〇参五:石将軍、村店に書を寄せ、小李広、梁山に雁を射る
「対影山の呂・郭之争、花栄一矢定軍山」
宋江の心は、目の前に広がる壮大な光景に震えた。赤と白、二つの軍勢が対峙する様は、まるで炎と雪がぶつかり合うかの如く、荒々しくも美しい。赤旗になびく「呂」の文字、白旗にはためく「郭」の文字。それぞれの将、呂方と郭盛の若き情熱が、この谷間を熱く焦がしているかのようだ。
「見よ、この赤と白の対比を! 互いに一歩も引かぬ若き武者たちの意地が、この天地を揺るがすほどの迫力を生み出しているではないか」
宋江の視線は、中央で交錯する二本の画戟に釘付けとなった。火花を散らし、互いの技を競い合うその姿に、宋江の胸は高鳴る。
「あの赤き将、呂方。そして白き将、郭盛。二人の武芸はまさに伯仲、甲乙つけがたい。どちらも捨てがたい、いや、どちらも欲しい! この若き才能を、我が梁山泊の力としたい!」
その時、一本の矢が空を裂いた。花栄の放った神箭が、二人の画戟を分かつ。その衝撃が、宋江の心にも走った。
「花栄の神技、見事なり! この一矢が、二人の若武者の運命を変えたのだ。そして、それは我が梁山泊の未来をも変える一矢となるであろう」
宋江の心は、この若き二人の将を迎え入れることへの期待で膨らんだ。赤と白、炎と雪。この二つの力が梁山泊に加われば、どれほどの力となるだろうか。
「呂方よ、郭盛よ。我が梁山泊に来い! お前たちの武勇を、存分に振るうが良い! 我と共に、新たな時代を切り拓こうではないか!」
宋江の心は、熱く燃え上がっていた。この壮大なパノラマが、彼の野望をさらに掻き立てる。赤と白の軍勢が、やがて梁山泊の旗の下に集う日を夢見て、宋江は静かに、しかし力強く、その光景を見つめ続けた。
【しおの】
その時、秦明と黄信の二人が柵門の外へ出て眺めやると、二路から押し寄せる軍馬が、ちょうど到着したところであった。一路は宋江と花栄、もう一路は燕順と王矮虎で、それぞれ百五十余人を引き連れている。
黄信はすぐさま寨兵に命じて吊り橋を下ろし、寨門を大きく開いて、二路の人馬を鎮へと迎え入れた。
宋江は早くから厳しく号令を下していた。
「一人たりとも民を害してはならぬ。寨兵を傷つけることもまかりならぬ」
一党はまず南寨を攻め落とし、劉高の一家老若をことごとく討ち果たした。王矮虎は真っ先に飛び出し、あの例の婦人を奪い取った。手下の小嘍囉たちは、ありとあらゆる家財、金銀、財物、宝貨を車に積み込み、馬や牛、羊も残らず駆り集めた。
花栄もまた自らの屋敷へ向かい、財物などを車に積み、妻や子、妹を連れ出した。清風鎮の人々は解放してやり、危害は加えなかった。好漢たちが支度を終えると、一行の人馬は清風鎮を離れて、山寨へと戻っていった。
車馬が山寨に到着すると、鄭天寿が出迎えて聚義庁にて相見えた。黄信が好漢たちと挨拶を交わし、花栄の次席に座った。宋江は花栄の家族を休息所に案内させ、劉高の財宝を小嘍囉たちに分配して褒美とした。
王矮虎は手に入れたあの婦人を自らの部屋に隠していた。燕順が尋ねた。
「劉高の妻は、今どこにいる」
王矮虎が答えた。
「今度こそ、俺の押寨夫人(おうさいふじん・山賊の妻)にさせてもらうぜ」
燕順は言った。
「くれてやるのは構わぬ。だが、彼女をここへ呼べ。一言言いたいことがある」
宋江も口を添えた。
「私も正したいことがある」
王矮虎が庁の前へ呼び出すと、あの女は泣きながら命乞いをした。宋江は一喝した。
「この悪婦め! 私は善意でお前を救い出し、官の恭人(きょうにん・貴婦人)であればこそ山を下ろしてやったのだ。それをお前は恩を仇で返し、私を害そうとした。今日捕らえられた今、何の申し開きがあるか!」
燕順が跳ね起きるなり叫んだ。
「こんな淫婦に何を問う必要がある!」
腰刀を抜き放つや、一刀のもとに女を真っ二つに切り捨てた。
王矮虎は女を斬られたのを見て激怒し、朴刀をひったくって燕順とやり合おうとしたが、宋江らが立ち上がってこれをなだめた。宋江は諭すように言った。
「燕順がこの女を殺したのは正しい。兄弟よ、見よ。私はあのように力を尽くして救い出し、夫婦を再会させてやったのだ。それをこの女は手のひらを返し、夫をそそのかして私を殺そうとした。賢弟よ、こんな女を傍に置けば、後々損こそあれ益はない。宋江が後日、もっと良い娘を見つけてやるゆえ、それで満足してくれ」
燕順も言った。
「俺もそう考えたのだ。殺さねば使い道はなく、後でお前に災いをもたらすに決まっている」
王矮虎は皆になだめられ、黙り込んだ。燕順は小嘍囉に命じて死体と血汐を片付けさせ、祝宴の席を整えさせた。
翌日、宋江と黄信が仲立ちとなり、燕順、王矮虎、鄭天寿が媒酌人となって、花栄の妹を秦明に嫁がせることになった。一切の結納品は宋江と燕順が用意した。祝宴は三、五日続いた。
婚礼から五、七日が過ぎた頃、小嘍囉が探ってきた報せを持って山へ駆け上がってきた。
「青州の慕容知府が中書省へ上奏しました。『花栄、秦明、黄信が反逆したゆえ、大軍を繰り出して清風山を掃討せん』とのことです」
好漢たちはこれを聞き、額を寄せて相談した。
「この小さな山寨は、長く留まるべき場所ではない。大軍に四方から囲まれれば、ひとたまりもない」
宋江が提案した。
「私に一計があるが、皆の心に適うだろうか」
好漢たちは異口同音に言った。「ぜひ良策を伺いたい」
宋江は語り出した。
「ここより南方、梁山泊という場所がある。周囲八百余里、中央には宛子城、蓼児窪があり、晁蓋天王が三、五千の軍馬を集めて水泊を守っておられる。官兵も恐れて正視できぬほどだ。我らも人馬をまとめ、あそこへ入るというのはいかがか」
秦明は言った。
「そのような場所があるなら申し分ない。だが、紹介する者がいなくて、果たして受け入れてくれるだろうか」
宋江は大笑いし、かつて「生辰綱」強奪を晁蓋に知らせた一件から、劉唐が謝礼の金を届けてくれたこと、そしてそれが元で閻婆惜を殺し、江湖に逃亡した顛末を語り聞かせた。
秦明は喜んで言った。
「それならば、兄貴はあちらの大恩人ではないか。事は急げだ、支度をしてすぐに出発しよう」
その日のうちに方針が決まった。十数台の車を用意し、家族や金銀、財物、衣服、行李などを積み込んだ。良馬は三、二百頭に及んだ。小嘍囉のうち、行きたくない者には路銀を渡して山を下ろし、望む者は隊列に加えた。秦明の連れてきた軍兵と合わせて三、五百人となった。宋江は三手に分かれて山を下りるよう命じ、あたかも梁山泊を討伐に行く官軍を装わせた。
山を片付けると火を放ち、山寨を焼き払って灰燼に帰し、二隊に分かれて下山した。
第一陣は宋江と花栄が四十、五十人の歩兵と三十、四十頭の馬、そして五、七台の家族を乗せた車を引き連れて先行した。
第二陣は秦明と黄信が八、九十頭の馬と車を率いた。
殿は燕順、王矮虎、鄭天寿が四十、五十頭の馬と一、二百人を引き連れた。
清風山を離れ、梁山泊へと向かう。道中、これほどの人馬を見ても、旗印には「草賊を捕らえる官軍」と明記されているため、誰も遮ろうとする者はいなかった。五、七日も行くと、青州から遠く離れた。
さて、宋江と花栄が馬で先頭を行き、背後の車には家族が乗り、後続の隊列とは二十里ほど離れていた。やがて対影山という場所に差しかかった。両側に同じ形の二つの高山がそびえ、その間を広い駅路が通っている。
二人が馬を進めていると、前方の山の中からドラや太鼓の音が響いてきた。
「前方に強人がいるようですな」
花栄は槍を構え、弓矢を整えて飛魚袋に差し、後続の隊列を急がせるよう軍士に命じた。宋江と花栄は二十余騎を引き連れて前方を探った。
半里ほど進むと、百人余りの人馬が見え、先頭に一人の若武者が立っていた。その姿はいかなるものか。
三叉の冠を戴き、金の輪に玉の飾り。
身には百花の袍を纏い、錦の団花が織り込まれる。
甲には千道の火龍の鱗が輝き、帯には赤瑪瑙が連なる。
紅の化粧を施した龍のごとき馬に跨り、朱色の画桿の方天戟を操る。
背後の小校たちは、皆、赤の衣に赤の甲。
その武者は戟を横たえて馬上に立ち、山裾で大喝した。
「今日こそ勝敗を決し、決着をつけようぞ!」
すると向かいの山影から、もう一隊の百余人が現れた。先頭には、白い装束を纏った若武者がいた。その相貌はいかなるものか。
三叉の冠を戴き、頂には瑞雪の如き白。
身には鑌鉄の甲、千点の寒霜を散らす。
素羅の袍は太陽の光を射返し、銀花の帯は明月の輝きを凌ぐ。
雪白の駿馬、玉獣に跨り、銀に絞られた寒戟を振るう。
背後の小校たちは、皆、白の衣に白の甲。
この武者もまた方天画戟を操っていた。一方は白、もう一方は赤の旗印を掲げ、ドラや太鼓が地を震わせる。二人の武者は言葉も交わさず、戟を突き出して馬を走らせ、広い駅路の真ん中で勝負を開始した。花栄と宋江は馬を止めて見守ったが、実に見事な戦いぶりであった。
旗印はひらめき、戦衣は翻る。
夕焼けの影の中に、地を払う飛雲が舞い、
白雪の光の中で、原野を焼く烈火が転がる。
故郷の冬の暮れ、山茶花と梅の花が輝きを競い、
都の春の盛り、李の花の粉と桃の脂が彩りを争う。
一方は南方の丙丁の火に倣い、天を突く炎の炉の如し。
他方は西方の庚辛の金に倣い、泰山の嶺に湧く玉の井戸の如し。
火の神・宋無忌が怒り、火の騾馬を駆って霜の林を走る。
水の神・馮夷が瞋り、白獅子に跨って花の界を縦横無尽に駆ける。
二人の武者はそれぞれ方天画戟を使い、三十余合戦ったが、勝負はつかなかった。馬上の花栄と宋江は喝采を送った。
花栄が馬を寄せて見守ると、二人の武者が深い谷底のような場所で組み合っていた。一方の戟には金銭豹の尾が、もう一方には五色の旗飾りが付いていたが、それが絨絛(じゅうとう・飾り紐)とともに絡まり合い、離れなくなってしまった。
花栄はそれを見るや、馬を止めて左手で飛魚袋から弓を取り、右手で走獣壺から矢を抜いた。矢を番え、弓を満月のように引き絞り、絨絛の絡まった中心を狙って、ひょうと一矢放った。
矢は見事に紐を射切り、二本の画戟は左右に分かれた。二百余人の部下たちが一斉にどよめき、喝采を上げた。
二人の武者は戦いを止め、馬を走らせて宋江と花栄の前まで来ると、馬上から会釈して言った。
「神業の弓を持つ将軍、お名前を伺いたい」
花栄は答えた。
「この義兄は、鄆城県の押司にして、山東の及時雨、宋公明殿である。私は清風鎮の知寨、小李広こと花栄だ」
それを聞いた二人は戟を収め、馬を降りて「金山を推し、玉柱を倒す」勢いで深々と平伏した。
「お名前はかねがね承っておりました」
宋江と花栄も慌てて馬を降り、二人を助け起こした。「お二人の姓名は」
赤い装束の者が答えた。
「私は姓を呂、名を方と申します。潭州の出身で、平生から呂布を慕っており、方天画戟を学びました。ゆえに人は私を小温侯と呼びます。生薬の商いで山東へ参りましたが、元手をすって帰れなくなり、この対影山で山賊をしておりました。最近、こちらの武者が来て山を奪おうとし、毎日戦っておりましたが、今日こうして貴方様にお会いできたのは天命に違いありません」
宋江が白い装束の者に尋ねると、彼は答えた。
「私は姓を郭、名を盛と申します。西川嘉陵の出身です。水銀の商いをしておりましたが、黄河で嵐に遭って船が沈み、帰る手段を失いました。嘉陵にて張提轄から方天戟を学び、熟達したゆえ、人は私を賽仁貴と呼びます。対影山に戟使いがいると聞き、腕を競いに参りましたが、十数日戦っても決着がつきませんでした。今日、お二方にお会いできたのは、幸運の極みです」
宋江はこれまでの事情を話し、こう提案した。
「幸いにも出会えたのだ。私に免じて和解してはいかがか」
二人の武者は喜び、これに応じた。
【詩に曰く】
銅の鎖で刀をなだめるも難きことなれば、
矢の先で戟をなだめるは更に稀なることなり。
知るべし、豪傑の心が一つになれば、
その鋭さは堅き金をも断つ、疑う余地なし。
後続の隊列も到着し、一人ずつ引き合わされた。呂方が一行を山へ招き、牛を殺し馬を捌いて祝宴を催した。翌日は郭盛が席を設けた。宋江は二人に、共に梁山泊へ行き、晁蓋に投じようと誘った。二人は大いに喜び、快諾した。
両方の山の人馬を集め、財物をまとめ、出発の準備を整えた。宋江は言った。
「待て。このまま行くのは良くない。我ら三、五百人が梁山泊へ向かえば、あちらの偵察が『討伐軍が来た』と誤解するやもしれぬ。まず私と燕順が先に行って報せを届けよう。皆は後から三手に分かれて来るのだ」
花栄と秦明は「兄貴の仰る通りだ」と同意した。
宋江と燕順は十数人の供を連れて先を急いだ。二日目の真昼時、街道沿いに大きな酒場を見つけた。
「皆、疲れ果てている。少し休んで酒を飲んでいこう」
馬を降りて店に入り、馬の腹帯を緩め、皆で席に着いた。
宋江と燕順が中を見渡すと、大きな座卓が三つ、小さな卓がいくつかあった。大きな卓の一つを、一人の男が先に占拠していた。その姿はいかなるものか。
猪の口のような頭巾を被り、後頭部には太原府名産の金不換の銅環を二つ揺らしている。
黒袖の衣を纏い、腰には白の帯。
脚には膝当て、麻の草鞋を履く。
卓の傍らに短棒を立てかけ、衣の包みを置いている。
身長は八尺、薄黄色の角ばった顔、鋭い眼光、髭はない。
宋江は酒保を呼んで言った。
「供の者が多いゆえ、あの客に頼んで席を替わってもらってくれ」
酒保は承知し、その男に声をかけた。
「旦那、申し訳ねえが、あちらの官人様の供たちのために席を替わってくださらねえか」
その男は「旦那」と呼ばれたことに腹を立て、苛立って言った。
「先客万来だ。官人の供ごときのために席を替わるなど、俺様にはできぬ!」
燕順がこれを聞き、宋江に言った。「なんという無礼な男だ」
「気にするな。相手にするな」
宋江は燕順をなだめたが、その男は二人を見て冷笑した。酒保が再び頭を下げた。
「旦那、どうか商売を助けると思って替わってくだせえ」
男は激怒し、卓を叩いて叫んだ。
「このクソ野郎! 俺様が一人だからと侮りおって。たとえ皇帝陛下が来られても席は替えぬぞ! 余計なことを言えば、この拳が黙っちゃいねえぞ!」
燕順は耐えかね、「この野郎、強情を張るのもいい加減にしろ!」と叫んだ。男は短棒を手に跳ね起きた。
「俺が誰を罵ろうとお前の勝手だ! 俺様が天下で譲るのはたった二人。それ以外は足元の泥も同然よ!」
燕順が椅子を掴んで打ちかかろうとすると、宋江はその男の物言いに非凡なものを感じ、割って入った。
「皆、静まれ。……失礼だが、貴殿が譲るという『天下の二人』とは誰のことだ」
男は鼻で笑った。
「教えてやれば、腰を抜かすぜ。一人は滄州横海郡、柴世宗の末裔、小旋風こと柴進大官人だ」
宋江は心の中でうなずき、もう一人を問うた。
「もう一人は、更に凄えぜ。鄆城県の押司、山東の及時雨、またの名を呼保義、宋公明殿だ」
宋江は燕順と目配せして苦笑した。燕順は椅子を下ろした。男は続けた。
「この二人以外なら、大宋の皇帝であっても俺は恐れん」
宋江は尋ねた。
「その二人なら私も知っている。貴殿はどこであの方々に会ったのだ」
「嘘じゃねえ、三年前、柴大官人の屋敷に四ヶ月以上いた。宋公明殿には会えずじまいだったがな」
「では、黒三郎に会いたいのか」
「今まさに捜しに行くところだ」
「誰に頼まれた」
「実の弟の鉄扇子こと宋清殿に頼まれて、家書を届けに行くのだ」
宋江は喜びに震え、男の手を握った。
「『縁あれば千里を来たりて相会う』とはこのことだ。私がその黒三郎、宋江である」
男はじっと宋江を見つめ、平伏した。
「天の助けで兄貴に会えた! 危うく孔太公の屋敷まで無駄足を踏むところでした」
宋江は男を奥へ誘い、尋ねた。「実家で何かあったのか」
男は答えた。
「申し遅れました。私は姓を石、名を勇と申します。大名府の出身で、賭博で生計を立てていたため、郷里では石将軍と呼ばれていました。賭場での喧嘩で人を殺してしまい、柴大官人の屋敷に逃げ込んでおりました。兄貴の名を慕い、鄆城県を訪ねましたが、兄貴は不在。そこで四郎(宋清)殿にお会いしたところ、兄貴は白虎山の孔太公の屋敷にいると教えられ、家書を預かって参ったのです。兄貴を見つけたら、一刻も早く帰れとのことでした」
宋江は不安に駆られた。「父上には会ったのか」
「一晩泊まっただけで参りましたので、太公様にはお会いしておりません」
宋江は梁山泊へ向かっていることを話し、石勇も同行させることにした。燕順と引き合わせ、酒を三杯酌み交わした後、石勇が行李から家書を取り出して宋江に手渡した。
宋江がそれを見ると、封筒は逆さまに閉じられ、「平安(無事)」の二文字もない。不吉な予感に震えながら封を切り、半分ほど読んだ。そこにはこうあった。
「父、本年正月初頭、病により身罷りました。現に停喪(ていそう・仮安置)しており、兄貴の帰りを待ちて埋葬せん。千万、千万、遅れることなかれ。宋清、泣血して書を奉ず」
宋江は読み終えるなり、叫び声を上げて胸を叩き、自らを罵った。
「不孝なる逆子よ! 悪事を働き、老父の最期にも立ち会えず、人の道を尽くせぬとは、畜生も同然ではないか!」
壁に頭を打ち付けて慟哭し、気を失うほどに泣き崩れた。燕順と石勇に助け起こされ、しばらくしてようやく醒めた。
「兄貴、どうかお心を鎮めてください」
宋江は燕順に告げた。
「私が薄情なわけではない。ただ唯一、老父のことだけが心残りであった。その父が亡くなった今、星夜を徹して帰らねばならぬ。皆はそのまま梁山泊へ登ってくれ」
燕順は必死に止めた。
「太公様が亡くなられたのなら、今すぐ帰っても生きた姿には会えません。皆を梁山泊へ送り届けてから、我らと共に葬儀へ向かっても遅くはないでしょう。古来『蛇に頭なければ行かず』と言います。兄貴がいなくては、梁山泊が我らを受け入れてくれるでしょうか」
「皆を送ってからでは日が掛かりすぎる。一通、事細かに記した手紙を書くゆえ、石勇も連れて入夥してくれ。父の死を知った今、一日が千秋の思いだ。馬も供も要らぬ。今すぐ独りで帰る!」
燕順と石勇がいくら止めても、その決意は揺るがなかった。
宋江は酒保に筆墨を借り、泣きながら再三再四の言葉を手紙に認めた。封はせず燕順に託した。石勇の草鞋に履き替え、路銀を懐に入れ、腰刀を差し、短棒を手にした。酒も食料も口にせず、店を飛び出した。
「秦総管や花知寨が来るまで待ってくだせえ!」
燕順の言葉を背に、宋江は飛ぶように、ただ独りで故郷へと急いだ。
燕順と石勇は店で食事を済ませると、石勇が宋江の馬に乗り、供を連れて近くの宿で後続を待った。翌朝、一行が到着すると、燕順は宋江が父の葬儀のために帰ったことを告げた。皆は「なぜ引き留めなかった」と燕順を責めたが、石勇がその切実な様子を語り、手紙を渡した。
花栄と秦明は手紙を読み、協議した。
「引き返すこともできず、解散もできぬ。まずはこのまま梁山泊へ向かおう。手紙を見せれば、拒まれることはあるまい」
九人の好漢は三、五百の人馬を率い、梁山泊を目指した。芦原を進んでいると、水面からドラの音が響いてきた。見れば、色とりどりの旗を掲げた二隻の快船が近づいてくる。
先頭の船には三、五十人の小嘍囉が乗り、中央には豹子頭林沖が座っていた。後続の船には赤髪鬼劉唐が座っている。
林沖が船の上から叫んだ。
「何奴だ! 討伐に来た官軍か。梁山泊の名を知らぬわけではあるまい。命が惜しくば立ち去れ!」
花栄と秦明は馬を降り、岸辺で答えた。
「我らは官軍ではない。山東の宋公明殿の紹介状を持って参った!」
林沖は聞き、「それならば朱貴の酒場へ向かえ。手紙を改めてから案内いたそう」と言った。
一行は朱貴の店へ案内された。朱貴は牛を殺し、酒を振る舞って一行を歓迎し、手紙を確認した。水亭から響箭(きょうせん・かぶら矢)を対岸へ向けて放ち、合図を送った。手紙は先に山の上へ届けられ、一行は九人の好漢を中心に、酒場で猪や羊を食して休息した。
翌朝、軍師の呉学究が自ら迎えに現れた。三十隻近い大船が金沙灘に接岸した。
岸に上がると、松並木の道から、晁蓋天王を先頭に楽器を鳴らして盛大な出迎えがあった。聚義庁に昇り、左右に整列した。
左側には晁蓋以下、呉用、公孫勝、林沖、劉唐、三阮、杜遷、宋万、朱貴、そして越獄して戻っていた白勝の十二人。
右側には新参の花栄、秦明、黄信、燕順、王英、鄭天寿、呂方、郭盛、石勇の九人。
香を焚き、誓いを立て、祝宴が始まった。新入りの小嘍囉たちも手下となり、家族も部屋を与えられた。秦明と花栄は宋江の徳を称え、清風山での出来事を熱く語った。
呂方と郭盛の戟を射分けた一矢の話になると、晁蓋は少し疑わしげに鼻で笑い、「それほどの手並みなら、後で見せていただこう」と言った。
酒も進み、一同は酔い覚ましに山を散策した。第三の関所まで来ると、空を雁の群れが鳴きながら渡っていた。花栄は思った。
(晁蓋殿は私の腕を疑っているようだ。ここで一つ手段を見せて、皆を感服させてやろう)
供の者から弓を借りると、それは泥金で鳥を描いた見事な細弓であった。花栄は一本の矢を抜き、晁蓋に告げた。
「絨絛を射切ったことをお疑いのようですが、遠くに見える雁の群れ、あの三番目の雁の頭を射抜いてみせましょう。外したときは、笑ってくだされ」
弓を満月に引き絞り、狙いを定めて放つ一矢。
鵲を描く弓は満月に曲がり、
雕の羽の矢は飛星を迸らせる。
手の引きは強く、弦を離るるは速し。
雁は空に皮張りの標の如く並び、
人は膠を塗れる竿を展べる如く矢を発す。
影は雲の中に落ち、声は草の内に在り。
天漢の雁行は驚いて断たれ、英雄の雁序は喜んで連なる。
花栄の放った矢は、見事に三番目の雁の頭を貫き、雁は山裾へ落ちた。軍兵が駆け寄って拾い上げると、一同は言葉を失い、やがて「神臂将軍!」と叫んでどよめきを上げた。
軍師・呉用が絶賛した。
「小李広の名に恥じぬばかりか、いにしえの養由基さえ及ばぬ神技。山寨の幸いなり!」
この日より、梁山泊で花栄を敬わぬ者は一人としていなかった。
翌日、山寨の席次が定められた。秦明は花栄の義兄であったが、皆が花栄の神技を認め、花栄が第五位、秦明が第六位となった。以下、計二十一人の頭領が揃い、梁山泊は新たな戦力を得て、軍備を整え始めた。
さて、宋江は酒場を飛び出し、夜を徹して故郷へ急いだ。
夕暮れ時、故郷の村の入口にある張社長の酒場にたどり着いた。張社長は宋江の家とは親しい間柄である。
宋江の泣きはらした顔を見て、社長が尋ねた。
「押司殿、一年半ぶりですな。官事も赦免されたというのに、なぜそんなに悲しんでおられる」
「社長、実は父が亡くなったのです」
社長は大笑いした。
「何を仰る。太公様なら、たった今ここで酒を飲んで帰られたばかりですよ」
宋江は耳を疑い、家書を見せた。
「弟が、父は正月に死んだと書いているのです」
「馬鹿な! 昼頃に東村の王太公とここで飲んでいた私が嘘をつくとでも?」
宋江は疑念に駆られながら、夜を待って我が家へと駆け込んだ。
庄門をくぐると、静かなものである。下男たちが「旦那様がお戻りだ!」と出迎えた。
「父上と四郎はどうした」
「太公様は旦那様を首を長くして待っておられましたよ。今は奥の部屋で寝ておられます」
宋江は驚き、短棒を捨てて駆け上がると、宋清が笑顔で出迎えた。宋江は弟が喪服を着ていないのを見て激怒した。
「この親不孝者め! 父上が存命だというのに、死んだなどという嘘の手紙を寄越しおって!」
宋清が弁明しようとすると、屏風の陰から宋太公が姿を現した。
「わが子よ、そう怒るな。弟を責めてはならぬ。これは私が命じたことだ」
父は語った。
「私はお前の姿を一目見たくてたまらなかった。しかし、白虎山には山賊が多く、お前が彼らにそそのかされて『落草(山賊の仲間入り)』し、不忠不孝の者になるのを恐れたのだ。だから死んだと偽って呼び戻したのだよ。石勇に託したのも私の考えだ」
宋江は父の前に平伏し、喜びと不安が入り混じった涙を流した。
「官司の件は、朝廷の皇太子冊立による大赦で罪が減じられるはずだ」
父の言葉に、宋江は安堵した。朱仝や雷横が不在で、新しい役人が来たという話を聞きながら、父は「遠路の疲れを癒やしなさい」と労った。
やがて夜も更けた。約一更(午後八時頃)のことである。
一家が眠りに就こうとしたその時、庄門の前から叫び声が響き渡った。見れば、四方を火松明が囲み、宋家の屋敷を包囲しているではないか。
「宋江を逃すな! 出てこい!」
太公は声を失って叫んだ。
この騒動こそが、大江の岸に英雄を集め、喧騒の中で真の忠義を顕わす端緒となる。
果たして、宋江はこの窮地をいかに脱するのか。
【Vol.035:アニキの帰還RTAと、神エイム伝説】
1. 略奪からの「地雷女」即BAN
清風鎮をフルボッコにしてお宝回収&帰宅。ド助平の王英が、また例のあの人妻(劉高の妻)をお持ち帰りして「俺の嫁にするわw」とか言ってる。
宋江アニキが「お前、恩を仇で返したよな?」って説教し始めた瞬間、燕順が「問答無用!」と横から即斬り。物理で黙らせた。
王英が「俺の女になにすんじゃゴラァ!」ってガチギレするけど、宋江が「あんな特級地雷女やめとけ。後でもっといいスパダリ紹介するから」ってなだめて鎮火。ついでに花栄の妹を秦明にあてがって、身内婚成立。アフターケアが完璧すぎる。
2. 梁山泊へお引っ越し(官軍コスプレ付き)
「軍隊来るらしいよ、ヤバくね?」ってなったので、全員で梁山泊へ逃亡決定。
「でも紹介状ないし…」ってビビる秦明に、宋江が「俺、あそこの晁蓋に恩売ってるから顔パス余裕だしw」とマウント。
全員で「官軍です(大嘘)」ってコスプレして堂々と行軍開始。
3. 紅白・中二病対決と神エイム
道中、「対影山」って映えスポットで、全身赤コーデ(呂方)と全身白コーデ(郭盛)の若者が、どっちが推しのコスプレ(呂布リスペクト)似合うかで喧嘩してた。
武器の飾りが絡まって「あ、取れない(汗)」ってグダったところを、花栄が「ここから弓で紐だけ切るわ」って神業披露。パシュッ!
解決して二人とも「すげぇ! 兄貴についていきます!」って仲間入り。チョロい。
4. メンブレ帰省RTA
先発隊の宋江、酒場で態度デカい客(石勇)と遭遇。「俺が譲るのは柴進と宋江だけだわ」ってイキるから「俺だよ俺」って言ったら即土下座された。
石勇が持ってきた弟からの手紙に「パパ死んだ。すぐ帰れ(泣)」って書いてあって、宋江大号泣。
「仲間とかどうでもいい! 葬式出る!」って、装備全部置いてソロで実家へ爆走(RTA開始)。
5. 梁山泊での実力証明
残されたメンツは梁山泊へ。林沖が出てきて、無事合流。
ボスの晁蓋が「花栄くんさぁ、紐射抜いたとか話盛ってない?」って疑いの目。
花栄、空飛んでる雁を指差して「あの3番目の頭ブチ抜くわ」宣言。→有言実行ヘッドショット。
全員「ヒエッ…(ガチ勢だ)」ってドン引き&称賛。花栄、席次No.5確定。
6. まさかのドッキリ
実家に滑り込んだ宋江。死んだはずのパパが出てきて「おかえり♡」。
「お前が山賊デビューとか黒歴史確定だから、嘘ついて呼び戻したわw」っていう親父の生存ドッキリだった。
「よかった~!」って安心したのも束の間、夜中に警察が家を包囲。「はい詰んだー!」
【次回予告】
宋江、マジで逮捕!? 英雄たちの運命やいかに!
---------------------------------------------------------------------------
主要人物図鑑(登場順)
赤のガチ勢
048:呂方★梁山泊一〇八将★
あだ名: 小温侯=「リトル呂布」
前職: 生薬売りの商人(破産して山賊デビュー)
属性: 赤担当、呂布推し、ビジュアル担当
【どんな奴?】
「三国志の最強武将・呂布が好きすぎて、コスプレしてたら山賊になっちゃいました☆」という、重度のオタク。
武器も呂布と同じ「方天画戟」、服も赤、馬も赤。徹底したキャラ作りはもはや芸術。対影山という映えスポットで、後述の郭盛と「どっちがこの山のセンターにふさわしいか」でマウント合戦を繰り広げていた。
【第35回のハイライト】
郭盛と戦って武器の飾りが絡まり、「あ、これ解けないやつだ…(気まずい)」ってなってたところを、花栄の神エイムに救われる。花栄の矢を見て「すげぇ! 推せる!」と即ファン化し、ホイホイついて行く。
【その後の活躍とネタバレ】
梁山泊に入ってからは、しばらく「宋江アニキの背後に立ってるイケメン護衛(赤)」という、ほぼインテリア扱いを受ける。郭盛とセットで「紅白饅頭」みたいな扱い。
だがしかし! こいつのヤバさは物語終盤にある。
みんながバタバタ死んでいく最終決戦(方臘征伐)あたりで、急にプレイヤースキルが覚醒。「あれ? お前そんな強かったっけ?」ってレベルで敵の将軍と一騎打ちして勝ちまくる。
最期は、敵の猛将と道連れに崖から落ちて散るという、映画のクライマックス級の壮絶な死に方をする。「ただのコスプレ野郎」から「真の武人」へ進化する成長株。推せる。
白の同担拒否
049:郭盛★梁山泊一〇八将★
あだ名: 賽仁貴=「仁貴(唐の英雄)に匹敵するマン」
前職: 水銀商人(船が沈んで破産、帰宅難民に)
属性: 白担当、呂方キラー、ニコイチ
【どんな奴?】
こっちは「薛仁貴」という白装束の英雄に憧れる白のコスプレイヤー。
呂方とやってることが完全に被ってる。「対影山に戟使いがいる? 俺のキャラと被ってんだよ!」と殴り込みに来た、まさに同担拒否の過激派。
ちなみに商売道具の水銀を川に沈めて一文無しになったドジっ子属性もある。
【第35回のハイライト】
呂方と全く同じ実力、全く同じ武器で千日手(引き分け)状態。花栄に助けられた後、呂方と仲良く宋江のファンクラブに入会。以降、呂方とは「ズッ友」になる。
【その後の活躍とネタバレ】
呂方と同じく「宋江アニキの背後に立ってるイケメン護衛(白)」として、常にセット運用される。梁山泊の「映え」担当。
武芸の腕も呂方と共にメキメキ上がるが、最期はちょっと不運。戦場で敵の罠(転がってきた巨石)に潰されて即死するという、あっけない幕切れを迎える。
呂方が「武」を見せて散ったのに対し、郭盛は戦場の「非情さ」を背負って散った。二人が揃わないと宋江の護衛絵面が完成しないため、彼の死は読者に「あ、これもう梁山泊終わるわ」という絶望感を与えた。
⭐小ネタをひとつ:中国近代武侠大家の金庸(1924 - 2018)の代表作である『射雕英雄伝』の主人公である郭靖はこの郭盛の孫にあたるとの設定。
態度はデカいが運送は速い
050:石勇★梁山泊一〇八将★
あだ名: 石将軍
前職: 賭博師(博打打ち)
属性: ヤンキー、短髪(当時としてはレア)、Uber Eats(訃報専門)
【どんな奴?】
「俺が譲るのは天下で二人だけ。柴進と宋江。あとは天皇だろうが知らねぇ」と酒場でイキり散らす、中二病全開のチンピラ。
でも実は、宋江の弟から手紙を預かって、わざわざ探しに来てくれた義理堅い奴。当時としては珍しい短髪で、髭もないツルッとした顔。目つきが悪い。
【第35回のハイライト】
酒場で席を譲れと言われて「あぁん?」とブチ切れるが、相手が宋江だとわかると秒で土下座。「アニキぃぃ! 会いたかったっす!」という手のひら返しが見事。
彼が運んできた手紙(パパ死んだ詐欺)が、宋江をパニックに陥れ、物語を急展開させるトリガーとなった。ある意味、今回のMVP(Most Valuable Postman)。
【その後の活躍とネタバレ】
梁山泊での席次は99位と、ぶっちゃけ下っ端。
歩兵隊のリーダーとして地味に頑張るが、呂方たちのような華々しい覚醒イベントはない。
最終戦(方臘征伐)で、敵の超強い王寅という将軍に挑みかかるが、数ターンでボコられて戦死。「石将軍」という強そうなあだ名の割に、作中での武力評価は中の下くらい。
でも、彼の「一通の手紙を届けるために旅をする」という行動力がなければ、宋江は梁山泊入りしなかったかもしれない。歴史を動かしたモブ、それが石勇。
【今回の新人たち】
呂方&郭盛:
最初は「見た目重視のチャラい奴ら」と思いきや、最終的にはガチの武力を見せつける「育成成功枠」。現代で言うと、TikTokerから実力派俳優に化けた感じ。
石勇:
「態度はデカいが根はいい奴」。物語を動かすための「舞台装置(配達員)」として消費された感はあるが、その真っ直ぐなヤンキー精神は嫌いになれない。
今回の第35回は、この「キャラの濃い脇役たち」が一気に増えることで、梁山泊が「ただの山賊」から「個性派集団」へとシフトしていく重要な回なんだ。これから彼らが画面の端っこでどう育っていくか、要チェックだぜ!




