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私説 水滸伝一〇八編の鎮魂曲  作者: 光闇居士


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33/49

〇参弐:武行者、酔って孔亮(こうりょう)を打ち、 錦毛虎(きんもうこ)、義をもって宋江を釈(ゆる)す

挿絵(By みてみん)

「寒風に 酒旗はためかせ 荒ぶる魂」


【しおの】

 その時、両者は十数合じゅうすうごうほど激しく打ち合ったが、道士どうしはふと武行者(武松)に隙を見せた。好機とばかりに道士が二口の剣を斬り込ませた、その刹那である。武行者は身を翻して狙い澄まし、ただ一刀の下に斬り伏せた。道士の首はころりと転がり落ち、そのむくろは石の上に崩れ落ちた。

 武行者は大声で叫んだ。

「庵の中にいる女よ、出てこい。殺しはせぬ、ただ訳を聞きたいだけだ」

 すると庵の中から一人の婦人が現れ、地に伏して拝んだ。

「拝むには及ばぬ。ここは一体どういう場所で、あの道士は何者だ?」

「私はこの嶺の麓にある張太公の娘でございます。この庵は先祖の墓所にあるものですが、あの道士はどこから来たとも知れぬ旅人で、陰陽や風水に通じていると称して宿を借りました。両親がうかつにも彼を留め置き、風水を見てもらったところ、言葉巧みにさらに数日居座るようになったのです。ところが、あの男は私を見るや邪心を抱き、居座ること二、三ヶ月、ついに両親と兄夫婦を殺し、私を強引にこの庵へ連れ込んで囲っていたのでございます。あの童子も他所からさらってきた者です。この嶺は蜈蚣嶺ごこうれいと申します。あの道士はここの風水が良いと言って、自ら『飛天蜈蚣ひてんごこう』王道人と名乗っておりました」

「お前に他に身寄りはいないのか?」

「数軒の親戚はおりますが、みな農民で、あのような悪党と争える者などおりません」

「あの男は金を貯め込んでいたか?」

「一、二百両ほどの金銀を蓄えております」

「ならば、急いで荷物をまとめろ。庵に火を放つぞ」

「お師匠様、酒や肉はいかがですか?」

「あるなら振る舞ってもらおう」

「どうぞ中へお入りください」

「誰か隠れていて俺を襲うのではないか?」

「命の恩人であるお師匠様を騙すなど、首がいくつあっても足りません」

 武行者は婦人に従って庵へ入ると、窓辺の卓に酒肉が並べられていた。大碗で酒をあおり、肉を食らう間に、婦人は金銀や財物をまとめ終えた。

 武行者は庵に火を放った。婦人が金銀の包みを差し出して命乞いをすると、武行者は言った。

「俺はいらん。お前が持って行って暮らしの足しにしろ。さあ、早く行け!」

 婦人は拝謝して嶺を下りていった。武行者は二つの死体を燃え盛る火の中に投げ込み、戒刀かいとうを鞘に収めると、その夜のうちに嶺を越え、小道伝いに青州せいしゅうの地へと向かった。

 さらに十数日歩いた。村や宿場、町や郷を通ると、果たしてどこにでも武松捕縛の御触書おふれがきが張り出されていた。しかし、武松はすでに行者の姿になっており、誰一人として怪しんで尋問する者はいなかった。

 時は十一月、寒さは厳しさを増していた。武行者は道中、酒や肉を買って体を温めようとしたが、寒風の威力には敵わなかった。

 ある土岡つちおかに登ると、前方に険しい高山が見えた。岡を下りて三、五里(約二キロ)ほど行くと、一軒の酒屋があった。店の前には清流が流れ、裏手には乱石の山が迫っている。見れば、ひなびた村の小さな酒屋である。

 門は渓澗けいかんを迎え、山は茅茨ぼうしに映ず。

 疎らな垣根のほとりには梅が玉のしべを開き、

 小さな窓の前には松が蒼龍そうりゅうのごとく伏す。

 黒塗りの机と椅子には瓦の鉢や磁器の碗が並び、

 黄土の壁には酒仙や詩人の句が画かれている。

 一条の青き旗(酒旗)は寒風に舞い、

 二句の詩詞は過客かかくを招く。

 まさに、馬を走らせる騎手も香りを聞けば馬を止め、

 風帆ふうはんを操る者も味を知れば舟を停めん。

 武行者は岡を越えてその店に入り、腰を下ろして叫んだ。

「店主、まず酒を二角にかど、それから肉を買いたいのだが」

 店主が答えた。

「お師匠様、実を申しますと、酒は安酒どぶろくしかなく、肉も売り切れてしまいました」

「まあいい、酒で寒さをしのぐとしよう」

 店主は酒を二角汲み、大碗に注いで出し、一皿の野菜の煮物を添えた。たちまち二角を飲み干した武行者は、さらに二角を注文した。店主はまた大碗に注いだ。武行者はただひたすら飲み続けた。

 岡を越える前にすでにほろ酔い加減だったところへ、さらに四角の酒を煽り、北風に吹かれたことで酔いが回ってきた。

「おい店主、本当に売るものはないのか? お前らが食べる分でもいいから分けてくれ。金なら払うぞ」

「見たことのないお坊様だ。酒も肉もと仰るが、無いものは無いのです。諦めてくだされ」

「タダで食おうってわけじゃないんだぞ、なぜ売らん」

「申し上げた通り、この安酒しかないのです」

 押し問答をしていると、外から一人の大男が三、四人を引き連れて入ってきた。武行者はその男を見た。

 頭には魚尾ぎょびのごとき赤き頭巾、

 身には鴨の頭のごとき緑の戦袍せんぽう

 足には土を蹴る靴を履き、

 腰には数尺の紅き帯を巻く。

 丸顔に大きな耳、唇は厚く口は四角い。

 身長七尺以上、年は二十四、五。

 堂々たる相貌の強壮な士、

 いまだ女色にょしょくを侵さぬ少年郎。

 大男たちが入ってくると、店主は満面の笑みで迎えた。

「若旦那、どうぞこちらへ」

「頼んでおいたものはできているか?」

「鶏も肉も煮えております。お待ちしておりました」

「俺の青花甕せいかようの酒はあるか?」

「こちらにございます」

 男は連れと共に、武行者の向かいの席の上座に座り、連れの三、四人はその下座に就いた。店主は青花模様の酒甕を抱えてきて、封泥を開け、大きな白い盆に注いだ。

 武行者が盗み見ると、それは熟成された極上の酒で、風に乗って芳醇な香りが漂ってきた。その香りを嗅いだだけで喉が鳴り、奪い取って飲みたい衝動に駆られた。

 さらに店主は厨房から、二羽の蒸し鶏と大皿の精肉を運び出し、男の前に置いた。野菜も並べられ、杓子で酒をかんにつけ始めた。

 武行者は自分の前の粗末な野菜を見て、無性に腹が立ってきた。「目は満ちても腹は減る」とはこのことか。酒の勢いも手伝って、卓を拳で叩き割りそうな勢いで叫んだ。

「おい店主、来い! 客を馬鹿にしやがって!」

 店主が慌てて来た。「お師匠様、そうカリカリなされますな。酒ならいくらでも」

 武行者は目を剥いて怒鳴った。

「道理の分からん奴だ! なぜあの青花甕の酒と鶏肉を俺に売らんのだ? 俺も同じように金を払うと言っているのに!」

「あれは若旦那が家から持参されたもので、場所を借りて飲んでいるだけです」

「嘘をつけ! 屁理屈を言うな!」

「こんな乱暴なお坊様は初めてだ」

「俺が乱暴だと? タダ食いするわけじゃあるまいし!」

「出家人が『俺様』などと……」

 それを聞いた武行者は激昂し、立ち上がって店主の顔に張り手を食らわせた。店主はよろめいて吹っ飛び、顔半分が腫れ上がって起き上がれない。

 向かいの席の大男が激怒して立ち上がった。

「おい、そこのクソ頭陀ずだ、行儀が悪いぞ! 出家人のくせに『瞋恚(しんい・怒り)』の心を起こすとは何事だ!」

「俺がこいつを殴ろうがお前の知ったことか!」

「親切に諭してやれば、減らず口を叩きおって!」

 武行者は卓を押し退けて進み出た。

「誰に向かって口を利いている!」

「貴様とやり合おうってんだよ。太歳(たいさい・凶神)の頭の土を掘り返すような真似をしやがって!」

 大男は手招きした。「表へ出ろ、賊坊主!」

「怖気づいて逃げると思うなよ!」

 武行者が表へ飛び出すと、大男も身構えて待ち受けていた。武行者が掴みかかると、大男も組み付こうとしたが、武松の千斤の神力には敵わない。武行者は子供を扱うように男を引き寄せ、軽く払っただけで男は転がり、手も足も出ない。連れの村人たちは震え上がって動けない。

 武行者は男を踏みつけ、拳を雨霰あめあられと浴びせかけ、二、三十発殴ったところで持ち上げ、店先の渓流へ放り込んだ。

 村人たちは「大変だ!」と叫びながら、慌てて川へ飛び込んで男を助け上げ、南の方へ逃げ去った。店主も殴られたショックで動けず、奥へ隠れてしまった。

 武行者は言った。「ざまあみろ! お前らが逃げたなら、俺様が酒と肉を頂くとするか!」

 彼は大碗で甕の酒をすくい、がぶ飲みした。手付かずの鶏と肉も、箸を使わず手掴みで貪り食った。半時もしないうちに八割方平らげ、満腹して酔っ払った武行者は、袖を背中で結んで店を出、渓流沿いに歩き出した。

 しかし北風に煽られ、足元がおぼつかない。四、五里も行かないうちに、土塀の陰から一匹の黄色い犬が現れ、武松に向かって吠え立てた。

 泥酔した武行者は、犬ごときに吠えられたのが腹立たしく、鞘から戒刀を抜いて追いかけた。犬は川岸を逃げ回る。武行者が一刀斬りつけたが空振りし、勢い余って頭から渓流へ転げ落ちてしまった。

 冬の川水は干上がって浅かったが、骨まで凍みる冷たさだ。ずぶ濡れになって起き上がろうとしたが、戒刀を探してまた転び、泥水の中を転げ回る羽目になった。

 その時、岸壁の陰から一団の男たちが現れた。先頭には鵝黄(がこう・淡い黄色)の綿入れを着た大男が哨棒しょうぼうを持ち、後ろには十数人の男たちが続く。

「あいつだ! 弟を殴った賊頭陀ぞくずだだ! 弟が見つからないから兄貴が店へ捕まえに行ったが、まさかこんな所にいようとは!」

 見れば、遠くからさっき殴られた男も着替えて朴刀を提げ、二、三十人の屈強な男たちを引き連れてやってきた。

 長王三ちょうおうさん矮李四わいりし

 急三千きゅうさんぜん慢八百まんはっぴゃく

 まがきの糞に、くその中のうじ

 米の中の虫に、飯の中の屁。

 鳥の上のとげに、沙小生さしょうせい

 木伴哥ぼくばんかに、牛筋ぎゅうすじら。

 この一団は口笛を吹き鳴らして武松を取り囲んだ。

「この賊頭陀が弟を殴った奴です」

 鵝黄の着物の男が命じた。「捕まえろ! 屋敷へ連れて行ってじっくり可愛がってやる」

 三、四十人が一斉に襲いかかった。哀れ武松は泥酔して身動き取れず、起き上がる間もなく引きずり回され、川から引き上げられた。

 近くの大邸宅へ連行され、衣服を剥がれ、戒刀や荷物を奪われると、大きな柳の木に縛り付けられた。「藤の鞭を持ってこい、皮を剥いでやる!」

 三、五回鞭打たれたところで、屋敷の中から一人の男が出てきた。

「兄弟、また誰をいじめているんだ?」

 二人の大男は手を合わせて言った。

「師匠、聞いてください。今日、弟が近所の友人と馴染みの店で飲んでいたら、この賊行者が因縁をつけて弟を半殺しにし、川へ放り込んで凍死させかけたのです。着替えて仕返しに行ったら、奴は俺たちの酒肉を食い荒らし、泥酔して川に落ちていました。こいつはどう見てもまともな出家じゃありません。顔には『金印』の刺青があり、髪で隠しています。きっと逃亡犯でしょう。問い詰めてから役所へ突き出します」

 殴られた方の弟が叫んだ。

「役所なんて生温い! こいつに負わされた傷は一、二ヶ月じゃ治らないんだ。いっそここで打ち殺して焼き捨ててやらなきゃ気が済まない!」

 彼が再び鞭を振り上げると、出てきた男が止めた。

「待て。まずは顔を見せろ。ただならぬ相貌をしているぞ」

 この時、武行者は酔いが醒め始めていたが、狸寝入りをして打たれるがままになっていた。男は武松の背中の棒傷を見て言った。

「妙だ。これは受けて間もない傷だぞ」

 男は武松の髪を掴んで顔を上げさせ、じっと見つめると叫んだ。

「これは我が兄弟、武二郎ぶじろうではないか!」

 武行者は目を開け、その男を見た。「兄貴か!」

 男は叫んだ。「早く解け! 私の兄弟だぞ!」

 孔明こうめい孔亮こうりょうの兄弟は驚愕した。「この行者が、師匠の義兄弟なのですか?」

「彼こそが、私が常々話していた景陽岡の虎殺し、武松だ。なぜ行者の姿をしているのかは知らぬが」

 兄弟は慌てて縄を解き、乾いた着物に着替えさせ、草堂へ招じ入れた。武松が拝礼しようとすると、男は喜びと驚きの入り混じった顔で支えた。「兄弟、まだ酒が抜けていないだろう。まずは座ってくれ」

 武松は男を見て酔いが半分醒め、汁物を飲んで落ち着くと、改めて拝礼して旧交を温めた。

 その男とは他でもない、鄆城うんじょう県の人、姓はそう、名はこうあざな公明こうめいであった。

 武行者は言った。「兄貴は柴大官人さいだいかんじんの屋敷におられると思っておりましたが、なぜここに? 夢でも見ているのでしょうか」

 宋江は語った。

「君と別れてから半年ほどあそこにいたが、父上が心配で弟の宋清そうせいを先に帰したのだ。その後、家からの手紙で『捕り手の手が回って海捕文書(指名手配書)が出た』と知り、ここにいる孔太公こうたいこうが何度も人を寄越してくれたので、ここへ避難してきたのだ。ここは白虎山びゃっこざん、孔太公の屋敷だ。さっき君と喧嘩したのは次男の孔亮、短気で喧嘩っ早いから『独火星どくかせい』と呼ばれる。鵝黄の着物を着ているのは長男の孔明、『毛頭星もうとうせい』と呼ばれる。二人とも槍棒が好きで、私が少し手ほどきをしたので師匠と呼ばれているのだ。ここに来て半年になるが、清風寨せいふうさいへ行こうと思って準備していたところだ。……ところで兄弟、君は西門慶を殺して配流されたと聞いていたが、なぜ行者の姿に?」

 武松は答えた。「柴進さいしんの屋敷を出てから……」

 虎退治、兄の仇討ち、十字坡での張青・孫二娘との出会い、孟州での施恩との義兄弟、蒋門神を打ち、張都監ら十五人を殺害し、逃亡中に王道人を斬り、そして孔亮との喧嘩に至るまで、すべてをありのままに語った。

 孔明・孔亮の兄弟は驚き入り、平伏して謝罪した。「泰山を知らずして無礼を働きました。どうかお許しください」

 武行者は言った。「お二人が俺を敬ってくれるなら、奪った度牒どちょうや手紙、荷物、そして戒刀と数珠を返してくれればそれでいい」

 孔明はすぐに手配し、すべてを返却した。宋江は孔太公を呼び、皆で顔合わせをした。

 その夜、宋江と武松は同じ寝台で一年余りの積もる話をし、宋江は大いに喜んだ。

 翌日から連日宴が開かれ、村の親戚や知人たちが挨拶に訪れた。

 ある日、宴席が果てると宋江は尋ねた。「二郎じろう、これからどこへ行くつもりだ?」

 武松は答えた。「昨夜も言いましたが、張青の手紙を持って、二龍山の宝珠寺にいる魯智深と楊志を頼って落草するつもりです」

 宋江は言った。「それも良かろう。実は私も清風寨の知寨(ちさい・長官)、『小李廣しょうりこう花栄かえいから何度も手紙をもらっていてな。ここから遠くないし、一緒に行かないか?」

 武松は言った。「兄貴のお気持ちは嬉しいですが、俺は大罪人です。もし道中で正体がバレれば、兄貴まで巻き添えにしてしまう。花栄殿にも迷惑がかかる。俺は二龍山へ行きます。もし命があって招安(しょうあん・恩赦)を受ける日が来れば、その時にまたお会いしましょう」

 宋江は「君が朝廷に帰順する心を持っているなら、天も必ず守ってくれるだろう」と、無理強いはしなかった。

 十日余り滞在した後、二人は出発することになった。孔太公は引き留めたが、宋江の決意は固く、送別の宴が開かれた。

 翌日、孔太公は武松に新しい行者の衣裳一式と、預かっていた品々を返し、さらに銀五十両ずつを路銀として二人に贈った。武松は再び行者の姿になり、戒刀を腰に差し、荷物を背負った。宋江も旅支度を整えた。

 孔明・孔亮兄弟は二十里余りも見送り、別れを告げた。

 さらに進み、瑞龍鎮ずいりゅうんちんという三差路に来た。

 宋江が道を聞くと、「二龍山は西へ、清風鎮は東へ、清風山を越えて行く」と教えられた。

 宋江は言った。「兄弟、ここでお別れだ。最後に三杯飲もう」

 手を握りに臨んで別れを話すはかた

 山林の景物は正に闌珊らんさんたり

 壮懐そうかい寂寞せきばくとして客嚢かくのう

 旅次りょじ愁い来たりてたましい断たんと欲す

 郵亭ゆうてい宿する処

 きょう空しく弾く

 独り憐れむ

 長夜のはなはだ漫漫たるを

 武行者は言った。「兄貴、少し先まで送りましょう」

 宋江は止めた。「『送君千里、終有一別(君を送ること千里なれど、終には一別あり)』だ。自分の前程を大切にし、早く目的地へ着け。入山してからは酒を控えろよ。もし招安の機会があれば、魯智深や楊志も説得して帰順し、辺境で功を立てて妻子のために名を残せ。無駄に一生を終えるなよ。私の言葉を忘れるな」

 武行者は四拝して別れを告げ、西へと去っていった。

 宋江は東へ向かい、清風山を目指した。数日行くと、険しい山が見えてきた。

 八面は嵯峨さがとして、四囲は険峻けんしゅん

 古怪なる喬松きょうしょうは鶴のおおいをわだかまらせ、

 杈枒さがたる老樹は藤蘿とうらを掛く。

 瀑布は飛び流れ、寒気はせまって人の毛髪を冷やし、

 緑陰は散り下り、清光は目を射て夢魂むこんを驚かす。

 澗水かんすい時として聴き、樵人しょうじんの斧響く。

 峰巒ほうらん特起し、山鳥の声哀し。

 麋鹿びろく群れを成し、荊棘けいきょく穿うがって往来跳躍し、

 狐狸こり隊を結び、野食を尋ねて前後呼号す。

 もし仏祖の修行処にあらずんば、定めて強人の打劫だこう場ならん。

 宋江は山の景色に見とれて歩を進めたが、宿場を見つける前に日が暮れてしまった。冬の夜は冷え込み、虎狼が出るかもしれない。不安になりながら小道を急ぐと、一更の頃、足元の絆索(ばんさく・罠の縄)に引っかかり転倒した。

 銅鈴が鳴り響き、林の中から十四、五人の手下が飛び出してきて宋江を縛り上げ、「獲物だ!」と叫びながら山へ連行した。

 山寨さんさいへ連れて行かれると、そこは木の柵で囲まれ、草葺きの広間があった。宋江は「将軍柱」に縛り付けられた。手下たちは「大王は寝ているから、酔いが覚めたらこいつの心肝(心臓と肝臓)で醒酒湯(酔い覚ましのスープ)を作ろう」と話している。

 宋江は嘆いた。「閻婆惜えんばせきを殺して逃げ回り、こんな所で最期を迎えるとは……」

 二、三更の頃、大王が起きてきた。頭に赤い手拭いを巻き、なつめ色の綿入れを着たその姿は……。

 赤髪黄鬚せきはつこうしゅ双眼円まどかに、

 長く腰闊ひろくして気天を衝く。

 江湖に称して錦毛虎きんもうこす、

 好漢 元来 かえって姓はえん

 この男は山東萊州らいしゅうの人、姓は燕、名は順、あだ名は「錦毛虎」。元は羊馬ようば商人だったが、元手をすって山賊になった。

 燕順が椅子に座ると、手下が報告した。「お目覚めのスープの材料を捕まえました」

「よし、他の二人の大王も呼んでこい」

 すぐに二人の好漢が現れた。左の男は小柄で眼光鋭く、

 天青てんせい衲襖のうおう 錦繍きんしゅう補い、

 形貌けいぼう崢嶸そうこうとして性 麤鹵そろ

 貪財好色 最も強梁きょうりょう

 放火殺人 王矮虎おうわいこ

 両淮りょうわいの人、姓は王、名は英、あだ名は「矮脚虎わいきゃくこ」。元は車引きだが、客を襲って逃亡し、ここへ住み着いた。

 右の男は色白で美男子、

 衲襖は銷金しょうきん油緑ゆうりょく

 狼腰ろうよう かたく繋ぐ征裙せいくん

 山寨の紅巾こうきんの好漢、

 江湖の白面郎君はくめんろうくん

 浙西蘇州せっせいそしゅうの人、姓は鄭、名は天寿、あだ名は「白面郎君」。元は銀細工師だが武芸を好み、王英と互角に渡り合って仲間になった。

 三人が揃うと、王英が「さあ、スープを作ろう」と促した。手下が宋江の胸に冷水を浴びせ(血を散らして心肝を脆くするため)、刀を構えた。

 宋江は嘆いた。「惜しいかな、宋江、ここで死すとは!」

 燕順が聞き咎めた。「待て。今なんと?」

「こいつ、『惜しいかな宋江』と言いました」

 燕順は立ち上がった。「貴様、宋江を知っているのか?」

「私こそが宋江だ」

「どこの?」

「済州鄆城県の押司おうし、宋江だ」

「山東の『及時雨』宋公明か?」

「いかにも」

 燕順は驚き、刀を奪って縄を切り、自分の着物を宋江に着せ、上座に座らせて三人が平伏した。

「我らは目がありながら人を見抜けず、危うく義士を殺すところでした!」

 宋江も答礼し、これまでの経緯を語った。三人は大いに喜び、連日宴を開いてもてなした。

 数日後、臘月(ろうげつ・十二月)初旬のこと。山下から報告があった。「輿こしに乗った婦人が墓参りに来ています」

 好色な王英はこれを聞くや、手下を連れて下山し、婦人をさらってきてしまった。燕順と鄭天壽が宋江を連れて王英の部屋へ行くと、王英は婦人に言い寄っていた。

 宋江が婦人を見ると、喪服を着た美しい女性だった。

「あなたはどなたですか?」

「私は清風寨の知寨の妻です。母の喪が明けたので墓参りに来たところを捕まりました」

 宋江は考えた。(花栄の妻か? ならば救わねば)

「夫の名は?」

「花栄殿は武官の知寨、私の夫は文官の知寨、劉高りゅうこうでございます」

 宋江は(花栄の同僚の妻なら、やはり救わねばならん)と思い、王英に言った。

「賢弟、好漢が『骨の髄までとろける』ような色事にふけるのは感心しない。この方は役人の奥方だ。私の顔に免じて放してやってくれ」

 王英は渋ったが、宋江が跪いて頼み込み、「後で私がきちんとした嫁を世話するから」と約束すると、燕順たちも賛同し、婦人を解放させた。

 婦人は「ありがとうございます、大王様!」と感謝したが、宋江は「私は大王ではない、鄆城の客人だ」と告げた。

 劉高の妻が寨に戻ると、劉高は激怒していたが、妻が「私が知寨の妻だと言ったら、賊たちは恐れ入って解放しました」と嘘をつくと、劉高は手柄顔で部下たちを労った。

 宋江は数日後、花栄の元へ向かうため山を下りた。三人の頭領は名残惜しみつつ見送った。

 坎坷かんか遭逢そうほうするは皆天数、

 風雲に際会さいかいするはあに偶然ならんや。

 宋江は花知寨を訪ねて行くが、そこで誰と出会うのか。

【Vol.032:武松と宋江の奇跡の再会で、物語の主軸バトンタッチ】


1. 武松、偽修行僧をサクッとデリート

前回から引き続き、蜈蚣嶺ごこうれいでイキってた王道人(飛天蜈蚣)とのタイマン。武松が誘い込みからの鮮やかなワンパン(一閃)で道士の首を飛ばして終了。庵にいた女の子(張太公の娘)から「家族を殺されて監禁されてた」って重い過去を聞かされて、武松は「金持って実家帰れ!」と旅費を渡して庵を全焼させます。相変わらずのハードボイルド。


2. 酔っ払い武松、犬に負けて川にダイブ

その後、青州へ向かう武松。11月のガチ寒波に耐えられず酒屋へ。

店主: 「酒(安酒)はあるけど肉はない」

後から来た孔亮(地元の金持ち息子): 豪華な鶏肉とマイ酒を持参してどんちゃん騒ぎ

武松: 「なんであいつだけ肉食ってんだよ!俺にも売れ!」とブチギレ、店主をビンタして孔亮をボコボコにして肉と酒を略奪。

ここからがダサいんですが、店を出た泥酔武松は道端の黄犬に絡みます。犬を斬ろうとして空振り、勢い余って真冬の川に頭からダイブ。起き上がれずモタモタしてるところを、着替えて仲間を引き連れて戻ってきた孔亮に捕まり、屋敷で縛り上げられてフルボッコにされます。


3. 奇跡の合流!「え、兄貴!?」「武松じゃん!」

そこで出てきたのが、孔兄弟の師匠をやってたレジェンド宋江(及時雨)。

宋江: 「待て待て、その背中の傷……もしかして武松?」

武松: 「兄貴!夢かよ!」 感動の再会で、孔兄弟も「虎殺しの武松さんっすか!さっきはサーセン!」と手のひらクルーで大宴会。10日ほどパリピ生活を送ります。


4. 宋江、あわや「酔い覚ましスープ」の具に

二人は別々の目的地へ。武松は二龍山へ、宋江は清風砦の花栄の元へ向かいます。 一人旅になった宋江は清風山で山賊に捕まり、「大王(燕順)の酔い覚ましに、こいつの心臓と肝臓で酸っぱ辛いスープ作ろうぜ!」三蔵法師かよと軽々しくカニバリズムに突っ込み入れたところ、文字通りまな板の上の鯉状態に。 絶体絶命の瞬間、宋江が「宋江、ここで死ぬんか……」とボソッと呟くと、リーダーの燕順が「え、及時雨の宋江さん!?!? マジかよ!!」と速攻で縄を解いて平伏。知名度エグすぎ。


5. 王英の女癖と宋江の「空気読め」ムーブ

山賊メンバー(燕順・王英・鄭天寿)と仲良くなった宋江ですが、ここで「短足の虎」こと王英が墓参り中の美女(清風砦の文官・劉高の嫁)を拉致ってきます。 ムラムラしてる王英に対し、宋江は「知り合い(花栄)の同僚の嫁だから放してやれよ。義理が立たないだろ」とガチの正論で説教。 王英は超不満そうでしたが、宋江に「今度もっといい女紹介するから!」となだめられ、泣く泣く美女を解放します。


まとめ

武松: 圧倒的武力。でも酔うと犬に負けて川に落ちるドジっ子属性。

宋江: どこに行っても名前を出すだけで命が助かるチートキャラ。正論で仲間の楽しみ(?)を奪う。

劉高の嫁: 助けてもらったのに、帰宅後は「自分たちの兵が奪い返してくれた」と嘘をつく、ちょっとしたフラグを残して終了。


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主要人物図鑑(登場順)


 白虎山の「孔兄弟」:宋江の教え子コンビ

040:独火星どくかせい孔亮こうりょう★梁山泊一〇八将★

経歴: 白虎山のふもとに住むセレブ、孔太公の次男坊。 気が短くて、とにかくケンカがしたくてたまらないタイプ。 実は宋江の弟子(武芸の教え子)でもある。

活躍: 居酒屋で「俺の酒と肉を分けてやるわけねーだろ」と武松に絡んでタイマンを張るも、神レベルの筋力を持つ武松に秒でボコボコにされ、川に投げ捨てられる。 その後、師匠である宋江の紹介で武松と仲直りし、屋敷で爆食い宴会を主催する。


041:毛頭星ぼくとうせい孔明こうめい★梁山泊一〇八将★

経歴: 孔太公の長男で、孔亮のお兄ちゃん。 槍や棒の武芸が大好きなガチ勢。 彼もまた宋江に武芸を教わった弟子の一人。

活躍: 弟の孔亮がボコられたと聞いて、自ら三十人くらいの庄客(家のスタッフ)を引き連れて武松を捕らえに行く。 宋江を半年間も自分の屋敷にステイ(避難)させていた、地元の重要スポンサー的存在。


 清風山の「三人の大王」:宋江のガチ勢ファンクラブ

042:錦毛虎きんもうこ燕順えんじゅん★梁山泊一〇八将★

経歴: 山東萊州出身。 元々は羊や馬の売買をしていた商売人(元転売ヤー?)だったが、資金がショートして緑林(山賊)にジョブチェンジした清風山のボス。 赤髪に黄色い髭という、かなり派手なビジュアル。

活躍: 捕まえた宋江の心臓と肝臓で「酔い覚ましスープ」を作ろうとしたエグい奴。 しかし、宋江が名前を呟いた瞬間に「え、及時雨の宋江さん!? マジ推しなんですけど!」と態度が急変、秒で縄を解いて平伏するという手のひら返しを見せた。


043:矮脚虎わいきゃくこ王英おうえい★梁山泊一〇八将★

経歴: 両淮出身の元車引き。 客の財産を強奪して逮捕されるが、脱獄して山賊になったというアウトローな過去を持つ。 身長が低く、とにかく「金」と「女」に目がなくて手が早い。

活躍: 墓参りに来ていた美女(劉高の妻)を拉致り、自分の部屋でムフフなことをしようとする。 しかし、宋江から「知り合いの同僚の嫁だから放してやれよ、ダサいぞ」と正論でガチ説教され、激しく不満げながらもしぶしぶ解放。 宋江に「今度もっといい女を紹介するから!」となだめられる。


044:白面郎君はくめんろうくん鄭天寿ていてんじゅ★梁山泊一〇八将★

経歴: 蘇州出身の元・銀細工師。 色白でスラッとしたイケメン職人。 旅の途中で王英とタイマンを張り、50〜60合戦っても決着がつかないほどのガチの腕前だったため、スカウトされて清風山の三番手になった。

活躍: 燕順・王英と一緒に宋江をもてなす宴会メンバー。 宋江が「王英、女を放してやれ」と土下座した際、慌てて宋江を助け起こすなど、わりと常識的で空気が読めるポジション。


今回は個性的な好漢が豊作だわ!

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