人もの軍隊が動く「三打祝家庄」編のトリガー(引き金)を引いちゃったのが、この時遷くんなのです。「一口の肉が、万の軍勢を呼ぶ」……コスパ悪すぎて草。


その後の「チート級」の活躍(ネタバレ含む)

最初は「ただの泥棒じゃん」とナメられてた時遷くんだけど、実は梁山泊で一番替えが効かない「特殊工作員」として覚醒するんだ。

「盗みのスキルで戦況をひっくり返す」

どうしても勝てない強敵(徐寧)を仲間にするために、その家のお宝である「家伝の鎧」を盗み出すミッションをコンプリート。これで梁山泊のピンチを救う!

「放火と潜入のエキスパート」

敵の城に忍び込んで、内側から火を放つのは彼の十八番。高層ビル並みの塔(翠雲楼)に登って火をつけたり、敵陣の兵糧庫を燃やしたり。「正面突破は無理だけど、時遷がいれば詰み」っていう、もはやスパイ映画の主人公状態。

「身軽さがバグってる」

あだ名の「鼓上蚤」は、「太鼓の上で飛び跳ねても音がしないほど身軽」という意味。監視カメラがあっても余裕でくぐり抜けそうなステルス性能は、梁山泊108人の中でもオンリーワンの才能なんだよね。


衝撃の結末:ヒーローの最期は……

数々の激戦を生き残り、最強のスパイとして「梁山泊になくてはならない存在」になった時遷くん。でも、彼の最期は戦死じゃないんだ。

方臘ほうろうの乱という地獄のような最終決戦を戦い抜き、さあ凱旋だ!というタイミングで、なんと「ひどい下痢(腸チ服斯的な病気)」にかかって亡くなってしまうんだよね……。

あんなに屋根を飛び回り、火の中を駆け抜けた伝説の泥棒が、病室でひっそり息を引き取る。この「報われなさ」と「人間臭さ」が、逆に読者の涙を誘うんだ。


時遷は、「最初は鶏一羽で世界を燃やしかけた戦犯」だったけど、最終的には「影から梁山泊を支え続けたMVP」。

彼がいなかったら梁山泊は何度も全滅してたはず。まさに「能ある鷹は爪を隠し、能ある蚤は鶏を食う」!これからの彼の「影の仕事人」っぷり、マジで推せるから注目してて!

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