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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

結んだら、会える

作者: 矢印ノ介
掲載日:2026/02/15

「うぉっ!」


 ほどけている靴紐を踏み、片側が一瞬軽くなる。

よろめいた姿、情けない声、くぅぅぅ〜〜〜〜〜〜となる心を封じ、スカした顔で靴紐を結ぶ。

今日で4回目だ。

結び方がおかしいのか、すぐほどける。

蝶から始まり、イアンノット、ベルルッティなど、定番から珍妙な結び方を試しても10分後には分度器の型ができている。大学生になってからよくほどけるようになったのだが、ここ近頃頻度が増している。

最近のストレスではあったが、もう一つの最近で打ち消せている。そう、彼女ができたこと。彼女の方から告白してくれて付き合うことになったのだ。 


「講義とか、食堂とかで見かけるたびにいいなと思ってて、それで、その好きです! 付き合ってくださ い」

「えっ!? あ、え......ありがとう。あーー、よろしくお願いします」


初々しくていい思い出だ。

その彼女から誕生日で貰ったのがこの靴だ。ホワイトドラゴンのマークが入った、小学生のときに買ってもらった習字セットのバッグに似ている模様だ。めちゃカッコイイ。

なにせオーダーメイドだと、たくッ...愛が重いぜ。

思い出に耽りながら歩いていると集合場所のビーバー像が見えてくる。携帯を開く。


"10月19日—AM10:20"


予定時刻より10分早い到着、心が波打つ。

5分経過すると、いつものポニーテールとは違う、髪に回転を与えた姿の見慣れた女性の顔がこちらに向かってくる。


「ごめんごめん。お待たせ!」

「全然。時間通りだよ。髪いつもと違うね」

「お、流石に気付くかー。どうですかねぇ?」少し恥ずかしそうだが、期待のガスが漏れ出ている。

「めちゃ似合ってる!」V、この返答に「78点」と審査が下り、快晴の綺麗な空の下、歩幅を合わせ歩いていく。


 2人でカフェや博物館、プラネタリウムなどを巡る、ジ・デートを楽しんだ。

信号が赤を示したため、靴紐を結びながら待つ。結びなおし視線を横に向けると、彼女は隣にある花屋を見ていた。


「花屋さん行きたい?」

「ヴバッ!?」

未知の小型生物のような鳴き声のあと、なにもなかったように首を横に振り、花屋の外にある水色の花を指さす。


「いや、あの花綺麗だなって」

「あーーーーー、めぐり草ね」

「えっ! 知ってるの?」

「まぁね。めぐり草は元々、怒依津に住むある若いカップルが栽培して発見された花なんだけど、そのカ ップルの男性が亡くなって、悲しみにくれる女性が2人で発見した花を捧げようとその花を結んで冠を作り、彼のお墓に掛けたんだ。ほつれやすいから何回も結び直して」

「えっ...悲しいエピソード付き」

「まだあるよ…彼を深く愛していた彼女は彼のお墓の前で悲しみの日々を送っていると、彼女の名前が呼ばれ、顔を上げる。すると彼にそっくりというか、瓜二つな男が現れて『そんな所でどうしたんだ』と言う。彼女は理解できずに彼のお墓を指すと、そこにお墓はなく、2人で発見した水色の花だけがあった。

夢か奇跡かわからないけど、また彼と会えた、巡り会えた。このことにちなんで、めぐり草(巡り草)。

だから花言葉もまた、巡り会いたいとかだったかな」

「おーー、凄い素敵だけどちょっと不思議な話」

「まー、だいぶ昔だからね。ちょっとは変わってるんじゃない?」

「そっかー...でも結んでる限り、会えるってことでしょ? いいなぁー......信号なが〜〜〜」


彼女の機嫌を伺ったように信号が青となり、渡る前に俺は彼女に伝える。 


「今のは全部ウソです」


彼女の顔を見ずに早歩きで奥に向かう。

得に他意はない。


***


「いやー楽しかったね」


夜だからより眩しく感じる彼女の笑顔に、俺も楽しかったと素直に返す。

そしてまた紐がほどけ、結び直す。今日は一段とよくほどける。


「よくほどけるね...全然いいんだよ、他の靴で」

「いや、ほどけるのは元からだから。あと、デザイン気に入ってるし、フィット感が良いから...どんどん履きます✌︎」


ふふっと嬉しそうに笑う彼女を見て惚れ直す。

彼女と別れて帰路に着き、明日の1限に間に合うよう休息をとる。


——翌日


 パチった目が開き体を起こす。目覚めの良い朝とはこのことだろうか。携帯で時刻を確認する。

AM.8:30。

ふむ......マズい。

8:45の電車に乗らなきゃ遅刻になってしまう。

急がなくては—顔洗い、歯磨き、髭剃り、髪セット、あとは出るだけ、そのときに俺は靴紐のない靴を履いた。電車に遅れないため、講義に遅刻しないため、仕方ない。仕方なかった。

そのあと、電車になんとか乗ることができ、講義も遅刻しなかった。


——昼休み


「そんなギリギリだったんだー。お間抜けだねー」

「うッ...お恥ずかしいです」


ニヤニヤしながらサンドイッチを頬張る彼女に、ムカつき<可愛いさを感じながら生姜焼きを口に運ぶ、癒しの昼食の時間。

彼女とは学部が違うため、選択の講義か昼休みしか大学内では会うことができない。だから、この時間は幸せだっと耽って生姜焼きのタレを米に染み込ませいると、彼女の視線が足もとにあることに気づいた。


「あのー、今日遅刻しそうで、靴紐結んでる余裕がなくて、ねぇ...んね...」

「え? あ、全然気にしてないよ。靴が違うくらい」

「あ、そうなの? なんか下の方に視線を感じたもんだから」

「靴じゃないよ。ズボンの空洞、広すぎじゃないと思って」

「...バギーパンツのこと空洞が広いって解釈なんだ... 明日からは普通に履いてくるよ。くれた靴」

「無理しなくていいのに」

「無理なんかじゃないよ。好きで履くんさ」


この四角い机で、丸いふわふわした雰囲気で包む空間、居心地がよく他の視線が痛い。

大学の講義が終わり、彼女と途中まで話しながら帰り、反対方向へと半分になる。

一つにまとまった後ろ髪が見えなくなってから家へと向かう。

家に着くまでの5分間で、今日の一日を歩きながら振り返る、恒例の時間。

そう、今もそうだが歩いているときにストレスがない。靴紐をほどけるたびに彼女を待たせることもない。久しぶりの感覚だ。久しぶり...でもまぁ、オシャレは我慢と言うしなぁ〜。


——翌日


 俺は紐のない靴を履いていた。

通学路で彼女と会ったが、得に気にしている様子はない。どちらかと言うと彼女の方が変化しているからだ。彼女の髪はいつものポニーテールではなく、ツインテールとなっていた。

やけにきつく結ばれていそうなツインテールが視界を独占する。

これはこれは...大学生では中々挑戦することが減ってくるはずの髪型だ。

恥ずかしそうに「どう?」と聞かれ、「可愛い(可愛いぃぃぃぃぃ!?)」と返すほかなかった。

その後はいつも通り、講義を受け、昼飯を食べ、講義を受け、帰路に着く。

そこに靴紐へのストレスはない。

少し、罪悪感が降ってくる。


——翌日


 紐がない靴を履いている。

昨日と変わらない俺とは違い、今日の彼女は三つ編みで昨日のツインテールと打って変わって知的に見える。毛先まで固く編み込まれていそうで、どれだけの時間を有したのかが気になった。


「今日と昨日とどうしたの? 髪型模索中?」

「いーや、色んな髪型やってみたくなった感じ。どう?」

「似合っている、似合ってる!眼鏡とか掛けたら真面目な委員長キャラみたい」

「...褒めてると捉えてよろしい?」

「あたぼうよ!」

「なら、よし!」


少し、引き攣ったような笑顔で目元の粉に亀裂が入っていた。

寝不足なんだろうか。無理に介入するのも野暮だなと、いつも通りの日常を過ごす。

罪悪感が降ってくる。少し強い。


——翌日


 目の前に積もっていたものを横に掻き分け、靴を履く。

朝からかがむことがなく、スタスタと歩く。

いつも通り、講義を受け、昼休み彼女を待つ。

午後の講義まであと5分のため、やむを得ずメッセージだけを送り、教室へと向かう。

全ての講義が終わった後、携帯を開く。既読はついていない。調子悪くて寝ているかもしれない。

【時間ができたら連絡してくれい】とメッセージを残し、帰路に着く。  


——翌日


 既読は付かず、彼女の姿が見えない。

それ以外はいつも通り、久しぶりに男友達と昼飯を食べて盛り上がり、そのまま夜飯も一緒に食べ、飲み歩いた。


——翌日


 二日酔いで頭が痛い。だるい。大学をサボった。

父さん、母さんごめん。

許してちょ。


―――10月28日


 紐のない黒色のローファーを履いていた。

成人式のときに履いていたものだ。

視線を上げる...泣いている彼女の母親の背中とその背中をさする父親の姿が視界に写り込む。

もう少し上げる...彼女が写つる。

あの写真は高校生の頃か...俺が一緒にいたときとは雰囲気が違うな。高校生の頃はショートカットだったんだ...今はもう少しふんわりとした雰囲気だったかな.........写真なんてそんなものか。

この写真では凛としていて、芯が強そうな女性に見える...とても紐で.........自分を.........


―――


どれくらいの日が経ったのか、携帯をみればわかる。

だが、動くほどの気力はない。

あのとき、既読が付かなかったことが続いたのに何もしなかった。それ以前に何か悩んでいたかもしれない...何も気付けなかった。

気付けなかった、気づけなかった...きづけなかった。



"引き攣った彼女の顔を思い出す"。



いや、あった。あったんだ。放棄したんだ。面倒だと思って。面倒なことを全部。


「ゔっゔ〜〜〜〜〜...ぐぅぅぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


***


どれだけ絶望感に包まれていても、腹は減る。

生きさせようと空気も読まず、食べ物をせがんでくる。何日ぶりの外なのかもわからない。光もなく、真っ暗な道をひたすら歩く...心の中と同じ状況だ。

真っ直ぐ歩けているのかもわからないぶれぶれの視界はいつの間にか、まだ少し液体が残っているペットボトルに固定され、地面の冷たさが時間差で伝わってくる。

何かを踏んだ気がする。踏み慣れているもの、踏むたびに不快感と苛立ちが蓄積していくもの、結んでも、結んでもほどけるもの。

彼女がくれた靴を履いていた。誕生日にくれた靴、ちょっとサイズが大きく、模様が小学生でも履かないような俺のためにくれた靴。何を考えて、何を思ってくれたんだろう...そう言うことも聞けない。

今日の涙が降ってくる。ぽつぽつと小雨のようだが、長く長く。


「会いたいよ...会いたい」


前を向いて歩く、精神的にそうして乗り越えなければならない。だが、そんな簡単ではない。その一歩が重い。

肉体的に一歩を踏み出すために体を起こす。

ずっとほどけていた靴紐に手をかける。

指先で紐を左右に揃え、片方に輪っかを作り、もう片方をくぐらせる。輪を持ち上げ、ぐるりともう一方の紐を巻き付け、両方の輪をぐっと引く。今まで試してきた中で1番ほどけづらい蝶が足を締め付ける。自分の足にピッタリだと改めてわかる。もう片方の靴も同様に結ぶ。この靴をくれた彼女のことを思って、ぐっ!と強く結ぶ。

視線を上げる...快晴の綺麗な空が見える。眩しい太陽が目を刺激する...太陽が...太陽?


「ごめんごめん。お待たせ!」


髪に回転与えた見慣れている、見慣れていた女性の笑顔が目に飛び込む。


「なん...で...え」

「ん?どうしたの?死んじゃった人が生き返ったみたいな顔して」

「いや...そう...まじそう...」

「会って早々、失礼なビンゴだね。ほら行こ」


訳もわからない状況で暫く歩く。会話には適当な相槌を交わすことにしか、リソースは割けなかった。

携帯を確認する。


"10月19日—AM10:45"


地べたで寝てしまった夢なのか、幻なのか、よくわからない。よくわからないけど、このままで良い。

良いんだ。

そして、ほどけていた靴紐を結んだ。



**********************************************************************************************



―――10月28日

 

 デジャヴなのだろうか。だとしたら、余りも不謹慎すぎるデジャヴだ。

悩んでることがあるなら聞くとも言った。できる限り、一緒にいた。

何も変わっていない。変えれていない。

目を背けれない事実が視界にも、心にも突き刺してくる。2度も。深く。


***


 積もっていた罪悪感が足に絡みつく。全身を埋め尽くそうと登ってくる。耳には彼女の母親の塞ぎたくなる声、鼻にはじいちゃんの墓参りとは違った線香の匂い、目には生者との境界を断った首の輪、口には今食べている薄味のサラダチキン。味がしない、触感のみを食べている。

あと一口でなくなる。細かく食べる。あと一口、あと一口...避けていたものが近づいてくる。

俺は自分の家と向かって走った。恥ずかしさの欠片もなく自分の家に向かって腕を振って走った。

家の扉を開け、冷蔵庫に向かい、中にあるものをひたすら食った。

残り3個のソーセージ、キュウリ、豆腐、メロンパン。

冷蔵庫の中に食えるものがなくなった。

止まってはいけない、何かをし続けなければ。何でもいい。何でも。

そのとき、目に留まった...たらたらと垂れている紐を纏うホワイトドラゴンのマークが埋め込まれた靴を。

その靴を履き、今まで調べた中で一番難しい結び方をした。できるだけ長く、硬く、足の骨に亀裂を刻めるくらい余裕がなく(きつく)結んだ。


「ごめんごめん。お待たせ!」


 死人に会うというデジャヴは存在するのだろうか。だとすれば、それは夢なのか渇望による幻覚なのか.........腹が重たい、日差しが目を抉る...夢ではない。


「好きな人体の部位は?」

「え? 急になに...んーーーーー、中手骨。君は?」


俺の頭の中にない解答だ。幻覚じゃない。

だとすれば、フィクションなんだ。フィクションのあれだ、机の引き出しを開けたらある、"あれ"とドアが上に向かって開くあの車の"あれ"だ。もうそれでいい。この靴が、この靴紐が"あれ"ならもう。


「俺この靴で結び続けるよ。ずっと一生。永遠に」

「ん⁉ ホントどうしたの? なんかプロポーズみたいだし...でもその顔、カッコいいー」

「ありがとう。因みに俺は中間契状骨」

「......キショッ」



*********************************************************************************************************************************************



「あのおじいさんの靴カッコいい!!パパーあれ欲しい」

「うーん。まだちょっと早いかな。靴紐だし」

「えーー、カッコいいのにー」

「少年」

「「えッ?」」

「靴紐を結ぶことに、生涯をかけれるか? 愛する者のために一つのことをやり通す覚悟はあるか?」

「いや、あの、すみません。ジッと見てしまって。ほら行くぞ」

「まだできないし、覚悟もないよ」

「え? おいどうした?」

「なら、今はマジックテープでいい。しっかりとくっつけるんだ。何処にもいかないように」

「わかった」

「よし。なら指切りを結ぼう。君はマジックテープを、俺は靴紐を」


***


「お爺さーーーん...そこにいたんですか。外は冷えるから中に入って...」

「...………………」

「......そうですか。お疲れ様」


 腕に括りついているゴムに手を伸ばし、指の方へと持っていって空中を経由して左手に掴んでいた銀色の髪の束を3回結ぶ。


「次は私の番だね」

 















最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

後半は明らかにだれていたことがわかると思います。

最後まで終わらすのは難しいですね。

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