〇壱〇:「林教頭、風雪の山神廟(さんじんびょう)へ逃れ、陸虞候(りくぐこう)、草料場(そうりょうじょう)に火を放つ」
あの日、林沖が所在なく道を歩いておりますと、背後から彼を呼ぶ声がしました。振り返れば、そこにいたのは、かつて都・東京にいた頃、林沖が目をかけてやった李小二という男でした。
この李小二には、忘れられぬ過去がありました。以前、東京の店で働いていた折、主人の財を盗んで捕まり、あわや役所送りという窮地に陥ったことがあったのです。その際、割って入って弁明し、示談金まで肩代わりして救ってやったのが、他ならぬ林沖でした。さらに林沖は、都にいられなくなった小二に路銀まで与えて逃がしてやったのです。まさか、この遠く離れた滄州の地で再会しようとは、夢にも思いませんでした。
「小二ではないか。なぜお前がこんな場所にいるのだ」
林沖が驚いて問うと、李小二は地面に平伏して答えました。
「恩人様に救われて後、各地を流れ歩きましたが、縁あってこの滄州の王という方の店で働くようになりました。私の包丁さばきや味付けが客に受け、主人の娘を娶るまでになったのです。今は義父母も亡くなり、夫婦二人で軍営の前に茶酒店を開いております。たまたま集金に出たところで、恩人様のお姿を見かけましたが……。しかし、恩人様、一体どうしてそのようなお姿に?」
林沖は、己の顔に刻まれた罪人の印である刺青を指さして、力なく笑いました。
「高太尉の怒りを買い、罠に嵌められての流刑の身だ。今は天王堂の番を命ぜられているが、この先の運命など知る由もない」
小二は林沖を無理にでもと家へ招き入れ、妻を紹介しました。夫婦は「親戚のない我らにとって、恩人様との出会いは天からの授かりものです」と涙を流して喜びました。林沖が「私は罪人だ。お前たちの迷惑になる」と遠慮しても、「恩人様の名を知らぬ者などおりません。洗濯でも修繕でも、何なりとお申し付けください」と、至れり尽くせりのもてなしをしました。林沖もその真心に打たれ、銀子を渡して商売の足しにさせるなど、まるで本当の家族のような交流が始まったのでした。
無情にも時は流れ、厳しい冬が訪れました。林沖が身に纏う防寒着は、すべて小二の妻が心を込めて繕ったものでした。
ある日のこと。李小二が店先で料理の支度をしていますと、見慣れぬ客が店に入ってきました。一人は立派な軍官の身なりをした男、その後ろには下男風の男が続いています。
「酒を出すか」
軍官は銀一両を無造作に差し出し、こう命じました。
「これで良い酒を三、四瓶持ってこい。客が来る。肴は何でも良い。いちいち尋ねるな」
小二が「どなたをご招待で?」と聞くと、男は「軍営へ行って、管営(かんえい:所長)と差撥(さぱつ:牢名主)の二人を呼んでこい。事務の相談があるとだけ伝えればよい」と言い放ちました。
小二が言われた通り二人を連れて戻ると、軍官は丁寧に挨拶を交わしました。管営が「お初にお目にかかるが、お名前は?」と尋ねると、男は「ここに手紙があります。読めば分かります。まずは酒を」と促しました。
小二が慌ただしく給仕をしていると、軍官の下男が遮るように言いました。
「酒はわしが温める。お前はもう来るな。ここからは大事な話があるのだ」
そう言って、小二を露骨に遠ざけました。
ただならぬ気配を察した小二は、裏へ回って妻に囁きました。
「あの客たち、言葉に東京の訛りがある。最初は管営を知らないふりをしていたが、さっき『高太尉』という名が漏れ聞こえた。林教頭に関わることではないか。お前、部屋の裏に回って、様子を伺ってきてくれ」
妻が一時間ほど密かに探りを入れた後、顔色を変えて戻ってきました。
「三、四人で頭を突き合わせて密談していました。軍官が懐から包みを出し、管営たちに渡していましたが、あれはきっと金銀でしょう。差撥がこう言っていました。『すべてお任せください。何としても奴の命を仕留めてみせましょう』と」
その直後、客たちは勘定を済ませて店を出ました。管営と差撥は先に戻り、東京から来た二人も顔を隠すようにして去っていきました。
そこへ、入れ違いに林沖が店を訪れました。
「小二、景気はどうだ」
小二は慌てて林沖を店の奥へと招き入れました。
【詩】
人を謀る念は天門を震わせ、
密かな語らいは全軍をも揺るがす。
壁に耳があるばかりでなく、
目の前の神仏もことごとく見聞きしているのだ。
「恩人様、大変なことが起きました。東京から怪しい男が来て、管営たちと密談していました。高太尉の名が出た上、『命を仕留める』と……。奴らは管営に賄賂を渡していました。あなた様に害が及ぶのではないかと心配でなりません」
林沖がその男の風体を問うと、小二は「背が低く、色白で髭の薄い、三十代ほどの男でした」と答えました。
それを聞いた瞬間、林沖は激昂しました。
「それは陸虞候だ! あの卑劣な奴め、わざわざ私を殺しにここまで来たか! 骨まで粉々に砕いてくれるわ!」
林沖はすぐさま市場へ走り、鋭い牛刀を買い求めると、それを肌身離さず帯びました。街中を捜し歩きましたが、陸謙(陸虞候)の姿はどこにもありません。そんな緊張に満ちた日々が数日続きましたが、一向に変わった様子はなく、林沖の気も少しずつ緩んでいきました。
六日目のこと、管営が林沖を呼び出しました。
「柴大官人の顔を立てて、お前を優遇してやろう。ここから十五里ほど東門を出た所に、軍の草料場(まぐさ置き場)がある。老兵に代わってお前がそこを管理しろ。小銭も稼げる、悪くない役目だ。差撥と共に今すぐ向かえ」
林沖は小二夫婦に別れを告げに行きました。小二は「良い役目ではありますが、遠くなるのが寂しゅうございます」と別れの酒を酌み交わしました。
林沖は荷物と槍、そして刀を手に、差撥と共に雪の中を草料場へと向かいました。空はどんよりと重く、冷たい北風と共に雪が激しく舞い始めました。
【詞】
凛たる厳寒、霧は昏く、
空からは瑞の雪がしんしんと降る。
瞬く間に野原は道も分かたず、
たちまちにして千の山もその姿を消す。
銀の世界、玉の乾坤。
望めば遥か、崑崙の山へも続くかのよう。
もしこのまま夜が更ければ、
天帝の門さえも埋め尽くしてしまうだろう。
草料場に着くと、そこには土塀に囲まれた数棟の草屋と、山のように積まれた干し草がありました。交代する老兵から火鉢や鍋を借り、林沖は一人、そこで夜を明かすことになりました。
ふと草屋を見上げれば、壁は崩れ、風に震えています。
「これでは冬を越すことなどできぬ。雪が止んだら修理を頼まねば」
そう思いつつも、あまりの寒さに耐えかね、林沖は老兵に教えられた二里先の酒屋へ行くことにしました。
火の気を念入りに消し、槍の先に酒瓶を吊るし、笠を深く被って雪の中を歩き出しました。地面には玉を砕いたような純白の雪が積もり、北風が容赦なく頬を打ちます。途中の古びた山神廟に手を合わせ、さらに進んで、ようやく一軒の酒屋を見つけました。
そこで熱い酒と牛肉で腹を満たし、さらに一瓶の酒と肉を買い求めると、林沖は再び雪の中を戻りました。夜の帳が下り、雪はいっそう激しさを増していました。
草料場の門を開けた林沖は、言葉を失いました。あまりの積雪の重みに耐えかね、自分が寝泊まりするはずだった草屋が、無残にも押し潰されていたのです。
「……何ということだ」
火鉢の火が雪で完全に消えていることを確認し、林沖は途方に暮れました。ふと、来る途中にあった古廟のことを思い出しました。「あそこで一夜を明かそう」。
林沖は崩れた屋根から布団を引き出し、槍に酒瓶を下げて山神廟へと戻りました。廟の門を閉め、傍らにあった大きな石を置いてつっかえ棒にすると、奥の神像の前で腰を下ろしました。
冷たい酒を煽り、牛肉を頬張っていると、不意に外から「パチパチ」と何かが爆ぜる音が響いてきました。壁の隙間から外を覗き見た林沖は、息を呑みました。草料場が、真っ赤な炎に包まれて燃え盛っていたのです!
【詞】
雪は火勢を侮り、草は火威を助ける。
ただ愁うべきは、草の上に風が吹くこと。
さらに驚くべきは、雪の中に炭を送るような皮肉な事態。
赤き龍が躍りて闘い、玉の甲が紛々と舞う。
誰が知ろう、平穏な地に突如として災いが起こることを。
暗闇の中でも、天の目は見開かれている。
この火を見れば烈士の怒りは燃え上がり、
この雪に対すれば邪悪な心も凍りつくであろう。
林沖が火を消そうと外へ飛び出そうとしたその瞬間、門の外に人の気配を感じました。三人の足音が近づき、門を押し開けようとしましたが、石が支えとなって開きません。彼らは軒下で火を眺めながら、勝ち誇ったように語り始めました。
「この計略は見事でしたな。管営殿と差撥殿の働き、東京に戻って太尉様に伝えれば、お二人とも出世間違いなしです。これで高衙内(こうがない:高太尉の息子)様の病も治りましょう」
「林沖の奴、今度こそお仕舞いだ。張教頭(林沖の義父)も、これで娘を衙内様へ差し出すしか道はあるまい」
「私が壁を乗り越えて十数箇所に火をつけました。奴が逃げ出したとしても、軍の草料場を焼いた罪で死罪は免れません」
「よし、奴の骨の破片でも拾って帰ろう。太尉様への良い土産になるわい」
林沖はすべてを悟りました。三人の正体は、差撥、陸虞候、そして高太尉の腹心である富安でした。
「天が私を救ってくださったのだ。あの草屋が潰れなければ、私は今頃焼き殺されていた……」
林沖は静かに石をどけ、槍を力強く握りしめると、天地を揺るがす大喝と共に門を蹴破りました!
「汚らわしい賊ども、どこへ行く!」
驚天動地の叫びに、三人は腰を抜かして動けなくなりました。林沖は電光石火の早業で、まずは差撥を槍で突き倒しました。富安が必死で逃げようとしますが、その背中を一突きにして仕留めました。
最後に残った陸謙(陸虞候)が、ガタガタと震えながら命乞いをします。
「私、私のせいではありません……すべては太尉様の命令で……」
「黙れ! 幼馴染である私を殺しに来ておいて、自分のせいではないだと! 地獄へ落ちろ!」
林沖は陸謙を雪の上にねじ伏せると、その胸を引き裂き、煮えくり返る怒りと共に心臓を掴み出しました。
さらに、息絶え絶えの差撥と富安の首を撥ね、三人の首を髪で結び合わせると、山神の供物台に並べました。
林沖は残った酒を飲み干し、返り血を浴びた白い上着を整えると、槍を手に、暗い東の空へと歩き出しました。
【詩】
天の理は明らかにして、欺くことはできない。
悪だくみを良き策だと思ってはならない。
もし風雪の中の酒がなかったならば、
林沖は焼け焦げた骸となっていただろう。
密かに毒計を施したつもりでも、
暗闇の中で神の助けがあることを誰が知ろうか。
最も憐れむべきは、絶体絶命の地を逃れ出た、
この世に類を見ぬ真の英雄、偉丈夫の姿である。
雪はいっそう猛り狂い、林沖の体から情け容赦なく体温を奪っていきます。しばらく行くと、雪に埋もれた数軒の草屋から火光が漏れているのを見つけました。
中に入ると、数人の小作人たちが暖を取っていました。林沖が「酒を分けてくれ」と頼みますが、彼らは「俺たちの分も足りない」とつれなく拒みます。しかし、酒の香りに辛抱たまらなくなった林沖は、燃える薪を槍で跳ね上げ、小作人たちを追い散らしました。
「皆去ったか。ならば、俺が一人で楽しむとしよう」
林沖は残された酒を飲み干しましたが、極限の疲労と酔いが一気に回り、雪道で足をもつれさせて山間の溝に転がり落ちてしまいました。酒に酔いしれ、深い雪に埋もれた体は、もはや自力では起き上がれません。
やがて、逃げ出した小作人たちが二十人余りの仲間を連れて戻ってきました。彼らは雪の中に倒れている林沖を見つけると、一斉に飛びかかって縄で縛り上げました。
「こいつをあそこへ連れて行け!」
夜明け前の深い闇の中、林沖が引き立てられていったその先には……。
【後談の伏線】
蓼児窪の内に、数千の戦艦が並び、
水滸の砦に、百余の英雄が居並ぶ。
殺気は人を侵して冷ややかに、
悲風は骨を透して寒し。
果たして、囚われの身となった林沖の運命はどこへ向かうのか。
【Vol.010:林沖のブチギレ限界突破〜雪と炎の復讐劇〜】
1. エモすぎる再会
流刑中の元エリート教官・林沖さん、配流先の滄州で、昔助けてあげた元不良の李小二にバッタリ再会。「あの時はマジあざっした!」と小二夫婦に激推しされ、洗濯からメシまで神対応のサポートを受ける。林沖、久々の「人の温もり」にちょっと癒やされる。
2. クズすぎる旧友の襲来
そこに現れたのが、東京(都)から来たゴミカス裏切り者の陸謙。「林沖を始末しろ」っていう上司からのパワハラ命令で、現地の所長にワイロを渡して暗殺計画を立てる。でも、小二の奥さんが「コイツら怪しくね?」と密談を盗み聞き。林沖に秒でバレる。「陸の野郎、許さねえ……!」と林沖、マイ包丁を買って数日間街をパトロール。
3. 神回避の雪山サバイバル
数日後、林沖は「草料場(まぐさ置き場)」の管理人へ異動を命じられる。これ、実は「火をつけて焼き殺す」ための死亡フラグ。
ところが、ここで奇跡が。記録的な大雪で、泊まってたボロ小屋がドカンと倒壊!「マジかよ、寝られねーじゃん」と林沖、たまたま近くにあった「山神廟(山の神の社)」へ避難。この「小屋の倒壊」が、彼を火刑から救う神回避になったわけ。
4. 絶望からの覚醒(ここが激アツ!)
廟で酒を飲んでると、外でド派手な爆発音。草料場が火の海に!
「火事だ!」と飛び出そうとした瞬間、門の外でクズたちが「計画通りw」「林沖、今頃こんがり焼けてるぜw」「出世確定じゃんw」と、特大のドヤ顔で語り合ってるのを聞いちゃう。
ここで林沖、プツン。
「テメーら、全員地獄へ落ちろおおお!!!」
門を蹴破り、槍を引っさげて林沖降臨! 驚きすぎて腰を抜かす悪党どもを、電光石火のスピードで次々とお仕置き(物理)。ラストは裏切り者・陸謙の胸をブチ抜いて、心臓をえぐり出すというダークヒーロー全開の復讐劇を完遂。
5. 伝説へ……
三人の首を山の神に捧げた林沖。雪の中、返り血を浴びた白い服をなびかせ、もう戻れない「アウトローの道」へと歩き出す……。
【一言まとめ】
「真面目な天才が一番怒らせちゃいけない相手だった。雪と炎の中、林沖がガチ勢(義賊)へと転生する、最高にエモくてバイオレンスな神回!」
これ、もう現代の復讐アクション映画より全然アツくない? 次はついに梁山泊(アウトローの聖地)へ突入だぜ、最高かよ!




