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私説 水滸伝一〇八編の鎮魂曲  作者: 光闇居士


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22/49

〇弐壱:老いぼれ婆は酔って唐牛児を打ち、宋江は怒りに任せて閻婆惜を手に掛ける

挿絵(By みてみん)


【場面:閻魔庁】


閻魔大王: (ドカッと玉座に座り、巻物を広げながら)えーい、次の訴人は誰だ!

鬼A: (恭しく進み出て)はっ! 宋江なる者を訴え出た、閻婆惜と申す女にございます!

閻魔大王: (つまらなそうに)ほう、閻婆惜とな。よし、引っ立てい!

(ギィィィ…と重い扉が開き、青白い顔をした閻婆惜が、鎖に引かれて登場。その顔には、まだ宋江への恨みが色濃く残っている。)

閻婆惜: (恨めしそうに)閻魔大王様! 私は無念です! 宋江は私を…!

閻魔大王: (手をひらひらと振って)まぁまぁ、お主の言い分は後だ。まずは我々の方から、お主の罪状を羅列させてもらおうか。

(閻魔大王、巻物を読み上げる。その声は朗々としているが、内容は閻婆惜にとって耳が痛いものばかり。)

閻魔大王: まず第一! 「男漁り地獄に片足突っ込み、色気で男を惑わし、自己中心的な行動で周囲を振り回した罪!」 宋江の寵愛を受けながら、あろうことか他の男に色目を使い、あまつさえその男と密通しておったな!

閻婆惜: (口ごもる)そ、それは…!

閻魔大王: 第二! 「金銭感覚麻痺地獄への特急券購入の罪!」 宋江が与えてくれた金品を湯水のように使い、贅沢三昧! その上、さらに金品を強請るとは、どこまで欲深いのか!

閻婆惜: (顔を赤らめる)

閻魔大王: 第三! 「秘密暴露地獄への招待状発行の罪!」 宋江が梁山泊と通じていたという、命に関わる秘密を握り、それを脅しの材料に使うとは! 女の情とて、限度があろう! まったく、お主の脳みそはどこへ行ったのかね!

閻婆惜: (プルプルと震える)

閻魔大王: 第四! そして最も重要な罪! 「自分の非を認めない、天下一の身勝手地獄永住権獲得の罪!」 己の行いを一切顧みず、ただ相手が悪いと叫び続けるその根性! その厚顔無恥ぶりには、この閻魔大王も舌を巻くわ!

(閻魔大王、フンッと鼻を鳴らす。)

閻魔大王: 以上の罪状を鑑み、貴様には…そうだな…

(閻魔大王、ニヤリと笑い、手下の鬼たちに目をやる。)

閻魔大王: 鬼たちよ! この閻婆惜を、「八方美人・猫かぶり・欲張りご臨終地獄」へ送り込め! そこでは、貴様がこれまでに誑かしてきた男たち、そして欲にまみれた金品が、永遠に貴様を追いかけ、責め苛むであろう!

閻魔大王: さらに、自分の過ちを認めぬ貴様には、「自己正当化無限ループ地獄」も追加してやる! そこでとことん自分の非と向き合い、反省するがよい! ハッハッハッ!

閻婆惜: (絶叫)私はうらめしいぃぃぃぃぃぃぃぃ!! なぜ私がこんな目にぃぃぃぃぃぃぃ!!

(閻婆惜は鬼たちに引きずられ、奥の地獄の門へと消えていく。その叫び声は、閻魔庁にむなしく響き渡るばかりであった。)


【しおの】めでたしめでたし、新年直前で裁かれてよかったとさ!^^

 さて、宋江は劉唐と別れた後、月影の零れる街並みを独りそぞろ歩き、宿所へと足を向けていた。すると、運命の悪戯か、道端で不意に閻婆に出くわした。老婆は目ざとく彼を見つけると、飛ぶように駆け寄ってその袖をぎゅっと掴んだ。

「ああ、押司様! 何度お迎えに上がってもお会いできず、貴方様のようなお方は本当にお目にかかるのが難しい。あの子が少しばかり口を滑らせて、貴方様の機嫌を損ねてしまったのでしょう。ですが、この老いぼれの顔に免じて、どうかあの子に詫びを入れさせてやってください。今宵、こうしてお会いできたのも何かの縁、さあ、共に行ってくださいまし」

「あいにく、今日は役所の用事が立て込んでいて手が離せないのだ。また別の日にしよう」

「そんな殺生なことをおっしゃらないで。娘は家で首を長くして待っております。どうか冷たくしないでくださいまし」

「本当に忙しいのだ。明日、必ず伺おう」

「いいえ、今夜こそは行っていただきますよ」

 老婆は宋江の袖を放そうとせず、さらに声を張り上げた。

「一体、誰が貴方をそそのかしたのです? 私ら親子のこれからの暮らしは、すべて押司様が頼りなのです。外の者の根も葉もない噂など信じてはなりませぬ。あの子に非があるなら、私が厳しく叱りつけますから。さあ、一目だけでも顔を見せてやってください」

 宋江はもともと情に脆い質であった。老婆にこうも執拗に絡まれては振り切ることもできず、「わかった、手を放しなさい。行けばいいのだろう」と、ついに折れるしかなかった。老婆は「逃げては困りますよ、年寄りにはとても追いつけませんから」と念を押し、二人は並んで門前までやってきた。

【詩に曰く】

酒は人を酔わせず、人は自ら酔う。

花は人を迷わせず、人は自ら迷う。

もし今日、悔いる心があるのなら、

なにゆえ当初、道を踏み外したのか。

 宋江がふと足を止めると、老婆は回り込んで通せんぼをし、「ここまで来て入らないとは言わせませんよ」と、半ば強引に中へ押し入れた。宋江が腰を下ろすと、抜け目のない老婆は彼が逃げ出さぬよう隣に座り込み、二階へ向かって声を張り上げた。

「お前、お前の大好きな三郎様がお見えだよ」

 その頃、二階の部屋では閻婆惜が、薄暗い灯の下で愛人の張三を待ちわびていた。母の声で「三郎が来た」と聞き、彼女はてっきり張三が訪ねてきたものと思い込んだ。慌てて乱れた髪を整え、「あの薄情な人、どれだけ私を待たせるの。ひとひっぱたきしてやらなきゃ気が済まないわ」と、弾むような足取りで階段を駆け下りた。ところが、格子の隙間から見えたのは、待ち人とは似ても似つかぬ宋江の姿であった。彼女はあからさまに鼻を鳴らすと、そのまま踵を返し、再び二階へ上がってベッドに倒れ込んでしまった。

 下りてきたと思った娘がまた上がってしまったので、老婆は怪訝そうに叫んだ。

「お前、三郎様がここにおいでだというのに、なぜ逃げるのだ」

 婆惜は上から投げやりに応えた。

「この家はそんなに広くもないでしょうに。あの人は目が見えないわけじゃなし、用があるなら自分で上がってくればいいじゃない。なぜ私がわざわざ迎えに行かなきゃならないの、うるさいわね」

 老婆は困ったように宋江へ苦笑いを見せた。

「あの子、貴方がちっとも来ないものだから、すっかり拗ねてしまったのですよ。押司様、どうか二、三発ほど小言を言ってやってくださいな。さあ、一緒に二階へ上がりましょう」

 宋江は彼女の冷淡な言葉に、心中穏やかではなかったが、老婆に手を引かれるまま、しぶしぶと二階への階段を上った。

 そこは六畳ほどの広さの二階部屋であった。手前の間には春台と呼ばれる長机や椅子が置かれ、奥の間が寝室となっている。そこには三面に緻密な彫刻が施された豪華なベッドがあり、赤い薄絹の帳が静かに吊るされていた。傍らには衣桁と手拭い、そして洗面鉢。金漆の机には錫の灯台が置かれ、壁には美しい仕女図が掛けられている。ベッドと向かい合うようにして、交椅子が整然と並んでいた。

 老婆に連れられ寝室に入ると、宋江はベッドの端にある椅子に腰を下ろした。老婆は横たわっている娘を無理やり引き起こして言った。

「ほら、押司様がお見えだよ。お前があまりに意固地だから、押司様の足が遠のいてしまったのではないか。私がやっとの思いでお連れしたというのに、詫びの一言も言えないのかい」

 婆惜は煩わしそうに老婆を突き放した。

「何をそんなに騒いでいるの。私は何も悪いことなんてしていないわ。あの人が自分から勝手に来なくなったのに、どうして私が謝らなきゃならないのよ」

 宋江はただ黙って座っていた。老婆は椅子を宋江の隣に寄せ、娘を強引に座らせようとした。

「さあ、二人で並んでお座り。詫びなど後回しでいいから、久しぶりに睦まじい話でもなさいな」

 しかし、娘は宋江と向かい合わせに座ると、ぷいと顔を背けてしまった。宋江もまた、気まずそうに下を向いたままである。

「酒も供さずに説法などできまい。私に良い酒がありますから、菓子や果物でも買ってきましょう。お前、押司様のお相手をしっかりなさい。すぐ戻りますからね」

 宋江は内心で、(このまま老婆に釘付けにされては逃げられん。階下へ下りていったら、すぐにここを立ち去ろう)と考えていた。しかし、老婆はその気配を鋭く察し、部屋を出るなり扉の外側から屈戌と呼ばれる鍵を掛けてしまった。宋江は苦笑いするしかなかった。

(あの老婆、こちらの先手を打ってきおったか)

 老婆は一階へ下りると、手際よく酒菜の準備を始めた。銀を握りしめて路地へ走り、旬の果物や新鮮な魚、鶏、鮓などを買い揃えた。酒を熱し、皿を整え、三客の酒杯と箸を盆に載せて再び二階へ上がった。

 部屋に入ってみると、宋江は相変わらず下を向き、娘は他所を眺めている。

「さあ、お前、杯を差し上げなさい」

「自分たちで飲めばいいでしょう、私は嫌よ」

「お前という子は。親には甘えてもいいが、他人様にはそうはいかないものだよ」

「杯を上げなきゃどうなるっていうの。空から剣でも飛んできて、私の首をはねるとでもいうのかしら」

 老婆は笑って受け流した。

「おやおや、また私の粗相だ。押司様は風流なお方、お前のそんな子供じみた言葉など気にされません。さあ、向きを変えて一口飲みなさいな」

 しかし娘は頑として動かない。老婆は自ら宋江に酒を勧め、宋江もしぶしぶとその一杯を干した。

「押司様、娘のことは気になさらず。外の連中が面白おかしく噂を立てるでしょうが、そんな屁のような戯言は聞き流して、さあ、お飲みください」

 老婆は三つの杯に酒を注ぎ、娘にも勧めた。

「私に構わないで、もうお腹いっぱいよ」

「お前、せめて三郎様のお相手に一杯くらいは付き合いなさい」

 婆惜は心の中で密かに考えた。

(私の心は張三様にあるのだ。こんな男の相手など真っ平。だが、こいつを酔い潰してしまえば、私に絡んでくることもあるまい)

 彼女はしぶしぶ酒を取り上げ、半杯だけ口にした。老婆はこれを見て喜び、「二人で飲んで早くお休み。押司様もなみなみとどうぞ」と勧め、宋江も三杯、五杯と飲まされた。老婆自身も数杯を煽り、再び酒を温めるために下へと下りていった。

 娘が酒を口にしたのを見て、老婆は安堵の息をついた。

(今夜、押司様をここに留めることができれば、これまでの恨みも消えるだろう。しばらくこうして繋ぎ止めておいて、後のことはまたゆっくり考えればいい)

 彼女は竈の前で自分も三杯ほど飲み、少し酔いが回ってきたが、さらにもう一盛り温めて二階へ戻った。

 部屋では、宋江は俯き、娘は顔を背けてスカートの裾を無聊そうにいじっている。

「お前たち、泥人形じゃあるまいし、何をしているんだい。押司様、貴方は男でしょう。少しは優しい言葉でもかけてやりなさいよ」

 宋江は返事もできず、心底から立ち往生していた。一方の婆惜も、(私に構わないなら勝手にすればいいわ。誰が以前みたいに愛想を振りまいてやるもんですか)と、心は冷え切っていた。老婆は酔った勢いで、あそこの誰某がどうした、こちらの誰某がこうしたと、とりとめのない噂話を喋り散らした。

【詩に曰く】

客が門を出ぬように、甘言を弄して魂を惑わす。

幾多の智者がその罠に落ち、

死して後は地獄で舌を抜かれることだろう。

 その頃、鄆城県に唐牛児という、塩漬けの生姜を売る男がいた。彼は日頃から宋江に目をかけられており、宋江のためなら命も惜しまぬほど慕っていた。その夜、博打に負けて金に困った彼は、宋江を訪ねて街へ繰り出した。近所の者に尋ねると、「宋押司なら閻婆と一緒にあっちへ歩いていったよ」と教えてくれた。

「さてはあの恩知らず、張三と通じているくせに、宋押司だけを仲間外れにしやがって。押司も噂を聞いて寄り付かなくなっていたが、今夜はあの老いぼれ婆に無理やり連れて行かれたな。よし、押司を救い出すついでに、酒の一杯でも馳走になろう」

 彼は閻婆の家へ駆けつけた。門は開いたままで、二階からは老婆のけたたましい笑い声が聞こえる。忍び足で階段を上がって覗くと、宋江と娘は俯き、老婆が独りで喋り続けていた。

 唐牛児は勢いよく部屋に飛び込み、宋江と老婆に挨拶した。宋江は(いい時に来てくれた!)と思い、彼に目配せをした。察しのいい唐牛児は、すぐさま芝居を打ち始めた。

「押司様、こんな所においででしたか! 方々探し回りましたよ!」

「何か急用か」

「お忘れですか、今朝のあの公務です。知県様がお怒りで、役人を四、五人も出してお探しです。一刻も早くお戻りください」

「それは一大事だ。すぐに行かねばならん」

 宋江が立ち上がろうとしたその時、老婆がその前に立ちはだかった。

「唐牛児、余計な芝居はよしなさい! この私を騙そうなんて、名人の前で腕自慢をするようなものだよ。こんな夜更けに、知県様が奥方様と酒を楽しんでおられるはず。公務などあるものかい。そんな嘘は幽霊にでもつきなさい」

「いいえ、本当なんです、知県様が急ぎだと……」

「嘘をおつき! お前たちが目配せしているのを、この澄み切った目が見逃すとでも思うのかい。古くからの言葉にも言う、『人を殺すのは許せても、道理を曲げるのは許し難し』。宋押司を連れ帰ろうなんて、とんだ邪魔立てだよ!」

 老婆は跳ね起きると、唐牛児の喉元を掴んで力任せに突き飛ばし、階段の下まで突き落とした。

「何をするんだ!」

「人の商売と飯の種を邪魔するのは、親兄弟を殺すのと同じことだよ。この乞食野郎、さっさと失せな!」

 老婆は酔った勢いで唐牛児の頬を二発張り飛ばし、門の外へと蹴り出した。そして門に閂を掛け、口汚く罵り続けた。

 頬を打たれた唐牛児は門前で叫んだ。

「この老いぼれ婆め、覚えてろよ! 今は宋押司の顔に免じて見逃してやるが、いつかこの家を粉々にしてやるからな! ただじゃ済まさんぞ!」

 彼は胸を叩いて罵りながら、その場を去っていった。

 老婆は二階へ戻ると、宋江に言った。

「あんな乞食の相手をなさいますな。あいつは酒をせびりに来るだけの鼻つまみ者です。押司様、気にせずもう一杯。夜も更けました、お二人とも早くお休み」

 老婆は杯を片付けると、階下へ下りていった。

 宋江は心の中で静かに考えた。

(この女が張三と通じているという噂、半分は信じているが、この目で確かめたわけではない。だが、こんな夜更けに帰るのも、いかにも余裕のない田舎者のようで恰好がつかん。今夜一晩、ここで寝てみて、この女がどう出るか見極めてやろう)

 老婆が再び上がってきて「夜も更けました、早くお休みを」と言い、娘が「放っておいて、早く寝なさいよ」と応えた。老婆は「おやすみなさい、ゆっくりお楽しみを」と笑って下りていき、片付けを済ませてそのまま寝入ってしまった。

 宋江は椅子に座り、娘が以前のように甘えてくるのを待っていたが、婆惜は(張三様のことを考えていたのに邪魔されて、こいつは目の上の瘤だわ。自分から寄って行くなんて真っ平。船が岸に寄ることはあっても、岸が船に寄るなんて聞いたことないわ)と、冷たく構えていた。

 読者諸君、女の色香ほど恐ろしいものはない。心があれば火の中、水の中へも飛び込むが、心がなければ金銀の山に座っていても目もくれない。古の言葉に「佳人に意あれば村夫も若々しく、紅粉に心なければ色男も野暮に見える」という。宋江は勇猛な英傑であったが、女を扱う術には長けていなかった。張三のような小器用な男に心を奪われた女が、宋江に靡くはずもなかったのである。

 灯火の下、二人は黙って座り、まるでお寺の泥人形が乾くのを待つかのように時が過ぎた。窓からは静かに月光が差し込んできた。

【詩に曰く】

銀河は煌々と輝き、水時計の音は遠く響く。

窓を通る月の寒光、戸を抜ける夜気。

時の鐘は、一更の余韻を消さぬまま次を促し、

どこからか聞こえる砧の音。

軒下の風鈴は旅人の孤独を叩き壊し、

灯火は閨の女の溜息を照らす。

淫らな女の心は火の如く燃え、

義に厚き英雄の気は虹の如し。

 宋江は深く溜息をついた。二更を過ぎた頃、娘は着替えもせずにベッドへ上がり、刺繍入りの枕を抱いて壁を向いて寝てしまった。

「なんという薄情な女だ。俺を無視して寝おって。だが、老婆に勧められて酒も入った。今夜はここで寝るしかなかろう」

 宋江は冠を脱いで机に置き、上着を衣桁に掛けた。腰の帯を解くと、そこには解衣刀という護身用の小刀と、小物を入れた招文袋が付いていた。彼はそれをそのままベッドの欄干に掛け、靴を脱いで、女の足元の方へ横たわった。

 一更ほど経った頃、足元から婆惜の冷ややかな笑い声が聞こえた。宋江は腹立たしく、眠れるはずもなかった。俗に「歓びは夜の短さを恨み、寂しさは夜の長さを恨む」という。三更になり、ようやく酒が抜けてきた。五更を迎えると、宋江はたまらず起き出し、桶の冷水で顔を洗って上着を着、冠を被った。

「この恩知らずの恩知らずめ!」

 寝ていなかった婆惜が向き直った。「面の皮の厚いこと」

 宋江は怒りを押し殺して下りていった。老婆がベッドの中から声をかけた。「押司様、夜明けまでお休みになればいいのに」。宋江は答えず門を開けた。老婆は「門を閉めておいてくださいよ」と言い、宋江は閂を外して外へ出た。怒りを抱えたまま宿所へ戻る途中、県庁の前を通りかかると、一軒の灯りが見えた。早起きの薬湯売り、王老爺であった。

「押司様、今日はまた随分とお早いですね」

「昨夜は飲みすぎて、時計の音を聴き間違えたのだよ」

「それはいけません。醒酒の薬湯を一杯どうぞ」

 宋江は勧められるままに腰を下ろし、熱い薬湯を飲んだ。その時、ふと思い出した。

(いつもこの爺さんには世話になっている。以前、棺桶を一つ贈ると約束してまだ果たしていなかったな。そうだ、昨日晁蓋から届いた金が、あの袋の中に一つ残っていたはずだ。それをこの爺さんにやろう)

 宋江が懐の招文袋を探ろうとして、愕然とした。

「しまった! 昨夜、あの女のベッドの欄干に掛けたまま忘れてきた! 怒りのあまり、腰に着けるのを忘れて出てしまったのだ。金はともかく、あの袋には晁蓋からの手紙が入っている。劉唐の前で燃やすつもりだったが、老婆に連れて行かれ、灯火の下で燃やそうと思えば女の目が怖くて果たせなかった。あの女は文字も少しは解する。もし中身を見られたら大変なことになる!」

 宋江は立ち上がり、「王公、すまん。金を持っているつもりが忘れてきた。取ってくるから待っていてくれ」と言い残し、慌てて閻婆の家へ引き返した。

【詩に曰く】

まさに英雄の受難、天がその財を失わせる。

愛欲は恩讐の種であり、

報恩の志が禍の火種となるとは誰が知ろうか。

 一方、閻婆惜は宋江が出ていくと起き上がり、「あの黒三郎め、一晩中私の邪魔をして。あんな奴、顔も見たくないわ」と独り言を言いながら布団を整えていた。ふと見ると、ベッドの欄干に紫色の帯が掛かっている。

「あら、あの間抜けが忘れていったわね。これ、張三様に差し上げましょう」

 彼女がそれを取ると、重みのある招文袋が付いていた。机の上に中身をぶちまけると、黄金一錠と一通の手紙が転がり出た。

「まあ、金の延べ棒だわ。張三様への贈り物にちょうどいいわ。最近、あの人は痩せてしまったから」

 金を仕舞い込み、手紙を開いて灯火に照らした。そこには晁蓋の名と、梁山泊との密約の数々が記されていた。

「おやおや。釣瓶が井戸に落ちると思ったら、井戸が釣瓶に落ちてきたわね。張三様と夫婦になりたいと思っていたけれど、この黒三郎さえいなければと思っていたのよ。こいつ、梁山泊の賊と通じていたんだわ。さあ、ゆっくり料理してやるわ」

 彼女は手紙で金を包み、再び袋に入れてベッドの中に隠した。そこへ、階下で門が開く音がした。

「誰だい?」と老婆が問い、「私だ」と宋江が答える。老婆は「だから早いと言ったのに。また娘と一眠りしなさいな」と言ったが、宋江は返事もせず、足音も荒く二階へ駆け上がった。

 婆惜は慌てて袋と小刀を布団の中に隠し、壁に向かって狸寝入りを決め込んだ。宋江は部屋に入るなり欄干を探したが、物はなかった。焦りを隠し、昨夜の怒りを押し殺して女の肩を揺すった。

「これまでの情に免じて、あの袋を返してくれ」

 女は応じない。

「怒らないでくれ、明日にでもちゃんと詫びるから」

「誰よ、私の眠りを邪魔するのは」

「俺だ。分かっているだろう」

 婆惜は向き直った。「黒三郎、何の用よ」

「袋を返してくれ」

「私に預けたわけでもないのに、何を言ってるのよ」

「足元の欄干に忘れたのだ。ここに誰もいない以上、お前が持っているはずだ」

「ふん、幽霊でも見たんじゃないの」

「昨夜は俺が悪かった。頼む、返してくれ。冗談はやめてくれ」

「冗談なんて言ってないわ。知らないものは知らないのよ」

「お前はさっきまで着替えずに寝ていたのに、今は布団を被っている。布団を整える時に取ったんだろう」

 婆惜は柳眉を逆立て、鋭い眼を剥いた。

「そうよ、取ったわよ! でも返さないわ。返して欲しければ、役人を呼んで泥棒として捕まえてみなさいよ」

「俺はお前を泥棒扱いした覚えはない。頼む、返してくれ。急ぎの用があるのだ」

「ふん、いつも私と張三様の仲を疑って。あの人は貴方より少しばかり頼りないかもしれないけれど、泥棒と通じるような大罪人じゃないわ!」

 宋江は心底肝を冷やした。

「しっ! 声を出すな。隣に聞こえたら冗談じゃ済まんぞ」

「あら、人に聞かれるのが怖ければ、あんな手紙を預からなきゃよかったのよ! この手紙、私がしっかり預かっているわ。もし返して欲しければ、三つの条件を呑みなさい」

「三つどころか、三十でも呑もう」

「いいかしら。第一に、私を身請けした時の証文を今すぐ返して、張三様と結婚しても文句は言わないという一筆を書きなさい。第二に、私が身につけている装身具や衣類、家財道具、すべて私のものだと認め、後で返せとは言わないこと」

「承知した、それも呑もう」

「第三の条件は、貴方には無理でしょうね。梁山泊の晁蓋がくれた黄金百両を、今すぐ私によこしなさい。そうすれば、この天下一の証拠物件を返してあげるわ」

「……あとの二つは呑めるが、その金だけは無理だ。確かに金の話はあったが、俺は受け取らずに送り返したのだ。本当に持っているなら、今すぐにでも差し出すのだが」

「嘘をおっしゃい! 役人が金を見て飛びつかないのは、蝿が血に集まらないのと同じよ。ましてや梁山泊の賊からの金でしょう、受け取らないはずがないわ。今すぐその百両を出しなさい!」

「嘘ではない、俺は正直な人間だ。信じられないなら三日の猶予をくれ。家財を売って百両用意するから、今はその袋を返してくれ」

「笑わせないで。私が袋を返した後に金を踏み倒されたら、棺桶を出した後に葬儀屋に逃げられるようなものよ。今すぐ金と引き換えよ!」

「本当に今は持っていないのだ!」

「なら明日、お役所の法廷でそう言いなさいな!」

 「公庁」という言葉を耳にした瞬間、宋江の怒りは沸点に達した。彼は眼を剥いて凄んだ。「返すのか、返さないのか!」

「そんなに脅しても無駄よ。絶対に返さないわ!」

「本当に返さないんだな!」

「返さない! 百回言っても返さないわ! 返して欲しければ鄆城県の役所で返してあげる!」

 宋江はたまらず布団を引っぺがそうとした。女は袋を胸に抱き寄せ、必死に抵抗した。宋江が力任せに布団を剥ぎ取ると、女の胸元から紫の帯がはみ出している。

「やはりそこにあったか!」

 宋江は両手で奪い取ろうとし、女は死に物狂いで抱え込む。ベッドの上で激しい奪い合いが続く中、宋江が力強く引き寄せた拍子に、袋から小刀が畳の上に滑り落ちた。宋江は反射的にそれをひっ掴んだ。

 女は小刀を見て叫んだ。

「黒三郎が人殺しよ!」

 その一言が、宋江の中に澱んでいた負の情念を爆発させた。溜まりに溜まった鬱憤が、一気に噴き出したのである。女が二度目の叫びを上げようとした瞬間、宋江の左手が女の頭を力強く抑え、右手で小刀を一閃させた。喉笛から鮮血が飛ぶ。女はなおも唸り声を上げたが、宋江はさらにトドメの一刀を加えた。首は枕の上に無残に転がった。

【詩に曰く】

手の届くところで青春の命は失われ、

刃が落ちる時、紅粉の身は滅ぶ。

七魄は悠々と地獄の門へ向かい、

三魂は渺々として非業の街へ帰る。

星のような瞳は閉じられ、死体は畳に横たわり、

赤き口は半ば開いて、首は枕の辺りに落ちる。

美しき楽しみは一瞬で潰え、

この日の艶姿、誰が恋い慕おうか。

 宋江は我に返り、袋から晁蓋の手紙を取り出すと、消えかかった灯火で焼き捨てた。帯を締め直し、階段を下りようとした。階下で寝ていた老婆は、ただの口喧嘩だと思って気に留めていなかったが、「人殺しよ!」という娘の絶叫を聞いて慌てて起き上がり、階段で宋江と鉢合わせした。

「お前さんたち、何を騒いでいるんだい」

「お前の娘があまりに無礼だったので、殺してやった」

 老婆は笑った。「また冗談を。押司様、お酒の飲み過ぎですよ」

「信じないなら部屋を見てこい。本当に殺した」

 老婆が部屋に駆け込むと、そこには血の海に沈む娘の骸があった。

「ああ、なんということ。どうすればいいの」

「俺は男だ、逃げも隠れもしない。好きにするがいい」

「あの子が悪いのは承知していましたが、殺すなんて……。これから私は誰を頼りに生きていけばいいのです」

「心配するな。俺に蓄えはある。お前が一生食うに困らぬよう、面倒を見てやろう」

 老婆は言った。「それならありがたいことです、押司様。でも、この死体はどう始末すればいいのでしょう」

「棺桶を買ってこよう。人目につかないよう、夜明け前に始末するのだ。銀十両も渡そう」

 老婆は謝辞を述べ、「では押司様、お一人で行かせては心細い。一緒に棺桶屋まで行きましょう」と言い、宋江を外へと連れ出した。

 老婆は門にしっかりと鍵を掛け、宋江を連れて県庁の方へと向かった。まだ夜明け前、役所の門が開いたばかりの頃である。老婆は不意に宋江の首根っこを掴み、狂ったように大声で叫んだ。

「人殺しだ! ここに人殺しがいるよ!」

 宋江は慌てて口を塞ごうとしたが、老婆は必死に叫び続けた。駆けつけた役人たちは、相手が宋江であると知って驚愕した。

「婆さん、静かにしろ。宋押司がそんなことをするはずがない。何か間違いだろう」

「いいえ、この男が犯人です! 捕まえてください!」

 宋江は日頃から役所の中でも外でも信望が厚く、誰も彼を縛ろうとはしなかった。

【詩に曰く】

善人に難あれば皆が憐れみ、

悪人に災いなきを皆が憎む。

生平の行いは自ら律すべきもの、

いざという時の情義こそが頼りとなる。

 窮地に陥った宋江を救ったのは、またしても唐牛児であった。彼は生姜を売りに来て、老婆が宋江に掴みかかっているのを見つけた。昨夜の恨みを思い出した彼は、老婆を力いっぱい突き飛ばした。

「このクソ婆、押司様を放しやがれ!」

 唐牛児が老婆の手を振りほどき、顔を激しく張り倒すと、老婆は目を回して手を放した。宋江はその隙に人混みに紛れ、疾風のごとく逃げ去った。

 老婆は今度は唐牛児に掴みかかった。

「宋押司が私の娘を殺したのに、お前が逃がした! お前も共犯だ!」

「何のことだ、俺は知らねえ!」

 老婆は役人たちに叫んだ。「人殺しの仲間です、捕まえてください!」

 役人たちは宋江には手が出せなかったが、唐牛児を捕まえるのに躊躇はなかった。彼を厳しく縛り上げ、鄆城県の役所へと引きずり込んでいった。

 まさに禍福は門なし、ただ人の自ら招く所なり。

 火を消そうとして麻をまとい、自ら炎に焼かれるがごとし。

 果たして、捕らえられた唐牛児の運命は。そして宋江の逃亡の行方は。

【Vol.021:ソン様の凡ミスから始まる地獄の不倫トラブル】


1. 執念のクソババアに捕まる

公務員のソン様(宋江)が夜道を歩いてたら、愛人・パシー(閻婆惜)の母親に遭遇。「最近うちの娘に冷たいじゃん!ちょっと来なさいよ!」って、マジで強引に家に連行される。ソン様、押しに弱すぎて草。


2. 地獄のアウェイ空気

パシーは別の男(イケメンの張三)にガチ恋中だから、ソン様が来ても「は?黒いおじさん来たわ…最悪」って感じで超塩対応。ババアは二人を密室に閉じ込めて「仲良くしなよ!」って酒を出すけど、空気は氷点下。寝る時も足元と枕元で分かれて寝るレベル。


3. 痛恨の「忘れ物」

朝、ソン様は不機嫌のままダッシュで帰宅。でも、ここで一生の後悔。

ベッドの端に、「反社のボスからの手紙(証拠品)」と「ヤバい金」が入ったポーチを置き忘れた。これ、バレたら即死なレベルの機密情報。


4. パシーの鬼恐喝カツアゲ

ソン様、焦って爆速で戻る。でも、中身を見たパシーは確変モード。「これ役所にチクられたくなかったら、以下の条件飲め。①私を自由にしろ。②家も宝石も全部よこせ。③お詫びの金100両今すぐ出せ」。

ソン様「金は今持ってないから後で!」パシー「今すぐ出せよ、この犯罪者が!」って、マジで煽り散らかす。


5. 脳死のワンパン(物理)

パシーの煽りがエグすぎて、ソン様の理性が崩壊。「返せ!」「返さない!」ってポーチの奪い合いしてたら、護身用のナイフがポロッ。

ソン様、そのままカッとなってパシーをグサリ。さらに「喋るな!」って首をザシュ。パシー、退場。


6. ババアの通報と神フレンド

殺害がバレて、ババアが「人殺しだー!」って役所の前でソン様の首根っこを掴む。絶体絶命のソン様。

そこへ、生姜売りのダチ・唐牛児とうぎゅうじが登場。「何してんだババア!」ってババアを突き飛ばして、ソン様を逃がすナイスアシスト。でも、唐牛児はそのまま身代わりで捕まっちゃって「俺、何もしてねーし!」ってエンド。


【まとめ】

「不倫はダメ。忘れ物はもっとダメ。あと、メンヘラの恐喝をナメてはいけない。」

っていう、ソン様が人生詰んじゃう超重要エピソードでした。

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