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〇〇弐:王教頭、私(ひそ)かに延安府へ奔(はし)り 九紋龍、大いに史家村に暴(あば)れる

挿絵(By みてみん)

『月下龍吟・史家村紅蓮の血路』

「月氷る 龍の咆哮 義の炎」


【しおの】

 龍虎山の住持である真人は、青ざめた顔で洪太尉こうたいいに向かって静かに、しかし重々しく語りかけました。

「太尉、あなたはとんでもないことをなさいました。この殿中に祀られていたのは、初代天師・洞玄どうげん真人が伝え遺した法符ほうふなのです。天師はこう遺言されました。『この殿内には三十六員の天罡星てんこうせい、七十二座の地煞星ちさつせい、合わせ百八の魔君が封じ込められている。上には龍章鳳篆りゅうしょうほうてんの天符を刻んだ石碑を立て、彼らを厳重におさえているのだ。もし万が一にも世に出すようなことがあれば、必ずや下界の民を苦しめる大災厄となるであろう』と。今、太尉はその封印を解き、彼らを逃がしてしまわれた。もはや、いかにすべきか……」

 この出来事を物語る詩が残されています。

 千年の眠りについた重き扉が、ひとたび開かれた。

 天罡、地煞の魔星たちは、奈落の底から解き放たれる。

 何事もなかったはずの世に、自ら波風を立て、

 災いを払う祈祷のつもりが、かえって災いの種を蒔いた。

 国の安寧は今この時から崩れ去り、乱世の雲が渦巻くだろう。

 兵火は至る所で燃え上がり、叫喚の声が地に満ちる。

 後の世に高俅こうきゅうの奸計を恨む者は多いが、

 そのわざわいの根源は、この時の洪信こうしんが醸し出したものなのだ。

 真人の言葉を聞いた洪太尉は、全身から滝のような冷や汗を流し、ガタガタと震えが止まらなくなりました。彼は急いで荷物をまとめると、従者を引き連れて慌てて山を下り、這う這うの体でみやこへと引き返しました。真人と道士たちは、一行を見送った後に宮内へと戻り、壊された殿宇を修繕し、石碑を元通りに立て直しましたが、その後の話はまた別の機会に譲りましょう。

 さて、洪太尉は道中、口を酸っぱくして従者たちに命じました。

「よいか、あの伏魔殿で妖魔を逃がしたことは、決して外に漏らしてはならぬぞ。もし天子の耳に触れれば、私だけでなくお前たちの命もないと思え」

 一行は休息もそこそこに、夜を日に次いで馬を走らせ、ようやく都・開封府かいほうふ汴梁べんりょう城へと辿り着きました。

 街に入ると、人々は口々にこんな噂をしていました。

「龍虎山の天師様が宮中の禁院で七昼夜もの祈祷を行い、魔除けの符を配ってくださった。そのおかげで、あれほど猛威を振るった疫病もすっかり消え去り、軍も民も救われたそうだ。天師様は術を終えると、鶴に乗って雲を抜け、龍虎山へ帰られたそうだよ」

 翌朝、洪太尉は仁宗じんそう皇帝に拝謁しました。

「天師様は鶴に乗って私どもより先に京へ着かれましたが、私どもは駅伝を乗り継いで、ようやく今到着いたしました」

 仁宗は太尉の労をねぎらい、褒美を与えて元の職に復帰させました。しかし、この洪太尉の物語も、ここでおしまいです。

 その後、仁宗皇帝は在位四十二年でこの世を去りました。世継ぎがいなかったため、太宗皇帝の孫にあたる英宗えいそうが即位しましたが、わずか四年の在位で崩御されました。続いてその子、神宗しんそうが即位して十八年、その太子である哲宗てっそうへと帝位は引き継がれていきました。その頃、天下は太平を謳歌し、四方に争いのない穏やかな時代が続いていました。

 さて、物語の舞台は変わります。

 東京とうけい開封府の汴梁宣武軍に、一人の食い詰め者の破落戸ならずものがおりました。姓は高、二番目の息子として生まれたため、幼い頃から家業を一切顧みず、槍や棒を振り回しては遊び歩き、何よりも「蹴鞠しゅうきく」に人生のすべてを捧げていました。京の人々は親しみを込めて、あるいは揶揄して、彼を「高二こうじ」とは呼ばず、鞠の「毬」の字を当てて「高毬こうきゅう」と呼びました。後に彼が出世した際、鞠の字から毛篇を取り、権力を象徴する立人にんべんを添えて、名を「高俅」と改めることになる男です。

 この高俅という男、笛や太鼓、歌や舞、さらには槍棒から相撲に至るまで、遊び事となれば右に出る者はいません。多少は詩や書、詞賦もかじってはいましたが、仁・義・礼・智・信といった人の道や、忠義の心などはこれっぽっちも持ち合わせていませんでした。

 彼は東京の街で幇間ほうかんとして食いつなぎ、生鉄王せいてつおうという金持ちの放蕩息子に取り入って、毎日、盛り場で享楽に耽っていました。ところが、その息子の父親が、あまりの放蕩ぶりに激怒して開封府に訴え出ました。府尹(長官)は高俅を二十回の杖刑に処した上で、都から追放してしまいました。都の民に対しても、彼を泊めたり食わせたりすることは固く禁じられました。

 行き場を失った高俅は、淮西わいせい臨淮州りんわいしゅうへと流れ着きました。そこには柳大郎(世権)という、博打打ちを束ね、食い詰めた流れ者を養うのが好きな男がいました。高俅は柳の家に身を寄せ、そこで三年の月日を過ごしました。

 やがて、哲宗皇帝が南郊の祭礼を行った折、風雨が順調であることを感謝して天下に大赦を下しました。高俅もその恩赦を受け、再び東京へ戻れることになりました。柳世権は、東京の金梁橋下で薬問屋を営むとう将士という親戚がいたため、彼への紹介状と路銀を持たせて高俅を送り出しました。

 高俅は懐かしくも苦い思い出のある東京へ戻り、董家を訪ねて手紙を渡しました。しかし、董将士は高俅の顔を見るなり、柳の手紙を読んで内心困り果てました。

(こんな男をうちに置いておけるはずがない。真面目な男なら子供たちの手本にもなろうが、こいつは筋金入りの破落戸だ。一度刑を受けた身で、性格が直っているはずもない。うちに置けば、せっかく育てた子供たちが感化されてしまう。かといって柳大郎の顔を潰すわけにもいかないし……)

 そこで董将士は数日間、高俅に酒食をもてなして機嫌を取り、適当な理由をひねり出しました。

「我が家のような小さな商人の家では、あなたの非凡な才能を活かすには役不足です。あなたを小蘇学士(蘇軾の弟、蘇轍)様にご紹介しましょう。あの方の元なら、きっと輝かしい出世の道が開けるはずです」

 高俅は大いに喜び、感謝して董家を後にしました。董将士は人を出し、紹介状を持たせて高俅を学士府へと送り届け、厄介払いに成功しました。

 しかし、名高い小蘇学士もまた、高俅を一目見るなり、彼が浮浪の徒であることを見抜きました。

(ここには置いておけないな。いっそ、皇帝の義弟である王晋卿おうしんけい殿に紹介して、人情を売っておくか。あの方なら、こういう風流な遊び人を好まれるだろう)

 翌日、学士は紹介状をしたため、高俅を「小王都太尉」こと王晋卿の屋敷へと送りました。

 王太尉は哲宗皇帝の妹婿という高貴な身分でありながら、風流な人物を重用することで知られていました。彼は高俅を一目見て気に入り、自分の側近として召し抱えました。それ以来、高俅は王太尉の屋敷に自由に出入りし、家族も同然の扱いを受けるようになりました。

「日は遠ければ疎く、近ければ親しむ」の言葉通り、王太尉の寵愛は深まるばかりでした。ある日のこと、王太尉の誕生祝いの宴が開かれ、義弟の端王たんおうが招かれました。端王は神宗皇帝の第十一子で、哲宗皇帝の弟にあたる御方です。この端王こそが、後に歴史を揺るがす人物となるのですが、当時は才気煥発で、琴棋書画から蹴鞠、笛、歌舞に至るまであらゆる遊びに通じ、何よりもそれらを愛する風流を絵に描いたような人物でした。

 当日の宴席の豪華さは、筆舌に尽くしがたいものでした。

 香は宝鼎の中でたなびき、季節の花は金の瓶に美しく挿されている。

 仙音院の楽師たちは新しき調べを競い、教坊司の芸人たちは妙技を披露する。

 水晶の壺には、伝説の紫府しふに伝わる不老の酒が満ち、

 琥珀の杯には、瑶池ようちの玉液が黄金色に輝いている。

 玳瑁たいまいの皿には仙桃や異国の果実が積み上げられ、

 玻璃ガラスの碗には、熊の掌や駱駝の蹄といった珍味が並ぶ。

 銀の糸のように細く刻まれた刺身、玉の蕾のように香り高い名茶。

 紅い袴をなびかせる舞女たちは、笛や太鼓の音に合わせて舞い踊り、

 翠の袖の歌姫たちは、龍や鳳凰を模した管楽器を手に声を重ねる。

 階段の下には着飾った侍女たちが居並び、座敷には尽きることのない歓待の声が響き渡る。

 宴が盛り上がりを見せた頃、端王は少しばかり手を洗うために書斎で休まれました。ふと机の上を見ると、羊脂玉ようしぎょくでできた獅子の文鎮(鎮紙)が目に留まりました。その精緻な細工の見事さに、端王は「素晴らしい出来栄えだ」と感嘆の声を漏らしました。それを見た王太尉は喜び、

「同じ職人の作った玉龍の筆架もございます。明日、あわせて宮中へお届けいたしましょう」

 と約束しました。端王は大いに喜び、宴が果てると満足げに宮中へと帰られました。

 翌日、王太尉は約束通り玉龍の筆架と玉獅子を金の箱に入れ、黄色の布で丁寧に包みました。そして高俅を呼び出し、端王の元へ届けさせました。

 端王の宮殿に着くと、執事が「殿下は現在、中庭で蹴鞠をなさっておられます」と案内しました。高俅が促されるままに行ってみると、端王は紫の龍袍りゅうほうの裾を軽やかにたくし上げ、数人の宦官たちと鞠を蹴って興じていました。高俅は邪魔をしてはならぬと、従者たちの背後に身を隠して控えていました。

 ところが、運命とは誠に不思議なものです。端王が受け損ねた鞠が、偶然にも人混みを突き抜け、まっすぐ高俅の足元へ転がってきたのです。

 高俅は咄嗟の判断で度胸を見せました。彼は「鴛鴦拐えんおうかい」という、両足を交互に使う得意の技で見事にその鞠を蹴り返し、端王の目の前へと届けました。

挿絵(By みてみん)

 これを見た端王は、目を丸くして驚き、そして喜びました。

「おお、見事な技だ! お前は何者だ?」

 高俅は即座にその場に跪き、礼を尽くしました。

「私は王太尉の側近でございます。太尉の命により、玉器を献上しに参りました」

 端王は笑って、「義兄上は誠に律儀なことだ」と言い、贈り物を収めさせました。

 しかし、端王の関心はすでに玉器よりも、目の前の男の腕前にありました。

「お前、蹴鞠ができるのだな。名はなんという?」

「高俅と申します。昔から少したしなんでいる程度でございます……」

「謙遜するな。さあ、場に下りて私と蹴ってみせよ」

 高俅は一度は辞退しましたが、端王に強く促され、ついに膝当てを外して場に入りました。いざ始めれば、高俅の本領発揮です。鞠はまるで意思を持っているかのように、彼の体の一部となって舞い踊りました。端王はこれに狂喜し、高俅を気に入ってそのまま一晩泊まらせることにしました。

 翌日、端王は王太尉を宴に招き、こう切り出しました。

「昨日届けに来た高俅という男、鞠の腕が実に素晴らしい。私の側近として譲ってくれぬか」

 王太尉は二つ返事で快諾し、高俅は晴れて端王の宮中に留まることになりました。

 それ以来、高俅は端王の影のように寄り添い、忠実に仕えました。それから二ヶ月も経たぬうちに、哲宗皇帝が若くして崩御されました。世継ぎがいなかったため、文武百官の評議の結果、端王が次期皇帝として即位されることになりました。これこそが、後に芸術の才で名を馳せる徽宗きそう皇帝、またの名を玉清教主微妙道君皇帝です。

 即位後、徽宗はある日、高俅を呼び寄せて言った。

「お前をしかるべき地位に引き立てたいが、軍の功績がなければ周囲が納得しまい。まずは枢密院に名を登録し、随行の武官としておこう」

 すると、どうしたことでしょう。高俅はわずか半年のうちに、驚くべき速さで昇進を重ね、ついには殿帥府でんすいふの太尉、すなわち禁軍の最高司令官にまで登り詰めてしまったのです。

 身分の貴賤など関係ない。

 蹴鞠の同好会(斉雲社)で磨いた技が、

 天下を丸く収める権力に変わった。

 高俅を引き立てたのは、ただ鞠を蹴る力のみ。

 手足の動き一つで、天下の権勢を手中に収めたのだ。

 さて、高俅は殿帥府太尉という強大な権力を手にし、吉日を選んで着任しました。配下の役人、将校、そして八十万禁軍を束ねる教頭たちが勢揃いして拝礼し、名簿を差し出しました。高太尉が一人ひとりを厳しく点検していくと、ただ一人、「禁軍八十万教頭・王進おうしん」の名だけが呼ばれても返事がありません。

「王進はどうした?」

「はっ、半月ほど前から病気で欠勤しております」

 との報告に、高太尉は顔を真っ赤にして激怒しました。

「ふてぶてしい奴め! 私が着任したのをいいことに、病を装って抗議しているつもりか。即座に引きずり出してまいれ!」

 命令を受けた牌頭(下士官)が王進の家へ駆けつけました。王進には妻はおらず、六十を越えた老母と二人で暮らしていました。牌頭は言いました。

「新しい太尉様が烈火の如くお怒りです。無理をしてでも顔を出さないと、大変なことになりますぞ」

 王進はやむなく病身を押して府へ向かい、高太尉の前に跪きました。高太尉は王進を射抜くような目つきで睨みつけました。

「お前は、かつて都軍教頭だった王昇おうしょうの息子か?」

「左様でございます」

「ふん、お前の親父は街角で棒を振り回して薬を売っていた程度の破落戸ではないか。その息子に武芸の何がわかる。前任の長官は節穴だったようだが、私の点呼を無視するとはいい度胸だ!」

「滅相もございません。実は本当に病が癒えず……」

「黙れ、この賊配軍(罪人野郎)め! 病人が自分の足でここまで来られるわけがなかろう。左右の者、この不届き者を打ち据えろ!」

 周りの将校たちは王進の誠実な人柄を知っていたため、口々に取りなしました。

「太尉、今日は初着任のめでたい日でございます。なにとぞ、今回だけはご勘弁を……」

 高太尉は不機嫌そうに吐き捨てました。

「皆の顔に免じて、今日だけは見逃してやる。だが明日も同じだと思ったら大間違いだぞ」

 王進は謝罪して引き下がりましたが、帰る道すがら、太尉の顔を思い出してはたと気づきました。

「ああ、あの顔……間違いない、あの高二だ! かつて私の父が棒術の稽古で、一撃で打ち倒して三、四ヶ月も寝込ませた、あの街の破落戸ではないか。あんな男が太尉になったからには、私への報復は火を見るより明らかだ。『お上(皇帝)を恐れず、お役人(直接の管理官)を恐れよ』とはよく言ったもの。ここにいては殺されるのを待つだけだ。逃げるしかない……」

 家に戻り、母にすべてを話して二人は抱き合って泣きました。母は言いました。

「息子よ、三十六計逃げるに如かずと言います。ですが、どこへ行けばよいのですか」

延安府えんあんふ種師道しゅしどう様という経略相公がおられます。あの方は人格者で、私の腕を認めてくださる武官も多い。あそこなら、高俅の手も届かず、身を立て直せましょう」

 人を使う側であった者が、今度は人に使われる身となる。

 己の力を過信すれば、運命は思わぬ方向へ流されるものだ。

 ある場所で名声を博しても、別の場所では重みを失う。

 追われ、逃げ惑うその姿こそ、人生の皮肉と言わざるをえない。

 母子は夜のうちに密かに準備を整えました。王進は監視についていた兵士たちを欺くため、「明日の早朝、岳廟がくびょうへ参拝する。先に行って掃除と供物の用意をしておけ」と一人ずつ送り出しました。

 五更(午前四時頃)、王進は老いた母を馬に乗せ、わずかな荷物をまとめると、住み慣れた家を捨て、裏門から闇に紛れて都を抜け出しました。目指すは西、延安府。自由を求めての逃避行の始まりです。

 翌日、廟で待ちぼうけを食わされた兵士たちが不審に思って家に戻ると、門は固く閉ざされ、中はもぬけの殻でした。これを知った高太尉は激怒し、諸州各府に王進の指名手配状を回しましたが、王進たちはとうに遠くへ逃れていました。

 母子二人は一ヶ月余りの旅を続け、ようやく延安府が近づいてきました。

「母上、天の助けです。ここならもう、高太尉の追手も届きません」

 喜びのあまり足を速めるうちに、気づけば宿場を通り過ぎてしまいました。日は暮れ、野宿を覚悟したその時、林の奥に温かな灯火が見えました。近づいてみると、そこには大きな土塀に囲まれた、驚くほど立派な荘院(屋敷)が佇んでいました。

 前は大きな街道に通じ、後ろにはなだらかな山並みが控えている。

 周囲には青々とした柳が煙のようにたなびき、

 豊かな緑の影が屋敷を優しく包み込む。

 角を曲がれば、牛や羊の群れが野に溢れ、

 脱穀場では、ガチョウやアヒルが賑やかに群れを成す。

 広大な田園には千人もの働き手が仕え、

 一族の暮らしは豊かで、子供たちの笑い声が絶えない。

 まさに蔵に余るほどの糧があり、

 家に書物溢れる、徳高い者の住まいである。

 王進が門を叩くと、荘客が出てきました。王進は丁寧に事情を話し、一晩の宿を請いました。主人の快諾を得て案内された先には、白髪の品位ある太公(老人)が待っていました。

 太公は快く二人を迎え入れ、温かい牛肉と酒でもてなしてくれました。翌朝、出発しようとした矢先、母が長旅の疲れから持病の心臓発作を起こしてしまいました。太公は嫌な顔一つせず、「これも何かの縁です。完全に良くなるまで、ゆっくり養生なされ」と薬を整え、滞在を勧めてくれました。

 五、七日が過ぎ、母の容態が落ち着いてきた頃、王進は馬小屋の様子を見に外へ出ました。すると広場で、一人の若者が上半身を脱ぎ、全身に見事な青い龍の刺青を躍らせて、棒を風のように振り回しているのが見えました。

 王進はそれを見て、つい独り言を漏らしました。

「見事な棒さばきだ。だが……惜しいな。隙がある。本物の達人には勝てまい」

 若者はそれを聞きつけ、激怒して詰め寄りました。

「貴様、誰に向かって口を叩く! 俺はこの辺りでも有名な使い手だ。七、八人の師匠に学んだこの俺に文句があるなら、直接相手になれ!」

 そこへ太公が現れ、若者を厳しく叱りました。

「これ、この方は大切なお客様だぞ。……客官、もしや武芸に通じておられるのか?」

 王進が静かに頷くと、太公は言いました。

「これは私の息子です。よろしければ、この愚息に手ほどきを願えませんか」

 若者は納得せず、あくまで手合わせを求めました。王進は微笑んで一本の棒を手に取りました。若者が風車のように棒を回して猛然と打ち込んでくると、王進はひらりと身をかわし、相手の出方を誘いました。若者がさらに追撃してきた瞬間、王進は電光石火の速さで棒を一閃させ、若者の懐を突きました。若者の棒は空を舞い、彼は仰向けにひっくり返りました。王進はすぐに棒を捨て、彼を抱き起こしました。

 若者は立ち上がると、その場で深く頭を下げました。

「己の未熟を思い知りました。どうか、私の師匠となってください」

挿絵(By みてみん)

 太公は大いに喜び、王進を奥座敷へ招いて豪華な宴を張りました。王進はここで初めて、重い口を開いて本名を明かしました。

「実は、私は京の禁軍教頭、王進と申す者です。高太尉との因縁ゆえ、名を隠しておりました」

 太公は驚愕し、再び礼を尽くして王進を師として敬いました。

 誰かを導く師となることは、名誉であると同時に重責でもある。

 名ばかりの虚名を負うよりも、

 真の実力で相手の心を服させることこそが肝要だ。

 胸中に真の「本事ほんじ」があれば、

 いかに荒ぶる若者であっても、自然と頭を垂れるものである。

 太公は自らの家族について語りました。

「わしらは代々、この華州華陰県の少華山しょうかざんの麓、史家村しかそんに住んでおります。息子は農業を嫌い、武芸ばかりを求めております。背中に九匹の龍を彫ったため、人呼んで『九紋龍くもんりゅう』史進と申します」

 王進は快諾し、半年かけて史進に「十八般武芸(十八種類の武具の扱い)」のすべてを伝授しました。

 矛、鎚、弓、弩、銃。

 鞭、簡、剣、鏈、撾。

 斧、鉞、戈、戟。

 牌、棒、槍、松。

 半年後、史進の武芸は奥義に達しました。王進は「ここも長くは居られぬ」と別れを告げ、延安府へ旅立っていきました。史進は涙を流して恩師を見送り、その後、父の死を経て史家村の跡を継ぎました。

 ある暑い夏の日、史進が涼んでいると、一人の男が屋敷を覗いているのに気づきました。地元の猟師、李吉りきつです。李吉は震えながら、史進に恐ろしい知らせを伝えました。

「近頃、少華山に『神機軍師』朱武、『跳澗虎』陳達、『白花蛇』楊春という三人の頭領率いる強盗団が立てこもり、暴れ回っております。役所から多額の賞金がかかっておりますが、恐ろしくて誰も近づけません」

 史進は村の者たちを集め、結束を呼びかけました。

「もし強盗が来たら、この梆子ばんぎを鳴らせ。互いに助け合おうではないか」

 一方、少華山の山塞では、朱武たちが資金不足に悩んでいました。気の短い陳達は「史家村を襲い、そのまま華陰県を攻め落とそう」と提案しましたが、知恵者の朱武は「九紋龍史進は侮れん。あそこは避けるべきだ」と止めました。しかし陳達は聞く耳を持たず、百余名の部下を連れて出陣しました。

 史進は報告を受け、武装して堂々と迎え撃ちました。

「九紋龍」は怒りに燃え、三尖刀が頭上を舞う。

「跳澗虎」は唸り声を上げ、丈八の矛が心臓を狙い定めて突き出される。

 達人と達人のぶつかり合い、一瞬の隙も許されない。

 互いの意地と誇りが、刃の火花となって散る。

 激闘の末、史進は陳達を馬から引きずり下ろし、見事に捕縛しました。知らせを受けた朱武と楊春は狼狽しましたが、朱武は一計を案じました。

「力攻めでは勝てん。史進の義侠心に訴える『苦肉の策』で行こう」

 二人は武器を持たずに史家村へと現れ、驚く史進の前で泣き崩れました。

「我ら三人の義兄弟、死ぬときは同じ日と同じ月と誓い合いました。陳達が捕らえられた今、我ら二人も一緒に捕らえて役所に突き出してください。死なば諸共です」

 史進はそのあまりに潔い義気に心を打たれました。

「これほどまでの義漢を売って賞金を得るのは、真の英雄のすることではない」

 史進は陳達を解放し、三人をもてなしました。これが縁となり、山塞と史進の間で贈り物の交換が始まり、奇妙な友情が芽生えたのです。

 しかし、運命は非情です。中秋の名月の夜、悲劇の幕が開きます。史進が三人の頭領を屋敷に招き、秘密の宴を開いていると、かつての猟師・李吉がこれを知り、報奨金に目がくらんで役所に密告したのです。

 華陰県の県尉が数百の兵を率いて、夜陰に乗じて屋敷を幾重にも包囲しました。

 一輪の月が銀の皿のように輝き、夜空は昼のような明るさに満ちる。

 桂の花の香りが漂い、雲は風に吹かれて消え去る。

 美しい月光の下で、殺気が静かに満ちていく。

 宴の最中、突然壁の外から地を揺るがすような喊声が上がりました。

「賊軍を逃がすな! 史進、神妙にしろ!」

 史進は愛用の三尖刀を手に取ると、三人の頭領を背に叫びました。

「皆、落ち着け! 俺がこの囲みを切り抜けてみせる!」

 ここから、史進は血路を開き、後の天罡地煞の英傑たちとの波乱に満ちた長い旅路が始まることになるのですが……

【Vol.002】は一言で言えば「「ニートがサッカーで天下を取り、パワハラを受けたガチ勢が逃げた先で、タトゥーまみれの最強中二病御曹司を育成する」という、情報量過多な神展開だわ!


1. 伝説のやらかし、隠蔽。

前回、ノリで魔王108人をシャバに放流しちゃったこう提督。

「ヤバい、これクビどころか死刑じゃね?」と速攻で隠蔽工作。何食わぬ顔で都に帰り、この件は一旦闇に葬られます。ここからすべてが狂い始める……。


2. 元ニート、サッカーの才能だけで爆速出世。

ここで登場するのが、本作最大のヘイト役・高俅こうきゅう

元々は仕事もせずブラブラしてた「サッカー(蹴鞠)大好きニート」だったんだけど、たまたま蹴ったボールが後の皇帝(端王)の目の前に。

「え、お前サッカー上手すぎね?」と気に入られ、皇帝の即位と共に軍のトップまでノンストップで成り上がるという、超絶ラッキー&理不尽なシンデレラストーリーを決めちゃったわけ。


3. 陰湿すぎるパワハラと、ガチ勢の逃亡。

権力を握った高俅、真っ先に始めたのは「昔自分をボコった教官の息子(王進)への報復」。

王進は「うわ、あいつ軍のボスになってんじゃん。詰んだわ」と即断即決で夜逃げ。この逃げ足の速さ、さすがプロ。


4. 育成枠:全身タトゥーの「九紋龍」史進!

王進が逃亡中に立ち寄ったのが「史家村」。そこにいたのが、背中に龍を9匹も彫っちゃってる最強の格闘技オタク・史進ししん

王進は、イキってる史進を秒でシバき倒し、「お前、筋はいいけど型がなってないわ」とガチ指導。半年で史進を「九紋龍」というバケモノ級の戦士に育て上げる、これが最強の師弟愛。


5. エモい絆で、人生終了!?

王進が去った後、史進は近くの山賊軍団とタイマンを張ります。

でも、山賊のボスたちが「俺たちの負けだ! 殺せ! でも仲間は見捨てないぜ(涙)」とエモい友情を見せてきたからさあ大変。

熱い男・史進、これに感動して「お前ら最高じゃん、ダチになろうぜ!」と山賊と酒盛り開始。

…が、それを役人(警察)にチクられ、屋敷を数百人の軍に包囲される大ピンチ!

「上等だ、村ごと焼いて血路を開いてやるよ!」

と、史進が三尖刀をぶん回してブチ切れるところで次回へ!


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主要人物図鑑(登場順)


001:高俅こうきゅう ←こいつが一番か(汗

【ステータス:運ゲー全振り・特級呪物パワハラ上司】

生平バックボーン

元々は都を追放されたガチのプー太郎。仕事もせず「サッカー(蹴鞠)」だけに全振りしてたニート。でも、たまたま蹴ったボールが後の皇帝(当時は端王)の目の前に転がるという「皇帝ガチャ」でSSRを引き当て、側近に。そこから数ヶ月で国防大臣クラスまで昇り詰めるという、理不尽なシンデレラストーリーを決めます。

深掘り:能力は「サッカーと遊び」だけ。中身は超陰湿で、権力を持った瞬間に「昔自分をボコった教官の息子」をターゲットにする小物。「努力してる奴が、運だけで勝ったクズに踏みにじられる」という、読者のヘイトを集めるために生まれたような悪のカリスマです。


002:王進おうしん

【ステータス:危機管理能力レベチな格闘技ガチ勢】

生平バックボーン

国軍(禁軍)の格闘技インストラクター。仕事は完璧、真面目で親孝行。でも、新しいボス(高俅)が「昔、俺の親父がボコったヤツ」だと分かった瞬間、「あ、この職場、100%詰んだわ」と判断。一晩で母を連れて都を脱出、指名手配される前に夜逃げを成功させた。

深掘り:とにかく「引き際」の判断がプロ。感情に流されず、「ここにいたら殺される」というフラグを即座に回収して逃げるリアリストです。道中で史進に稽古をつけるなど、後進の育成にも定評あり。水滸伝の中でも「数少ない、最後まで勝ち逃げした賢者」と言えるかも。


003:史進ししん★梁山泊一〇八将★

【ステータス:全身タトゥーの中二病・ピュアな格闘技オタク】

生平バックボーン

地方の資産家(金持ち)の甘やかされた一人息子。勉強は一切せず、筋トレと棒術に全財産を注ぎ込み、背中に9匹の龍のタトゥーを彫った男。人呼んで「九紋龍」。最初は王進に喧嘩を売って秒殺されるけど、即座に弟子入りして才能を開花させました。

深掘り:見た目はイカついけど、中身は「チョロいほど純粋な熱血漢」。山賊たちの「俺たち、死ぬときは一緒って誓ったんだ(涙)」っていうエモい演技にコロッと騙されて、「お前ら、最高のダチじゃん!」と酒盛りしちゃう。そのピュアさが災いして人生のルートが激変しちゃう、本作屈指の愛されキャラ。


004:朱武しゅぶ★梁山泊一〇八将★

【ステータス:コミュ力と演技力で生き残るメンタリスト軍師】

生平バックボーン

少華山の山賊リーダー。「神機軍師」というカッコよすぎる二つ名を持つ。武力はそこまで高くないけど、頭がキレる。仲間(陳達)が史進に捕まったとき、戦って取り返そうとせず、「あえて無防備に自首して、相手の良心に訴える」という狂気の心理作戦で逆転勝利(?)を収めました。

深掘り:「暴力よりコミュ力」を地で行く男。史進のような「熱くて単純な男」を落とす方法を熟知しています。ある意味、「陽キャの心を掌握する陰キャ軍師」。彼のこの「泣き落とし大作戦」がなければ、史進はただの地元の自警団長で終わっていたはず。物語を「アウトローな方向」へブーストさせた影の功労者です。


005:陳達ちんたつ / 跳澗虎ちょうかんこ★梁山泊一〇八将★

【ステータス:向こう見ずな特攻隊長・愛すべき脳筋】

生平バックボーン

少華山のナンバー2。「谷を飛び越える虎」という二つ名の通り、身体能力はピカイチ。武器は「丈八点鋼矛」というガチの長槍を使いこなす武闘派です。少華山でお金がなくなったとき、軍師の朱武が「史家村の史進はヤバいからやめとけ」って止めたのに、「は? 坊ちゃん一人に何ビビってんの? 俺が行ってボコしてくるわ」とフラグを立てまくって出撃しました。

深掘り:結果、史進にボコボコにされて捕まるという、お手本のような「噛ませ犬」ムーブを披露。でも、彼のこの「人の話を聞かない猪突猛進さ」がなければ、史進と山賊たちの接点は生まれませんでした。良くも悪くも、物語の「事故」を起こす天才。捕まった後の潔さは意外と男前です。


006:楊春ようしゅん / 白花蛇はくかだ★梁山泊一〇八将★

【ステータス:冷静沈着なサブリーダー・実は一番の苦労人?】

生平バックボーン

少華山のナンバー3。長身でスリム、大刀を振り回すスタイル。「白い模様の蛇」という二つ名がちょっとオシャレ。暴走する陳達と、理屈っぽい朱武の間でバランスを取っている(あるいは流されている)タイプです。陳達が捕まったとき、朱武と一緒に「詰んだ……よし、ワンチャン賭けて泣き落としに行こう」と決断した、肝の座った男でもあります。

深掘り:自分たちの力が史進に及ばないと分かった瞬間、プライドを捨てて朱武の「苦肉の策(自首パフォーマンス)」にフルコミット。「義兄弟が捕まったなら、俺も一緒に死ぬ!」というエモい演技(本気半分)を完遂した名脇役です。派手さはないけど、組織に一人は欲しい「空気が読める実力者」。彼が朱武をサポートしたからこそ、史進は完全に「絆の罠」に落ちたのでした。


 ★少華山トリオのチーム力★

知略の朱武プロデューサー

特攻の陳達(切り込み隊長)

堅実な楊春(サポート役)

という、完璧な「地元のワルいチーム」感が完成しています。

この3人の「エモすぎる義理人情コンボ」を食らってしまった史進は、もはや堅気(一般人)に戻る選択肢を失い、一気にアウトローの世界へと引きずり込まれていくことになります!

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